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136話 《中三迷宮》二十五層以下

 新しくウパルを仲間にしたテグスたちは、折角だからと《中三迷宮》の《迷宮主》を目指すことにした。

 

「では先ずは、二十五層に出る《魔物》の紹介でございましょう」


 行き先を告げると、ウパルが率先してテグスたちの前を歩き、二十五層の樹木の迷路を進んでいく。


「ウパルさんは、二十五層以下をよく行き来していたんですか?」

「ウパルと呼び捨てで宜しいですよ。もう仲間なのでございますから」


 少し他人行儀だったかなと、テグスは反省して以後呼び捨てにすることに同意した。


「行き来していたとは言えないのでしょうね。先輩の方々と、今までは同行させて頂いておりましたので」

「でも一応は、戦った経験があるんだよね。鎖で戦うって言ってたけど――って、今も鎖を持っているの?」


 ウパルの見た目は相変わらず、真っ白な頬かむりと袖付き貫頭衣を着ている。

 しかし、身体のどこにも鎖――《鈹銅縛鎖》を所持しているようには見えなかった。


「はい。身体に巻きつけて所持しております。あまり肌を見せるのは、はしたのうござりますが」


 袖を軽くまくり、裾を軽く上げる。

 手首に《鈹銅縛鎖》の先端である丸い球が来ていて、踝の辺りにまでぐるりと鎖が巻かれていた。


「それって、攻撃じゃなくて防御用なの?」


 恐らく、身体を動かす余裕を持たせて鎖を身体に巻いているのだろう。

 身体に巻いた鎖を鎧として使う積りなら、まだ理解は出来るが、脳内で裸体に鎖を巻いた想像をしてみると、攻撃には使用できないような気がしてくる。


「ふふん、そこは長年の訓練の賜物でございます。今では蛇が身体を這い回る如く、鎖を動かすことが出来るのでございます!」


 袖をまくった場所から《鈹銅縛鎖》が伸びるように出てくると、裾をまくった踝の辺りに巻かれた《鈹銅縛鎖》が本物の蛇のようにするすると移動していく。


「身体にあとがつきそうです」

「鎖が肌に擦れて痛くないの~?」

「もう慣れましてございますよ」


 伸ばした《鈹銅縛鎖》を前へ手を使って放り投げて伸ばし、手も身体も動かす様子は見えないのに、するすると袖の中へと戻っていく。


「大道芸のようですね、戦うに足る技量だとは分かりますけれど」

「《静湖畔の乙女会》の秘奥を、大道芸と表現しては欲しくはないのでございますが?」


 大道芸と言い表されてウパルは心外そうに頬を膨らませているが、申し訳ないことにテグスも同じ感想を抱いていた。


「どうやってやっているか分からないけど、結構凄いよね」

「いえいえ。自分は鎖を扱ってございますが、先輩は縄を同じように扱っておりまして、まだまだでございます」

「鎖より縄がむずかしいです?」

「はい。鎖は多数の関節があるように意識すれば、出来るようになられるかもしれません。縄には節目がなく、結った捻りに偏りが存在していたりと、操るのが何倍も難しいのでございます」


