140話 ウパルの説教
テグスが一昼夜で、着いた《中町》の《白樺防具店》のエシミオナに《二尾白虎》の外套作りを頼み、ハウリナたちの下へと帰ると意外な光景に出くわした。
「テグス、おかえりです!」
「帰ってくるの、意外と早かったの~」
「遅かったと言うべきでしょう、いい場面を見逃したのですから」
「えーっと、これはどういうこと?」
テグスの視線の先には、仁王立ちするウパルの前に、仲間の治療を求めてきた男と仲間たちが足を畳んで床の上に座っていた。
治療を求めていた男ともう一人の男の太腿の上には、なぜかティッカリの殴穿盾が置かれている。
「ちょっと前まで、ウパルが説教をしていたの~」
ティッカリが理由を耳打ちするが、テグスは聞き間違えかと思った。
「ウパルが説教?」
「病人が完治してないのに、治療費の交渉しようとしたの~」
「ウパル、ものすごい怒ったです!」
「心が病んで治るものも直らなくなる、病人の枕元で薬代を話すべきはないと」
理由を聞いて納得しつつ、テグスは少し疑問に思った。
「でもなんで、あの人たちは素直に説教を受けたの?」
「素直じゃないです」
「ちょっと前まで、鎖でぎゅーっと締めてあげてたの~」
「その後、殴穿盾を一つずつ乗せたんですよ、言い出した男と反省の色がない一人に」
テグスの脳裏では、《鈹銅縛鎖》に雁字搦めにした男女に、ウパルが懇々と説教する姿が想像された。
「《静湖畔の乙女会》の信徒って意外に激しい気性なのかな?」
「聞こえておりますよ、テグスさん!」
呟きに返ってきた言葉は、ウパルの冷めやらない内心が出たのか、少し刺々しいものだった。
怖い怖いと肩をすくめてから、テグスはウパルに顔を向ける。
「《二尾白虎》の毛皮の外套は、明後日には出来るってさ。色の指定は白一色にしちゃったけど大丈夫だった?」
「はい。《静湖畔の乙女会》の信徒たるもの、身につける衣服は白であらねばと考えておりますので」
テグスの言葉で気がそれたように見えたウパルに、床に座る人たちから軽い安堵の雰囲気が漏れる。
だが、安堵の空気を感じたウパルが、たれ目の目じりを吊り上げて、ギッと睨みつけた。
「まだまだあなた方に、言いたいことは沢山ございます! なんですか病人食を一人も作れないとは」
「い、いや。料理番はあの寝込んでいる――」
「だからと言って、野菜を軟らかく煮たスープぐらいは作れましょう」
「そ、それだと結構薪を使っちゃうし」
「多少の薪と仲間の命、どちらが大切だとお思いなのですか!」
「こんな風に、ずーっと怒ってたです」
「あー、なるほどねー」
ウパルは得意な領分の話になると熱が入る人なんだと納得し、飽きるまで放っておくことにした。
風邪を引いていた女性は薬を与えてから、ウパルが言っていた通りに三日で完治した。
「ウパルさん、大変お世話になりました。おかげ様で体調がすっかりと良くなりました」
「いえ。若輩者の身なので、敬称を付けられるほどではございませんよ」
「そうなのですか? でも、聞いた話では……」
女性の視線の先にいるのは、治療を頼んできたあの男だった。
「そうですよ、ウパルの姐さん。治療の腕でも大したものなのに、俺たちの人の道を正してくれたんだ。さん付けどころか様付けしたって――」
「姐などと呼ぶのはお止め下さいと言いましたが、遂に聞き入れて貰えませんでしたね」
お説教が効き過ぎたらしく、彼と仲間たちは年下のウパルを姐などと呼んで慕うようになっていた。
「自分でしでかした結果だしね」
「じごーじとく、です」
「諦めて受け入れちゃった方が楽になるの~」
「人に慕われるのはいいことでしょう、私はご免こうむりますが」
「うぅー、多少は慰めてくれてもいいではございませんか」
テグスたちは冗談だと分かる態度を貫き、熱が入らない部分ではウパルは大人しいので言い返したりはしてこない。
