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135話 《静湖畔の乙女会》

 二十一層から二十四層までを、テグスたちは一日か二日で一層ずつ突破していった。

 そしてようやく、《鈹銅縛鎖》の届け先である《静湖畔の乙女会》が活動しているという、二十五層へとやってきた。


「出会った他の神さまの信者の人が、かなり積極的だったから、来れば分かると思ったけど」

「だれも寄ってこないです」


 より地上と同じ気温になってきたため、テグスたちは《合成魔獣》毛皮の外套を着込んでいる。

 見かける人たちは、目礼をして静々と離れていくだけで、積極的に関わろうとする素振りはなかった。

 このままでは埒が明かないので、テグスはたまたま通りがかった三十代の木こり風の格好な男性に声をかけた。


「《静湖畔の乙女会》へお届け物ですか。なら、あちらに見える大きな建物にお行きなさい。あそこが彼女たちが住む教会ですのでね」


 見た目には反して、教養を伺わせる物言いをして、木こり風の男はお礼を言う前に立ち去っていった。

 独特の町の雰囲気に慣れないながら、テグスたちは指示された建物へ向かった。

 建物は自然石を組み合わせた外壁に、多数の蔓草がまきついている、一風変わった概観をしていた。

 信奉する《清穣治癒の女神キュムベティア》らしき、微笑んだ女性の横顔が浮き彫りされた石板が扉の上に掲げられている。

 扉の前には守るように、白い頬かむりに白く長い袖付き貫頭衣のような服を来た、二人の十台後半の女性が立っていた。


「あのー、ここが《静湖畔の乙女会》でいいんでしょうか?」


 真っ白な衣服の女性たちに、テグスが喋りかけながら近づこうとする。

 

