138話 食べ物のお礼
数匹分の《二尾白虎》を食べて満足したのか、《護森巨狼》は満足そうに赤い舌で口の周りを一舐めした。
「まんじょえすちすぼんぐすてが。だんこんちぃうじ」
「美味しかったって言ってるです」
「満足してもらえたんならよかったよ」
「それにしても、よく食べたの~」
「この量でも小食と言えるでしょうね、身体がこれほど大きいですし」
「食が慎ましやかなお方のようでございますね」
《護森巨狼》に知性があると分かってから、全員の対応が《魔物》に対するものではなくなっている。
テグスにしてみれば、話が通じるだけ浮浪者たちよりも相手しやすかった。
ティッカリやアンヘイラも、危害を加えてくる相手ではないと知ると、怖がる様子もなく口に《二尾白虎》を差し出していた。
ウパルは信仰の対象の一つだからか、やけにキラキラとした瞳で見つめ続けている。
ハウリナなんて、《護森巨狼》を見たときは怖がっていたというのに、毛づくろいをしてやって身体に着いた木の葉を取ってやっているぐらいだった。
「けどさ、《護森巨狼》を餌付けしたはいいけど。これで《中三迷宮》が攻略できたのかな?」
「そうだったです!」
なぜ《護森巨狼》に《二尾白虎》の肉を与えたのかを思い出して、テグスたちの視線はウパルへと向けられる。
「いえ。先輩たちに聞いただけなので、この後どうすればいいかまでは知らないのでございますよ」
「……消える様子はありませんね、満足しているようには見えますが」
テグスたちが視線を向けると、《護森巨狼》はくりくりとした目で見つめ返しながら軽く首を傾げて見せた。
「きゅびいおんべぞなすへろぽん?」
「どうしたって言ってるです」
「素直に言って大丈夫なのかな。《中三迷宮》を攻略しに来たを古代語だから――ニィ、インテロッンピ、ラビリン」
聞いた《護森巨狼》は、まるで何だそんな事かと言いたげな目をすると、この場所の中央にある大樹へとゆっくり歩き出し始めた。
意味が理解できずにテグスたちが立ち止まっていると、《護森巨狼》が立ち止まって振り返る。
着いて来いと言いたげだったので、テグスたちは荷物を持って追いかけると、《護森巨狼》の歩みが再開した。
やがて、大樹に到着すると、《護森巨狼》が寝ていた場所に人が通れるほどの洞が開いていた。
「びぃえんいりすえんらとるおん」
「中に入れってことだよね?」
「そう言ってたです」
テグスは《護森巨狼》の言葉に慣れてきて、古代語との共通部分が聞き取れるようになってきていた。
確認に尋ねたハウリナも、洞の中に入るように言ってきたので、テグスたちは少しだけ警戒しながら中に入る。
洞の中は大人が五・六人は入れそうなほどの広さがあり、天井には小さな光球が弱々しく光っていて、壁面に一体の神像が立っていた。
「《清穣治癒の女神キュムベティア》様の像でございますね。これは祈りを捧げないといけません」
ウパルが跪いて祈る神像は、自分の胸元を抱き寄せるような格好をしていた。
「腕の中に何本か瓶があるね」
神像は腕と身体の隙間に、軟木栓がされた青く透明で綺麗な瓶を抱え持っている。
数えてみると、瓶は六本あった。
「えんあぷれぞでまんじゃじょ、ヴぃうぉじえすたすぼないりくんらとりぼてぉじん」
「三つ、持ってっていいです。肉のお礼です」
ハウリナの通訳を聞いて、《護森巨狼》を倒せたら六本貰えるのだろうと、テグスは予想した。
しかし、《二尾白虎》の肉と交換で《中三迷宮》のご褒美が半数貰えるのなら、破格であるとも思った。
「じゃあ有難く持っていっちゃおうか」
テグスが無造作に三本選び、神像の腕から抜き出す。
光球の光に照らして見ると、透明な瓶の中身は何かの液体であるようだった。
「ここは《鑑定水晶》の出番だね」
瓶に《鑑定水晶》を押し付けたとき、《蛮勇因丸》を鑑定した際に、袋の鑑定結果出たことを思い出した。
軟木栓を抜いて液体に触れさせるべきか少し迷い、とりあえずはこのまま瓶に着けて使ってみることにした。
「おっ、今回は中身だけ書かれているや」
《鑑定水晶》に光球の光を通して、出てきた鑑定結果を読んでいく。
『銘:慈悲女神の《癒し水》
効:慈悲女神の祈りが込められた水。
飲めば病気を癒し、振り掛ければ怪我の治癒が速まる』
鑑定結果を聞いた反応は様々で――
