129話 冬の《外殻部》
外套を仕立てていたため、久しぶりに地上へと戻ったテグスたちは、すっかり冬の寒さが街を覆っている事に気が付いた。
「寒いですね、随分と」
「これから、もっ~と寒くなるの~」
「雪、降るです?」
「それはもう少し先だね。大雪になっても、一度だけなら踝くらいまでしか積もらないよ」
雪が降ると聞くと、なぜだかハウリナは尻尾を揺らしてうきうきとした様子になった。
「ハウリナは、雪が好き?」
「うん、楽しみです! テグスは好きです?」
「うーん、僕はあまり良い思い出がないから、好きじゃないかな?」
冬の季節になると、積雪で《雑踏区》の少なくない数のあばら家が崩れたり、路上に寝転がる酔っ払いや薬物中毒者、食料を得られなかった弱者たち。
そんな人たちが、何の冗談かというほどに、バタバタ死んで行く。
その光景を頻繁に目にしてきたテグスは、どうしても冬の季節になると死というものを、連想せずには入られない。
なのでどうしても好きという気分にはなれず、冬好きだからしょんぼりするハウリナに、テグスは申し訳なさからその頭を撫でてしまう。
「むぅ~、テグスと雪遊びしたいです」
「雪遊び? 雪かきとか、雪を荷車に乗せて捨てに行く事は《依頼》でしたけど」
だから死を運んでくる雪で遊ぶという感覚は、テグスにはなかった。
「雪玉投げ合ったり、雪の洞穴を作ったりしないの~?」
「遊びだって言っても、そんなことしたら、手や身体がかじかんじゃわない?」
「遊びなんです、そういう事を含めての」
説明されても、どうもテグスにはピンとこない。
そもそも痺れ粉を使ったり、回収した罠を再利用したりという、悪戯はしたことがあったが。
同年代同士で遊ぶという感覚が、テグスにはあまりない。
「ふーん、じゃあ雪が降ったら、それで遊んでみようか」
「わふっ。楽しみです!」
雪遊びの体験はしてみようと思ったテグスの言葉に、ブンブンとハウリナは尻尾を振り回している。
そんな調子で、テグスたちは《中心街》から《外殻部》へと抜けた。
「次は《中二迷宮》です?」
「そうだよ。なんでも、肉の価格が上がっているんだって」
「寒さでお休みする《探訪者》の人も多いから、仕方がないかな~」
「きっと下手に動けないのでしょうね、家を借りて備蓄した人たちは」
アンヘイラが予想した通りに、《迷宮都市》では盗む事に法的な罰則がないため、食うに困れば空き巣狙いをする人も多く現れる。
下手をすれば、留守にしている間に食料だけでなく、薪すら全て盗まれる可能性もある。
それは何も《雑踏区》に限ったことではなく、《外殻部》であってもそれは起こりえる。
むしろ冬の値上げで、商店が打ち壊し対策の防備の為に、巡邏に回している人たちまで集めてしまい。
必然的に、この季節の《外殻部》は一年で一番治安が悪くなる。
「待てガキども、コラー!」
「盗んだのを返せ、ぶっ殺すぞ!」
人の怒声が聞こえたので、テグスがそちらの方へと目を向ける。
そこには八人ほどの、テグスと同じかやや上程度の少年少女たちが、食料や薪などを持って通路を走っている姿だった。
彼らの見た目から、テグスはジョン達かと思った。
だが明らかに人違いだと分かるほど、顔や装備品に違いがあった。
そして彼らの後ろには、二十を越えて三十に届きそうな男たち六人が、剣や鈍器を振り上げながら迫っている。
このままでは一網打尽にされると思ったのか、少年少女たちはバラバラに逃げ始めた。
その内の三人が、テグスの前を通り過ぎ。その先にある三叉路を、バラバラに逃げて行く。
「おい、何処に行ったか教えろ!」
「三叉路を、それぞれ一人ずつに分かれましたよ」
庇う積りも無かったので、走るのを止めて問い掛けてきた男に、テグスは素直にそう告げた。
すると慌ててその三叉路を見やるが、もう視界には誰の姿も見えなかったのか、実に苛立った表情で舌打ちをした。
「チッ、クソガキどもが。」
「おい、どうすんだよ。これじゃあ冬が越せないぞ!」
「うるせえ! そもそもお前が、今日の見張り当番だっただろ!」
「そ、そんな事はいまどうでも良いだろ。それよりあのガキをどうするかだろ!」
「どうでもよくはねえんだよ!」
追いついた別の男と口喧嘩をし始めたので、テグスは軽く会釈してから通り過ぎようとする。
その時、最初に来た方の男の手の片手剣が振られ、テグスの顔に向かって来る。
それをテグスは慌てずに手甲で受けつつ、威力を殺すために軽く後ろへと跳ぶ。
跳んだ先にいたティッカリが、両手で挟みこむようにしてテグスの身体を掴まえ、着地させる。
「いきなり何をするんですか?」
