124話 《中一迷宮》のお宝とは
使える螺旋鏃を回収してから、倒した《合成魔獣》を《祝詞》で、さいころ型の赤い魔石に変えた。
「ふぅ~、再生するっていう厄介さはあったけど。なんとかなったね」
「かんたんな相手だったです」
「もしかしたら、満遍なく叩けば大丈夫だったかな~?」
「補充が必要ですけ、使用した分の矢の」
「それよりも、この先にあるのが、楽しみッスよね」
背負子を背負って、テグスたちはこの先へ続く通路を歩いて行く。
すると見えてきたのは、何故か下へと続くらせん状の階段だった。
「まさか、もう一匹《魔物》が出てこないよね?」
「すんすん……なにか、生き物はいるです」
「ふんふん……これは多分、沢山の物と人間の匂いだと思うッスよ」
獣人二人の鼻を信じて、全員でこの螺旋階段を下りて行く。
暫くは、三十層の石畳の中の光景が続いていたが、やがて大きな空間へと出た。
「はうぅ~~~~……た、高いの~~~~」
「そういえば、ティッカリって高いの駄目なんだっけ。それにしてもこれは……」
そこは《中一迷宮》一層分の広さがあり。
ティッカリの身長で五人分はある高い四方の壁だけでなく、梯子付きの棚が多数作りつけられた、異様な場所だった。
そしてテグスたちが下りている螺旋階段は、この中央部に設置されていて。
この先の地面に接する場所に、本を広げて読む《深考探求の神ジュケリアス》の神像が安置されている。
「……これ全部、本だよね?」
「ずーっと、本です」
そして棚の中には、端から端まで本が詰め込まれていて。
しかし皮紙独特の嫌な匂いは、テグスには感じられない。
「うぅ……本はいいから、降りたいの~」
「そうだったね。とりあえず下りないと」
テグスは座り込みそうなティッカリの手を握って、そのまま螺旋階段を下りて行く。
そうして地面に降り立ってみると、本と棚で押し潰されそうな圧迫感を感じる。
「それにしても、ここは一体……」
「おおぉー、今日は早く補給が来たーーー!」
周りを見回していたテグスたちに、走り寄って来る人がいた。
その人は体型から男性だとは分かるが、伸びきった髪にもさもさの髭を蓄え、衣服も身体も汚れてすえた匂いのする人だった。
「ん? おや、お初ーな面々ではあーりませんかい?」
テグスたちがその臭いに少し顔をしかめていると、男は長い前髪を少し横にずらして見ながら尋ねかけてきた。
「たしかに始めてここに来ましたけど……」
「ほほひぃ、じゃあお決まりの言葉を言っちゃおうかなーーー。ようこそ、智の神が全ての叡智を記した、大図書館にぃぃぃ!」
思いのほかの大声が、この空間に木霊しながら消えて行く。
「げひげひひぃ。大声出すと、疲れるけれど、お決まりはお決まりで美味しいしなぁ」
使用した肺の空気を取り戻そうとするかのように、その人はゼヒゼヒと喘息のような呼吸を繰り返す。
「えっとあの、大丈夫ですか?」
「おおぅ、こんな薄汚れたオッサンを心配するなんて、なんて君は良い子なんだ。感心する前に嫉妬を覚えるわ!」
なんか情緒不安定な人だと、テグスは少しだけ警戒を上げる。
それが伝わったのか、自分をオッサンと呼んだこの人は、慌てて手を振ってくる。
「おっと失礼、仲間内のノリを使ってしまった。デュフフ。いえいえ、ここの説明を軽くするだけなので、武器に手をかけないで下さいお願いします何でもしますから!」
「……ん? いま何でもって、言ったよな?」
「お祭りの予感を感じて!」
「ふ、増えた……」
似たような格好の男性が新たに二人、本棚の脇から顔を覗かせると近づいてきた。
「や、やめろよー、いまこの人たちに説明する途中なんだからさー」
「おいおい、独り占めは良く無いだろう。お楽しみは共有しようゼ?」
「それじゃあ説明するけど――」
「「待てやコラ!」」
変な寸劇の後で、わちゃわちゃと取っ組み合いが始まった。
似たような姿で似たような汚れ具合なので、入れ替わると誰が誰だかもう分からない。
「あのー、帰って良いですか?」
「待ってー、捨てないでー。ほんのちょっと、先っぽだけでも――おーうふっ、短剣の切っ先はお止めになって?」
「そうだぞ。先っぽなんていわずに、ずっぽりと――おうっと、弓矢を向けるのはお止しなさいな?」
「じゃあ説明するけど――って、なんで止めないんだよ!」
「「この状況で、ふざけられるか!」」
「そうですね。いい加減、ふざけないで欲しいんですけど?」
「「「ごめんなさい。久々のお客さんなので、調子乗ってました!」」」
テグスが脅すと、頭を一斉に下げてきたので、分かってくれればと短剣を収める。
「ふぅ、危ない危ない。こんな危険は、棚の角に小指を打ち付けて以来だった」
