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130話 《中二迷宮》を行く

 予定外の事件も起きつつ、テグスたちは《中二迷宮》の区画へとやって来た。

 目標は《中二迷宮》の攻略なので、情報収集のために支部に入った。

 すると普段は《探訪者》たちで賑わっているそこは、今日は随分と閑散としていた。


「おや、君らは冬に《中二迷宮》に挑戦するのかな?」


 暇そうにぼんやりとしていた男性の職員が、テグスたちの方を見て驚いた顔をする。


「はい。攻略を目的にしてます」

「それはまた――その毛皮は、《合成魔獣》かな?」

「そうです、《中一迷宮》のですけど」


 その説明になるほどと頷いて、職員は納得したようだった。


「となると、ここは初じゃないんだよね?」

「二十層の《階層主》――《額玉角牛》から先の情報を貰おうと」

「なるほど。じゃあそこから先の《魔物》の情報だけど」


 テグスたちは職員が話す、《魔物》の名前と特徴と換金部位を聞いていった。

 だがあまり有用な情報とは言えなかった。なにせ――


「《二足大猿》と《跳躍山猫》に《歩哨蜥蜴》は戦ったことがありますね」

「知らないの、《手舐め熊》と《下級地竜》だけです」

「でも~、熊は《大迷宮》で別種と戦ったの~」

「となると大した相手では無いですね、《迷宮主》の《下級地竜》以外は」

「それは頼もしい。まあ個人的にも、外套にするほど《合成魔獣》を倒せる実力があるなら、あまり危険は無いと思うけどね」


 なら攻略は明日の朝からにしようと、テグスたちは宿を取るために外に出ようとする。


「そうそう、言い忘れていたけど。この付近にある、冬の間だけの注意点がいくかあるんだった」


 だが足を踏み出す前に、職員にそう呼び止められてしまった。

 しかしテグスは、《仮証》時代もここに来ていたのに、そんな注意点など知らないので、仲間たちと同じく小首を傾げる。


「その注意点だけど。先ず、冬の間は宿や食堂の空きは多くなるけど、基本的に食材を持ち込まないといけないよ。もし持ち込まなかったら、かなりのお金を取られるからね」

「それは、冬の間は食糧事情が悪いためですね」

「その通りだよ。次に、《中二迷宮》の中は、外の気温と連動しているから寒いんだ。温める手段を持って行った方が良いね」

「この毛皮で、ぬくぬくです」

「じゃあこれは冬限定じゃないけど、最後のオマケに。下層に居る《蛮行勇力の神ガガールス》を信奉する、《隆筋礼賛の集い》に気をつけて。君たちみたいな、成長途中の子が大好きだから」

「……それってひょっとして、変態なの~?」

「如何わしい響きですね、その集いの名前は」

「いえいえ、好きと言うのは成長を見守るような方向でして。一応、気の良い人が多いんです。ですが、信奉する神があの神だけあって、歯に衣着せぬ物言いが多く、筋肉が素晴らしい人が偉いという価値観でして」

