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11話 《小五迷宮》

 自分に魔法の才能があった事を知ったテグスは、積極的に《小迷宮》の攻略に乗り出した。

 それは早く《外殻部》への通行許可を得るのと、《補短練剣》を持ち運ぶための鞘を作るための金稼ぎの為にだ。

 剥き身であの短剣を持とうものなら、火にやってくる蛾の様に、様々な輩がテグスに近付いてくるのは目に見えている為、これはしょうがない。

 なのでテグスはいま、《小五迷宮》の攻略の真っ最中。


「《斑芋虫》は素材にならない!」


 《小五迷宮》の《探訪者ギルド》支部で、この迷宮のどんな魔物の、どこの部分が買い取り可能かの情報を仕入れた。

 それには第一層と第二層に存在する、《白芋虫》に紫色の斑点が浮き出た見た目の《斑芋虫》は、その体内に毒を持っているために食用にもならない《魔物》だ。

 一応その毒は一定数収集すると、それなりの鉄貨が手に入るのだが。いまのテグスにはその毒を入れる容器が無い。

 なので出会う《斑芋虫》を一足で至近距離に近付き、『鋭刃』の魔術を無詠唱で掛けたなまくらの短剣で両断する。

 それは芋虫相手とは言え、なまくらな見た目とは裏腹な、左腰の剣に迫る切れ味を見せた。

 しかしテグスは魔石化してもしょうがないと、より下層の《魔物》を狙うべく、前方へと駆け出す。

 《小一》から《小四》までの迷宮に比べて、この《小五迷宮》は他の《探訪者》が多い。


「はい、ごめんなさいね~」

「……チッ」


 迷宮内の小部屋で戦っている、テグスと歳が余り変わらない四人の《探訪者》の脇を抜けて、その小部屋から奥へと進む。

 擦れ違い様に、援護担当らしい後方配置の一人の青年が、あからさまな舌打ちをしてきたが、テグスは気にならなかった。

 何せ目指すのはこの迷宮の今日中の攻略なのだから、こんな浅い層で間誤付いている場合では無い。

 勢いそのままに一層二層と突破し、三層への階段を降りたところで、テグスは新しい《魔物》に出会った。


「《歪犬》か……毛皮が買取可能だけど、狙うなら帰りかな?」


 その《魔物》は、少し大きな犬の見た目をしている。

 それが普通の犬ではありえないのは、四つある足の内右後ろの足の筋肉だけが異常に発達して居る事と、動体の真ん中の背骨が骨折しているかのように曲がっている事から見て分かる。

 そんな《魔物》を相手に、テグスは右の短剣を投げつけた。

 短剣は呆気なく《歪犬》の頭へと突き刺さり、その命を奪い取った。

 実は《歪犬》も一端は逃げようとする素振りを見せたものの、四つの足の筋力差が災いしてか、咄嗟に短剣を避ける事が出来なかった様だった。

 取りあえず短剣だけは回収し、倒した《歪犬》はその場に放って置いて、テグスは駆けてどんどんと下層へと進んでいく。

 途中出会った《歪犬》が走りにくそうに追いかけてくるが、どうせ追いつけないだろうとテグスは無視して走り去っていく。

 三層四層はそんな調子で突破し、五層目に到着。

 何時もの調子で駆け出そうとしたテグスなのだが、この層には異様に《探訪者》の数が多く衝突しそうだったので、通路を走って進む事が出来なくなってしまった。

 なぜ《探訪者》の数が多いのかは、この層に出てくる《魔物》の所為だったようだ。


「砂の人型……確か《黄塩人形》って言う《魔物》だったっけ?」


 下層に向かうべく通路を歩いていたテグスが見たのは、二十代と思われる三人組の《探訪者》が相手している、黄ばんだ白砂で出来た子供と同じ頭身の人形のような《魔物》だった。

