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126話 あの子の才能

 テグスが先ず向かったのは、魔法や魔術の本がある棚だった。

 そして目に付いた魔術の本を手に取った。

 しかしその内容は、《探訪者ギルド》の支部で読んだものと大差はなかった。

 他の魔術の本も程度は同じだったので、次に支部には無かった類の、五則魔法のみの事を書いてある本を手に取った。

 開いた頁に書かれていたのは、より詳しい五則魔法の数々の呪文とその効果についてだった。

 良い物を見つけたと、テグスは棚近くの長椅子に座ると、その本を腿の上に置きながら、頁を捲っていく。

 読み進めていって先ずテグスが驚いたのは、基本形という発動の媒体がなくても発動する五則魔法が、数多くあった事。

 そしてこれらが、魔術の雛形になったと書かれてあった事だった。

 しかしそのどれもが、効果が魔術とほぼ同じであったり、何に使うか分からないものだったりで。

 テグスはその部分を斜め読みで飛ばし、五則魔法の低級の中から、新たに風で攻撃する魔法と、手を触れずに物を移動する魔法の呪文を覚えた。

 そして中級の炎系と水系の呪文へと視線を移そうとして、長椅子に人影が差したので顔を上げる。


「あ、あの。隣に、座ってもいいですか?」


 そこに立っていたのは、ジョンの妹で気弱そうな雰囲気がある、アンジィーだった。


「構わないよ。どうぞ」

「は、はい。お邪魔します」


 テグスが長椅子をポンポンと叩くと、アンジィーはその場所に腰を下ろす。

 そして手にしていた『妖精との語らい』という題名の本を開き、それを静々と目を向け始めた。

 なのでテグスも、自分の手にある本に視線を向けなおし、言葉無く読み進める。

 少し時間が経ち、テグスは取りあえず必要分の呪文は覚え終わったので、本を閉じて顔を上げる。

 その時、アンジィーが控えめに、テグスの顔を見ている事に気がついた。

 

