117話 《鑑定水晶》と今後の事
依頼した《鑑定水晶》が出来上がるのが、十日後とのことなので。
その間だけ、テグスたちは鉱石掘りの人たちと行動を共にしていた。
運んでくる鉱石の量がテグスたちの分だけ増えた為に、《中町》にある金属精製所は嬉しがっていた。
それこそテグスたちが、鉱石掘りの新人たちだと誤解するほどに。
「これでお別れとは、寂しいもんじゃけ」
「そっちの姉ちゃんだけでも、こっちに来て欲しいんやけど。無理やんなぁー」
「この数日は稼がせてもろうた。また一緒にやろうき」
そして一緒に行動する最後の日、《輝鉱練金加工》で《鑑定水晶》を受け取った日に、鉱石堀の人たちと別れたテグスたちは地上へと戻った。
「ひゃぅ、寒くなってるです……」
そして夕暮れ時の外の空気に首筋を撫でられたらしく、ハウリナは身を震わせる。
「もう秋が終わりそうなの~」
「《中町》から帰ってきて驚きますね、この気温差は」
「それだけ《大迷宮》の中は快適ってことなんだろうけど。でも二十一層からは、外に合わせて寒くなるのかな?」
外の景色を写し取ったような場所なので、その可能性は高かった。
「温かい毛皮、必要です!」
「冬のための毛皮か……どの《魔物》のやつにしようかな」
「その前に宿を取るの~」
「明日にしましょう、服関係は」
「そう言うことなら、明日にウチのお勧めの店に行こうッス。品揃えが良い所ッスよ」
普通に会話に入っている事から分かる通り、例の一件から少しギクシャクしていたカヒゥリとの関係は、この十日で大分改善していた。
それはカヒゥリの防具が完成し、彼女の心の余裕が戻ったというのも大きかったが。
なんでもテグスの生い立ちをティッカリから聞いたらしく、その事でテグスの事を悲惨な目にあった可哀想な子と思ったようだった。
テグス自身は、悲惨とも可哀想とも自分の事を思っていない。なのでそう伝えてみたのだが、カヒゥリの認識が変わった様子はない。
「テグスとハウリナちゃんのは、ウチが似合うのを選んであげるッス」
しかもハウリナの境遇も聞いていたらしく、テグスだけでなくハウリナの世話焼きを、一番の年長者だからとしたがりだす始末である。
あまりにも子供扱いされるのならば問題だろうが、この程度なら許容できるし一過性のものだろうと、テグスは放っておくことにしている。
なにはともあれ、多少の問題はありつつも、関係修復はなったようだった。
《中心街》でとった宿で、テグスは《鑑定水晶》を使って、毒槍と截ち切り鋏に《ティニクス神》の怒り顔の仮面を鑑定してみていた。
「はぁ……どうしようかなぁ……」
「どうしたです?」
同じ部屋の二段ベッドの上にいるハウリナが、頭を下にして覗き込んできた。
「いや、良い物だから売りたくないんだけど、残しててもしょうがないんだよね」
テグスが使用した《鑑定水晶》による結果は以下の通り。
槍は『技能神罰の《悔悛毒槍》』といい、傷つけた場所に苦痛と発熱を与えるもの。
鋏は『技能神罰の《斬舌截鋏》』といい、刃の間に挟めるもの限定だが、何でも切れるもの。
そして仮面は『技能神の《憤怒総面》』といい、先の二つと違って祝福がある上に、身体能力を上げられるもの。
つまり槍は《探訪者》が、鋏は服飾関係が、仮面は五則魔法を使う人が欲しがりそうだ。
「でも槍を使う人は仲間にいないし、鋏を使うぐらいなら短剣使うし、あと《補短練剣》持ってるしね。まあ《憤怒総面》はティッカリに装備させる、って手もあるけど」
魔術の使えないティッカリの身体能力を上げれるので、魔法の事は考えない使い方をするのも有効ではある。
でもその場合は、殴穿盾が増えた膂力に耐え切れるかを、調べる必要が出てきてしまうのだが。
そんな事を考えていると、ティッカリは覗き込んでいる体勢のままで、テグスの《補短練剣》を指差してきた。
「それもきちんと調べたです?」
「……そういえば未だだったっけ」
確か祝福以外に何かの効果がついていたと思い出し、テグスは《補短練剣》を《鑑定水晶》で調べてみた。
その結果はあまり良く分からないものだった。
「技能を上がり易くとか、成長を補助って書いてあるけど、実感し難い効果だなぁ」
事実《補短練剣》所持してから、それ以前に比べて格段に成長し易くなったような気は、テグスはしていない。
なにせ技能の向上や成長というのは、明確な数値で分かるようなものではない。
そんな部分に《補短練剣》の補助があったと言われても、テグスがピンと来ないのは当然だった。