「あのー、話の途中で恐縮ですが、お世話になったお礼です。お納めください」
ウパルに差し出されたのは、《癒し水》を買おうとしたときに出してきたのと同じ皮袋。
「はい。皆様のお心付け、有難く受け取らさせていただきますね」
何の躊躇いもなく、お金の入った皮袋を手に取る。
男と仲間たちは、受け取ってもらえて安心したような、これからの金欠を悩むような顔をした。
彼らの顔を見て、ウパルは微笑みを浮かべる。
「お心は理解いたしましたので、金貨を一枚だけ受け取らせていただきます。病み上がりの方も居られますし、残りは皆様にお返ししたく思います」
金貨を一枚取ってから、ウパルは皮袋を返却した。
受け取りながら、本当にいいのかと目で問いかける男に、ウパルは静かに頷いて見せた。
すると、男も仲間たちも何故だか滂沱の涙を流し始める。
「お、俺、俺、冬が終わったら、《中三迷宮》行って、《清穣治癒の女神キュムベティア》の信徒になります!」
感極まった様子の男の肩に、ウパルは静かに手を置いて首を横に振った。
「いえ。入信などなさらないで下さい。その代わり、他の方々にほんの少し優しくする慈悲の心をお持ちになってください」
「はい、ばい。俺、人に優しくじまずー!」
涙声でなにを言っているか怪しい男に、ウパルは分かっていると頷きを何度も返す。
男の仲間たちも涙目になり、優しくすると連呼し始めた。
「うわー、なんだか危ない光景を見ている気がするよ」
「ウパル、危ないです」
「これからはウパルちゃんの話を、真面目に聞かないことにするの~」
「宣教の怖さですね、明らかに信者の目になってますし」
「え、え。なにがどうなっているの?」
傍らで見ていたテグスたちは白々とした目を向け、ベッドの上で横たわっている女性は目を白黒させていた。
病気を治し終わって別れ、テグスたちは《中町》に向かうべく、《外殻部》と《中心街》を隔てる関所に再びやってきた。
「おーい、あんたらだろ、噂の病気を治してくれるって人は!」
関所を通ろうとしたとき、また誰かに呼び止められる。
どうやら、治療に当てた三日のうちに、耳敏い人に知られてしまっていたようだ。
テグスが顔を向けると、ウパルは目で病気の人を放って置けないと訴えてきた。
「とりあえずは、話を聞くだけだよ」
「はい。分かっておりますとも」
うきうきとした様子のウパルに、テグスは悩ましげなため息を吐いた。
「よかった、間に合ったぜ」
「早くこっちに来てくれ、病気で大変なんだ」
「一刻を争うんだ、急いでくれると助かるぜ」
「薬が早く必要なんだ」
呼び止めたのは、くたびれた革鎧の三十代ぐらいの男たちが七人。
彼らを見たとき、テグスは無視して《中心街》に入ろうと思った。
なにせ、彼らの態度は仲間に病人がいる風ではなく、テグスたちを食い物にしようとしているのがありありと分かったからだ。
「ウパル――」
「病気とは大変でございましょう。案内してくださいませ」
「おお、そいつはありがてえ。こっちだこっち」
テグスが注意を告げる前に、ウパルが安請け合いしてしまった。
一人で向かわせるわけもいかないので、テグスたちも後に続いて歩いていく。
案内されたのは、裏路地の片隅にある隠れ家のような建物だった。
「ここに病人がいらっしゃるのですね?」
「いるっていやあいるし。いないっていやあいないなぁ」
男の言葉を合図に、テグスたちの退路を塞ぐように、別の男たちが四人現れた。
テグスはやっぱりと思いながら、左右の手に小剣を抜いて構える。
ハウリナたちも各々武器を持って警戒をする。
「これはどういうことでしょうか?」
唯一、ウパルだけは状況が飲み込めないように、小首を傾げていた。
「冬に入って随分とご無沙汰なもんでよ。ココの高まりを治してもらおうってな」