 十分に凄いと思うが、上には上がいるらしい。

 なら、報酬として同行させるのはその先輩が良いのではないかと思ったが、《静湖畔の乙女会》に何か企みがあってのことだろうと聞かずに置いた。

 こんな和やかな雰囲気のまま森の迷路を進んでいくと、唐突にハウリナが獣耳を左右に忙しく巡らし始める。


「気づかなかったです。もう近くに《魔物》がいるです」


 ハウリナがすんすんと鼻を鳴らして黒棍を構えると、隠れていたらしき白い毛並みの虎の《魔物》が、通路の木の上から襲い掛かってきた。

 木が揺れる音はするが、白虎の《魔物》が動く音は聞こえなかったため、少し拍子を外されて迎撃が後手にまわる。


「わおおおおおおおおおおおおん!」


 唯一反応していたハウリナが、大きく黒棍を振り回す。

 白虎の《魔物》は黒棍を鼻面で受ける前に、空中で身をひねって避けて着地した。

 そして、通路の森の中へと入っていき、姿を消してしまう。


「あれはなんていう《魔物》か知っている?」

「《二尾白虎》でございますね。木々の間や上に潜んで、こちらに襲い掛かってくる二つ尾っぽの白虎でございます」

「ふーん、なるほどね……『動体を察知パルピ・ベスタ』」


 最近では出番がなかった索敵の魔術を、テグスは使用した。

 すると目には見えないのに、意外と近くに反応を検知する。

 反応があった場所に向かって、テグスは投剣を三つ高角度で投げつけた。


「ガアゥ、グルルルルルルルルル」


 手で弾かれたように投剣の一つが跳ねると、木の陰から浮かび出てくるように《二尾白虎》が出現する。



「どうやら、隠れ身の魔術と同じことが出来るみたいだね」

「それはそうでありましょう。この《二尾白虎》とまだ出会っておりませんが《五尾黒狐》は、《清穣治癒の女神キュムベティア》がお作りになられました、ここまでの層で満足出来なかった強欲者を倒す役目の《魔物》でございますし」

「ふーん、そうなんだッ!」


 ウパルの話を聞きながら、テグスはもう二つ投剣を投擲する。

 存在が薄くなりかけていた《二尾白虎》は、投剣を打ち落としたことで再び存在が分かりやすくなった。

 そこにハウリナとティッカリが近寄っていく。


「あおおおおおおおおおおん!」

「とお~~~~やあ~~~~~」


 黒棍と殴穿盾を跳んで回避した《二尾白虎》は、空中に解け消えるように存在が薄くなっていく。

 だが、飛来した二本の矢を、一本は口で受け止め一本は肩に受けると、存在感がまた戻ってきた。


「面倒ですね、攻撃を当て続けないと消えるなんて」

「消えないようにするには、こうすれば良いのでございますよ」


 着地するのに合わせて、ウパルが袖から伸ばした《鈹銅縛鎖》が《二尾白虎》の脚に絡みついた。


「ガア、ガアアアアアウウウウ!」


 邪魔そうに脚を振るう《二尾白虎》だが、外れる様子はない。

 しかも、確かに《二尾白虎》の存在感が薄くなるようなことにもなっていなかった。


「今のうちに!」

「叩くです!」

「いくの~~~」


 テグスは小剣を両手に一本ずつ構え、ハウリナは黒棍を振り上げて、ティッカリは殴穿盾を腰溜めに構えて突進する。

 

