141話 残りの冬の日の過ごし方
テグスたちは《大迷宮》が初めてであるウパルに、中を説明をしながら進み、コキト兵を倒して《中町》にやってきた。
「エシミオナさん、外套出来てますか?」
「はいー、出来ーてますーよ。でも、採寸しーたわけじゃないーから、ここでしっかーり調整すーるからね」
《白樺防具店》にて、《二尾白虎》の毛皮で作った真っ白な外套をウパルに着させてみた。
「少し大きいかと思うのですけれど?」
裾を若干引きずる程度に、小柄なウパルには外套が大きかった。
「腕周りーの長さが大丈ー夫なようだーし、裾をちょっとー切り詰めればいいーかな」
いったん外套を回収したエシミオナは、素早く丈を調整してウパルに再度着させてみると、今度はピッタリと丈が合った。
毛皮の白さもあって元が一式の服装かというほど、ウパルの白い貫頭衣と頭巾によく似合っている。
「着心地はどう?」
「肌触りも良く温かで大満足でございますよ」
毛皮の毛並みが気に入ったのか、頬を袖にあてて嬉しそうにしている。
気に入ってもらえたようなので、テグスはエシミオナに二十枚の銀貨を支払った。
支払いを見ていたウパルが申し訳なさそうにしているのを見て、テグスは笑いかけた。
「気にしないでいいよ、外套がないと寒くて困るでしょ」
「では、この外套の分も働きでお返しいたします」
生真面目さにテグスが苦笑いしていると、エシミオナが声をかける。
「そーの子の、防具は作ーらないの?」
「そういえば、防具も必要だよね。でも……」
ウパルは、身体に巻きつけている《鈹銅縛鎖》を動かし袖口から出して攻撃する。
身体に鎧を付けると《鈹銅縛鎖》を動かすときに悪影響が出ないかと、テグスは気がかりに思えた。
判断は本人に任せようと、ウパルへ顔を向ける。
「教義で着用を禁止されておりますので、鎧の類は必要ございません」
「《静湖畔の乙女会》では防具は着ちゃいけないの?」
「防具は武器と並んで戦いのための道具という位置付けなので、使用が禁じられているのでございますよ」
「それーなら仕方がなーいね」
防具が着られないとなると、ウパルの防御力に不安を覚える。
でもウパルは、身体に《鈹銅縛鎖》を巻きつけているので、服しか着てないわけではないと思い直す。
「それじゃあ、また用事が出来た時にはよろしくお願いします」
「はーい、毎度どーうもー」
用件が済んだので、テグスたちは《白樺防具店》を後にして、目に入った食堂の中で今後の予定について話し合うことにした。
「全ての《中迷宮》は一応は攻略したし、後は《大迷宮》を先に進むだけなんだけど」
「でも、冬の水辺、寒いです」
「だから冬の間は進むの止めようって話だったの~」
「ここで足踏みですか、春までにはまだ一巡月以上あるのですが」
「やることがないのであれば、人助けを致しましょう。弱っている人を助け、悪漢を懲らしめるのです」
「人助けはまだいいけど、悪漢なんて《雑踏区》になら掃いて捨てるほどいるから却下します」
ウパルはしゅんと肩を落とすと、テグスたちの目の前に運ばれた料理が並べられた。
各々思い思いの料理を取りざらにとって、食べながら相談を続ける。
「一番良いのは、暇の時間を使って個人の技量を上げる事なんだけど」
「どこで戦うです?」
「出会った中で一番強そうだし話が通じるから~、《護森巨狼》と訓練はどうかな~?」
「それなら《大迷宮》の中で《魔物》と戦う方がよいかと、《中三迷宮》の最下層に着くまでに一巡月かかるのですから」
「移動中にお互いに模擬戦をすれば宜しいと考えます。それに《護森巨狼》様もお一人ではお寂しいでしょうし、少しでも早くにお会いに行かれるのが最善であると思う次第です」
ハウリナとアンヘイラは乗り気ではないが、《護森巨狼》と訓練出来れば全員の技量が上がるのは間違いない。
《護森巨狼》への対価も《二尾白虎》の肉でいいはずなので、現地調達が可能である。
さらには、《癒し水》がもう三本手に入るかもしれないので、行く価値は十分にあると考えられた。
「じゃあ、もう一度《中三迷宮》に行って、可能なら《護森巨狼》と訓練を春までするということにしようか。でもその前に、ウパルに罠の見つけ方を教えるのと《七事道具》をもう一つ取りに、《中四迷宮》に行かないとね」