「たしかに僕らは、あまり筋肉質ではないですから、注意が必要かもしれませんね」


 テグスとハウリナは成長途中で、背は低く筋肉もまだ発展途上だ。

 アンヘイラの体つきは、弓を扱うのに関係ない部分はあまり鍛えられていない。

 ティッカリは異常な膂力の持ち主だが、力を入れなければ普通の女性の四肢にしか見えず、筋肉質といえるかは分からない。


「でもまあ、行き成り襲ってくる人達じゃないから、そこまで心配しないで大丈夫だよ」

「そうなんですか。助言、ありがとうございました」


 職員に礼を言い支部から出ると、テグスたちは宿を探しに行くのだった。




 順調に《中二迷宮》の中を進んでいったテグスたちは、いま二十層の《階層主》たる《額玉角牛》という牛の《魔物》と戦っていた。

 体格の見た目は、大柄な角のある黒毛の雄牛と同じだった。

 唯一の違いは、その額から角を経て後頭部に至るまでが、翠玉エメラルドになっている事だ。

 なのでその角は硬く、ティッカリが持つ殴穿盾にも傷を付けることが出来るほどだった。


「でも宝石の割りに、脆いかな~」


 その言葉の通りに、突進してきた《額玉角牛》を殴穿盾で受けた際、衝撃で片角が砕けてしまっていた。

 残ったもう片方をティッカリは片手で掴み、残った手でその頭を上から押さえつける。

 すると《額玉角牛》は地面を何度も蹴りつけて、ティッカリを押し込もうとし始めた。


「足を折ってやるです!」


 ハウリナは横合いから、《額玉角牛》の関節部を狙って蹴りを入れ、その足を横へと折ってしまう。

 四つ足の一つを折られた《額玉角牛》は、大きく体勢を崩して、ティッカリの前へ伏せをするかのように倒れた。

 しかし闘争心は失われていないのか、首と身体を大きく振って、ティッカリを弾き飛ばそうと暴れ始める。


「でも、これでッ!」


 そこにテグスが横から、両手に持った長鉈剣の切っ先を《額玉角牛》へと突き入れた。

 肋骨を断ちながら突き進んだ剣は、《額玉角牛》の肺と心臓を切り裂いて、絶命へと至らせる。

 それでも命尽きる寸前まで、《額玉角牛》は弱りながらも暴れ続けていた。


「うーん、角の硬さという厄介さはあったけど。簡単に倒せちゃったね」

「少しどうしようかと思いましたが、額に当たった矢が弾かれた時は」

「でもきっと、身体強化する前に倒しちゃったんだと思うの~」

「テグス、これ食べていいです?」


 テグスたちが感想を言い合う中、ハウリナはキラキラとした目で、そんなお伺いをしてきた。

 

「じゃあこの先にあるはずの、神像の場所で食事含みの休憩をしようか」

「やったーです!」


 折れた《額玉角牛》の翠玉の角を回収してから、その身体を引き摺って出現した先への通路を進む。

 そして片膝立ちの状態で、身体をやや横に捻った前傾姿勢になり、片腕を曲げ指先を額に付けて笑顔な、《蛮行勇力の神ガガールス》の像がある場所へと入る。


「わふっわふっ、久しぶりの牛の肝です」


 するとハウリナは待ってられなかったのか、率先して《額玉角牛》の腹を捌きにかかる。

 それを仕方がないなと見つつ、テグスはその翠玉な額と角を身体から切り離す作業に入った。

 テグスが翠玉を回収し終えて、ハウリナが肝を食いながら皮を大方剥ぎ終えると、ティッカリとアンヘイラも手伝って総出で各部位に切り分ける。


「あばらの肉がいいです!」

「じゃあ、あっさりとした腿肉貰うの~」

「所望します、尻尾周りの肉を」

「僕は、腹回りの肉にしようかな」


 思い思いの部位を取り、テグスが背負子から出した、塩と香草が混ざった調味料をそれぞれが好みの量振りかけ。

 テグスが《補短練剣》で指した場所に出した、五則魔法の焚き火で焼いていく。


「うまうまです」


 ハウリナは肋骨を持って肉が炙る程度に焼けたら、次々に口の中へと収めていき。


「いい匂いなの~」


 ティッカリは金属製の水筒にちびちびと口をつけつつ、小まめに表裏を引っ繰り返しながら、じっくりと遠火で腿の肉を焼き。


「すぐに焼けますね、この大きさなら」


 アンヘイラは少量しかない尻尾周りの肉を、金串に間を空けるようにして通してから焼き始め。


「結構脂が多いね。引火しそうだよ」


 そしてテグスは、腹回りの肉を薄く削ぎ切りにしたのを、次々に金串に突き通していき。中ほどから先までに、隙間無く詰めるようにしてから焼いていく。


「つぎつぎ焼くです!」

「腿肉なのに脂が入ってて美味しいの~」

「サシが入ってますね、肉に細かく」

「この多めの脂身が、塩気に合うね」


 口に入れて感じるその美味しさに、テグスたちは虜になったように、肉を焼いて食べ進めていく。

 やがて腹いっぱいになるまで食べ終えると、満足顔のままこの場で少し食休みを入れた。

 そして腹の苦しさが無くなった頃、漸くテグスたちは下へと層を下り始めた。

 しかし戦ったことのある《魔物》が多く、倒し方も分かっていたため、簡単に三十層まで辿りつけてしまった。

 唯一の初めての《魔物》である《手舐め熊》は、丸々と太った熊で、掌から甘い匂いを出す変り種だった。

 その掌は高級食材らしく、取りあえず倒した文の両掌を集めておいてあるが。

 テグスは熊の唾液でベタベタなその掌を、調理した後でも食べる気になりそうもないと思ったのだった。



 三十層に到着してテグスたちは驚いた。

 なにせ半裸で様々な姿勢を決めている、十人ほどの筋肉質の男女が居たのだから。

 