 三人が大型の鈍器でそれを殴ると、黄ばんだ白の破片が空中に飛ぶ。

 それと同じ物が落ちたと思われる、床の黄白い砂粒に指を付けたテグスは、その指を口に運ぶ。


「しょっぱい。情報通りに、塩で出来ているんだ」


 口の中に広がったのは、砂のジャリジャリとした舌触りと、塩分独特の突き刺すような塩辛さ。

 そうこの《黄塩人形》は、砂と塩で出来ている《魔物》だ。

 そして《探訪者》の多くがこの層に居るのは、《黄塩人形》を倒して塩を手に入れるためだ。

 なぜかと言うと、内陸に属する《迷宮都市》では、《探訪者》という肉体労働者が沢山居ることも有り、何処ででも塩が一定以上の価値が有る。

 その為、《黄塩人形》からは砂交じりの塩しか取れないとはいえ、一体で人間の子供大の量取れるのだ。

 なので他の魔物からの素材を売るよりも、かなり実入りが大きいので、多くの《雑踏区》の《探訪者》がここに潜っている。

 しかしそんな《黄塩人形》でも《魔物》なので、あっさりとやられる様なことは無い。

 と言うよりも、実入りに見合った実力の持ち主だと言えた。

 現に今、三人組を相手にしている《黄塩人形》は小さい体躯ながらに、鈍器攻撃を手足で防御しつつ反撃もしている。

 明らかにテグスが今まで《小迷宮》で出会った《魔物》とは、防御力が一段階は違う上に、攻撃力も有りそうだった。


「この層は《探訪者》が取り合っているから、戦わずに先に進もうっと」


 テグスの目的は第一に《小五迷宮》の攻略なので、戦わずに済むのならそうしようと決心し、すいすいと《探訪者》を掻き分けて通路を歩いて進んでいく。

 五層、六層はそんな《探訪者》が多く居たために、走れなかったので多少時間はかかったものの、疲れる事無く七層に到着出来た。

 七層には一転して《探訪者》の数が少ない。

 その理由は、この層に出てくる《魔物》が、色々と厄介だからだった。


「《辛葉椒草》か。《黄塩人形》よりも換金率が高いんだけどなぁ……」


 物陰からテグスがこっそりと見ているのは、膝丈ほどの長さの鋸の刃の様なギザギザな葉を持つ、動く一塊の赤茶色の草。

 ガサガサと音を鳴らしてゆっくりと動く姿には、《魔物》特有の威圧感がないため、奇妙ながらも牧歌的な感じを受ける。

 そっとテグスが物陰から出て、《辛葉椒草》に姿を晒してみても襲ってくる素振りすらない。

 《魔物》とは思えないその姿と行動に、相手にするには容易そうだった。

 だが見た目に騙されてはいけない。


「うーん、一つ確認の為に狩ってみようかな」


 テグスが短剣を草が纏まっている場所へと投げつけ、命中させる。

 攻撃を受けた《辛葉椒草》は、大げさにガサガサと葉を揺らし、葉の汁を周りに飛ばして動かなくなった。

 それに近付こうとしたテグスは、途端に目に痛みとも痒みとも取れない違和感を覚える。


「やっぱり武器で倒すと、体液が飛んじゃうんだな。では、ちょっと味見……ひ、ヒー。か、辛い! ヒリヒリしてきた!」


 葉の端を千切って食べたテグスが、思わず背負子から水筒を出して飲んでしまう様に。《辛葉椒草》はその名前の通りに、葉と体液に辛み成分が含まれている。

 そして命が尽きようとする時、その体液を周りに撒き散らすという特性がある。

 それは一匹だけなら、テグスの様に単なる違和感だけで済む。

 だが相手する数が増えれば、それだけ撒き散る体液の量が増えていき、違和感で済む程度を超してしまう。

 しかも悪い事に、《辛葉椒草》の動く葉にあるギザギザの縁で身体を傷つけてしまうと、傷に見合わない激痛が走り、それが何日も継続してしまう。

 なので同じ換金率の高い《魔物》でも、そんな危険がある《辛葉椒草》より、《黄塩人形》相手の方が人気があるのは当然と言えた。


「こっちの方が軽くて、換金率が良いんだけどね~」


 テグスは突き刺さったままの短剣を掴み持ち上げ、倒した《辛葉椒草》を背負子の中に入れる。

 その途中でとんだ体液に目をしょぼしょぼさせていると、ガサガサと他の《辛葉椒草》が居る音がした。

 少し進んで通路の曲がり道を確認すると、そこには三匹の《辛葉椒草》が居る。

 ここで普通の《探訪者》なら見逃して、一匹だけ逸れたのを探すだろう。

 しかしテグスは、良い事を考えたと三本の短剣を取り出して、左手に纏めて持った。


「先ずは、全部倒さないとね」


 一本を右手に持ち替え、一匹の《辛葉椒草》へ投擲する。

 結果を待たず、同じく短剣を持ち替えて、二匹目三匹目へと投げる。

 瞬く間に全部の《辛葉椒草》を倒したが、離れていたテグスの目に違和感が襲ってきた。


