134話 《中三迷宮》二十層以下の景色
村や集落が少なくなっていった十五層から十九層を抜けて、テグスたちは二十層にやってきた。
「戦うのは《抉爪大鷲》という《魔物》だよ。《中迷宮》の二十層の《階層主》だからって、初めて戦う相手だから気を引き締めていこう!」
「おーです!」
「分かったの~」
「油断はないですね」
気合を入れてから四人が入った《階層主》が出る場所は、《下級地竜》と戦った場所と同じような広さがあった。
違っているのは、一面草原が広がっていることと、天井には太陽のような明るい光球が浮かんでいることだろうか。
待っていても一向に《階層主》が出てくる様子がなく、でも出口は現れず、全員が小首を傾げる。
すると、その油断を待っていたように、光球の光を遮って何かが上から襲ってきた。
陰ったことで、テグスとハウリナはとっさに横へと飛び、ティッカリは殴穿盾で顔と頭を覆う。
アンヘイラは矢を弓に番え、引きながらその場にしゃがむと、狙いを上へと向ける。
「クェアアアアアアアアアアアア!」
空から大きな羽を広げて降りてきたのは、テグスとハウリナが片手を繋いで横に広がったよりも大きな、茶色い大鷲だった。
姿かたちから《抉爪大鷲》に間違いはなく、その足の爪を開いて狙っているのはアンヘイラである。
「もう少し学んだ方がいいでしょうね、忍び寄ってくるのなら」
必中の距離に近づくまで待ってから、アンヘイラが矢を放った。
「クェアアアアアアアアアアア――」
身体の中心に受けた矢が、背中へと貫通する。
しかし、巨体だからか矢の一本では致命傷にはならなかったらしく、攻撃の失敗を悟って上空へと舞い戻っていく。
「思いましたか、逃げられると?」
直ぐにアンヘイラが矢を番え、二の矢・三の矢を放っていく。
身体を左右に振って矢を避ける《抉爪大鷲》だが、矢が羽根に当たり身体にかする内に動きが緩慢になっていった。
最後は身体に追加で三本の矢で身体を貫かれると、地面へと真っ逆さまに落ち、首の骨を折って死んでしまった。
「今回はアンヘイラの活躍で終わっちゃったね」
「わふっ! 次あったら、黒棍でたたき落とすです!」
「やっぱり、アンヘイラの弓の腕は大したものなの~」
「褒められるほどのことではないでしょう、単に相手が弱かっただけです」
倒した《抉爪大鷲》は、とりあえず腑抜きをして背負子の中へ収め、現れた次の層への螺旋階段を下りていく
「少しまた気温が低くなったかな?」
「まだだいぶ暖かですね、地上の冬の気温よりは」
「ひぅぅ~……やっぱり怖いの~」
「手、引っぱってあげるです」
怖々と歩くティッカリを、ハウリナが手を引いて階段を下りるのを微笑ましく思いながら、テグスは螺旋階段の下を見る。
螺旋階段の終着点には、畑のある町が広がっているが、周囲を囲むのは柵ではく石造りの塀になっていた。
それに加えて、町の外の景色はというと――
「なんだか、森が一面に続いているね」
「ずーっと、木ばっかりです」
「そ、そうなの~? う~う~、ほ、本当なの~」
「見えていないでしょう、目をつぶっているんですから」
そう、見える限りの端の端まで、木々が生い茂る森が続いているのだ。
まるで樹海というべき場所に、どうやって進んだらいいか分からなくなりそうだ。
「でも、ちゃんと道はあるみたいだね」
テグスが指差す先には、枝葉が少し薄れている場所があり、それが続いて道らしきものに見えた。
「ぐねぐねしてるです」
しかし、その道はまるで迷路のように分岐していたり、唐突に曲がり角があったりしている。
まるで、《迷宮》の通路を森で再現したような場所に見えた。
「とりあえず下の町で情報収集しないと駄目かもね」
「そ、それはいい考えなの~。だから速く下に行くの~」
足を止めて観察していたからか、ティッカリから悲鳴に似た懇願を受けて、出来るだけ早く螺旋階段を下りていった。
たどり着いた町は、人が居ないわけではないのに、どこか穏やかながら静々としていた。
テグスたちを見かけ、軽く会釈をして去っていく人たちに、声をかけるのをためらってしまう雰囲気がある。