「おおいぃ。新しい挑戦者がやってきたぞ!」

「ふんぬ。これはまた、軟弱そうな見た目の子たちだな!」

「はぁふん。物を沢山食べなきゃ駄目よ。筋肉が育たないわ!」

「よっしょぃ。それと運動よ。重たい物を使うとより筋肉が育つのよ!」


 喋りながら姿勢を次々に変える、上半身裸で半ズボンな男たちと、それに胸巻きを加えただけの格好の女たち。

 半数以上はティッカリよりも巨躯な獣人の特徴を備えた男女で。もう半数はティッカリに迫る背丈の人間の男。

 そんなこの人達が《隆筋礼賛の集い》という、信者の人達なのだと、テグスは直感した。

 しかしテグスが疑問に思ったことが幾つかあった。

 先ず、日差しがない場所のため、低く感じる外と連動した冬の気温の中にあって、この人達は半裸だ。


「あのー、寒くないんですか?」

「おおうん。鍛え上げた筋肉があれば、冬の寒さなど大したものではない!」

「ふんはぁ。鍛えた筋肉は、万難を排する力があるのだよ!」

「はぁしょ。むしろこの肌寒さが心地いいわ!」

「よっほっ。けど夏場は汗だくなのよ!」


 次に、《迷宮主》への通路は開いていて、誰も挑戦していないのは判るので。


「あのー、なんでここでそんな事をしているんですか?」

「おおぬぅ。これは《蛮行勇力の神ガガールス》を讃えるための、礼拝のようなものだ!」

「ふんぬはっ。そしてこの場にいるのは、君らのような、筋肉の薄い人達に警告をするためなのだよ!」

「はんぬぅ。この先の《下級地竜》に挑むのは、力の無いものには無謀だわ!」

「よっぬぁ。考え直して引き返し、筋肉を鍛えたらまたいらっしゃい!」


 そう言われてようやく、テグスが職員の人が言っていた通りな人物たちなのだと理解した。


「えっと、他の《中迷宮》を攻略し終えてるんですけれど?」

「おおんはっ。他は他、ここはここだ!」

「ふんむぅ。もしこの先に行きたいというのなら、力を示すしかない」

「はあはっ。力で勝てたら素直に通してあげるわ」

「よぅんっ。もちろん道具の力を使うのは禁止よ!」


 そして彼らが筋肉至上主義というのも、間違いでないと分かった。

 このままでは埒が明かないと思ったテグスは、視線をティッカリへと向ける。


「よ~し~、お任せなの~」

「おおぬぃ。お嬢ちゃんが相手か。背の高さはまあまあだが、筋肉はまだまだ――」


 ティッカリが腕から殴穿盾を、背から背負子を外して、地面へと置くと。

 その重さから、ゆっくり置いたのに重々しい音が響く。

 それを聞いて、獣人の男の顔が少し変わった。侮るものから興味の方向へと。


「おおぬふぁ。面白い、この俺が相手をしてやろう。力比べだ!」

「それなら、大得意なの~」


 そう言いながら、お互いに手と手を合わせようとするのを、テグスは止めた。


「ティッカリ、お面外すの忘れてるよ」

「あ、いけないの~」


 いそいそと頭のお面――《憤怒総面》を外して、地面にある殴穿盾の上に置く。

 そして気を取りなおして、ティッカリは彼女より大きく筋骨隆々な男と、手四つで力比べを始めた。

 最初はお互いに試すようにして、段々と力を入れていっているのが、筋肉の盛り上がり方で良く分かる。


「おおおぉ。薄いかとおもえば、いい筋肉をしているではないか」

「それはどうも、ありがとうなの~」


 お互いに段々と腕と背中の筋肉が張り出し、ギリギリと繋いだ手から音が鳴る。

 やがて男の方に余裕がなくなってきたのか。

 その大きな体格を生かして、体重による加重でティッカリを押し潰そうとしてくる。

 しかしティッカリはまだまだ余裕の表情を崩すことなく、逆に押し返そうと腕に力を入れる。

