143話 春先の《外殻部》
テグスたちは《中三迷宮》から、二巡月ぶりに地上に戻った。
時々冷たい風が吹くものの、もうすっかり空気も暖かになり、冬の気配は控えめになっていた。
「とりあえず、 狩り集めた《二尾白虎》と《五尾黒狐》の毛皮を売りに、支部にいかないとね」
「ずいぶん、沢山になったです」
「《護森巨狼》にあげてた分を一日一匹で換算しても、三十匹分はあるはずなの~」
「状態が悪くなってますけれどね、最初の方の毛皮は」
「冬も終わりですのに、買い取っていただけるのでしょうか?」
テグスたちが喋り合いながら、《外殻部》の街並みを歩いていく。
街中は冬のときと比べて活気が出てきていた。
冬の間は店じまいしていた露店や屋台も並び、売り渋っていた食料品も店舗に並び始めている。
冬の間我慢していた反動のように、道行く人たちは硬貨を片手に、様々なものを買い漁る光景もあった。
「今年の街道の雪解けは、随分と早かったようだね」
《迷宮都市》には無い種類の食べ物もあるので、どうやら外の国と繋ぐ街道が開通しているようだ。
街並みを見つつ移動し、訪れた《探訪者ギルド》支部にて毛皮を全て売り払う。
「あー、この状態の悪い毛皮は買い取り出来な――いや、外の商人に売りつけられるかな……」
状態の悪い毛皮でも外の商人への需要は高いらしく、多少のお金になった。
状態の良い毛皮はより高値で買い取ってもらえて、かなりの良いお金になった。
手にしたお金を、いつも通り頭割りで分配しようとしたのだが――
「いえ。テグス様にお仕えするよう命じられておりますので、不必要な分まで頂くわけには参りません」
ウパルは衣食の分をその時その時に与えて貰えれば十分と、分配を拒否した。
本人が言うのならと、テグスは手にしたお金をウパル以外と均等に分配する。
各自、直ぐに必要な分以外は支部に預け、各々の《白銀証》に入金した分の金額が足された。
「地上に戻ったんだし、久々に食堂で料理を食べようか。ウパルは地上の料理は初めてなんじゃない?」
「はい。初めてでございますね」
「美味しいところ、知ってるです。任せろです!」
「テグスとハウリナちゃんに、食べ物のことはお任せするの~」
「ティッカリはお酒が美味しいところがいいんでしょ?」
「それはそうなの~。だからこそ、お任せするの~」
食堂に行くと話がまとまりかけたところで、アンヘイラが手を上げて注意をテグスたちに向けさせる。
「お金は渡してありましたが家業仲間の状況が気になるので、申し訳ありませんが」
別行動を希望するアンヘイラに、テグスは構わないとうなづいて返す。
「僕らは、支部の先の道を真っ直ぐ行って、道具屋の隣の食堂に行っているね」
アンヘイラは一人離れ、《外殻部》の街並みへと入って去っていった。
「テグス様たち以外に、お仲間がいらっしゃるのですか?」
「いや。僕らのじゃなくて、アンヘイラの仲間だね。怪我した仲間の治療費のために、アンヘイラは僕らと行動を共にしているんだよ」
「そのような背景がおありでしたのですね」
《中三迷宮》の二十五層にある《静湖畔の乙女会》で育ったウパルには、アンヘイラの境遇に少し感じ入る部分があったようだ。
「怪我をなさっておいででしたら、治療しにお伺いした方がよろしいのではないのでしょうか?」
「どうなんだろう。怪我してから、もう半年ぐらい経ってるしね」
「ふんっ。あいつら治すのなんて、しなくていいです」
ハウリナの不機嫌そうな様子に、ウパルは不思議そうな顔を向ける。
「なにやら、確執がおありなのでしょうか?」
「ハウリナちゃんの言うように、あの人たちが怪我したのは自業自得な部分もあるの~」
「アンヘイラの仲間って、《雑踏区》の住民を連れ去る、人狩りの一味なんだよ」
「まあ。《静湖畔の乙女会》でも話しに上る、悪漢どもではございませんか!?」
なんで悪漢の一人を仲間にしているのかという目を向けられて、テグスは困った微笑みを浮かべる。