明確に攻撃されたので、テグスは小剣を一本ずつ手にして構える。
ハウリナたちも、手の武器を構えて対峙する。
そこで不意打ちが失敗し、より不味い状態になったと分かったのだろう。片手剣を振るった男の顔が苦々しいものになる。
唯一状況に付いていけてないのは、良いわけをしていた方の男だけ。
「チッ、きょうは上手くいかねえな。こうなりゃやけだ。テメエらの装備を売っ払って、購入代にあててやる」
「お、おい。何をしてるんだ!」
「うるせえぞ。これからもっと値上がりするんだ。今のうちに蓄えがなきゃ、最悪尽きた時には失態したお前を食う事になるんだぞ?」
男たちが言い合いをしていると、彼らの仲間たちも続々と合流し始める。
その仲間たちはこの状況を飲み込めていないようだが、テグスたちが武器を構えていることから、敵と判断したようで武器の切っ先を向けてきた。
「……一応言っておきますが。貴方たちの備蓄を盗んだ人達と、僕らは無関係ですよ?」
「うるせえぞ。身包み置いてけば、命だけは見逃すぜ?」
「おい、なんだこの状況は。説明しろ!」
「し、知らねえ。行き成りあいつが、そいつらを襲って装備を売り払おうって!」
後から来た人たちは、その一言で大体の状況を察したらしく、テグスたちを値踏みするような目を向ける。
この時に彼らの不幸があったとするならば、テグスたちが身に着けている《合成魔獣》の毛皮で作った外套で、その内にある鎧が見えなかった事だろう。
きっと、《重鎧蜥蜴》の大鱗を使用した鎧を見ていたら、テグスたちをその歳若い外見で侮る事は、きっと無かったのだから。
「こうなりゃ、やるしかねえだろ!」
「背に腹は変えられん!」
容易い相手だと判断したのだろう。
一斉に手にした武器を掲げて、テグスたちへと打ちかかろうとする。
「もう、なんて面倒な……」
人数で負けるテグスたちは、素早く散開して、各個撃破の体勢を整える。
「バッキバキにするです!」
「ぐあああ、げぐ、おおおおぉぉ……」
「ばか、なにして――」
「ど、どけ、寄りかかるな――」
その間にハウリナは、不用意に近づいてきた一人の腕を、黒棍で叩き折り。
続けて痛みに歪んだその顔面に、脛当てをした回し蹴りを叩き込み。
最後にその腹を足裏で蹴って飛ばし、近付こうとする別の男たちを巻き込ませる。
「もう容赦しねえ!」
「命、置いてけえ!」
ティッカリが盾を二つ持っていたので、単なる防御役だと勘違いしたのか。
二人がそれぞれ手にした、鋲付きの大きな金砕棒で、盾ごとティッカリを打ち据えようとする。
だがそんなもので、ここまで出会った中では最硬の《装鉱陸亀》の甲羅で作った、殴穿盾が壊れるはずも無く。
そしてティッカリには、人が力一杯に振るった金砕棒の衝撃を受け止めるのに、十分な膂力もあった。
「あまいの~。て~やあ~~~~、と~やあ~~~~」
殴穿盾を使って、力任せに二本の金砕棒を弾き飛ばし。
がら空きになったそれぞれの胴に、殴穿盾を一度ずつ叩き込んだ。
「ぐぶッ――」
「げごぼっ――」
双方の皮鎧の胴部が大きくへこみ。
一人は喉から溢れ出る血を止めようと口を閉じ、一人は口から血を吐きつつ下からも血をたれ流して。
二人ともその場で地面に崩れ落ちた。
「容易いですね、こうも硬い部分がない相手は」
一番大きく離れたアンヘイラから、二本続けて放たれた矢。
それがハウリナが蹴った男に巻き込まれて、立ち上がりかけていた二人に突き刺さる。
一人が口から首の後ろまで、もう一人が目から後頭部までを貫く。
「ぐげっ――!?」
「げびびびぁ!?」
「矢だ、鎧がない部分を守れ。武器で切り払え!」
口から矢を生やす男の方は、まるで全身の力が抜けたように、その場で潰れ落ち。
もう一人は脳に鏃が達したせいか、立ったまま異常痙攣を起こしている。
その姿を見たテグスたちと最初に出会ったあの男が、そう怒り混じりの声を上げる。
だがそれに反応する彼の仲間は、一人としていなかった。
なにせ彼以外は全員、口が利けるような身体ではなくなっていたのだから。
そんな事も分かっていない彼の両腕両脚に、テグスが投擲した投剣が一本ずつ突き刺さる。
「ぐおおおおおおおお、くそくそ、いってええええええ!」
ほぼ同時に一斉に突き刺さったからか。
先ずその男は、足に刺さった投剣を抜こうとし、動かした腕が痛んだのか硬直する。
そして別の腕を動かそうとして痛みに驚いて体勢を崩す。
最後に立て直そうと踏ん張った足にも痛みが走ったのだろう、こけるようにしてその場に崩れ落ち、痛い痛いと叫び始めた。
あまりにも喧しいので、テグスは右手の小剣で叫ぶ男の喉を掻っ切る。