 そして最初の状態に体勢が戻ると、そこでティッカリは一度押し込むのを止める。


「あの~、降参してくれるとありがたいの~」

「勝負とは打ち倒すか倒されるかしかないものだ!」


 再度獣人の男が押し込もうと体重をかけるが、ティッカリはやや悲しそうな顔をするだけで、少しも体勢は変わらなかった。


「それじゃあ仕方がないの~。けど腕が折れても、文句言わないで欲しいかな~」

「な、なに? お、おお、おおおおおお!?」


 ティッカリは一気に全身の筋肉に力を入れて、男を押し込み始めた。

 力比べから後ろには下がれずに、男の身体が段々と反っていく。

 やがて限界まで身体を反らせ、そこでどうにか踏ん張っていた男の腕から、生木を蹴り折ったような音が響いた。


「ぐおおおおおおお、腕、腕の骨がああ!?」

「だから降参した欲しいって言ったの~。でもこれで力比べは、こちらの勝ちかな~?」


 痛みで力を抜いてしまった男は、背中から地面へと落ちていて。

 ティッカリは手四つのまま、その上に圧し掛かるように立っていた。


「ぐううぅぅぅ。ま、まさか、筋肉ではなく骨が敗北するとはぁ……」


 痛みからかそれとも情けなさからか、大の大人が地面に横たわったまま、男泣きをし始めた。


「ふんぬぅ。だから前々から、骨を齧れといっていたのだ!」

「はぁほぃ。まったく、相変わらず筋肉以外は駄目な人だわ!」

「よぅほぁ。でも勝ちは勝ち。だから通っていいわよ!」


 彼らが道を開けてくれたのを見て、テグスはティッカリに笑顔を向ける。


「よくやったよ、ティッカリ。でも力比べが手馴れてた気がしたけど、前に良くやってたりした?」

「えへへ~、飲み代の賭けで連戦連勝だったの~」


 テグスに褒められて満更でもないのか、ティッカリの相貌が崩れている。

 しかしその発言を聞いた、地面に倒れていた男が、折れた腕の痛みを忘れたように急に立ち上がった。


「そ、その噂、聞いたことがあるぞ! 力比べを挑んだ人々の腕や手の骨を砕き続け、《破壊者デトランタ》と呼ばれた頑侠族の女の話!」

「その名前で、呼ばないで欲しいかな」


 満面の笑顔から一転して無表情になり。

 そして何時もの優しげなものとは打って変わり、寒々とした口調と視線で、ティッカリは腕を追った男を睨みつけた。

 この落差から男に怖気が走ったのか、真っ青な顔になると頭を上下に何度も振り始めた。

 他の《隆筋礼賛の集い》の信者たちも、その噂を耳にしていたのか、急に青い顔になりだした。


「も、申し訳ありません。ささ、どうぞこの先にお進み下さい!」

「し、知らなかったこととはいえ。何という無礼を。お許し下さい!」

「あ、あの~。そう畏まられると、困っちゃうの~」


 我に返ったのか、何時もの雰囲気に戻ると、ティッカリは困ったような笑顔を浮べる。

 そしてどうしたら良いのかと、問い掛ける目をテグスに向けた。


「何も悪いことしてないんだし、ティッカリは勝者らしく胸を張れば良いと思うよ?」

「そ、そうなのかな~?」

 

 あっさりとしたテグスの言葉に、ティッカリは戸惑いを見せながらも、言われた通りに胸を張ってみた。

 すると信者たちが急に平服し始める。

 どうやら本当に、筋力で上下関係を決める人達のようだ。


「じゃあ先に進ませてもらちゃおう」

「そうするのが、いいです」

「ほらほら持ってください、ティッカリの荷物ですよ」

「う、うん。なんだか釈然としない気分なの~」


 まるで生き神のように崇められながら、ティッカリはテグスに続いて、《迷宮主》が出る場所へと続く通路を歩いていくのだった。


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