120話 《中四迷宮主》の《暗器悪鬼》
飛来するのは、テグスやアンヘイラが使う投剣のようなものから、投げ針や鉄球に至るまでの、ありとあらゆる投擲武器たち。
テグスはそれらを抜いた小剣二本で次々に打ち払い、時に手の手甲で逸らしながら捌いていく。
ハウリナは黒棍の中心を持って、強風に煽られている風車のように素早く回して弾き飛ばしていく。
ティッカリは遠距離武器の迎撃に弱いアンヘイラとカヒゥリを庇って、殴穿盾と自慢の複層鎧でもって二人の盾になる。
流石に《中町》の職人の手によって《大迷宮》の《魔物》の素材で作っただけはあり、鎧に小さな傷は出来るが突き刺さったり貫通したりというのは、ただの一つも無い。
そんなティッカリの後ろに隠れながら、アンヘイラは弓に矢を番えていき、《暗器悪鬼》の攻撃の切れ目を待つ。
「厄介ですね、大量の飛び道具とは!」
そして飛来する武器の最後の一つがティッカリに当たる直前、アンヘイラは大きく一歩横にずれながら、矢の先を《暗器悪鬼》に合わせる。
狙われているのが見えたのだろう、《暗器悪鬼》は再度大量の投擲武器を両手に出現させると、攻撃しようとしているアンヘイラに目掛けて一斉に投げつけた。
だがその一瞬前に、アンヘイラの弓から矢が放たれる方が早かった。
アンヘイラが今回選択したのは、その軽さから到達する早さが見込める、螺旋鏃の矢。それは真っ直ぐに突き進み、別の柱の上に再度着地した《暗器悪鬼》の顔へ。
だがぶちまけられるようにして、《暗器悪鬼》から投擲された武器たちに矢が掠り、若干軌道がずれる。
そうして矢は《暗器悪鬼》の顔横を通過しながら、その頭巾に一筋の切れ目を入れるだけに終わってしまう。
アンヘイラは飛来する武器から身を守るために、二の矢を放つ事無くティッカリの後ろへと再度退避する。
だがアンヘイラの攻撃の成果は、これだけという訳ではない。
「いくよ、ハウリナ!」
「わふっ、いくです!」
アンヘイラに狙いを絞られていたため、テグスとハウリナのいる場所にくる投擲武器が少ない。
その事を見て取ったテグスは、速力自慢のハウリナと共に、柱へと向かって走りだした。
そして柱に辿り付く直前、テグスは右手の小剣を《暗器悪鬼》に投げつけた後で、その手を横へと伸ばす。
その手をハウリナは握り、地面から離れる程度の軽い跳躍をする。
「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』!」
魔力を過剰に使った身体強化の魔術で、その身体の力を倍増し以上に高めると、ハウリナを柱の上にいる《暗器悪鬼》へと投げつけた。
テグスが投げつけた小剣を、どこかから取り出したくの字型の武器で払い除けていた《暗器悪鬼》に、ハウリナが空中を飛んで迫る。
別の柱へと移るにはハウリナの飛ぶ速さに間に合わないと見たのか、《暗器悪鬼》はそのくの字形の武器で腕と共に身体を防御しながら、逆の手にはまた大量の投擲武器を取り出して握る。
「わおおおおおおおおん!」
雄叫びを上げながら、ハウリナは身体を縦回転して、その勢いを活かして黒棍を叩き付ける。
それを《暗器悪鬼》はくの字の武器を粉砕され、その下にある腕にまで到達されながらも、柱の上から落ちる事無く受けきった。
そして打撃を行った為に空を飛ぶ勢いが消えた目前のハウリナへと、大量の武器を投げつけようとして、慌てたように別の柱の上へと退避していった。
するとハウリナと《暗器悪鬼》の間を通過するようにして、一本の矢が通過していって天井へと当たる。
折角の機会を潰されたからか、矢を放ったアンヘイラの方へと、《暗器悪鬼》は出していた武器たちを腹いせかのように投げつける。
「なら、もう一度!」
「おねがいするです!」
《暗器悪鬼》の手に武器が無くなったので、テグスは落ちてきたハウリナの腕を掴むと、その場で回転しながら強化が残っている膂力を再び用いて、《暗器悪鬼》へと彼女を投げつける。
一度目でコツを深めたのか、その投げつける速さは先ほどよりも格段に増していた。
一方で再び空中を飛ぶハウリナは工夫を見せ、先ほどは殴りかかったのが悪かったと思ったのか、黒棍の先で《暗器悪鬼》の胸元を狙っている。