「《静湖畔の乙女会》の所有する建物に違いはございません」

「ですが、申し訳ありませんが、男子禁制の場所となっております」


 ある一定の距離に差し掛かると、真っ白な衣服の二人は言いながら、袖の中から金槌を取り出して手に握る。

 歓迎されていないと分かると、テグスはそれ以上踏み出さずに停止した。


「ここに来たのは、建物に入りたいわけではなく、届け物の《依頼》を受けたからなんですが」


 弁明するように言っても、白服の二人の様子は変わらない。

 このままでは埒が明かないと、テグスは視線でティッカリに合図をする。


「はーい~、お届け物はこれなの~」


 背負子を下ろしたティッカリが、ジャラジャラと音を鳴らしながら《鈹銅縛鎖》を取り出し、白服の二人へ掲げて見せた。

 《鈹銅縛鎖》の鉄とは違う独特の色合いに、白服の二人はどういう物か理解したのか、お互いに顔を見合わせて小声で喋り合っている。


「どちらが、しゅーどーちょー、に行くかって、言ってるです」

「……修道長は、あの人たちより偉い人――群れのボスのような人だね」


 小声を獣耳で聞き取ったハウリナに、聞き慣れないであろう言葉を解説する。


「少々その場でお待ち下さい」

「責任のある方をお呼びしてまいりますので」


 一人が持ち場を離れてどこかへ小走していき、一人は相変わらずテグスたちを警戒する素振りで立っている。

 待つ以外に選択肢はないため、テグスたちは大人しくこの場で待たせてもらった。

 やがて、先ほど小走りで去っていった人が戻ってきた。

 彼女を引き連れるように、前に一人の女性が歩いている。

 頬かむりと袖の長い貫頭衣は同じ装いだが、色だけ赤く染め上げた三十代の女性が静々と歩き寄ってきた。


「お待たせいたしまして大変に申し訳ございません。わたくし、こちらの《静湖畔の乙女会》の《中三迷宮》支局を預からせていただいております、ルミーネクと申します」


 ゆっくり深々と頭を下げ、上げた顔は《清穣治癒の女神キュムベティア》のような慈悲深い表情ながら、色白の彫りが若干深い造形だった。


「初めまして、あの鎖をここまで運ぶよう《依頼》を受けた、探訪者のテグスと言います」

「はじめましてです、ハウリナです!」

「ティッカリです、初めましてなの~」

「アンヘイラです、お見知りおきを」


 自己紹介が一通り住んでから、ルミーネクと名乗った赤服の女性は、ティッカリが持っている《鈹銅縛鎖》へ視線を向ける。


「それは《鈹銅縛鎖》ですね。無謀神が《清穣治癒の女神キュムベティア》に無断で《中二迷宮》に使用したと云われのある」

「えーっと、云われは知りませんが、《鈹銅縛鎖》なのは確かです」

「でしたら、この細腕では、その重そうな《鈹銅縛鎖》は運べませんでしょうし。立ち入りは許可致しますので、運搬をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「はい、それは構いませんけれど……」


 細腕と運べないの部分で、ルミーネクの背後にいる白服の二人が、笑いを堪えたように頬が引きつっていた。

 気にはなったが、指摘するのも変な気がして、テグスたちはルミーネクの後について建物の敷地の中へと入っていく。

 道すがら、出会った白服や赤と白の斑な服を着た女性たちが、道を明けて頭を下げてくる。

 恐らく、ルミーネクに向けてのものだろうが、次々に女性に頭を下げられると、テグスとしては居心地が悪い。

 敷地内は本当に男子禁制の場所なのか、テグスに向けられる視線が興味と不審が半々なものなので、居心地の悪さがさらに増す。

 きまりの悪い思いをしながら通されたのは、扉のない小さな一室だった。


「こちらへどうぞ」


 促されて中へ入ると、小さな木製の椅子が四脚と小ぶりな木製の机が一卓あるだけの、簡素な部屋だった。

 ルミーネクが座り、手を椅子に指し出したのに合わせ、テグスが対面に座る。

 テグスの横の席も指してきたので、ハウリナたちは顔を見合わせてから、交渉事の雰囲気を察してアンヘイラが腰掛けた。


「では、《鈹銅縛鎖》をこの机の上に置いて下さいませ」

「はーい~」


 ティッカリが《鈹銅縛鎖》の重さに、怖々と机の上に置く。

 少しだけ木が軋む音がしたが、脚が折れることもなく上に乗った。


「本物のようですね。では、この報酬をお支払いしたく思いますが、なにが宜しいでしょうか?」

「なに、と言われても、詳しい交渉はこの場でしろと言われてましたので」

「まぁ、そうなのですか?」


 ルミーネクは口元に手を当てて、少々驚いたような顔をする。

 そして驚いた顔を見せたのが気恥ずかしそうに、顔をやや俯かせると困ったように頬に手を当てる。


「今まで《鈹銅縛鎖》をお持ちになった方々は、ここに至るまでに要求するものを決めて参ってきましたので、少々驚いてしまいまして」

「そんなに驚く事でしょうか。基本的には、お金か魔石で取引することになると思うんですけれど」

「お金か魔石かで支払うことも可能ですが、特殊な薬を引き換えにすることも出来るのです」


 特殊な薬というのが、なんだか危険なもののような気がして、テグスは少しだけ顔をしかめる。


「いえ、勘違いなさらないで下さいませ。わたくしどもが作っておりますのは、薬効が高い医薬でございます。広い病にとてもよく効くと評判でして、手に入れるために大金を払う人もおられるほどです」


