133話 冬の《中三迷宮》の長い旅路
《中三迷宮》の中は、違う地上の場所に出たのではないかと錯覚するような、天井はかなり高く、茂る草木が続き、川が流れていた。
歩きだと一層で一日かかるので、《中三迷宮》内にある村や町を定期的に移動する荷馬車を、《探訪者》は利用している。
テグスたちも荷馬車の荷台を使わせてもらい、悠々とした移動を行っていた。
「やっぱり、次の村まで長いです。ふわぅ~~……暖かいですー」
暇そうに欠伸をするハウリナの言ったように、地上では冬真っ盛りな季節だというのに、《中三迷宮》の中は春のように暖かい。
馬車に揺られる振動も相まって、ハウリナの目が眠そうに閉じたり開いたりをくり返している。
「前に来た時と、気温は変わらない感じかな~?」
暖かいので、全員《合成魔獣》の毛皮の外套を脱いでたたみ、ぼんやりと景色を楽しんでいる。
視線の先には、多数の人たちが元気に畑を耕している姿があった。
「《探訪者》も混ざっているのでしょうね、身体に傷跡がある人もいますし」
「冬の間を《中三迷宮》の村に住むことにした人たちだろうね。対価に《依頼》を受けないといけないから」
武器から鍬や円匙などの農具に持ち替えて、彼ら彼女らは広い畑を耕している。
時々、《迷宮》なので《白芋虫》や《斑芋虫》を始めとする《魔物》も出てくるが、手の農具で屠っていた。
「さぼってるの、いるです?」
「一定の作業が終わったか、規定の時間以内に終わらせる余裕があるからだろうね。何度か《依頼》に失敗すると、村を追い出されちゃうから」
「テグスは経験があるのですか、やけに詳しいですが?」
「子供の頃に、体験していたって聞いたかな~」
「僕に畑仕事は向かないってわかって、二度とご免だって思ったよ」
今より若い仮証時代のことなので、テグスには農具を振るうのすら大変だった思いしかなかった。
そんな回想をしていたら、荷馬車を操っている男が振り向く。
「おい。お前ぇらも、《中三迷宮》に冬越しに来たのか?」
かけられた声は、中々に嫌そうなものが含まれていた。
「いいえ。ちょっとした届け物に、二十五層まで行く予定です」
「あー、そうなのかい。いやぁ、変なことを聞いちまってすまねえ。気ぃ悪くしないでくれな」
「構いませんよ。けど、どうして聞いたか教えて欲しくはありますね」
テグスとしては暇つぶしの延長の質問だったが、御者台の男は少しだけ言葉を詰まらせる。
「あー、これはオレ個人の意見と思わねぇでくれな。毎年、村人が思うことだからよぉ」
「はい、分かってます」
テグスの明るい声に安心したのか、男の口調がやや明るく軽くなった。
「村に冬越しの利用だけで来て欲しくはねぇんだ。《探訪者》は荒くれが多いもんでよぉ、長く村に入れてると、女子供が不安がるし、手ぇ出そうって奴もでてくるんで――」
ここまで言って、荷台に乗せているのが《探訪者》の人たちであると思い出したのか、男の顔色が少しだけ青くなる。
だが、テグスは少年だし、ハウリナたちは女性だからだろう。
手を出す出さないのは梨は関係ないと判断したらしい男は、ホッとした様子で顔色が戻る。
「――まあ、畑を耕してくれるし、広げてもくれるんで助かりはするんだ。だけど、刈り入れる時には居ないんで、村人が総出で大変な思いするんだ」
「確か、収穫は外が春になった少し後ですからね」
「その通りなんだ。中には親しくなったからって、手伝ってくれる人も居るが稀だ」
「冬の畑で、なに作ってるです?」
「冬っても暖かいんで、色々作れるぞ。そうさなあ――」
この後も、御者の男を相手に話を聞いて、時間を潰しながら移動していった。
やがてたどり着いた村にて、テグスたちは荷台の物を下ろす手伝いをしてから、次の村への荷馬車を探して回る。
すると、歩く先に村人らしい数人の青年たちが立ちはだかった。
「おい! お前ら、何しにここに来た!」
「お前らも冬越しに村に来たのか!」
「もう空き家も宿の部屋もねえぞ! 大人しく他の村に行け!」
テグスたちが少年と女性三人の組み合わせだからか、青年たちの語気は荒々しい。
襲い掛かってくる積りかと青年の格好を見ても、武器どころか農具も持っていなかった。
テグスは彼らを敵という判断をするべきか困り、少し対応を保留することにした。
「特にこの村に用事はありませんよ。僕らの目的地はもっと下層なので」
「ふん、ならいいさ。次の村に行く荷馬車が丁度出る。案内してやるからついてこい!」
話の流れが見えず、テグスたちは顔を見合わせて首を傾げ合うと、とりあえず彼らについていくことにする。
人気のないところに連れて行かれるのかと思いきや、本当に荷馬車のある場所に連れて行ってくれた。
御者の男が吸っている煙草からは、危ない薬が入っていない、純粋な煙草の匂いが漂っている。
「よし。それじゃあさっさと荷台に座れ!」
バンバンと荷台を叩いて、テグスたちを早く座らせようと急がせてきた。
青年たちがなにをしたいのかよく分からないままに、テグスたちは大人しく二台に座る。