「それでこの魔術を使う。『そよ風よ吹けゼフィロ・ブロヴィ』」


 適切に魔力を調節したテグスの手から、そよ風にしてはやや強い風が吹き、空中に飛散した《辛葉椒草》の体液を吹き飛ばす。

 その後で、慎重に恐る恐る近付いて、目に違和感が発生しない事を確認してから、テグスはそそくさと短剣を回収しつつ、《辛葉椒草》を背負子へ入れる。


「うん、風の魔術を使えば大丈夫そうだし。《辛葉椒草》は軽いから。背負子一杯に持って帰ろう!」


 《辛葉椒草》の倒し方を身に着けたテグスは、七層と八層を出会った《辛葉椒草》を倒して、背負子へと入れつつ進む。

 九層への階段を見つけた頃には、かなりの量になったからか、背負子からは鼻をピリピリとさせる臭いが出ていた。


「まだ余裕があるし、帰りにも狩っていこうっと」


 チラリと横目で振り返り、背負子にまだ空きが有るのを確認して、テグスはそう決めた。

 階段を降りて九層へと足を踏み入れると、また新しい魔物が出てきた。


「う~んと、《縞青蛇》だったよね。確か毒の無い《魔物》だったはず」


 にょろにょろと地上を這って動くのは、大人の身長程の長さのある、細めの藁縄程の太さの、茶色の鱗に青い縞が入った蛇。

 テグス相手に口を開いて長い牙を剥き威嚇しているその姿は、毒を持っていないとは思えないほどに勇ましく、非常に危険に見える。


「傷を少なくすれば、良い値が付くらしい――けどッ!」


 《縞青蛇》はスルスルと地面を這って進み、少し遠くの間合いからテグスの喉目掛けて、大口を開けて襲い掛かってきた。

 仮に毒が無くても、その長い牙が首に突き刺されば、テグスの柔首にある頚動脈を噛み切ってしまうだろう。

 テグスもそう感じたので、慌てて横に避けつつ抜きっぱなしの短剣を振るう。

 狙いは通り過ぎた《縞青蛇》の胴体だったのだが、意外な防御力をその鱗が発揮し、小さな傷を付けるに止まってしまった。


「油断出来る相手じゃないよね……」


 地面に着地した途端に、《縞青蛇》は鎌首を持ち上げてテグスを威嚇し始める。

 テグスは強敵だと認識し、短剣に鋭刃の魔術を掛け、短剣の刃の部分に薄っすらと魔力の光を灯らせる。

 短剣が光を帯びたのを警戒したのか、《縞青蛇》は行き成り飛び掛ってくる事はせずに、頭を前と後ろに振って行くぞ行くぞと牽制を掛ける。

 だがその駆け引きに、テグスは付き合う積りは無い。


「シッ!」


 短く呼吸を吐き、左手の短剣を《縞青蛇》の首へ目掛けて振るう。

 《縞青蛇》は首を後ろに引いて避け、その反動で飛んでテグスの首を牙で狙う。

 それを予測してわざと隙を見せていたテグスは、右手を翻して近付いてきた《縞青蛇》の首を飛ばした。


「ふぅ――って、うわッ!?」


 仕留めたと安心したテグスだったが、首の無い《縞青蛇》が最後の力を振り絞るように、首に巻き付いて締め付けてきた。

 慌てて首と蛇体の間に腕を入れて防御したので、窒息する事は無かったが、ギリギリと締め付けられる息苦しさまでは解消できなかった。

 そのまま《縞青蛇》の生命力が尽きるまで待つ。

 切断面から血が流れなくなるまで締め付けは続き、力が抜けても首から外すのに苦労した。


「ああもう、痕が付いた!」


 油断が招いた危機に、自分の間抜け具合に腹を立てて、テグスは腕の赤い痕を見つめる。

 そこには蛇の鱗状に模様が付いていた。

 それが失敗の証であるかのように感じられ、テグスは思いっきり不機嫌になる。

 しかし物に当たる様な真似はせずに、苛々と《縞青蛇》を振り回して血抜きし、その胴体を開きにする。


「『ものよ温かくなれオジェクトン・ヴァルマン』!」


 尻尾部分を左手の指先に持ち、中ごろを短剣の腹で支えた状態で、テグスは温熱の魔術を使った。

 本来なら物を暖める程度の、水をぬるま湯にする事が出来る魔術。

 しかしテグスが苛立ち任せに使用した結果、《縞青蛇》の開きが遠火で熱せられたかのように、見た目が変化していく。

 やがてホカホカとその身から湯気が出てきたところで、テグスはそれに齧り付いた。

 もぐもぐと口を動かして味を確かめてみると、油の少ない鶏の腿肉の様な味わい。

 次から次へと食べたくなるほど、十分な美味しさの蛇肉。

 あえて不満を漏らすなら。


「一体ぐらい《黄塩人形》を狩ってくればよかった……」


 もう少し塩気があればもっと最高だったのにと、食欲を満足させて苛立ちを解消したテグスが呟いた。




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