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118話 《中四迷宮》深層1

「たああああああああ!」

「キチキチキチキチキチ――」


 《中四迷宮》の二十層の《階層主》である、《掛糸大蜘蛛》の腹にテグスの長鉈剣が突き入れられ、そして大きく横へと切り裂かれる。

 大人一人を抱きかかえられるほどに大きな《掛糸大蜘蛛》は、残り四つになった長い脚でテグスを道連れにしようと試みる。

 しかしテグスはすんなりと武器を手放して後方へと退避し、入れ替わりにハウリナが走りこんできた。


「叩きつぶすです!」


 黒棍を横に一振りして脚を一本折った後で、切り替えして《掛糸大蜘蛛》の八つの目がある頭へと叩き込む。

 その一撃で大きく頭を陥没させながらも、しばらく脚がもがく様に動いていたが、やがて止まっった。


「糸を回収するのも手間だし、全部魔石化しちゃえばいいかな」


 ハウリナが走り回ってアンヘイラの矢を回収して回るのを見ながら。テグスは《掛糸大蜘蛛》の腹から抜いた剣に付着した体液を、汚れの目立つボロ布で拭う。

 そしてその作業が一段落してから、魔石化の《祝詞》を上げる。

 この広間の各所に所狭しと張られた糸と共に、《掛糸大蜘蛛》の遺骸が魔石と変わっていく。


「やっかいな蜘蛛だったの~」

「罠が発動するとは思いませんでした、蜘蛛を落とそうと巣の糸を切ったら」

「その罠で出てきた粘つく糸に、危うく簀巻きにされるところだったッス。責任者は謝って欲しいんッスけど」

「ごめんなさい。切ろうと言ったです……」

「え、いや、ちょっとした軽口ッスから、そんなに神妙にされると困っちゃうッス」


 体の各所にある蜘蛛の糸の名残を取り払いながら、女性人はそんな愚痴に似たお喋りをしている。

 テグスはそれが一段落つくまで放っておき、出来た魔石を回収して、床に置いていた背負子を背負う。


「それじゃあこの先で、ちょっと休憩してから二十一層に行くよ」

「わわっ、待ってです!」

「よいっしょ~。お先になの~」

「いままでよりも嫌な罠でしょうね、二十一層ともなれば」

「もう三日目ッスよ。こんな罠だらけの場所は、もう飽き飽きッス」


 先行するテグスを追って、ハウリナたちも背負子を背負いだす。

 全員の背負子の中には、ここまでの道中で得た罠の素材や、開けた宝箱に入っていた薬草や白焼き詰めの謎の薬が、多数詰め込まれていた。



 砦の通路を思わせる内観の《中四迷宮》の特色は、それこそ『罠』の一言に尽きるだろう。

 それを解除する手腕があれば、二十層までは誰でも来る事が出来るほどに、出てくる《魔物》は弱い。

 だからか、二十一層からは罠の数が更に多くなり、弱いが悪質な能力を持つ《魔物》が現れ始める。


「ここから二十四層まで《破滅大蛾》が出るから、口に布で覆いをしていくよ」

「ガです?」

「その燐粉を大量に吸うと幻覚が見えるんだ。《迷宮都市》で流通している、高くてアブナイ方の薬の、原材料の一つだよ」

「止められなくなった人を知ってるの~。薬が切れたとき、とても悲惨だったかな~」

「知ってますよ、それなら。輸入して『至上の快楽薬』と呼称してますね、とある国では」

「ヤクは、駄目絶対ッス! だからその蛾は魔石にしちゃうッスよ!」

「色々と罠とか牽制に使えそうだから、個人的には確保したいんだけどなぁー」


 いざとなったら、行きつけの粉屋で買えるから良いかと、テグスは今回集めるのは諦めた。

 そうして全員口元に布を当てた状態で、通路を進んでいく。

 冬間近ということもあり、多くの人が稼ぎに来ているのか、解除された罠が多く見られ。

 大きな翅を奪われた《破滅大蛾》の残骸が、通路の上に転がっていたりする。


「ほらテグス、よく見るッス。あれが欲に負けた人の末路ッスよ」

「欲に負けたというより、戦い方を間違えたんだろうね」

「口からアワ出てるです」


 先に進んだ通路の真ん中で、顔に《破滅大蛾》を乗せた人が倒れていた。

 よっぽどの長い時間、顔に張り付かれ続けていたのか、その人は口から泡を吹きながら、股間部からは異臭のする液体と、服を下から盛り上げている茶色い染みが見えた。

 その顔から《破滅大蛾》が新しい獲物を求めて飛び立つ前に、テグスはその人の顔ごと投剣で仕留める。

 投剣が深々と刺さっても反応がなかったことから、もうとっくに精神か肉体かの死を得ていたのだろうと分かった。


「皆はそこにいて。燐分が浮いている上に、翅が入った袋があるはずだから」


 テグスは罠を警戒しつつ、あまり息を吸わないようにその人の近くへと歩き寄る。

 そして《破滅大蛾》から投剣を抜くと、静かに顔から剥がして通路に置き、魔石化してしまう。

 出現した魔石は、《大迷宮》ほどとは言えないものの、《中迷宮》の一匹の《魔物》から出るにしては随分と大きな物だった。

 それを回収しつつ、テグスは死人の荷物を漁り始める。

 どうやらこの人は、《破滅大蛾》の燐分集めが専門だったらしく。宝箱の中身や罠の素材は無いのに、大袋の中には随分と沢山の翅が入っていた。

 そんな人でも一度の油断で命とりになるんだと、テグスは気を引き締めながら、その人から使える物を剥ぎ取っていく。

 毒消しや傷薬を多く手に入れて、テグスは腰から《補短練剣》を取り出すと、それを空中に向ける。