「女が四人いるんだ、一人三回ずつでも余裕だろ?」
「俺は子供なら男でだって構わないけどなー」
一斉に下卑た笑いを始める男たちに、ウパルは納得したという顔をした。
「なるほど。病人とはあなた方のことなのでございますね」
「そういうこった、だから治してくれるよなー」
「キク薬を作ってくれるなら、嬢ちゃんの番は最後にしてくれたっていいんだぜ?」
彼らの言葉を聴いたウパルの顔に、先日治療した女性の仲間たちに説教をした時と同じ、熱を帯びた表情が浮かぶ。
「ふっふふふふふふふ。これはなんとも『直し』我意のある患者様でございますね」
笑ったウパルは、おもむろに外套を脱いで、元の持ち主であるティッカリに手渡した。
「いーぞいーぞ。その白い服も気に入ったぜ」
「率先して相手してくれるなんてな。これなら囲む必要だってなかったかもな!」
相手をしてくれると思ったのか、囲んでいる男たちがはやし立てる。
上がった歓喜する声も、ウパルが袖から《鈹銅縛鎖》をするりと垂らすまでだった。
「あん? なんで鎖なんかが?」
何もないところから鎖が生まれでたように見えたのか、手品を目の当たりにした幼子のように、男たちは不思議がって動きが止まっている。
「テグスさん、出来ればでいいので、手足を折るだけにしてあげてもらえませんか?」
「見逃す積りなんて――ああ、ウパルが止めを刺したいんだね」
テグスの言葉に頷きを返し、ウパルは袖から垂らした《鈹銅縛鎖》を、高速で男の一人の顔に打ち当てた。
「がはッ――」
「お望み通りに、悪いところを『直し』て差し上げてご覧にいれましょう」
「ウパルの要請だから、死なない程度に動けなくしてあげようか」
「後ろの、やるです!」
「ハウリナちゃんの、お手伝いするの~」
「では前の手足を射抜きましょうか、数も多いことですし」
散開して襲い掛かってくるテグスたちに、男たちは慌てて武器を手に取った。
この時、人数に勝るため男たちには侮りがあった。
「あおおおおおおおおおおん!」
「とやあ~~~~~~~~」
「ぎぃやあああああ、腕が足が!」
「くそくそ、膝を膝を折られたああああ!」
「ひいいいぃぃぃい、関節が関節が増えた!?」
「盾が、盾が壊れて目にいいいいいいいいい!」
ハウリナが黒棍の打撃と脛当ての蹴りで、ティッカリが殴穿盾の両手突きで、あっという間に逃げ道を塞いでいた四人を伸し終える。
「普通の鏃で十分ですね、《青銅証》の探訪者とはいえこの技量の相手でしたら」
「腕に矢が、くそ武器を落とし、あだああああああああああ!」
「足に矢を受けて立てないんだ、だからだから、止めああああああああ!」
アンヘイラが速射で、二人の二の腕と足に矢を当てて無効化する。
「うーん、剣を使っての手加減って難しいんだよね……」
「お、お、俺の、手首ぃいいいいい!?」
「がああああ、足の足の血が止まらないいいい!」
テグスが剣を二人に振るったのだが、うっかり一人の足を切り飛ばしてしまって、失血死させてしまった。
結果、生かしておくということでは、仲間内ではテグスが一番下手だった。
あっという間に戦えるのが四人にまで減ってしまった男たちは、ようやくテグスたちを相手にしてはいけない人だと認識し終えた。
そして目の前に、球止めだった部分を錘に《鈹銅縛鎖》を振り回し、微笑みを浮かべながら近寄るウパルがいる。
「わ、悪かった。だから命ばかりは助けてくれ!」
「噂を聞いてカモにしようって言ったのはこいつだ、だから俺は助けてくれ!」
「お前だって乗っただろ、最後まで反対したぞ俺は!」
「こいつらを殺してもいいから、俺だけは俺だけはこのまま逃がしてくれ!」
勝てないと理解した途端に、武器を手放して一心に聞くに堪えない命乞いを始めた。