「俺は落とした分厚い本の角に、足の上を強打されて以来だ」
「俺は俺はね、棚の梯子の一番上から落ちた以来かな?」
「「本当に危険だったことじゃないか!」」
「あのーー?」
「ごめんなさい、直ぐに説明します! でも多少のおふざけは、お許してくださいやがりなさいな!」
「長年顔見知りだけとしか、会話してないので。新しい人とどう話していいか、分からないだけなのよぉおお!」
「くっ、身内のノリが行き過ぎて、新しい人を引かせてしまうなんて。どうして人は分かり合えないんだああ!」
話が一向に進まないので、テグスは今度は小剣の柄に手をかける。
ハウリナたちも、少し苛立った様子で、戦う構えを見せる。
「おおっと、これ以上は本当に命が危険で危機は危ない」
「おい、はやく説明してやれよ。じゃあ、まだ用事が片付いてないので」
「じゃあ俺らは、ここらでドロンドロンってことで……」
「う、裏切り者ーーーー!」
先ほど来た二人は、特に何の意味もなく去っていった。
「気が済みました?」
「あ、はい。反省してます。それでここの説明ですよねー。少々お待ちをー」
色々と満足したのか、このオッサンは咳を一つしてから、背筋を伸ばしてテグスに対峙する。
すると先ほどまでとは打って変わり、雰囲気だけはどこか一本芯が通った学者風になった。
「ここは《深考探求の神ジュケリアス》様が御造りになられた。ご自身が得て発見した知識を貯蔵する場所で御座います。申し送れましたが、ワタクシ、《深考探求の神ジュケリアス》様の信奉者の集まりである《考求的学び舎》の信者たる、オーマと申します」
「そんな人の集まりがあるんですか?」
「勿論。《迷宮都市》は神の御業によって作られた場所。特に《中迷宮》は、それぞれの神が心血をお注ぎになり、完成させた。いわばその信徒にとっては聖地のようなもので御座いますれば」
「でも《中四迷宮》には、そんな人いませんでしたが?」
「それは清濁の濁の部分を司る悪神故でしょう。表だって信奉者だといえば、何をされるか分かったものではありませんので」
もしそれが本当なら、《迷宮都市》に危ない薬を撒いていたり、犯罪集団を作っているのは、そういう人達なのかもしれない。
「それで、この場所は図書館と聞きましたけど?」
「そうです。この《中一迷宮》を突破なされた方々は、ここにある全ての本の閲覧が許可されるのです!」
「全ての本って、どんな本があるんでしょうか?」
「なんでもです。絵本から童話、国の歴史書に、果ては焚書された本まで。ありとあらゆる何でもが、原書として保管されております!」
「ふーん。じゃあ、《探訪者ギルド》の支部にある、魔術や魔法の本なんていうのは」
「ご明察の通り、ここにて写本が行われたものでしょう。なので信頼性は随一ともいえます。古代語なのが難点ですが」
なるほどねと納得しつつ、テグスは今までの話を纏める。
「つまり。ここに来たご褒美は、知識を得られるって事なんだろうけど。探すだけでも一苦労な感じだよなぁ……」
「棚と区域ごとに種類分けされているので、一日がかりで必要なものを探せるでしょう。勿論、苦労が伴うのは保障いたします」
そこまでして得たい知識について、テグスに今は考えがない。
精々が、五側魔法や魔術についての本を、見たいぐらいだった。
「……ごほうび、ちょっとざんねんです」
「これはテグスだけが喜びそうな場所なの~」
「天罰が下りそうですしね、持ち去りなんてした日には」
「本の知識なんて、実際に役に立つのは少ないもんッスしね」
そしてハウリナたちは、本の中身には興味が湧かないようだった。
「では、ご質問はなさそうなので、コレにて説明を、おおぅ~、真面目にして疲れたぁぉーーー」
「やったねオーちゃん。これで《考求的学び舎》の信者が増えるかもよ?」
「頑張った、感動した。だが信者になりそうもないから、無意味だ」
「そ、そんなことねーし。お前らが来なきゃ、この子ら信者になってたしー」
チラチラと目を向けてくるので、テグスは押し止めるように、手を前に出す。
「あ、宗教は、育ての親に入るなって言われているので」
「テグスが入らないなら、入らないです」
「ちょっと、宗旨が合わないかな~」
「祈る神は既に決めてますので、家業的に」
「ウチも狩りの神様以外には祈らないって、決めてるッス」
「ちっくしょーーーーーー! 分かってた分かってたけど、はっきり言わないでよおおぉぉぉぉ!!」
「気にスンナ。強くイキロ」
「ぷくくくっ。絶望した声が心地よいなぁー」
「お前ら、許ざんぜよ゛ーー!」
そういって駆け回り始めた三人を放って置いて、本を広げて読む《深考探求の神ジュケリアス》の神像に《祝詞》を上げて、テグスたちは地上へと戻る事にしたのだった。




