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121話 《中四迷宮》で得たもの

 テグスは蹴りを入れて《暗器悪鬼》の絶命を確認した後で、直ぐにティッカリの元へと走り寄った。


「ティッカリ、腕の怪我は!?」

「え~っと~、ちょっと痛いけど、大丈夫かな~?」


 テグスは急ぎ短剣で、ティッカリの殴穿盾に絡みついた、刃物が飛び出ている黒い服を裂いていく。

 程なくして剥がし終え、その怪我の度合いと、刃物に毒がないかを確かめる。

 ティッカリの怪我は、固定具周りの、鎧が元々なかった部分の肌を切られたもので。

 傷の数は多いが、その度合いはかなり浅い。


「とりあえず、毒のある感じはないけど。一応は傷薬を塗っておいた方が良いかな。ハウリナ、僕の背負子を持ってきて!」


 武器にも何らかの毒薬が塗られている形跡はなかったが、テグスは一応の手当ての必要があると感じた。


「わふっ。武器も、持ってきたです!」

「ありがとう。助かるよ」


 背負子と一緒に、テグスが投げたりして使った武器を持ってきた、ハウリナの頭を軽く撫でる。

 そして背負子の隠し箱の中から、傷薬と清潔な布を取り出す。


「それじゃあ殴穿盾を外して」

「大した怪我じゃないかな~?」


 テグスが目で問答無用と告げると、ティッカリは少し困ったように微笑んでから、殴穿盾の留め金を外す。

 そしてテグスは、赤銅色の肌に刻まれ、桃色の肉と赤い血が覗くその怪我に、軟膏の傷薬を塗る。

 続けて怪我を閉じ合わせるように押さえながら、布で少しきつめに巻いていく。


「取りあえず、これで大丈夫だよ。《中町》産の傷薬だから、その程度なら二・三日で消えると思う」

「ありがとうなの~」

「こちらこそ。怪我までして頑張ってくれて、ありがとう」


 お互いに礼を言い合ってむず痒くなったのか、微妙な微笑みで顔を向け合った。

 そこに両手一杯に何かを抱えて、アンヘイラが近づいてきた。


「この戦利品をどうするか話しましょう、治療が終わったのなら」


 どさりと床に置いたのは、《暗器悪鬼》が使用したり服に残っていたりした、投擲武器の数々。

 何処に隠していたんだと言いたくなるほどの、五十を越え百に迫る数があった。


「これで全部?」

「ええ。中身は空でしたし、何か壊れた小鞄を持ってましたが」


 アンヘイラが指差す先、全ての服を剥ぎ取られて床に転がる《暗器悪鬼》。

 その骨と皮しかないような長身痩躯の腰の部分に、体に着ける形の、破けた小鞄があった。


「その中に何か入っていた様子は?」

「中に着いていただけですね、粉のような物が」

「その粉っぽいものを使用した武器は、服から出てないんだよね?」


 アンヘイラが頷きを返してきたので、テグスは不思議に感じて首を傾げる。

 しかし無いものは無いので、その疑問は横に置いておくことにした。


「じゃあ、この投擲武器の数々をどうするかだけど。欲しい物ある?」

「ないです!」

「う~んと~、使ったら壊れそうだから、いらないかな~?」

「ウチは、暗器は使わないッスんで、要らないッス」

「全部は要りませんね、幾つか欲しいですが」


 全員からはこんな意見が出たので、取りあえずアンヘイラに欲しい物を取って貰い。

 残りは《暗器悪鬼》の体の上に乗せて、諸共に魔石に変えてしまう。

 そうして出てきたのは、爪の大きさほどもある、赤く丸い魔石だった。


「これが《中迷宮》の《迷宮主》の魔石なんッスね」

「赤い魔石を見るのは初めて?」

「《小迷宮》のはあるッスよ。でも態々危険を冒してまで、《中迷宮》を攻略しようとする人が、前の仲間にいなかったッスからね」


 遠回しに、テグスが変わっていると言っている気もするが、カヒゥリの表情には嫌味なところはなかった。


「でも、攻略すれば良いものが手に入るって、職員の人に聞いたけど。他の《探訪者》の人たちって、それを狙わないの?」