そして折れた顎に手を当てて蹲る、ハウリナに蹴られた男を首を、振るった小剣で後ろから落とした。
「さて、じゃあ剥ぎ取ろう――ん?」
ふと視線を感じてテグスが振り向くと、物陰に隠れながら見ていた、腕に薪と食料を少年と目があった。
慌てて少年が逃げようと素振りを見せる前に、テグスはにこやかに手招きした。
しかし逆に少年は走って逃げようと踵を返し、十数歩走ったところで、駆け寄ったハウリナにその後ろ首を掴まれた。
「テグスが呼んでるです。ちょっと来るです」
「放せ、放して、放してください! 死にたくないいいい!!」
少年は泣き叫びバタバタと手足を振り回し、腕に抱えていたのも地面に撒いてしまう。
しかしテグスの前まで引き摺られると、急に黙ってしまった。
そして必死な顔と目で、テグスに声なき命乞いをしてくる。
だが別にテグスは、彼の命をどうこうする積りはないので、苦笑いを浮べてしまった。
「あのね。ちょっと聞きたいことがあるんだけれど」
「はい。何でもどうぞ!」
ビクビクとしながらも、答えなければ殺されると思っている目で、少年はテグスを見続ける。
少しやり難いなと思いながらも、テグスは少年の目を見ながら話を続ける。
「えーっと、ここで死んでいる人たちの家から、食べ物とか盗んだんだよね?」
「はい――い、いいえ。えあ、その、えっと」
正直に答えなければという思いと、正直に答えたらどうなるかと言う思いが交差して、混乱いるのがありありと見て取れる。
「それでね。その家の場所を教えて欲しいんだけど。駄目かな?」
「えっとその……」
「どうせ全部は持ってきてないんでしょう。教えてくれたら、食料とか薪とかは全部持ってって良いし。なんなら、この死体の装備を譲っても良いんだけど」
テグスがにこやかに提案すると、少年は考える素振りを見せながら、じっと死んだ男たちの武器を見つめていた。
「わ、わかった。そ、それと、手伝うための仲間を呼んだら、その分そこの人たちの装備を貰えたりするのか?」
「僕らが手をつけなかったのは、持っていって良いよ」
テグスの瞳に嘘がないと分かったのか、少年は口に指を当てて、ぴゅぃーーっと指笛を高らかに鳴らした。
しばらくして方々からバラバラに、腕に食べ物や薪を抱えた、少年の仲間と思われる少年少女たちが集まってきた。
そしてテグスの前にいる少年を見て、観念したような、絶望したような、出し抜こうとするような、様々な顔で近くに寄ってきた。
集まった彼ら彼女らの首に下げているのは、《外殻部》に来れる証の《青銅証》ではなく、《雑踏区》で活動する証である《鉄証》であり。
それを見てテグスが、どうして先ほど少年とやって来た彼らが、テグスたちを見てビクビクするのかに気が付いた。
「別に、君らがここに居るのを咎める積りは無いよ?」
そんなテグスの言葉を皮切りに、先ほど少年にしたのと同じ取引を持ちかけた。
「そういうことなら、なぁ」
「そうだよ、なぁ」
「そうしようか、なぁ」
こそこそと小声で確認し合った少年少女たちは、テグスの提案を受け入れることで、話が纏まった。
「じゃあ、手に持っているのも大変だろうから。死体の服を包み布にして、その中に入れちゃいなよ」
言った後で、テグスは率先して男たちの装備品を剥ぎ取り。
鎧や武器などは、彼らの方に投げて寄越し。
その他身につけていた物も、必要がないと思えば、同じ様に投げ寄越してやった。
最初は怪しんでいた彼らも、一人が剣を手に取ると、あとは雪崩のように争奪戦が行われ始める。
そうして死体を素っ裸にし終わった頃には、少年少女たちは仮装でもしているかのように、ぶかぶかな鎧や重そうな武器を持って笑っていた。
「それじゃあ、案内よろしくね」
「おう。それぐらいお安いごようだ!」
金砕棒を両手に持って、最初に掴まった少年がニコニコ笑顔で、テグスを案内をする。
そうして訪れた一軒の家に、テグスはハウリナたちと中へと踏み込み。
留守番をしていた二人の男に声を上げさせずに、瞬く間に殺してしまう。
そして少年少女たちに、食料庫を開け放って、中の物を置いてあった背負子の中に入れさせて、持っていかせる。
勿論、死体の武器と防具は彼らの中の、まだ持っていない人たちに上げてしまう。
「ありがと、兄ちゃんたち!」
「ありがとう、助かりました!」
感謝の言葉を放ちながら、少年少女たちは外へと出ると、何処かへと走っていった。
そうして静かになった後で、テグスは家捜しを始め。
隠してあった小袋に入った、金貨三枚を発見する。
恐らくもしものための保険だったそれは、死体には必要のないものなので。
殺した男たちの懐から得た銀貨銅貨と共に、テグスは仲間と山分けをしたのだった。