テグスが面倒だから殺そうと思っていると、ウパルは彼らにニッコリと笑いかけた。
「そこまで仰られるのでしたら、そちらの壁に両手を着いて足を肩幅に広げて見せてくださいませんか?」
「あ、ああ。それで満足するなら」
何でこんなことを言われたのか分からない様子だが、命を助ける積りがウパルにあるのだと理解して、男たちは壁に手を着き足を広げる。
「なあ、こうすれば命は助けてくれるんだよな」
「ええ。ついでに悪い場所を『直し』て差し上げましょうね」
ウパルの言葉には、聞く人に嫌な予感を与える響きがあった。
テグスもまさかと思いながら見ていると、ウパルの手で振り回されていた鎖が下から男の股間に直撃した。
「ぎゃびいいいいい!?」
「駄目ではないですか、地面に座ってよいと言いましたでしょうか?」
情けない悲鳴を上げて、真っ赤に染まった股間を押さえて崩れ落ちる男。
ウパルは嬉々とした笑みを浮かべて言いながら、また別の男の股間を《鈹銅縛鎖》の先で潰す。
「くおおおおおおお……」
「ひいいいいぃぃぃ、なんでなんで玉つぶしなんか!?」
「変なことを問いになられますね。あなた方が悪い部分を『直し』て欲しいと仰ったのではありませんか?」
「でも、でもおおおあああああああああ!」
壁に手を着いた三人目の玉が潰されると、四人目が逃げようと走り出した。
「逃げるなんて、悪い人でございますね。悪漢にはよりキツイお仕置きが必要でございましょうね」
「ぎゃっ。く、くそ足に、足に鎖が!?」
ウパルは両足に鎖が巻かれて蠢く男に近寄り、つま先で股間を蹴り上げた。
「ぎいいいいいいああああああ!」
「非力ですので何度も蹴らねばならず、痛みが続きますことを許してくださいね」
「ま、待ってえあああああ、わる、悪かったからああああああ!」
何度も何度も股間を蹴り上げる光景に、テグスは同性として見るに絶えず思わず目を背けてしまう。
背けた先で見えた、手足をやられて地面に転がる男たちは、次は自分だと分かっているのだろう顔が真っ青になっていた。
音がやんで視線を戻すと、股間をしこたまに蹴られた男は、泡を吹いて死んでいるように見える。
「ふぅ、悪漢を『直す』作業は大変なのですね。でも、白い服に赤い斑点がついたことは喜ばしいことでございましょう」
まるで襲ってきた男性の股間を潰すのが生きがいかのように、ウパルは《鈹銅縛鎖》とつま先で、地面に転がる男たちに制裁を加えていった。
「うわー、これは酷い……」
路上に転がる男たちは、大半が股間を赤く染め白目を向いて失神し、残りは潰れた衝撃で死んでしまったようだった。
「テグスさんは、彼らに同情的なのでございますか?」
「いや、普通に殺せば早いし手間かからないのにって思うだけだよ」
テグスは言いながらも、同情とは違うが心底こんな死に方はしたくないとは思った。
「それでは駄目でございましょう。折角、悪しき部分を『直し』て欲しいと言ってきたのですから、処置をしなければ可愛そうではありませんか」
「生かして、いいです?」
「悔い改める機会は等しく与えられるべきでしょう。所詮、玉無しになっただけですので、再起は可能と思います」
「……《静湖畔の乙女会》って、怖いところなの~」
「テグスとは方向性が違いますね、容赦のなさは同じなのに」
ハウリナたちも、ウパルの所業に少し疑問を抱く部分があるようだった。
「毎度こんなことをしていられないから、次からは襲ってきた相手は殺しにいくからね」
「殺すの、かんたんです」
「結果的に生きていたときは譲るの~」
「手足を狙うより簡単ですからね、頭を射抜いたほうが」
「中々に宗教的な行いが理解されないというのは、本当なのでございますね」
生きている人もいるので身包みを剥ぐ気にもなれず、テグスたちは再び《中町》を目指すために、この場を立ち去ったのだった。