「流石は慈悲深き《清穣治癒の女神キュムベティア》様でございますね。このような薬をお渡し下さるなんて」
ウパルは実に信徒らしい感想だった。
「薬の水は、飲めないです……」
「綺麗な瓶に入っているから、お酒かと期待したの~」
中身が薬だと知って、ハウリナとティッカリは少し残念そうだ。
「これがあればもっと早く怪我を治せたのでしょうね、いまさらでしかありませんけれど」
アンヘイラは元の仲間たちのことを思ったのか、深々としたため息を吐き出している。
「怪我や病気はしてないし、直ぐ使うわけじゃなさそうだから、背負子の中に仕舞っちゃうね」
彼女たちの反応に苦笑し、テグスは瓶に布を巻いてから背負子の隠し箱の中に収めた。
用は済んだからと、《護森巨狼》に別れの挨拶をしようと振り向くと、巨大な鼻面が洞の穴を塞いでいた。
一体なにをしているのかと見ていると、《護森巨狼》の口が小さく開き、一つの細い筒のようなものを地面に落とす。
「みぃでじらすどなこらふぁじふぃろんすあびぃ」
「おみやげに、笛くれたです」
ハウリナが拾って差し出したのを見ると、木製の指半分ほどの細さで筒状の笛だった。
テグスは顔を見回してから、代表としてこの笛を吹いてみることにした。
「せーの、ふぃーーーーー……」
生きよいよく吹いてみたのに、息が漏れているような音しか出ずに、テグスは首を傾げる。
「ふぃーーー、ふぃーーーーー……」
何度吹いても同じ息が漏れるような音しか鳴らず、ティッカリやアンヘイラにウパルも不思議そうな顔をする。
特別な吹き方でもあるのかと、まじまじと吹き口を見ていたテグスに、ハウリナが涙目で獣耳を押さえながら詰め寄ってきた。
「テグス、うるさ過ぎです! 耳、痛いです!」
「えっ!? でも音は鳴ってなかったよ?」
「ピーピー大きく、何度も鳴らしてたです!!」
ハウリナは頑なに、大きな音が鳴っていたと主張を繰り返した。
テグスたちは信じられなくて、もう一度だけ笛を軽く吹いてみたが、やっぱり聞こえない。
問答を続けていると、《護森巨狼》が洞の中を覗き込んできた。
「らふぁじふぃろそのすえすたすいなうでぶるあるらほま」
教え諭すような響きの言葉を聴いて、ハウリナは納得して主張するのを止める。
特殊な笛なのだろうと理解したテグスは、《鑑定水晶》を使ってみることにした。
『銘:守護獣の《護森御笛》
効:守護獣と獣人以外には聞こえない音が出る笛。
特定の守護獣とは音色で交流を行うことが出来る』
鑑定結果を伝えると、獣と獣人にしか聞こえないという部分に納得を返してきた。
「ハウリナには聞こえるんだよね、どんな音なの?」
「耳につく音です。小さくても、気になるです」
「なら、ハウリナちゃんを呼び出す時に、使えるかもしれないの~」
「使う必要はないと思いますが、ハウリナはテグスと四六時中一緒なのですし」
「取り上げるべきは、《護森巨狼》様と交流が出来そうなところでございませんでしょうか」
「意思疎通なら、ハウリナが会話できてるよ?」
「うにゅふぉじぇびぃぶぉぶふぁじふぃぉんみぃこるぴがす」
「笛吹いたら起きる、言ったです」
獣人に聞こえて、夕暮れを待たずに吹けば寝ている《護森巨狼》を起こせるらしい。
つまりは、希少なのに使い所に困る笛だということだった。
とりあえず何かに使えるかもしれないと、テグスは隠し箱の中に《護森御笛》も仕舞っておくことにした。
「それじゃあ神像に《祝詞》を上げて帰ろうか。ウパルも一緒に地上にいくのでいいんだよね?」
「はい。しばしお供させていただきたく思います」
「《護森巨狼》も、じゃあね――ジス、レヴィド」
「びぐるぽ じすじす!」
テグスが《護森巨狼》に別れの古代語を話すと、ハウリナも《白狼族》の言葉で続いた。
「え~と~、じすじす、でいいのかな~?」
「じすじす、合っているか分かりませんが」
「《護森巨狼》様、じすじす、でございますよ」
ティッカリは困り顔で手を振って、アンヘイラは軽く会釈しながら、ウパルは深々と頭を下げた。
「じすぽすて。きあむれんこんちすちあむ、みじょじあすかじあるぽるつあるみらびあんどん」
「つぎも、肉欲しいそうです」
神像に帰還の《祝詞》を上げて、目元を笑わせている《護森巨狼》と分かれたのだった。