「えっと、何か用があるの?」


 顔を向けてのテグス問いに、アンジィーは急にあたふたし始める。


「あ、あの、その。ちょ、ちょこっと、読めない部分があるんです……」

「その場所を、ちょっと指差してもらって良い?」


 テグスはアンジィーに身を寄せて、彼女が開いている本に視線を落とそうとする。

 しかしアンジィーは、テグスに近付かれて吃驚したのか、その分だけ横にずれる。

 だがそうされると、ほんの中身が読み難いので、テグスはまた身を寄せる。

 アンジィーはまた横にずれ、テグスが近付き、アンジィーが離れ――


「――へっ、きゃっ!?」


 そうしているうちに、長椅子の端からアンジィーが落ちそうになってしまった。


「おっと。ちょっといたずらが過ぎたかな?」


 しかしアンジィーが床へ尻餅をつく前に、テグスが彼女の腕を掴んで転ばないように支えた。


「ほら、ここに座って。本の読めない部分が知りたいんでしょ?」

「は、はい。そう、なんですけど……」


 するとアンジィーは恥ずかしそうに俯きながら、顔から首筋までを赤くしていた。

 その人見知りの子供のような態度に、テグスは小首を傾げる。


「ジョンを間に挟んでいた時は、もっと物をハキハキ言ってたのに、どうしたの?」

「そ、それはっ。お、お兄ちゃんがいたから、緊張しなかったんです……」

「なら、なんで隣に座った上に、本の内容を尋ねてきたの?」

「だ、だって。あ、あの信者の人、優しいけどなんだか怖いですし。お兄ちゃんたちは、本読めないですし」


 つまりは、テグスの隣に座ってから分からない部分が出たのではなく。

 分からない部分を聞こうとしていた時に、本を苦も無く読んでいるテグスが目にとまったという事なのだろう。

 それで引っ込み思案なアンジィーの性格から、テグスが水を向けるまで用件を言えなかったらしい。


「理由は分かったけど……じゃあ、僕がその本を持つから、アンジィー側からこっちに近付いて来てよ」

「え、えええっ!?」

「だって、そうしないと、本を読めないでしょ?」


 テグスはそう言い放ち、手にしていた本を棚へと片付け。

 続けて、混乱しているらしいアンジィーの手から本を取り上げ、長椅子の中ほどに座り直す。


「ほらほら、どこなの読めないの――って、これ精霊魔法の指南書だね?」


 アンジィーを手招きしながら、本の内容に目を落としたテグスは、その共通語での記述が精霊魔法についてなのに驚いた。


「は、はい。あの、その。あの信者の人が、魔術と精霊魔法に適正があるって」

「なら、判別の時に、精霊魔法が少しでも使えたって事だよね?」

「あ、あの、家のお手伝いで、魔術で竈に火を入れるのが役割だったので、魔力を使うのには少し慣れてたのもあって……」


 長々とした説明口調なのに、段々と言葉尻が小さくなるアンジィーの言葉は、彼女の内心の自身の無さの現れのように見えた。

 それを聞くテグスとしては、純粋にアンジィーの事を凄いと思った。

 なにせ養母のレアデールに教えて貰ったのに、上手く精霊魔法が使えないという、ちょっとした負い目があったからだ。


「ねえねえ。ちょっと、その精霊魔法見せてくれない?」

「え、あのその。そ、そんなに大した事をした訳じゃないですよ」

「じゃあこうしよう。見せてくれたら、この本の中の知りたい所を全部教えてあげる」


 どうすると、テグスが視線で問い掛けると。

 アンジィーは目線を外した後で、小さく頷きを返してきた。

 そしてアンジィーは地面に指を付け、目を閉じて集中する素振りを見せる。


「土の精霊さん。指を着けた場所を、手の平一つ分盛り上げて欲しいんです」


 そしてゆっくりと噛んで含めるような言い方で、アンジィーが告げる。

 そうすると、アンジィーの指をつけていた場所が、彼女の掌と同じ分だけ隆起した。


「土の精霊さん。いま盛り上げてもらった場所を、その周りと同じく平らにして欲しいんです」


 続けてそう告げると、膨れていた袋が萎むように、地面は隆起する前と同じ状態に戻った。


「こ、こんな感じ、なんですけど……」


 恐る恐るといった感じに、アンジィーが窺うような視線をテグスに向ける。

 しかしテグスがアンジィーに返す視線は、興味がありありと含まれた、好奇心一杯なものだった。


「いま、どれだけ魔力使ったの? 魔術を使う時を基準にして、どの程度増やしりした?」

「え、その。そんなには。火を入れる時と、あまり、変わらないと思いますけど」

「そうなんだ……じゃあ、その魔術を使う時と、何か違う部分はある?」

「い、いえ。その、ちょっとだけ、集め方を……」

「それが糸口なのかな……うーん、本に書かれているのは、曖昧で感覚的だし……」

 

 テグスは素早く手にしている本の頁を捲って、アンジィーのその感覚を明文化してないか探す。

 しかし書かれていた内容は、感覚的で精霊と疎通するというもので、テグスが探す論理的な記述とは真逆なことしかなかった。

 この事にテグスは少し落胆を覚え、そしてアンジィーが怪訝な顔を向けているのに気がついた。


「レアデールさん――僕のお母さんが、精霊に渡す魔力を料理するって言ってたんだ。そのことが、どうしても良く分からなくて、この中に書かれてないか探したんだよ」


 慌てて言い訳をするテグスの言葉を受けて、アンジィーは何かに気がついたような顔をする。


「そっか。あれって、きっとそういう意味だったんだ……ありがとう御座います、テグスお兄さん。なんか、分かった気がします!」

「えっと、それは良かったね?」

「はい。あとはきっと一人でも出来ますから。テグスお兄さんは、ご自分のことをしてください」


 行き成り兄扱いをし始めるアンジィーに面食らいながら、テグスは彼女に本を返す。

 するとうきうきした様子で本を抱え、少し遠くで信者の人に彼是聞いている風なジョンの方へと行ってしまった。


「手助けになったのかな?」


 いまいち腑に落ちないまま、テグスはハウリナたちが何をしているのかを見に行こうと、長椅子から立ち上がったのだった。




 テグスが図書館の中を周ると、先ずアンヘイラを見つけた。


「なに見ているの?」

「図解ですよ、新旧武器一覧の」


 アンヘイラがテグスの方へと開いた本を見せると、何種類かの短剣が精緻な絵で描かれ、注釈が入っていた。

 