「時期が合ったとか、利害が一致したとかしか言いようがないかな」
「……なるほど、悪漢の一味にも慈悲の心で接しられておられるのですね。ますます、テグス様にお仕え出来るこの喜びを、《清穣治癒の女神キュムベティア》様に感謝しなければなりませんね」
「いやいや、そんな大したことじゃなから!」
喋りながら食堂へと入り、案内された席に座り、飲み物とお勧めという料理を注文する。
「ウパルは教義で食べられないものとかあるの?」
「いえ。出された料理を残さず食べることこそ、作ってくださった方への礼儀と、消費された命への慈悲ですので」
「狩った獲物、残さないのだいじです」
「お酒だって、最後の一滴まで飲み干すのが礼儀なの~」
礼儀の話を中断させるように、テグスたちの目の前の机の上に、料理と飲み物が運ばれてくる。
塩漬けの野菜と燻製肉の炒め物、酢漬け野菜の盛り合わせ、人数分の大振りな器に入った芋沢山のスープ、山盛りの黒パン。
春間近で流通が復活したからか、冬の備えで保管していた食べ物を消費するのを目的とした献立だった。
料理の品々を見て、テグスだけでなくハウリナも少し困ったような顔をする。
「これだけじゃ足りないよね。ハウリナ、何を追加しようか?」
「肉もっと欲しいです! 魚でもいいです!」
「お酒に合う料理を、もう二品ぐらい追加したいたいかな~」
「……皆様、食べきれるのですよね?」
「「もちろん!」」
「当たり前なの~」
久々の食堂の料理に、テグスとハウリナはお腹いっぱい食べる気でいたし、ティッカリも今日ばかりは大酒を飲む積りでいた。
ウパルは少しだけ顔を引きつらせて、彼女の分の追加はいらないと身振りする。
料理を追加したい三人が店員を呼び止めて、あれやこれやと出せる料理を聞いていると、アンヘイラが食堂に入ってきた。
一番速く気がついたハウリナが、立ち上がりって手を振って呼び込む。
「まだ食事前のようですが、お待たせしました」
「アンヘイラも追加で注文する?」
「むしろ多いぐらいです、これだけあれば十分です」
机の上の料理の数々を見ながら、アンヘイラは空いていた席に座った。
たまたま横の席に座っていたウパルが、アンヘイラに視線を向ける。
「お話はお伺いしました。怪我の治療でしたらお役に立てると思いますので、ご遠慮なさらず仰ってくださいませ」
「……必要はありません、申し出はありがたいですけれど。仲間の怪我はもう治っています、いまは落ちた筋肉を戻しているので」
申し出を手で遮ってから、アンヘイラは黒パンを手にとってちぎって食べ始める。
アンヘイラの発言の中で、テグスは気になったことがあった。
「怪我が治ったってことは、これでお別れってことでいいの?」
アンヘイラの目的が治療費目当てだったので、テグスは何の気なしに尋ねた。
「未定ですね、《探訪者》を続けるのか家業に戻るか」
「どちらにするにせよ、お仲間と相談した方がいいんじゃないかな」
「……ならば二・三日暇を頂きたいですね、相談しあうために」
「いいよ、三日間別行動だね。じゃあ、僕らは宿をとって休養してようか」
「いろいろ店が出てたです、歩き回ってみたいです!」
「流通再開したなら、美味しいお酒を探すのもいいかも~?」
「地上の街並みを拝見できるのですね、それは楽しみでございますね」
追加した料理が運ばれてきたのを合図に、会話を一時中断して食事を取り始めた。
保存のために味は濃い素材ばかりだったが、上手く調理されていて美味しい料理ばかりだった。
ごろごろとスープに入った芋も、ホクホクとしていて食べ応えがある。
テグスとハウリナは料理を食べつくす勢いで食べ始め、ティッカリは料理の合間合間に酒を挟んでいく。
ウパルは静々と上品な手つきで、食べきれる必要分を取り分けて食べていった。
料理を楽しむ四人の姿とは違い、食べ進めるアンヘイラの表情には少し思い悩む影があった。
テグスは気がついていたが、指摘されたくなさそうな顔も混ざっていたので、触れずに置いたのだった。