「大きい鏃を使いましょうか、大物ですし」


 三人の援護のために、アンヘイラが弓を強く引いてから矢を放った。

 最初に到達した矢を、《二尾白虎》は手の一振りでたたき落とす。


「あおおおおおおおおおん!」


 対応をしたせいで、次に来たハウリナの一撃を鼻面に受け、盛大な鼻血が白い毛を染めていった。


「てやあああああああああ!」


 続いてテグスが横合いから接近し、肋骨の間に片方の小剣を突き入れ、もう片方の小剣で首筋を切り上げる。


「とや~~~~~~~~~~」


 最後に走り寄ってきたティッカリが、大きく踏み出しながらの殴穿盾の直突きを食らわして、《二尾白虎》の頭と首の骨が粉砕される。


「グア、グアァ……」


 短く鳴いた《二尾白虎》は、その場で崩れ落ちるようにして地面に倒れた。


「消えるなんて初めてだったから、ちょっと手間取ったね」

「匂いは覚えたです。次はもっと上手くやるです」

「いざとなったら、盾で受けてから、後ろから抱きかかえてしまうのもいいかもしれないの~」

「無茶なと言えないのが怖いですね、ティッカリなら出来そうですし」


 テグスたちはいつもの調子で、倒した《二尾白虎》を解体し始める。


「ウパルも、足止めしてくれて、ありがとう」

「助かったです」

「い、いえ。大したことはしてはごさいませんので」


 《静湖畔の乙女会》の先輩からは、頼りにされたり礼を言われたことがなかったのか、照れた顔のウパルは身体をむずがゆそうにしている。


「そ、それよりも、解体をしなければなりませんよ。《二尾白虎》は毛皮と肝臓と腎臓が有用でございますので!」


 話を変えようと、ウパルが倒した《二尾白虎》を指差す。


「毛皮は分かるけど、何で内臓が?」

「乾燥し粉にすると、妙薬になるのでございますよ」

「肉は食べないです?」

「美味しいですよ。ですが、運んで行かれるので?」

「運搬ならお任せなの~」


 腑抜きをして、肝臓と腎臓だけを戻した《二尾白虎》を、ティッカリの背負子に載せると森の通路を進んでいく。

 また何匹か《二尾白虎》が襲ってきたが、発見の仕方と倒し方が分かっていれば、普通の虎とあまり変わらないので倒しながら進んでいく。

 凡そ四半日分ぐらい歩いたときだろうか、インクで染め上げたような、真っ黒な狐の《魔物》が先に現れた。

 見た目から、あれが《五尾黒狐》だと分かる。


「ケケーーン!」


 一つ鳴くと、《五尾黒狐》が広げた尻尾の先に、火や水に、渦巻く風や出来かけた石、段々と強くなる光球が生み出される。

 だが、それらが成長しきる前に、額に矢と投剣が一本ずつ突き刺さり、《五尾黒狐》は絶命してしまった。


「魔術のような特殊な攻撃をしてくるようだけど」

「簡単ですよね、見える相手ならば」

「遠距離戦は《静湖畔の乙女会》では行い難いので、新鮮に感じられますね」

「なら、どうやって倒してたの~?」

「手にした武器で飛んでくる火や水を打ち払いつつ、接近していくのでございます」

「命知らずですね、乙女の名に似つかわしいとは思えないほどに」

「そんなことより、狐です!」

 

 《五尾黒狐》は黒い毛並みと五つの尻尾がふわふわしているので、冬が厳しくなる頃に使う、いい襟巻きになりそうだった。


「《静湖畔の乙女会》では規則で黒いものは付けれないのですけれど、襟巻きとして需要が高く売れるそうでございますよ」

「ウパルもそうだけど、白か赤の色の服しか着てないね」

「はい。新人は真っ白で、偉い人になると赤色の服を着るようになるのでございますね」

「白色の服だと、汚れが目立ちそうなの~」


 現に、ここまで歩いてきただけで、ウパルの長い裾の端は土色に汚れていた。


「白色は、教義のためなら自身の身体が汚れる事も厭わない、という意味があるのです。ちなみに赤色は、治療で助けた人の血と倒した不心得者の返り血で染まった、という献身の故事になぞらえて赤に染めてあるのです」

「意外と、怖い意味があったの~」

「いえいえ。実際に《探訪者》の方に同行する自分たちは故事通りに、この白い服を、《魔物》の血や襲ってくる不埒者の血で染めて来なさいと、修道長に激励されておりますので!」


 激励を有難く思っているのだろう、ウパルは軽く胸を張って誇らしげにしている。

 だが、テグスはふと疑問に思ったことがあった。

 

「でもさ、鎖でどうやって返り血を浴びるの?」

「え、そ、それはその。こう鎖を手に巻きつけて、殴るのでございますよ」


 実際に鎖を巻きつけた手で殴る動作をするが、あまり痛そうには見えなかった。


「……接近戦はティッカリとハウリナの領分だから、出番ないと思うよ?」

「殴るのは任せろです!」

「そのへろへろな突きじゃ、危なっかしいの~。前に出ない方が良いかな~」

「なら、鎖を鞭のように使って相手を叩くのはどうでございましょうか」

「相手の身体や武器に巻きつけて、足止めしてくれたほうが助かるかな」

「そうしてもらえると安全圏で殺せますね、投剣や弓矢の装備がありますから」

「うぅ……今後も、この服は清いままなのですね……」

「ほ、ほら。治療をする時は期待しているから」


 がっくりと肩を落とすウパルをテグスたちは慰めつつ、《中三迷宮》の最下層までの道のりを進んでいくのだった。


次回の更新は、五月九日です。

以後、更新頻度が二日に一度に戻ります。

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