114話 戦利品
「ひゃわッ!?――なんッスかいきなり。取れるなら取れるって、先に行って欲しいッス」
「喋れないように先に小壷を壊したんだから、それは無理なんじゃないかな」
首をもぎ取った勢いのまま転がってきたカヒゥリを、テグスは足の裏で背を支えて止めつつ、彼女の冗談に真面目な言葉を返した。
「もう、テグスって真面目ッスね。とりあえず、お土産ッスよ」
カヒゥリは少し不服そうな顔をした後、直ぐに面白そうな顔を浮べて、テグスの手の上に《ティニクス神怒像》の頭を置いた。
どういう意図があるのかと、テグスは少し悩んだが、カヒゥリの何か期待する目を見てそれが分かった。
「首を貰って喜ぶ人なんていないよ」
「えー、人間って戦の時に取った首の数で、エライかどうか決まるんじゃないんッスかぁ~?」
「取った獲物の首を飾るのは、狩猟民族の獣人の方が多いって印象があるけど」
「あー、テグスは獣人をバカにする積りッスね。ハウリナちゃん、テグスって酷いんッスよ!」
「ムッ。テグス、獣人は動物の体の一部で飾りを作るです。切った首、飾らないです」
「それは……ごめんなさい、勘違いしてた」
ハウリナが真剣な声色でそう言ってくるものだから、テグスとしてはカヒゥリとの冗談の応酬だと言い分け出来ず、素直に謝る事しか出来ない。
するとハウリナは、分かれば良いと言いたげな態度を取りつつ、《ティニクス神怒像》の周辺にある、自分のだけでなくテグスが投げ捨てた武器も回収しに向かう。
二人のやり取りの傍らで、カヒゥリは悪戯を成功させた子供のような表情を浮べていた。
「いやー、あの職員の人とテグスが喋ってるのを聞いた時、冗談を言い合える相手っぽいっと思ってたんッスよね」
「冗談には付き合ってもいいけれど、ハウリナは真面目な子だから、巻き込まないで欲しいな」
「あー、子犬系の獣人は馬鹿か律儀かのどちらかッスからね」
「犬じゃないです。狼です!」
「……しかも耳まで良いから迂闊な事を言えないって、忘れてたッス」
テグスに放った冗談をハウリナにも聞こえていたようで、その事をカヒゥリは少し失敗したと表情で語っていた。
テグスはご愁傷様と目で語った後で、手の中の頭を地面に転がしてから、少し遠くに落ちている長鉈剣を拾いに向かう。
その近くには、弓矢の調子を確かめているアンヘイラと、背負子を全て持って歩き寄ってくるティッカリの姿があった。
「アンヘイラの矢には助けられたね」
「斬られそうになった時、本当に助かったの~」
「大した事はありません、振られた役割を果たしただけなので」
そっけない態度を取りつつも、感謝される事自体は嬉しいのか、アンヘイラの頬が軽く赤くなっていた。
テグスとティッカリは顔を見合わせて、少し笑顔を浮べてから、三人並んで地に転がる《ティニクス神怒像》へ。
「テグス、拾ってきたです。アンヘイラ、矢です」
「ありがとう、ハウリナ」
「助かります」
「じゃあ、背負子を皆に返していくの~」
「ウチはとりあえず、バラバラになったのを一纏めに置いておいたッス」
ハウリナから受け取った武器を収め直し、ティッカリから受け取った背負子から、死蔵していたやや黒ずんだ《鑑定水晶》を取り出した。
「武器の事を調べるんッスね。でもかなり水晶の程度が低くないッスか?」
「大分前に、お金が無い時に買ったものだからね」
ティッカリとアンヘイラは《鑑定水晶》を不思議そうに見ていたが、カヒゥリは流石に用途を知っていたらしい。
バラバラになった手足を胴体の上に置かれた《ティニクス神怒像》のその横。テグスは一纏めに置かれた武器へ近付いていく。
「ワレ、願う。この大剣の真なる名称と、その役割を知る事を」