「罠の見つけ方でございますか?」
「《大迷宮》にも罠があるんだし、解除出来なくても場所さえ分かればどうにかなるしね」
大まかに方針が決まり、テグスたちは料理を平らげると、《中町》の神像に《祝詞》を上げて再び地上へと戻った。
《中四迷宮》に《七事道具》を取りに行くついでに回収した、造罠コキトの背嚢の一つをウパルに渡す。
「背負子だと、身体に巻きつけた《鈹銅縛鎖》を動かすときに邪魔なんでしょ?」
「はい。これならば大丈夫でございますね」
試しに背嚢を背負ったままで、ウパルは袖口から《鈹銅縛鎖》を出したり引っ込めたりをくり返して見せた。
《中四迷宮》の《迷宮主》である《暗器悪鬼》を、ウパルが《鈹銅縛鎖》で雁字搦めに縛ったおかげで、大した被害もなく攻略し終えた。
「やっぱり、《暗器悪鬼》の箱の中身は空なんだね」
「怪我のない《合成魔獣》が《大迷宮》に出るってエシミオナが言ってたから~、きっと箱の中身が詰まった《暗器悪鬼》も出てくるんじゃないかな~?」
「《大迷宮》で、出てくるです?」
「その時はウパルの鎖さばきに期待しましょう、倒し方は変わらないでしょうし」
「もちろん、当てにして下さって宜しいですよ」
《暗器悪鬼》から投擲武器を回収し、《靡導悪戯の女神シュルィーミア》の神像の手を動かし罠を発動させてから、手の上の《七事道具》を貰う。
どうやら持っていない人の分しか現れないらしく、一つだけだった。
テグスが《七事道具》を手渡すと、ウパルは神像のある場所に散らばる、発動した罠で飛んできた物品を見回していた。
「どうかしたの?」
「ここにある道具を持ち帰っても宜しいでしょうか」
「構わないと思うけど、でもなんで?」
「武器として作られていないものの宝庫でございますので」
ウパルの言葉に見回して見ると、確かに金属性の歯車や滑車、木製の車輪や道具箱に杭など、武器とはいえないものが多数転がっている。
「《静湖畔の乙女会》の人たちのお土産に持っていきたいわけだね」
「はい。この後に《中三迷宮》に赴くのですから、顔を出すついでにと考えましてございます」
「じゃあ手分けして回収しようか。どれが良くて駄目かの指示は、ウパルがしてね」
「拾うの手伝うです」
「重たいものなら任せて欲しいの~」
ウパルがどれがいいかを指示して、テグスたちは床に散らばる道具を回収していった。
地上へ戻って移動して、《中三迷宮》に一巡週ぶりに入る。
「上の層だと、荷馬車でのんびりと進んでいくのでございますね」
「上の方には来たことがないの?」
「物心ついたときから、《静湖畔の乙女会》でお世話になっておりましたので」
身の上話などをしながら、《中三迷宮》内の町や村を通り過ぎ、一日の終わり頃には宿泊していく。
「信徒さま。どうかどうか、家の病人の具合を見ては貰えませんでしょうか」
通過したり宿泊する町や村で、住民がウパルが《静湖畔の乙女会》の人間だと知ると、決まってこんなことを頼まれる。
すると、ウパルは嫌な顔一つせずに家に赴き、手に入る材料で治癒可能ならば治療を、不可能でも薬の材料と作り方を記して手渡してやっていた。
「簡単に薬の作り方を教えてもいいの?」
「巨万の富の種でしょうに、薬の作り方一つを知るだけでも」
「いえ。人の安寧を願い、慈悲ある行いをすることこそ、教義でございますので」
返答に、テグスが少し感心した表情をして、アンヘイラが勿体無いという顔をする。
治療行為という適度な寄り道などしつつも順調に道順を消化し、一巡月で二十五層に到着した。
「おや、ウパルはお役に立てず、お気に召さなかったのでしょうか?」
「いえいえ。また《護森巨狼》に相手して貰いに行くついでに寄ったんですよ」
《静湖畔の乙女会》で修道長のルミーネクが出迎えてくれた。
「修道長。テグスさんたちから、《迷宮》で手に入れた道具の寄進でございますよ」
「たくさん持ってきたです」
「結構種類があって、よりどりみどりなの~」
「あなた方の身を守るのに必要だと聞きましたので、この道具たちをどう使うか良く分かりませんけれどね」
「これはこれは。ありがたく受け取らせていただきます。誰か、誰か、運ぶのを手伝ってくださいな!」
ここまで運んできた、《中四迷宮》で手に入れた道具を、テグスたちは背負子から取り出して手渡した。
