115話 調べ物と買い物
多少危ない場面はあったものの、《ティニクス神怒像》を怪我無く倒せたテグスたちが、次に向かったのは《探訪者ギルド》の本部だった。
そこで手に入れた武器の中から、切れ目が入った形炎剣と柄が折れた大鎌を売り払った。
「おやおや、テグスさんたちはもう《ティニクス神怒像》を倒されたのですね。しかも無傷とは恐れ入ります。では次に向かわれるのは《中迷宮》の《迷宮主》にで御座いましょうね」
「どうするかはまだ決めてませんけど、とりあえず色々と調べたい事があるので。前に出してもらった本をまた貸していただけますか?」
少し呆れ顔のガーフィエッタから、テグスは例の《魔物》の事が書かれた本を借り。それの《中迷宮》の深層以降の項目に目を通していく。
名称と見た目、有用部位。そこから戦い方を考えていく。
そんなテグスの傍らでは、仲間たちが暇を持て余していて。
ハウリナは保存食に買ってあった、酷い硬さと獣人に人気という触れ込みの干し肉を噛み。ティッカリは椅子に座り、布で殴穿盾を磨き始め。アンヘイラは鏃や投剣に砥石を当てて研ぎ出し。カヒゥリは装備している手甲の棘の中で邪魔なのを、何らかの効果が付いていると分かったあの截ち切り鋏で、次々に切っていく。
そうしてハウリナが干し肉を食べ終え、ティッカリの殴穿盾が綺麗になり、アンヘイラが出来栄えに満足した笑みを浮べ、カヒゥリの手甲がスッキリとした見た目になった頃。
ようやくテグスは本を閉じて、それをガーフィエッタに返した。
「はい、返却の確認をいたしました。時にテグスさん、あの方が使用なされているあの鋏。あれはこちらにお売り頂けるのでしょうか?」
ガーフィエッタが静かに視線だけで示すのが、例の鋏だと分かったテグスは、軽く首を上下に動かす。
「今のところはその積りですけど、取り敢えずは《鑑定水晶》で調べてからです。そうそう、ああいうのの情報が書かれた本は存在しませんか?」
「申し訳御座いませんが、ああいった類の品は手にした《探訪者》の多くが秘匿なされる為、本部にも情報が少ないので御座います。その情報とて、みだりに他者に見せて良いものでもありませんので」
確かに、効果付きの武具などは、手に入る事自体が稀なのだ。それを持っていると他者に知られれば、殺して奪い取ろうと狙われる事にも繋がる。
「それじゃあ仕方がないですね……これから《中町》に買出しに行くので、何か用事はありますか?」
「特には《依頼》も御座いません。話は変わりますが、あの連れ回しの被害者の子達の近況ですが。いま――」
「それには興味が無いので、これで失礼しますね」
ガーフィエッタが何を言おうとしているのか察して、テグスはそそくさと仲間を連れてその場を後にした。
そんなテグスの様子を見て、ガーフィエッタはテグスの事をまだまだ子供だと評価したような、呆れながらも微笑ましそうな表情を浮べていた。
《大迷宮》内の《中町》へとテグスたちが到着したのは、夕食前の時間帯だった。
もうそろそろ店仕舞いを始める所も出てくるため、テグスたちは雑貨屋へと急ぐ。
「すみません、《鑑定水晶》は置いてありますか?」
「あるけれど、見るだけ無駄だと思うよ」
まるで来たテグスたちを追い返そうと言わんばかりに、素っ気無い態度を取る店員を無視し、テグスは《鑑定水晶》を確かめる。
でも店員の言葉に嘘は無かったらしく、ほぼ全ての鑑定水晶が黒ずんでいて、程度はかなり低そうだった。
「この他には無いんですか?」
「良いのが欲しければ、自分で素材を取ってきて、ここに依頼しに行くこったな」
店を閉める作業をしたいのか、テグスに薄く小さな木板に文字を書いたのを渡すと、行った行ったと追い出しに掛かってきた。
「……教えてくれて、ありがとうございます」
その仕打ちに少しだけ面白くない思いを抱くテグスだったが、教えてくれたのは良い情報だったので礼だけは言っておいた。
そして木札に書かれている内容を手掛かりに移動しながら、その途中途中にある雑貨屋や道具店に顔を出して、良い《鑑定水晶》が無いかを見ていく。
しかしどれも中古品ばかりで、新品に出会う事は無く。
そうこうしている内に、木札の内容の場所へと付いてしまった。
「ここは店じゃいね。《輝鉱練金加工》って事は町工場かな?」
「こじんまりしてて、工房って感じなの~」
作りは確りしているが、看板が掲げられてなければ住居だと思ってしまう、小さな建物だった。
合わせて扉も少々小さめで、感想を言ってきたティッカリの巨躯だと、縁に頭が当たりそうな感じだ。
「入らないです?」
「入りたいけど――ほら、鍵がかかっている」
確りと閉じられていた扉からとテグスが予想していた通りに、その建物の扉は押しても引いても開かなかった。
「もう夕食時だから、もう閉めちゃったのかもね」
「でも、ものおとしてるです」
「小さいけど、仕事についての話もしてるようッスよ」