 テグスが素直に言われたことを納得していると、アンヘイラが軽く横から口を挟んできた。


「少々報酬に見合いませんね、《鈹銅縛鎖》を得てここまで運ぶにしては。恐らく、以後その良い医薬を取引可能になるのでしょう、ここに再び訪れれば」

「はい、仰られる通りです。可能な限り買い集め、地上の特定の商会に売り払う人もおられます」

「ふーん、ならそれが報酬でいいとおもいます。皆もそれでいいよね?」


 テグスが座りながら後ろのハウリナとティッカリ、横のアンヘイラに視線を向けながら尋ねる。


「うん、テグスにお任せです」

「良い薬が手に入るのは嬉しいかな~」

「後は数をどれだけでしょうね、交渉はお任せを」


 話がまとまったので、テグスがルミーネクに視線を向け直すと、なぜか再び驚いた顔をしていた。


「なにか、おかしい事でも?」

「い、いいえ。その、てっきり男性一人に女性三人でしたので、表には出さない隠し報酬の噂を聞いて、空惚けているとばかり……」

「尋ねても宜しいでしょうか、その隠し報酬とやらのことを」


 テグスがどう勘違いされたか気になっているうちに、アンヘイラが隠し報酬とやらのことを尋ねてくれた。

 少しだけルミーネクは困ったような顔をすると、部屋の出入り口の前に誰かか立ち止まった。

 テグスたちが視線を向けると、真っ白な衣服に身を包んだ十代前半の少女が、頭を下げて立っているのが見える。


「お呼びと聞きまして参上しました」


 言いながら顔を上げると、目じりが下がった柔和で色白な幼い顔立ちが見えた。

 歳はテグスとほぼ同じだろうか、背はハウリナ並みに低いのに、歳の割に胸元は内から白い貫頭衣を押し上げるほど大きい。

 部屋の中の全員から視線を向けられているからか、落ち着かないように脚をもぞもぞさせている。

 警戒感から軽く全身を眺めていたテグスだったが、あまりジロジロと見るのもおかしいので、顔をルミーネクに向け直した。


「もしかして、報酬って」


 チラリと、部屋の前に佇む少女に視線だけ向けると、ルミーネクは早とちりをしたと顔で物語った。


「……ええ、わたくしどもの信徒の一人を同行させるのが、裏の報酬なのです」


 この言葉で、扉を守るように立っていた白服の二人が、あからさまに警戒していた理由が分かった。

 仮に、報酬として信徒を要求されれば、見知らぬ人に可愛い仲間を預けなければならないのだから、警戒するなという方が無理だろう。


「ムッ、人の売り買いは、いけないです!」


 そして、奴隷という過去があるハウリナが、過剰反応気味に拒否感を露にした。


「いえ、信徒を奴隷として差し出すのではなく、《鈹銅縛鎖》の報酬に見合う分だけ仲間として働かせていただくのです。傭兵のようなものとお考え頂けばよろしいかと」

「むぅー……それは、しかたないです?」


 納得しなくはない表情にハウリナが変わった事に、ルミーネクはあからさまにホッとした表情を浮かべる。

 テグスとアンヘイラはルミーネクの表情から、受け渡す相手によっては、奴隷のような扱いをされる信徒も現れるのだろうと分かっていた。

 だが、あえてこの場では指摘しなかった。


「傭兵とするなら、何かの特技があるわけですよね?」

「あの者はウパルと申しまして、薬の調合や傷の手当てなどは一通り仕込んでおります。戦闘に関しても鎖を用いれば、それなりの強さを発揮します。料理や身の回りの世話なども手ほどきしておりますので、有能な信徒であるといえましょう」


 意地悪をするように尋ねたことに、ルミーネクはまるで売り文句を並べる奴隷商人のようにぺらぺらと話をし始めた。

 話の中に、テグスが気になった点が二つ。

 一つは身の回りの世話の部分だが、こちらはシモの話も含まれていんだろうと勝手に納得し、気になったもう一つを尋ねることにした。


「あのウパルって人、普通の武器じゃなくて鎖を戦闘に使うんですか? もしかして、この《鈹銅縛鎖》を使わせる積りですか?」

「はい。わたくしたちは、教義によって殺める為に生み出された武器の使用は禁じられております。剣や槍などは扱えず、金槌や釘や杭などを使って《魔物》を倒すのです。《鈹銅縛鎖》の件は、ウパルが報酬に見合うだけ働いたと判断なされたなら、傭兵のように報酬に《鈹銅縛鎖》を渡して別れていただければと思います」