「何が手に入るか、教えて貰えないじゃないッスか。装備ボロボロにして必死こいて手に入れたのが、使えないものだったら、目も当てられないッスよ」

「そういうものなの?」

「……生活の為に命懸けてるんッスよ。利益を追求するのは当たり前ッスよ」


 カヒゥリが他の三人に意見を求める視線を向けると、全員が訳知り顔をしていた。


「お腹いっぱい食べれれば、それでいいです!」

「テグスもハウリナちゃんも、必要がなければ、あまりお金稼ぎを重要視しない子たちなの~」

「ですが多少の損は気になりません、こちらへの金払いは良いので」

「配当が、出し渋りなしの頭割りだったッスね」


 取りあえず三人は、テグスの方針に不満は無いらしいと分かった。

 そしてカヒゥリも、何かを諦めたように項垂れている。


「何だかよく分からないけど、取りあえず先に進もうよ。《中四迷宮》を攻略したご褒美が何だか気になるし」


 テグスは話が一段落したと感じたので、皆をこの先に続く通路へと誘ってから歩き出し。

 全員その後について、次の場所へと向かったのだった。



 そこは二十人は入れるような、砦の中の宝物庫のような、石造りの真四角な部屋状の場所だった。

 周囲の壁には、棚が作りつけられていて。中には滑車や縄などの、罠にも使用できる道具が並べられていた。

 そしてこの中央部に、一体の像が安置されている。

 男の様に短く髪を切り、悪童のような笑みを浮べる、テグスやハウリナ並みに小さい身体の女神――陰謀と罠を司っている《靡導悪戯の女神シュルィーミア》の神像だ。


「よくやったって、労ってそうな笑顔だよね」

「でも、何かたくらんでそうです」

「何だか、最後にもう一罠ありそうな感じなの~」

「警戒が必要でしょう、あれに近付くのは」

「でも、その手の上にあるのが、ご褒美ッスよね?」


 そう、この神像は入ってきたテグスたちに向けて、両手を揃えて差し出しているのだ。

 だが造形が細かいその像の表情が、友人に何かを手渡そうとする悪戯好きな子供のようなものなので、全員が二の足を踏んでいる。


「ティッカリ、あの手の上に乗っているのって、何か分かる?」


 その手の上に何があるのかを、ティッカリは背伸びしてその場から眺める。


「う~んと~……一括りになった幾つかの工具が、五組かな~?」

「工具です?」

「テグスが、宝箱を開ける時に使うのに、良く似てるの~」

「それは俗に言う『盗賊の商売道具』ってやつだろうね」


 もしティッカリが見たのが、必要なさそうなものなら、テグスは諦めて引き返す選択肢を取っただろう。

 だが、神様がくれる、罠解きや罠作りの道具と知れば、テグスは挑戦しないわけにはいかない。

 なのでテグスはゆっくりとこの場所の中へと入り、周囲の罠の有無を確認しながら神像へと近付いていく。

 しかし何の罠もないことを不思議がりながら、テグスは神像の前までやってこれてしまった。


「気にしすぎだったのかな?」


 小首を傾げながら神像の手の上の物を取ろうとして、テグスはふと神像の肩に違和感を感じた。

 そしてよくよく観察すると、神像の胴体部と腕の間に、造形で分かり難くされた継ぎ目を見つけた。

 軽くテグスがその場で小さく飛び跳ねると、振動でその腕が小さく上下に動く。

 もしかしてと、テグスが周りの戸棚へと走り寄り。そっと中を全て確認していく。

 すると戸棚に置かれた物品の幾つかに、射出機構と思わしきカラクリが備えられていた。


「ふーん……これは取っても乗せても、発動するかな?」


 テグスはこの神像の可動式の腕が、上下に少しでも移動すると、この機構が稼動すると予想した。

 なので褒美の品を取って逃げるのも、その品と同重量以上の物を載せる小細工も通用しないと判断した。

 仕方が無いので、テグスは罠が発動した後のことを考えて、どう移動すれば無傷で済むかを考えていく。


「テグス、大丈夫です?」

「周りのが飛んでくるなら。この鎧ならきっと大丈夫だと思うの~」