「でも、この説明文は古代語だけど、読めるの?」

「だから図解を見ているのです、読めませんので」


 確かにそれなら、文字は必要ないだろうと納得して、テグスはアンヘイラと別れた。

 続いて見つけたのはティッカリで。

 彼女は本は読まずに、螺旋階段に腰掛けて、金属製の水筒スキットルに口をつけて酒を少量ずつ、舌で舐めるようにして飲んでいた。


「ティッカリは、文字読めない訳じゃないよね?」

「読めるの~。でも本を破いちゃったら悪いかな~」


 ティッカリはその有り余る膂力で、生半可な武器なら壊してしまうという欠点がある。

 なので恐らくティッカリは、大事そうな物には極力手を触れず壊さないように、心がけているのだろう。


「気にしすぎだと思うよ。だってその水筒持ててるし」

「それはそれ、これはこれなの~。ビクビクしながら本を読んだって、ちっとも面白くともないの~。個人的には、酒場や食堂でお酒を飲みながら、吟遊詩人の歌を聴いている方が好きかな~」


 そして気にしないでと身振りをされてしまい、テグスもこれ以上言うのは野暮という気になった。

 なのでその場を立ち去って、ハウリナとカヒゥリがいるであろう場所へと向かう。


「次は、これです!」

「ほほぅ、いいのを見つけたッスね。でもそれ少し難しいッスよ」

「のぞむところ、です!」


 少し棚と棚の間が空けられた場所に、ハウリナとカヒゥリはいた。

 そしてハウリナが掲げているのは、本ではなく絵の描かれた巻物で。

 その絵の部分を指差して、カヒゥリに何かを訴えかけている。


「二人とも、何しているの?」

「おお、テグス。いい所に来たッス。その腰の装備外してここに置くッスよ」

「手伝うです」

「ちょ、え、どうしたの行き成り?」


 二人に剣帯を外されてしまったテグスは、続けてハウリナの前へと立たされた。


「じゃあテグスは素手で、ハウリナちゃんを攻撃するッス」

「なんで?」

「何してたか知りたいんッスよね?」


 ニヤニヤと笑うカヒゥリに、何だか嫌な予感がしつつも、テグスは少し真剣にハウリナと対峙する。

 一方でハウリナは、ワクワクと文字で顔に書いてありそうな表情を浮べている。

 それが飼い主に芸を褒めてもらいたい犬のようで、テグスの真剣みが若干薄れてしまう。


「それじゃあいくよ、ハウリナ」

「かかってくるです!」


 なので気を引き締めるために宣言してから、テグスはハウリナに殴りかかりにいく。

 ハウリナは素早いので、一撃は狙わずに数打で一つの組み合わせで、攻撃をし続ける。

 だがその攻撃は読まれているのか、それとも単に遅いだけなのか、ハウリナには一発も当たらない。

 そうしていると、ハウリナがテグスの顔に向かって、軽いが素早く掌打を繰り出してきた。

 明らかに何らかの罠のようだったが、払わずにいたら顔面に当たるので、テグスは右手でそれを打ち落とそうとする。

 しかしテグスの手がハウリナの手に触れた瞬間――


「えっ、なっなんで!?」


 ハウリナの手がテグスの出した手に絡み付き。そのまま引っ張られて体勢を崩され。

 その上、ハウリナに腕に飛びつかれて、その体重と体裁きで、テグスは地面の上に転がさせれてしまう。

 その結果、ハウリナに腕を取られたまま、テグスは地面の上に大の字に寝かされる状態に。


「ほらほら、ハウリナちゃん。軽く痛くしてやるッス」

「ムッ。テグスに痛く、したくないです」

「駄目ッスよ。人は痛くないと覚えないものッス」


 二人の意味深な発言に、テグスは今の自分の状態を悟った。