とりあえず、宿屋か食堂に行って話を聞こうと考えて移動していく。
天井にある大きな光球の光の強さからみて昼頃なので、見つけた食堂には多くの人が食事を取っていた。
しかし、地上の食堂のように喧騒が溢れているわけではなく、客たちは会話を抑え目な声でして、食べ方も一定の作法に則って行っているようだった。
余りそういう作法に明るくないテグスは、この食堂に入ったものかと尻込みしてしまう。
だが、漂ってくる匂いに我慢ならないのか、ハウリナが裾を引いて入ろうと主張してきた。
ティッカリもアンヘイラも、休憩を求めるような目をしている。
仕方がないと心を決めて、テグスは食堂に入ることにした。
「いらっしゃいませ。四名様ですね、お席に案内いたします」
静々と頭を下げてきた店員の後ろを、テグスは少し気後れしながらついていく。
「ご飯、ご飯ですー♪」
ハウリナは気にした様子もなく、尻尾を左右に振って食事を楽しみにしている様子だ。
「へぇ~、仕事が細かいの~」
ティッカリは店の内装に目を配り、見かけた装飾に感心したようなため息を吐き出している。
アンヘイラは特に何も思っていないのか、通常の表情のままでついていく。
やがて通されたのは、食堂の奥まったところにある、壁で仕切られた個室だった。
「あ、あのー、何で個室に?」
「はい。お初にお目にかかります探訪者の方々に、くつろいでお食事をしてもらおうという配慮です。お気に召しませんでしたか?」
「いえ、こうしてもらえて助かります」
この町の食事の作法など分からないので、テグスにしてみたら個室の方がありがたい。
「それは安心しました。こちらお品書きです」
「ありがとうございます。それでその、この先の進み方や《魔物》について教えて欲しいんですが」
「そのような情報でしたら、森への出入り口付近にある詰め所の方が良いと思います。私どもの話を聞くより、詳しい事が聞けると思いますよ。では、料理がお決まりになりましたら、こちらの呼び鈴でお呼び下さい」
ぺこりと頭を下げて店員が個室から去り、テグスは少し当てが外れた気になった。
「ティッカリ、文字読んでほしいです」
「はいは~い。じゃあ、ティッカリちゃんが好きそうな物を選んで読んであげるの~」
「物価は高めですね、他国の首都並みでしょうか」
テグスがお品書きに目を通してみると、確かに少し高めだが納得出来なくはない値段が並んでいた。
食事の後で赴いた詰め所という場所は、この町の住民からの《依頼》が張り出され、道案内や荷物運びという人足を雇ったり出来るようになっていた。
そこで、二十一層から出てくる《魔物》の情報を仕入れたテグスは、荷物運びの人を数人雇い入れた。
「よろしくお願いします」
「いいって、いいって。こっちにしてみれば、美味しい仕事だからな」
彼らは鎧のない私服姿だが、手には大きな斧を持っていた。
テグスたちは彼らを引き連れて、森の中へと入っていく。
螺旋階段の上から見たように、生い茂る木々の間に人三人横に歩けるぐらいの道が開けていた。
気にせず先に進んでいくと、分かれ道の後に木々で塞がれた行き止まりが現れた。
「これが《立塞大樹》ですか?」
「いいや、《立塞大樹》は一本の木でこの道を塞ぐ太い木だ。これは単に行き止まりだな」
雇い入れた人に話を聞いてから、テグスたちは分かれ道に戻り、別の道を進んでいく。
程なくして、先ほどの話にあったように、太い木が道を塞いでいる場所に出た。
「これが《立塞大樹》だ。攻撃は根でしてくる、弱点は大きな瘤だ。これだと幹の中央部にあるあれだな」
雇い入れた一人が指差す先には、人の顔大の瘤が幹に張り付くようにしてあった。
「様子見で投剣を使ってみようか。『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』!」
テグスが投剣を一本取り出し、身体強化の魔術をかけてから瘤へ投げつけた。
《立塞大樹》からは何の妨害もなく根元まで投剣が突き刺さり、瘤から緑色の汁が血のように零れ落ちていく。