「こちらから引っ張りましょう、紐をつけて」

「諦めるって手もあるッスよ?」

「うん、まあそれでもいいんだけど……しかし本当に、意地の悪い神様だって分かるなぁ」


 飛んでくるであろう軌道を予想していたテグスは、苦笑いを浮べながら神像の前に立つ。

 次に神像の指先に自分の指先を乗せ。手をゆっくりと下へと押しながら、恭しく物を受け取るような姿でその足元に跪いていく。

 その動きの途中、神像の腕が動き出した辺りから、周りから一斉に物品が射出されて飛び回り始める。


「テグス!?」

「ハウリナちゃん、入ったら危ないの~」


 心配したハウリナが中に入ろうとするのを、ティッカリが微笑みを浮べて腕を掴んで止める。


「どうせ怪我なんかしませんよ、テグスの事ですから」

「こんなのを見て、随分と余裕ッスね!?」


 アンヘイラの冷静な言葉に、カヒゥリは驚きの目を向ける。

 やがて射出される物が尽きたのか、音が止まる。

 四人が恐る恐るといった感じで中を見ると、テグスは神像の前で跪きながら、無傷の状態でそこに居た。


「……分かっていても、結構怖いねコレ」


 立ち上がりハウリナたちの方へと、テグスは手にした物を掲げて見せる。

 それは七つの道具が入った、手に乗る程度の大きさで革製の小さな工具袋だった。

 するとハウリナが走り出し、テグスの腕の中へと飛び込んでいく。


「テグス、怪我ないです!?」

「してないよ。ちゃんと、罠が来ない場所を見極めてあったんだから」


 ぺたぺたと身体を触り、くんくんと匂いを嗅ぎまわるハウリナを、テグスは苦笑いしながら押し止める。


「アレだけ物が飛んだのに、一つもぶつかってないの~?」

「それほど巧みに配置された罠だったのでしょう、神像の前で跪く格好でないと避けれないというアラはありますが」

「分かっているからって、それをやろうとする気が知れないッスよ」

「そんな事よりも、この道具がなんなのか、鑑定しちゃわないとね」


 他の三人にも詰め寄られそうになって、テグスは慌てて背負子から《鑑定水晶》を取り出して、手にした道具に押し付ける。

 そして《祝詞》を唱え、《鑑定水晶》に文字を表示させる。

 書かれていた内容は以下の通り。


『銘:悪戯女神の《七事道具》

 効:悪戯女神の祝福が掛かった七つ一纏めの道具。使い慣れた道具のように手によく馴染む。

   所持していれば悪戯女神が設置した罠は発動しなくなる。    』


 それを呼んだテグスは。


「これは結構良い物だね」


 と評価してから、書かれている内容をハウリナたちへと伝えた。


「罠が動かないなら、動きやすくなるです!」

「でも~、《魔物》が作った罠は動くの~」

「逆に素材が得にくくなりますね、無条件で発動しないという事は」

「いやいや。これ、ものすっごい良い物ッスよ!? きっと《大迷宮》の罠も動かなくなるんッスから!」


 カヒゥリは伸ばした長い黒尻尾の先を揺ら揺らさせて、テグスの手の中にある《七事道具》注視している。


「そんなに物欲しそうな目をしなくても、人数分あるんだから」

「も、物欲しそうな目なんかしてないッスよ。そういう部分は、テグスは信用出来るッスし」


 しかし視線は外さないので、テグスは苦笑しながら《七事道具》の一つをカヒゥリに手渡した。

 すると不満そうな顔をハウリナが浮べたので、そちらにも一つ手渡し。

 ティッカリとアンヘイラにも一つずつ。

 

「それじゃあ、地上に戻ろうか」

「これ、このままでいいんです?」

「《迷宮》の罠なら、きっと元に戻るはずなの~」

「このまま放置しましょう、特に目ぼしい物は無いですので」

「態々、罠を再設置するなんて真似、普通はしないッスよ」


 なのでテグスたちは、散らかったこの場所をそのままにして、神像に《祝詞》を唱えて上へと戻ったのだった。



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