 つまり、ハウリナに腕の関節を極められる寸前だと。


「やばッ!?」


 テグスがハウリナの掴んでいる手を外させようともがく。


「ほら、グズグズしてるから、テグスが暴れ出したッスよ?」

「それなら、こうするです」


 するとハウリナは手を掴んだまま立ち上がり、テグスを軽く引き起こす。

 そして軽く飛びながら、その両太腿をテグスの首の横と脇の下を通すと、まるで二本の脚が一匹の蛇になったように締め上げ始める。


「がッ、くぅ……外れない、息が、しにくい」


 片腕は取られたままなので、テグスはもう一方の手だけで、ハウリナの脚を外そうとする。

 だが手と脚の差に加え、人間と獣人という、筋力の量と質ともにテグスが負けているので外せない。

 辛うじて息が出来る程度に、締め付けが加減されているが、息苦しさが募るのは止められない。


「ハウリナちゃんは、テグスだからって手加減しすぎッス。本番では、一瞬で相手の首をへし折る積りじゃないと、いけないんッスよ?」

「分かってるです。でも……」

「ああもう、そういう顔をしないで欲しいッス。ウチが悪者みたいじゃないッスか……」


 カヒゥリが手をヒラヒラさせると、ハウリナは手と脚をテグスから放した。

 自由になったテグスは、その場から跳び退ってから、大きく深呼吸をする。


「どうッスか。ハウリナちゃんの体術の味は」

「苦しかったに決まってるでしょ。まさか図書館なのに、こんな練習してるなんて、思わなかったし」

「テグス、テグス。ごめんなさいです」

「訓練だって分かってるから、そんな悲しそうな顔しない」


 短期間で身につけたにしては上手だという賞賛半分、自分が手玉に取られてしまった悔しさ半分で、テグスはハウリナの頭を少し乱暴に撫でてやった。

 すると怒られるとビクビクした様子だったハウリナは、褒められたと理解して、途端に嬉しそうな笑顔を浮べる。


「体験してもらった通りに、ハウリナちゃんは獣人基準でも、この才能があると思うッスよ。伸ばすのを薦めるッス」

「でもこれって、相手が刃物を持ってたりしたら、逆に危険じゃない?」

「一瞬で関節壊せば、危険なんてあまりないッスよ。それに刃物が怖いなら、補助に使える良いの持ってるじゃないッスか」


 テグスがハウリナに視線を向けると、ここまであまり出番がなかった、先がレの字状の二本の短棒を両手に構えていた。


「コレ、使うです!」

「あれで刃物を手から叩き落させて、先の鉤を相手の服や鎧に引っ掛け、体勢を崩すことが出来るッス」


 その光景をテグスは軽く想像してから、そのやり難そうな相手の対策を、思わず考え込んでしまう。

 ある程度方策が立ったところで、テグスはまた別の事を考える。


「……なら、しばらくここに通うか住むかした方が良いって事?」

「そうッスね。獣人の部族に伝わる、秘伝の書なんてもんがあるッスから、少し鍛える時間が欲しいッスね」

「強くなるです!」

「なら食料庫にはまだ空きがあるようだし。食料運びの《依頼》を、連日受けてここに来ればいいかな。ジョン達も誘えば、魔術教わる時間が欲しいだろうからついてくるだろうし」


 そして問題が一つある事に気がついた。


「アンヘイラはまだしも、ティッカリには何か暇つぶしを用意しないとなぁ……」


 もしこれからも、本を見ずにティッカリが過ごすなら、その間の事を考えないとと、テグスは少し気を揉むのだった。



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