ハウリナとカヒゥリという、耳の良い獣人の二人がそう言うのだから、まだ中に人がいるのだろう。
なら扉を叩いてみようと、テグスが顔の高さに持ってきた拳を扉に当てようとしたところで、唐突に扉が開いた。
「……なんだ。ガキが出入りか?」
テグスが手を振り上げて殴りかかろうとしているとでも思ったのか、疲労が溜まってそうな顔を覗かせた、三十台ぐらいの人間の男が立っていた。
「いえ、出入りではなくて。新品の《鑑定水晶》が欲しいって雑貨屋に言ったら、ここを紹介されたんですよ」
「……ふんッ、紹介状でもない、単なる書付か。確かにここで《鑑定水晶》は作ってる。が、個別販売はしてない」
テグスが渡した木板を真っ二つにへし折ると、それを通路の脇に投げ捨ててしまった。
そして扉を閉めようとしてきたので、テグスは咄嗟に閉まりかける扉を手で止める。
「待ってください。ならどこか、新しいのを卸す店を教えてくれませんか?」
「知らん。頼まれたのは作るが、その先がどうなるかなど興味は無い」
「なら、僕が頼めば作ってくれるって事ですよね」
「それなら必要な水晶を持って来い。まあ、ガキに見つけられるような物じゃないがな」
話は終わりだとテグスの手を払ってから、扉を閉めようとする男の手を、横から違う手が止める。
「なんだガキ。いい加減しつこいぞ」
「いいえ、その腕は僕のじゃないですよ」
証拠を示すかのように、テグスが両手を顔の高さに上げて見せる。
男はそれを見て怪訝な顔を浮べると、彼の腕を掴んでいる手を辿っていく。
テグスもそれにつられるようにして、視線をそちらへと向けていく。
「丁度、鉱石を持ってきたんじゃ。鑑定と買い取りをお願いするけんのぅ」
「なんだ、アンタか。脅かすな」
「扉を閉めようとしおったんは、お前じゃけ」
その男と知り合いらしきその人は、土塗れで汚れていて、髪や肌や服の区別無く全体的に茶色っぽい。
しかしその独特な口調には、テグスにも心当たりがあった。
「もしかして、十八層でお会いした鉱石掘りの人ですか?」
「ん? おおっ、知らんのも一人おるが、あん時の兄ちゃんらか。先日ぶりじゃの」
「他の人たちは、一緒ではないのですか?」
「あいつらはの、他んとこへ違う種類の石を売りに行っとるんじゃ。ここは珍しいもんだけを買い取ってくれる場所じゃけ」
「……なんだ、アンタの知り合いなのか。このガキは?」
「ちょい前に一度会うた事があるだけじゃの。じゃけど、ワッシャらを下に見ん良い子じゃ」
鉱石掘りの男にそう評価されているのが変なのか、扉の男はテグスを不躾にしげしげと眺めだす。
その視線の多くは、テグスの身体にある鎧や剣に向けられている。
「殺した《魔物》の数や強さが上なほどエライ、と思っている馬鹿じゃなかったのか」
そして唐突なまでに、変な事を言い放ってきた。
だがテグスは自分とは関係のない考えの話だと分かったので、苛立ったりはしない。
「《魔物》を倒すのは、金稼ぎのためと先に進むのに邪魔だからですね」
「ほぅ、先に進むのにか」
「ええ、《迷宮》の先を見てみたいから、こうして挑んでいるんです」
「そっちのは、どういう積りでだ?」
テグスの考えは分かったからか、ハウリナたちへと男の視線が向く。
「テグスに命を助けられたです。だからずーっといっしょです!」
「恩があるから、愛想が尽きるまではいっしょにいるかな~。あとは、お酒を買うお金を稼ぐ為なの~」
「お金のためです、理由は。あとは購入資金でしょうか、各種武器の」
「あ、ウチは面白そうだからッスね。猫系獣人は好奇心が強いんッス」
一人ずつ順番にそう答えると、男の口元がキュッと上に上がった。
「そういうヤツラなら《鑑定水晶》を作ってやろう。ただし素材は持ち込みで、別途で技術料を払ってもらう」
「そう言う事でしたら、構いませんが。たしか素人には素材が分からないって、先ほど言ってませんでしたか?」
テグスが先ほど言われた事を引き合いに出すと、男は顎で鉱石掘りの男の方に顎をやる。
「それならそこに良い指導員がいるだろう」
「兄ちゃんらが荷物持ちしとくれんなら、ワッシャは歓迎じゃけ」
ぽんぽんと向こう側だけで決められてしまったし、その作業に拘束される期間がどれだけか分からないという不安はあるが、これはうまい話だとテグスには感じた。
テグスがハウリナたちに顔を向けると、テグスに任せるといった視線で答えが帰って来た。
「ありがたく、その申し出を受けようと思います」
「じゃあ、あとの話は素材を持ってきてからだ。鉱石掘りはそちら側で話し合って決めてくれ」
「じゃがそん前に、先ずワッシャの持ってきたもんを買い取ってくれんかのぅ?」
岩石掘りの男が背負子の中を、早くしろとばかりに、扉のところにいる男に見せる。
話を切り上げようとしたのに調子を外されて、少し気恥ずかしそうな顔をしつつ、その中の鉱石の鑑定にその男は移っていった。