今度ばかりは《暗器悪鬼》も防御の手が間に合わなかったのか、ハウリナの黒棍の先で中心よりやや横の外れた場所の胸を突かれてしまっていた。
しかしその二つが衝突した音は、肉を叩いたり骨を折ったようなものではなく、金属と金属が合わさったような音だった。
その音に敏感に反応したハウリナは、さらなる痛打を与えようと、慣性が残る身体を泳がせてつつ黒棍にしがみ付き、足先が《暗器悪鬼》にくるように体勢を変える。
「くらうです!」
そして足にある脛当てでもって、《暗器悪鬼》の顔面を横から蹴りつけた。
胸を突かれて硬直していた《暗器悪鬼》は、それを避けれずに当てられてしまう。
しかしながら、頭巾にはかなりの余裕があったのか、ハウリナの足が沈み込むようにして埋まり。そして出てきたのは、またあの金属音だった。
「かなり体が細いです! あと何か入っているです!」
ハウリナは蹴ったのとは反対の足で《暗器悪鬼》の顔を踏むと、そことは別の柱の上へと跳びながら仲間に聞こえるように大声を出す。
「あの大量の武器は、その緩い服の中に収めているみたいだ!」
テグスはハウリナの報告に合わせて考えを叫びながら、地面に落ちていた自分の小剣を拾い上げると、ティッカリたちがいる方へと駆け戻る。
「どうしたの~?」
「ティッカリはここを離れて、やってもらいたい事があるんだ」
「どうするんですか、こちらの防御役は」
「ハウリナが柱の上で戦って注意を引いているから、そう多くは飛んでこないはずだよ」
アンヘイラの疑問に答えた通りに、いまハウリナと《暗器悪鬼》は柱の上を跳び回りながら、お互いの手にある武器と武器を合わせて戦っている。
それを見てか、カヒゥリはテグスに主張するように、少し手を上げる。
「ハウリナちゃんの手助けに、ウチもあっちに混ざってもいいッスか?」
「それは構わないし、お願いしたいけど。僕が投げるの?」
ハウリナはテグスと同じような背格好だったので、ああいう真似が出来た。
しかしカヒゥリはテグスより年上という事もあり、明らかに身長が高くその分だけ重そうに見えた。
「ああ、大丈夫ッスよ。自前でどうにかあそこまで行けるッス」
テグスの見方によっては失礼な考えを悟ったような苦笑いを浮べてから、カヒゥリはその場で軽く手足を動かして解しだした。
そして猫が獲物を狙うときに足場を固めるように、カヒゥリは肩幅に開いた両足で二度ほど地面を交互に踏み直した。
「じゃあ行くッスよ……『爪よ尖れ(アンゴ・アクリギス)』」
カヒゥリが魔術の呪文を唱えると、彼女の手足の指先にあたる部分に、鋭刃の魔術を使ったときと同じ様な魔力の光が灯る。
「ひゃー、ほおおおおおッス!」
そして猫系の獣人特有の瞬発力を生かして、カヒゥリは弾かれたようにその場から駆け出した。
すると彼女が走った場所の床が、まるで獣が爪をそこで研いだような傷が刻まれていた。
そのままの勢いで柱にたどり着き、その表面に両手と片足の先をかけると、カヒゥリは猫が木を登るような仕草で、柱に傷をつけながら駆け上げっていく。
「下にもご注意ッスよ!」
あっという間に登り終えて、その柱の上に居た《暗器悪鬼》に、光っている指先当てるようにして下から上へと手を振るう。
柱の下から接近された事で意表を突かれたのか、《暗器悪鬼》は回避し損ねて、脇腹から鎖骨へとかけてカヒゥリの手が通る。
その軌道上にあった《暗器悪鬼》の真っ黒な服は、五指の筋を刻まれるようにして切り裂かれ。その内に収めていたらしい、投擲武器のいくつかが零れ落ちていく。
「チッ、何枚着ているんッスか」
しかし幾重にも服を重ね着しているらしく、切り裂かれた場所には《暗器悪鬼》の肌の色は見えず、相変わらず黒い服があるだけ。
そうしてカヒゥリがハウリナと共に、柱の上での戦闘を繰り広げている間に、その柱の内の一本にティッカリが近付いていた。
「ほんとうに、テグスは変な事を考え付くの~」
アンヘイラの守りの為にその近くに居るテグスを見ながら、ティッカリは溜め息混じりにそんな言葉を呟く。
そして殴穿盾を両方とも、その杭が手の方にくるようにつけ直す。
「二人とも~、ちょっと気をつけるの~」