緑色の汁が出る勢いで、刺さっていた投剣が抜け落ちると、さらに出る勢いが増していった。
やがて全ての汁を出し終えたのか、唐突に噴出が止まると、《立塞大樹》がゆっくりと横へと倒れていく。
しかし、この通路を形成している木は、何かの力で守られているのか、《立塞大樹》に寄りかかられても折れない。
逆に、《立塞大樹》を押し返して道の上に落としていく。
テグスたちは退避していたので大丈夫だったが、目の前に大きな樹が落ちるのを見ると、驚かずにはいられなかった。
「よし、そんじゃあ俺らは、これを解体して持ってっちまうからな」
「はい、そういう約束でしたので」
彼らを雇い入れた目的は、普通の樹と見分けがつかないという《立塞大樹》の特徴の把握のためだったので、ここで彼らとはお別れになる。
ちなみに、雇い入れる報酬は、倒した《立塞大樹》一本分だった。
彼らと別れたテグスたちは、時々道に迷いながら、順調に先に進んでいく。
《立塞大樹》も倒し方は分かったので、見かける度に瘤の位置が変わるという難点はあったが、順調に先に進んでいく。
大分通路を進んだ頃に、別種の《魔物》に遭遇した。
「あれが《見惚華人》か……」
テグスたちの視線の先には、色とりどりの花と緑の葉っぱで作ったようなドレスを身に着けた、十代後半な見た目の緑肌の人型の《魔物》がいた。
《見惚華人》と言われるだけあると納得しつつ、テグスが投剣を投げつけようとする。
まるでテグスが攻撃しようとしていると分かっていないかのように、《見惚華人》は恋する人にあった少女のような微笑みを浮かべてきた。
この笑顔を見て少しの罪悪感を感じながら、テグスは躊躇う事無く手の投剣を力の限りに投擲した。
額に直撃したが、《見惚華人》の弱点はそこではなかったらしい。
額に刺さった投剣に手を当てて、不思議そうな顔で小首を傾げている。
余りにも首を傾げる仕草が人間ぽくて、額に刺さる投剣も相まって、猟奇的な光景に見えた。
「テグスもまだまだですね、人の姿だからと思わず額を狙うなんて」
アンヘイラが弓を引き放った矢は、《見惚華人》の弱点である下腹に突き刺さる。
不思議そうな顔のまま、《見惚華人》は後ろへと倒れて、もう動くことはなかった。
《見惚華人》は見た目の割りに色々と使える物が多く取れると、詰め所で聞いていたテグスたちは、色々と身体を漁っていく。
「この黄色い花の花粉が痺れ薬で、青い花が眠り薬。赤い花が呼吸困難になる毒だったっけ」
花粉を吸い込まないようにしながら、テグスが衣服に見える花別に皮袋を使い分けて花粉を回収していく。
「葉っぱは食べてよし、乾燥させて茶にしても良いって言ってたの~」
「頭の中、ザクロが入ってるです」
ティッカリが葉っぱを毟って麻袋の中に入れていると、ハウリナが刺さっていた投剣を抜いた時の匂いを報告してきた。
確かめるように、ハウリナが額の穴に左右の手指を入れて力を込めて割ると、人間の脳にあたる部分に柘榴の実がぎっしり詰まっていた。
「わふわふっ、美味しそうです!」
言いながらも、割った時にぽろぽろとこぼれた柘榴の実を拾って口にし、ハウリナは美味しそうな顔をする。
「蔓だった腕の中には、大量の水が入っていたの~」
「太腿の部分は、甘い果肉の果物みたいだね。弱点だった周りにはなにがあるんだろう?」
解体しながら、どこがどんな植物で出来ているかを確かめていく。
そこでポツリと、周囲を警戒していたアンヘイラから言葉が漏れた。
「まるで食人をしているようですね、この《魔物》の見た目では仕方がないと分かりますけれど」
確かに傍目からは、手にかけた少女の身包みを剥ぎながら、身体の肉を食っている人たちにしか見えないだろう。
指摘されて微妙な気持ちになりつつも、特に仕草を改める事無く、テグスたちは《見惚華人》から取れるものを取っていった。
一度やれば慣れたもので、出会った少年や少女型、果ては紳士型や淑女型の《見惚華人》の尽くを倒し、食べられるものや使えるものを回収していったのだった。