なのでテグスはその効果を、ちょっとした気休め程度に受け取って、《補短練剣》を鞘の中へと仕舞った。
翌日、宿の食堂で朝食を食べた後で、テグスは昨日の《鑑定水晶》による結果を、別の部屋に泊まっていたティッカリたちへと伝えた。
「それで、これらを売るかどうかなんだけど」
「良い考えだと思いますよ、そのお面をティッカリに装備させるのは」
「ええっと~、なんだか悪い気がするの~」
「ウチもこの手甲貰ってるんッスから、気にしなくて良いと思うッスよ?」
「つけてあげるです」
仲間内で使い方が決定した《憤怒総面》を、ハウリナがティッカリの顔に被せる。
しかし仮面の怒った顔が似合わないと感じたのか、ハウリナはティッカリの顔から外し、側頭部に斜め掛けにするように配置した。
「ありがとうなの~。でも~、うぅ~ん~~?」
その事に礼を言いながら、ティッカリは腕を曲げたり伸ばしたりして、身体強化されているかを確かめ始めた。
しかしその効果の実感が湧かないのか、首を傾げると、今度は手を握ったり開いたりを繰り返しだす。
「あとは売却でしょうね、《探訪者ギルド》の本部に。勿体無い気がしますが」
武器を探して購入するのが好きなアンヘイラにとっては、使わないとはいえ良い武器を手放すのは惜しい気がするのだろう。彼女にしては大げさなほどに、大変に残念そうな顔を浮べている。
「鋏は使いどころがないッスから、それが良いと思うッス。でも、槍はテグスが使うんじゃないんッスか?」
「槍は使いこなせれば強い、っていうのは分かっているけど。前に使った時に、ちょっと手に馴染まなくて」
熟練していないのだから手に馴染まないのは当然だが、そこに至るまで槍の訓練をしようという気が起きないほど、テグスは槍とは性分が合わないと感じていた。
テグスは人間にしては素早い身のこなしで、投剣で牽制を入れつつ接近戦を挑む戦い方をしている。
しかし槍での戦い方は、突くのが主流でありその柄の長さというものもあって、振るう度に足を止めがちになってしまう。
その事がどうしても、テグスが培ってきた《迷宮》での戦い方に、水と油なように馴染まないのだ。
「ならハウリナちゃんは、棍の代わりに槍ってどうッスか?」
「刃があるのは、危ないです」
そしてハウリナの場合は、棍で長尺の武器の扱いに慣れているが、似た武器の槍を使う時に慣れた動作が出てしまうため、振り回していると刃を握りそうになって危ない。
しかもこの槍は毒槍なので、刃を握ってしまったら大変な事になるので、装備させられない。
「つまりは売るしかないってことッスね」
「知り合いに槍使いがいれば、融通しても良いけど。心当たりは無いし」
「同業を殺し回ってるって悪評があるッスから、同業に知り合いが少ないんッスよ」
確かにテグスたちは『仲間狩り』という不名誉な二つ名で呼ばれることもあるが、それは色々な事情が重なった結果なので、テグスの所業だけで付けられたものではない。
でもそんな事情を知らないはずなのに、カヒゥリはこの事を持ち出してきた。まるでテグスの考え方が、間違っているかのような口調で。
「言い方に語弊がある上に、その話は蒸し返さないで欲しいんだけれど」
そこで少し苛ついた表情をすると、自覚があるのだと勘違いした顔をしてくるのだろうから、テグスはニッコリと口元で笑いながら目で射るようにカヒゥリを見る。
これはテグスは養母であるレアデールが怒る時の真似なのだが、カヒゥリにはこれが良く効いたらしく、やり難そうに狼狽してくれた。
「わ、悪かったッスよ。ちょっとした冗談の積りだったッス」
「分かってくれれば良いよ。それで槍と鋏を売った後で、何処に向かうかだけど。《中四迷宮》に行こうと思うんだ」
「また罠です?」
罠のある場所なら《大迷宮》の二十一層以下もそうだからか、ハウリナは不思議そうな顔を浮べる。
「《ティニクス神怒像》を倒して、《中迷宮》の《迷宮主》に挑む実力はあるって分かった事もあるけど。《大迷宮》の二十一層で、連動する罠を一度見逃しちゃったから。もう一度、罠関係の技術を見直せば、きっとそういう事も無くなるだろうって思いもあるね」
そう理由を話すと、ハウリナたちは理解を示すように頷きを返してきた。
「テグスがいいならいいです」
「そうすると、あんまり役に立てそうもないかな~」
「テグス任せな部分がありますからね、罠に関しては」
「うぅッ。罠ばっかりの所はちょっと気後れするッスけど、仕方ないッスよね……」
最後のカヒゥリの首の動きはどうやら、頷きではなく諦めで肩を落としただけだったらしい。