頭上を跳び回っているハウリナとカヒゥリに声をかけてから、ティッカリは入り口からみて右端にある柱へと、殴穿盾の杭を叩き込み始めた。
「な、なにをするです!?」
「わわッ、もしかして柱を崩す積りッスか!?」
「文句は、テグスにどうぞなの~」
ティッカリがそんな作業をしていると感付いていなかったのか、杭で穴だらけになりぐらぐらと揺れ出した柱の上を踏んだ二人は、慌てて隣の柱へと跳ぶ。
「そこもきっと危ないかな~」
ティッカリが止めに右の一撃を加えると、その柱はぐらりと斜めに倒れ出し。やがてハウリナとカヒゥリが逃げ終わった、隣にある柱へとぶつかる。
そしてその二つが地面へと倒れ、重々しい音がこの空間に反響する。
「む、無茶苦茶ッスよ!」
「足場が少なくなったから、より戦いやすくなったでしょー?」
「そう言う問題じゃないッス!」
カヒゥリは大声での文句を、暢気な声を出してきたテグスへと言いつつ、ハウリナが黒棍で殴っている《暗器悪鬼》へと向かって跳ぶ。
足場が少なくなり、しかも二人同時に相手にしているからか、《暗器悪鬼》はとてもやり難そうに防御一辺倒になっていた。
「それじゃあ、こっちも壊していくの~」
そしてハウリナが今度は一番左側の柱を倒しに掛かると、もう二人と一匹は中央部の三本の柱の上を、次々と飛び回って戦う羽目になり。
より《暗器悪鬼》は得意な遠距離戦は行えずに、防御が主体になっていく。
さらに移動距離が限定された事と投擲武器が来ない事で、アンヘイラの矢が二人の攻撃の間に挟まれる形でやってくる。
そんな攻防を四度くり返し、柱の上での戦闘は不利だと分かったのだろう。《暗器悪鬼》は柱から飛び降り、地面に着地する。
柱の上から下りるとは思ってなかったのか、まさかという表情を浮べてハウリナとカヒゥリは下りるまでに少し間を置いてしまう。
その事が好機と判断したのか、テグスとアンヘイラに向かって、《暗器悪鬼》は出せる限りの武器を投擲してくる。
「お任せします、テグスに」
「全部叩けるわけじゃないから、小さくなっててよ。『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』」
それより先に投擲武器の迎撃の準備を終えていたテグスは、両手の小剣を素早く巧みに操りながら、飛んでくる武器の威力に負けないようにと身体強化の魔術を掛ける。
しかし投げつけられた物量は、たった二つの剣で打ち落とせるような柔な物ではない。
なのでテグスは、鎧や半兜の守っている部分はあえて見逃し、その他を重点的に叩き落したり弾いたりしていく。
「あ痛ッ!? やっぱり額で受けるのは、衝撃がくるなぁ」
「無茶しますね、飛んでくるのに頭突きとは」
最後に飛んできた大きめな鉄球を、半兜で覆った額で迎え撃つようにして弾き、テグスは防具に多数の小さな傷を受けながらも凌ぎきった。
そしてやってくる投擲武器が無くなった事で、アンヘイラは予め番えていた矢を思いっきり引き、素早く《暗器悪鬼》へと放った。
だがそれを読んでいたのだろう、《暗器悪鬼》は高く跳んで避けようと身を深く沈めている。
「逃がさないです!」
「大人しくしてるッス!」
そこに左右から分かれてやってきたハウリナとカヒゥリが、《暗器悪鬼》の足元に飛び掛り、その緩い服を握り締める。
飛び出る事が出来ずに、《暗器悪鬼》の中心に矢が突き刺さり、その向こうへと抜ける。
「――服だけです!?」
「一瞬で脱いだんッスか!?」
しかし矢の慣性に巻き込まれるようにして地面へと落ちたのは、《暗器悪鬼》の大きめで緩い服だけ。
中身がどこかと、間近にいたハウリナやカヒゥリは見失ったためか、慌てて顔を左右に振って何処にいるか確認しようとしている。
そんな二人とは対照的に、少し離れた場所から見ていたテグスとアンヘイラは、《暗器悪鬼》が空中へと飛び退いたのが見えていた。
どうやら何枚も着ているらしい服は、何も武器を隠し持つ為だけのものではなく。掴まれたり切られたりしたときに、脱ぎ捨てる事で怪我を防ぐ役割があるようだと、テグスは一回り身体が小さく見えるようになった《暗器悪鬼》を見てそう思った。
だが空中に逃げたのは失敗だと証明するように、テグスは三本の投剣を手で、アンヘイラは螺旋鏃の矢を弓で、《暗器悪鬼》に向かって放つ。