 武器の件は教義だと納得はしたが、ウパルに関しては都合が良いい美味すぎる話だったので、テグスは逆に鼻白んでしまった。

 隣に座るアンヘイラも、似たような胡散臭い表情をしている。

 話題の中心であるウパルはどうかと言うと、まるで奴隷のように売られそうだというのに、使命感に燃える嬉々とした表情をしていた。

 普通なら信徒として命に従っているとはいえ、悲壮感が多少あってもいいはずと、何か裏がありそうな気がしてくる。

 裏がありそうだと思うと、ここまでのルミーネクの言動や仕草も、テグスたちを規定路線に乗せるための演技な気がしてきた。

 仮に、この話が罠だと考えた場合、回避するのか上手く解除して利益を得るのかを、テグスは天秤にかけて判断し始める。

 今のところ、お金には困ってはいないので、仲間を増やせるという点では良いかもしれない。

 だが、なにを考えているか分からない相手を仲間にして、何らかの不備が出ると困ってしまう。

 そんな風に考えた後で、テグスは信条に判断を任せることにした。


「えーっと、ウパルさんだっけ?」

「は、はい。ウパルです! 十三歳の処女です!」

「同い年らしいし、もうちょっと気楽にしていいから」


 変なことを言い出したとテグスが苦笑いすると、ウパル自身も身体に力が入っていると自覚したのか、二・三度深呼吸を繰り返した。


「はい。落ち着かせていただきました」

「それで、ウパルさんは僕らの仲間になりたい? それともこの場所で生活をしていたい?」 


 ルミーネクがいる前なので、これは少し卑怯な質問だったが、多少でも嫌そうな素振りがあった場合には、テグスはウパルを仲間にするのは止める積りだった。

 言葉をかける際に、テグスは横目でルミーネクがどう反応するかを確認している。

 ルミーネクは何故だかテグスを呆れたように見た後で、ウパル自身が決めるようにと目で言ったようだった。


「はい。《静湖畔の乙女会》の教義の下、お仲間にしていただきたく思っております」

「教義ですか?」


 思わずテグスが問いかけると、ルミーネクが止めようと身動きする前に、ウパルの口が開いていた。


「はい。生きとし生ける物に深い慈愛を、不心得者と無慈悲な方には神罰を、でございます!」


 よほどこの教義が気に入っているのか、ウパルは誇らしげな表情で軽く胸を張っている。

 この教義を聞かせる積りはなかったのか、ルミーネクが少し伺う視線をテグスたちに向けていた。

 しかし、聞いたテグスはあっけらかんとしたものだった。

 

「僕の信条と少し似ている気がしますね」

「信条でございますか?」

「来るもの拒まず、去るもの追わず、敵対するのみなごろしです!」


 ハウリナが代表するように告げる中、テグスはウパルの反応を伺っていた。

 すると、ウパルはまるで同志に会った信徒のような表情を、テグスに向けてきた。


「素晴らしい信条でございますね! 修道長に言われ多少不安はございましたが、貴方さまがたと同行出来る良縁に、《清穣治癒の女神キュムベティア》様へ感謝の祈りを捧げたいと思います!」


 行き成りその場で跪いて、ウパルは手を組んで祈りを捧げ始めた。 

 発言とその後の敬謙な信徒っぽい行動に、テグスはウパルが真面目で隠し事が出来ない性格だと分かった。


「とまあ、来るもの拒まずな信条を掲げてますので、ウパルさんが去りたいと言うまで仲間にします」

「はぁ~~……よろしくお願いいたしますね」


 恐らく、予想したのと展開が違う終わり方をしたようで、ルミーネクは頭痛がしているように眉間に軽い皺を寄せている。

 何はともあれ、報酬として《清穣治癒の女神キュムベティア》を信奉する《静湖畔の乙女会》の信徒のウパルが、テグスたちの仲間に入ったのだった。


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