「『我が魔力を呼び水に、溢れ出すのは振り撒く水(ヴェルス・ミア・エン・サブアクヴォ、ミ・エルティリ・ディスバーシオ・アクオ)』」


 節約していた息を全て使用しての五則魔法は、天井に出現させた水を打ちつけ。まるで噴水かのように水が振り撒かれて、この空間の空気に水分を補充していく。

 空中を漂っていた燐分は水気を吸い、地面へと向かい。その上にある水に混ざって、石畳の廊下の端の水受けの溝へと流れていく。


「お待たせ。今の内に行こう」


 テグスは手招きしてハウリナたちを呼び寄せて、死人を残してその場を後にする。

 解除された罠の道を通りつつ、時折通路に度々ある扉の中へと入り。そこにある宝箱の罠を解除して、中身を確認する。

 通路の多くの罠が解除されているのに、宝箱を開けた形跡がないのは、恐らくここに入っている多くの《探訪者》が《破滅大蛾》の翅狙いだからなのだろう。

 宝箱から出てくるのも、この層へと人を誘引するためか、見た目が良い短剣や宝飾品が入っていたりして。予想外の臨時収入をテグスたちにもたらしていた。

 そんな調子で、二十一層の下への階段近くの扉へと入ったテグスは、宝箱を開けようと数種類の小さな金具を手に近寄ろうとしていた。

 しかし何かしらの違和感をその宝箱に感じ、歩む足と伸ばしかけていた手が止まる。


「どうしたです?」

「いや、なんか嫌な感じがする」


 テグスはその宝箱から距離を置いてから、慎重にその姿を眺める。


「もしかしたら、宝箱そっくりの《魔物》の《大口偽箱》かもしれない」

「ん~……いままでのと変わらないかな~?」

「《魔物》にしては、匂いも音もないッスよ?」

「射てみましょうか、試しに」


 テグス以外は不自然さを感じ取れなかったのか、考えすぎじゃないかといった口調だ。

 しかしテグスは、この宝箱の罠を発動させても良いから、本物か偽物かを確かめたいと思い始めていた。


「一旦、この部屋から出よう。それで扉の向こうから、あの宝箱に攻撃してみたい」

「弓矢の出番でしょう、それならば」


 テグスがあまりにも慎重な意見を出すので、ハウリナたちも付き合う事にしてくれた。

 そして一度通路へと戻り、テグスが部屋の中で扉に手をかけて開いた状態のままで固定し、アンヘイラが弓を大きく引いていく。

 やがて矢が放たれ、それは狙い違わず宝箱のど真ん中へと突き刺さった。

 しかしそれ以上、何も起きなかった。


「考えすぎです?」

「そうかもしれないけど……アンヘイラ、今度は上蓋を狙って欲しいんだけど」

「構いませんよ、その程度ならば」


 もう一本の矢を取り出し、アンヘイラはテグスの要望通りに上蓋へと放つ。

 上蓋と下箱の境目の直ぐ上、人が手をかけて開ける部分へと矢が突き刺さる。


「ガタガタガタガタガタ!」


 するとやおら宝箱が動き出し、上蓋を開けながら跳躍し。まるで開けようとした人の頭を挟むような場所で、唐突に上蓋が閉まった。

 しかしそこには誰も居ないので、その宝箱っぽい何かは地面へと落ち、まるで木の箱を落としたような音を立てた。

 そして攻撃が失敗したと悟ったのだろう、箱の四方から昆虫に似た足が六本生え、蓋が開いて中身が見えた。

 上蓋の天井部分に蜂のような複眼があり、箱の中は芋虫の口のようなのが開閉している。


「ガタガタガタ!」


 立て付けの悪い蓋のような音を出しながら、その複眼でテグスたちを見つけて、気持ちの悪い足の動きで素早く近寄ってきた。


「気色悪い!」

「悪い、気分が!」


 その異形を見て、テグスは扉の横で投剣を力の限りに投擲し、アンヘイラは破壊力のある十字鏃の矢を素早く放った。


「ガタガタガ――」

 

 複眼の間にテグスの投剣が刺さり、開いた口の中へとアンヘイラの矢が刺さり、どちらも箱の外へと刃の先が飛び出す。

 二人の連撃は、宝箱っぽい《魔物》である《大口偽箱》に致命傷を与えたのだろう。走ってきた勢いのままに地面を転がって、テグスの三歩先で止った。

 最後に命を残らず消費するかのように、六つの足がゆっくりと動くと、その全てが折りたたまれた状態で動かなくなった。


「本で調べて知っていたとはいえ、かなり面倒な相手だよ」


 テグスは長鉈剣を抜いて、その切っ先で《大口偽箱》を転がし、中身が見えやすいようにする。

 やはり擬態昆虫系の《魔物》らしく、中は昆虫の特有のつるりとした外皮で覆われている。

 歯の中は食道らしく、死んで間も無いからか、グネグネと獲物を求めてまだ動いていた。


「うぅ、分からなかったです」

「近くで見ても、外側はいままでの宝箱っぽいの~」

「多くの人が宝箱を調べないはずです、これだけ見分けがつかないなら」

「いや本当に、匂いしないッスね。薄っすらと匂うのは、刺されて出たこれの体液ッスし」

「唯一の救いは、蓋を開けなければこちらが見えないようだし。手で触れなければ安全って感じなことだね」

「これと戦わないのが、一番です」


 二十一層で、多くの宝箱が残っていた謎が分かり。

 次からは怪しいと感じたのは放置しておこうと、テグスとハウリナたちは意見の合致を見せたのだった。


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[一言] > 体の各所にある蜘蛛の糸の名残を取り払いながら、女性人は〜 女性人>女性陣
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