空中に漂い逃げ場がない《暗器悪鬼》は、攻撃が当たる前に自分の服に手を掛ける。そして引きちぎるような手振りをすると、まるで脱皮したかのようにまた一枚服が脱げた。
その脱いだ服を旗のように大きく振られると、アンヘイラの矢、テグスの投剣の順に絡み取って防がれてしまった。
まるでその防御法がどうだと言わんばかりに、余裕綽々な態度で《暗器悪鬼》はハウリナやカヒゥリと少し離れた位置に着地する。
だがそこに走りこんでいる人が一人。
「とお~~~~やぁ~~~~~~」
ティッカリが殴穿盾を振り上げながら進み、そして着地したばかりの《暗器悪鬼》の顔へとその杭を繰り出す。
助走とティッカリの膂力が合わさり、途轍もない速さで繰り出されるその杭を、《暗器悪鬼》は尻餅を着くようにして回避しようとする。
しかしその顔が逃れきるより一瞬早く、ティッカリの殴穿盾の杭が届く方が早かった。
まるで高速馬車の金具に服が引っ掛けられたかのように、《暗器悪鬼》の頭巾は千切れ飛び。その内にあったコキトの頬をこけさせたような顔も、直接殴りつけられたかのように、後ろへと吹っ飛ぶ。
さらに座り込もうとしていたのが悪い方に作用し、その勢いのまま石組みの床へとその後頭部が叩きつけられる。
だが流石に《迷宮主》を務めるだけはあるらしく、人間だったら頭蓋が割れるであろう衝撃だったはずなのに、後ろ頭を押さえながらフラフラと立ち上がる。
「もう、一回なの~~~」
そこにティッカリが駄目押しにもう一度、殴穿盾を繰り出す。狙う先は《暗器悪鬼》の腹部のど真ん中。
フラフラながらもどうにか服を一枚脱ぎ捨てた《暗器悪鬼》のその服は、まだ武器が入っているのか金属が擦れ合う音がする。
殴穿盾と服とがぶつかり、服には杭の形に大穴が開く。それと同時に服が殴穿盾へと巻き付き、内からの刃物が布を突き破り出てきて、直ぐには外れない覆いと化す。
「痛ッたた~~~~」
そしてその突き出すのは布の内側にも及んでいるようで、ティッカリの防具の中で一番薄い腕の内側の部分に、布の中にある武器の刃が通ってしまったらしい。
咄嗟に引き剥がそうとするティッカリだったが、盾に纏わりつく布からも刃物が出ているので、躊躇ったように手を止める。
「よくもです!」
それを見てか、顔を怒りに染めたハウリナが、未だにふら付いている《暗器悪鬼》へと黒棍を突き出す。
そして《暗器悪鬼》の胴体部に当たった瞬間、その服を巻き取るためにか黒棍を円を描くように動かす。
よほどその服は脱げ易いものらしく、ハウリナに突かれた衝撃で後退するのと、巻き取られた服が前へと引かれるのと合わさって服が一枚剥ぎ取られる。
都合三枚の服を脱がされて、大分体が細くなったように見える《暗器悪鬼》へと、カヒゥリが例の魔術で指先を光らせながら飛び掛っていく。
「丸裸になるといいッス!」
左右の手を交互に振るって、《暗器悪鬼》が防御の為に投げつけてきた服を千切り捨てる。そこからまた武器が零れ落ちるが、まだ下に服が残っていた。
「これで、最後ッ!」
テグスは素早く駆け寄りながら、左右の小剣を時間差をつけて投げ放ち。加えて長鉈剣を引き抜く。
ここまでの攻防の間に大分意識がハッキリしてきたのか、《暗器悪鬼》は露になっている顔に人が思わず嫌悪してしまいそうな笑みを浮べ、迫る小剣たちを、脱いだ服で二本とも絡み取る。
そして近づいてくるテグスに向かって、いつの間にか取り出していた投擲武器を横手に投げつけようとする。
「――『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』!」
だがそれはテグスの予想の内。
身体強化の魔術を使用して一気に速力を増したテグスは、あっという間に《暗器悪鬼》へと近付き。その脇下を潜りがら、長鉈剣を当てるようにして撫で斬りにし、その向こう側へと抜ける。
投擲武器を持っている間は服が脱げないのか、《暗器悪鬼》の服には真横に一直線に切れ目が入り。そこから真っ黒な血が漏れ出て、服を染め上げていく。
そして手にある武器を取りこぼしながら、《暗器悪鬼》は胸から地面へと倒れこんで動かなくなったのだった。