ルミーネクは他の信徒を呼び、渡された道具を運ばせた後で、ウパルへと顔を向け直す。
「これほど良き行いをするお方は珍しいのですよ。お世話出来ることを幸せに感じなさいね」
「はい。分かっております。日々、良縁を《清穣治癒の女神キュムベティア》様に感謝しております」
言葉を交わして直ぐに、唐突に祈り始めた二人に、テグスたちは苦笑いの表情を浮かべて終わるのを待った。
《静湖畔の乙女会》を後にし、テグスたちは最下層へと向かっていく。
道中で出会った《二尾白虎》を倒して、内臓を抜いてから背負子に担いで進む。
テグスたちが食べる分の肉は、倒して毛皮を剥いだ《五尾黒狐》で取った。
やがて到着した最下層では、相変わらず光球からの暖かな光で、中央の巨樹の下で《護森巨狼》はすやすやと眠っている。
「じゃあ吹くからね」
「耳、閉じたです」
ハウリナが獣耳を手で押さえたのを確認してから、テグスが《護森御笛》を軽く吹き鳴らす。
常人には音が出てないように感じるが、寝ていた《護森巨狼》は顔を上げるという如実な反応を返してきた。
少しだけ眠そうな目をテグスたちへ向けたかと思うと、嬉しそうに見える顔つきに変わる。
そして、四肢で地面を軽く蹴ると、数瞬でテグスたちのそばまで来た。
「みぃねくれだすけびかじびどすけびちえるばるだうちぃりぃ」
柔和そうな目で尻尾を左右に大きく振っていることから、歓迎されているようだ。
「お土産を持ってきました――ソウヴェニルス、ボンボルゥ」
「みぃじょいじょあすけびぽびすべにぎたんとすでびあんど!」
テグスが持ってきた《二尾白虎》を一匹差し出すと、《護森巨狼》は感動したような目を向けてから、丸々口の中へ収めてしまった。
そして、ボリボリと骨が噛み砕かれる音の後で、飲み込んでしまった。
「それでお願いがあるんですけれど――ドニ、ラ、デマンディ」
「えすたすでまんだ?」
「ぼらするきち」
《護森巨狼》が小首を傾げたのに、ハウリナが言葉を続ける。
すると、《護森巨狼》は急に悲しそうな顔になった。
「みぃちえるねばぁすけべれりくんびうろじ」
今までの受け答えしてきた感触から、戦う訓練を手伝ってくれそうだったのにと、少しテグスは意外に思った。
ハウリナも同じ思いなのか、言葉を続ける。
「ねばたり。いんすとるいすらちゃーそ」
「ちゃーそ? きゅーびぃみぃいんすとるあすきおんらちゃーそきえるびうぉじ?」
「ちゃーしびん」
「ちゃーしみん?」
ハウリナと《護森巨狼》は顔を見合わせながら、首を同時に傾げた。
どうやら、ハウリナの《白狼族》の言葉と《護森巨狼》の言葉が完全に一致しているわけではないようで、言葉の齟齬による混乱が起きているようだった。
テグスはとっさに二人の間に割って入る。
「トレナード。ボリーロ。ディスクリプリーノ。プラクチコ。ルディモード」
テグスが思いつく限りに、古代語で訓練を意味する言葉を並べ上げた。
上げた中のどれかで、テグスたちがして欲しいことが分かったのか、《護森巨狼》の目がいぶかしげから優しげなものに戻った。
「がる、せどみぼらすけびいるみぃてぷらくちこ。りこんぺんこえすたすぼなびあんど」
「戦ってもいい、お礼は肉と言ってるです」
どうやら通じたようだとテグスが安心していると、《護森巨狼》は急にハウリナの胴体に噛み付いた。
「ひゃわふ! なんです、なんです!?」
混乱するハウリナの胴体からは、血が出ていない。どうやら甘噛みで咥えられているようだった。
なにをする積りかとみていると、ぽーんとハウリナを草が茂っている方へ口で投げ飛ばした。
「ひゃわーーーーーー!」
「ちゅいえすたすとれなーどこめんこ」
「高くは飛ばさないで欲しいの~~~~~」
次にティッカリが咥えられ、ハウリナと同じ草むらへと投げ飛ばされた。
どうやら、もう訓練が始まっているようで、テグスたちは口に咥えられ次々に投げ飛ばされる。
「ちょ、ちょっと、非殺傷の武器を用意してないーーーーーーー!」
「無理でしたね、捕まる前に逃げようと思いましたがあああああ」
「《護森巨狼》様、少しお待ちになってくださいませえええええ!」
「にばたるえっりちーじ♪」
ぽんぽんと、次々にテグスたちを投げ飛ばす《護森巨狼》は、遊び相手が出来た子犬のようにはしゃぎ続けるのだった。
 