「よし。おっちゃん、次の村まで運んでやってくれ!」
「はいはい。まったくお前らときたら……」
「いいから早くしろって!」
急かされて煙草を消した御者が鞭打ちをいれて、荷馬車がゆっくりと動き出す。
すると、青年たちは満足したような顔で、テグスたちを見送ってくれていた。
口が悪いだけで、道案内してくれたのだろうかと考えて、テグスは二台に座ったまま銅貨を一人一枚ずつ投げ渡す。
胸元に緩い放物線を描いて飛んできた銅貨を、青年たちは慌てた様子で掴んだ。
「な、なんでこんなもんを渡すんだ!?」
「荷馬車まで道案内してくれたお礼だよ」
テグスが微笑みながら言うと、彼らは急にバツの悪そうな顔を浮かべて、村の中へと引き返していった。
銅貨を手にして喜ぶならまだしも、バツの悪そうな顔をするなんてと、テグスは不思議がる。
すると、荷馬車の男がくつくつと笑い始めた。
「くっくっく。これであいつらも、今後はもうちょっとやり方を考えるだろうな」
実に楽しそうな様子に、テグスだけでなくハウリナたちも興味がある表情をする。
「どんな理由があるのか教えてくれますか?」
「なーに、馬鹿な考えさ。汗水たらして拵えた備蓄を、《探訪者》どもに渡すなんて我慢ならねえ。そう言って、少しでも村に居る《探訪者》を減らそうって頑張ってんのさ」
「それでなんで、あんな高圧的な言い方をするんですか?」
「逆上されたら、襲われちゃうの~」
「それが狙いなんだとさ。わざと怒らせるように喋って、襲われたら物陰に隠れていた仲間たちと、《探訪者》をたこ殴りにするんだと。それで装備を奪い取って、村の外に蹴りだすんだとさ」
「《探訪者》にとっては迷惑ですね、自業自得な点もありますが」
「だがな、目論見通りにはいかねえもんさ。各層ごとに村なら沢山ある。《探訪者》だって、歓迎されてないと分かれば素直に、受け入れてくれる村へ向かう。終いには、あんたは小遣いをくれたんだからな。あいつらはやるせないだろうさ、年下から金を恵んでもらったってな。あはははっ」
げらげらと笑い出した御者には悪いが、テグスは笑う気持ちにはならなかった。
ハウリナは食べ物を分け与えるのは当然だろうという顔で笑わず、ティッカリもお金に困った経験があるからか苦笑いを浮かべ、アンヘイラはそもそも話に興味なさそうな顔をしていた。
荷馬車での移動に移動を重ねて数日後、十層の《階層主》である《渡樹大蛇》をあっさり突破。
ティッカリが怖々と螺旋階段をおりて着いた町から、再び荷馬車の移動が始まる。
前回は手持ちのお金が尽きて、簡単な《依頼》を受けて小銭を稼いでいたが、今回は前払いで銀貨二十枚を貰っているのでその心配はなかった。
「ずーっと座って、お尻痛いです……」
「そうかな~? あまり気にならないの~」
「いいえ。絶対痛くなります、長時間座っているんですよ」
大した戦闘もなく、日がな一日座りっぱなしなので、ハウリナとアンヘイラの臀部が悲鳴を上げたようだ。
ティッカリは肉付きのいい大きなお尻をしているからか、大していたそうな顔をしていない。
「痛いなら、我慢しないで外套をたたんで敷いた上に座ればいいのに」
テグスは外套を荷台と尻の間に敷いていて痛みはないが、外套に変な折れ跡と毛並みに尻跡がついてしまっていた。
ハウリナとアンヘイラは跡がつくのが嫌らしく、頑なに敷こうとはしていないのだ。
「尻が痛くなるまで進んできたから、少し景色も違ってきたよね」
「畑が小さくなったです」
「それよりも、《探訪者》の数が少ないかな~」
「気温もやや低いでしょうか、十層から上に比べると」
確かに十一層からは、村の規模も小さくなり畑も小さくなっている。
出てくる《魔物》の強さもあってか、柵を巡らせている村もあった。
《探訪者》の数は、一から四層までは溢れる程いたというのに、ここではまばらにしかいない。
テグスたちが村にやってきて、次の荷馬車を待っていると――
「おや、《探訪者》の方たちですかね。冬越しにこの村に来たのですかね?」
「いいえ、荷馬車を待っているんですよ」
「あーそうですかね。ここまで来て、村の手助けをしてくれる人がいないものですかねぇ」
「ごめんなさいなの~。《依頼》で二十五層まで届け物の途中だから、村には居れないかな~」
「そうかね。いや残念だね」
――こんなことを言われたりする。
宿に泊まると、宿代の代わりに《依頼》を受けないか、などと持ちかけられることもあった。
《巌密硬樹》と《寝転び怠者》の討伐採取の《依頼》は、興味がわかなかったこともあり、一切受けなかった。
たまたま、次の荷馬車が出るまで時間があった時に、《安閑水牛》の乳搾りの《依頼》があったので、暇つぶしに受けることにした。
「冬なのに一杯採ってくれたからって、報酬とは別に出来立ての乳酪をくれたよ」
「うまうまですー」
「うーん、残しておいて夕食に炙って出して貰おうかな~?」
「出来立てもまたいいものですね、個人的には発酵が進んだものも好みですが」
荷台に座り、つるんとした表面の乳酪を食べながら、先へと進んでいった。