先ずはと手に取った揺らめく炎を剣にしたような大剣に、押し付けた水晶がぱぁっと小さく光った。
そしてより黒ずみが増した水晶を、この空間の天井にある光の球へと掲げて、中を透かし見る。
「……まあ、長鉈剣で傷が付いたから、期待してなかったけど」
形炎剣という名前以外は、特に何も無かった。なのでテグスはその剣を退かし、次に槍を同じ手順で調べる。
「これは当たりだね。もっとも、穂先以外は普通みたいだけどね」
「当たりです?」
「この穂先で切られると、毒が入るらしいよ」
テグスは穂先を背負子から出した布に包んで、形炎剣とは別の同じ場所に置いた。
ちなみに水晶に出てきた槍の説明内容はというと。
『銘:■■神罰■《■■毒槍》
効:■■■■■■す■■■■促す穂先■備え■■。■■■毒は苦痛■■■■』
もう殆どが黒くて読めないが、少なくとも穂先が毒と関係があり、その毒も強そうという事は分かる。
それはさておき、続いてテグスは柄が折れている大鎌を試してみたが、効力の部分が無い単なる大きな鎌だと分かっただけ。
手甲も同じく、痛そうな見た目に反して普通の物だった。
「ならコレ、ウチが貰ってもいいッスか?」
「みんな要らないだろうし、構わないと思うけど。本当に効力のない、痛そうな見た目だけの手甲だよ?」
「いやこの手甲、大きさも丁度だし、指の動きを阻害しない良い品ッスよ。尖って危ない棘を切り落とせば、十分に使えるッス。惜しむべきは、片腕しかないってことッスね」
カヒゥリは嬉々として手甲を手に填めて、指の動きを確認し始めた。
そんなに違う物なのかと、テグスは自分の手甲に視線を落とした後で、気を取り直して截ち切り鋏の鑑定をする。
『銘:■■■■■《斬■■鋏》
効:■■■■■■する■■■■■■鋏。刃が■■■■■■■■ゆる■■■■■■』
確かに鑑定の結果は効力のある物品だと出て、この鋏は当たりなのだと分かる。
しかしとうとう使用限界なのか、殆どが読み取れなくなってしまっていて、良く分からない。
その上、大きな截ち切り鋏とはいえ片手で使える程度の大きさなので、戦闘には不向きなように見える。
とりあえず分かった事だけを、テグスはハウリナたちに包み隠さず伝えてみた。
「ハサミ、売るです?」
「新しい水晶を買って、ちゃんと見た方がいいかな~」
「内容はちゃんと分かった方が良いですね、服飾関係に売るにしても」
「そうッスね。どちらにせよ、水晶は買い替えが必要ッス」
「なら、取り敢えずは保留かな」
テグスは背負子の隠し箱に、その鋏を入れる。
「この他に得る物はないよね?」
「壷は壊れちゃってるの~」
「腕の一本でも持って行きましょう、不思議な物質で出来てるようなので」
「あとは全部魔石にしちゃって良いとおもうッスよ」
そんな中、ハウリナが何か気が付いたのか、首を抱えてテグスへと見せてきた。
「テグス。顔が浮いてるです」
「顔が浮いてる?」
不思議な事を言ってきたので、テグスはまじまじとその憤怒の表情を浮べた頭を見る。
するとハウリナは場所を示すかのように、顔を横向きに抱え直す。
「……確かに、顔に隙間が出来てるね」
真正面からでは分からなかったが、顎先から耳の直ぐ前を通り額にかけて、まるでお面を被っているようなズレがあった。
試しにテグスがそこに指を引っ掛けて力を込めると、呆気なく憤怒の表情が顔から外れて地面に転がった。
そしてその下から出てきたのは、まるで生徒の成長を喜ぶような、そんな慈愛に満ちた笑顔を浮べる《ティニクス神》の顔だった。
「テグス、これお面です」
落ちていた部分をティッカリに手渡されたので、テグスが観察してみると、内側が滑らかに整えられ、目の穴も開けられてある仮面だった。
「紐まで付いているの~」
「もしかして、《ティニクス神》が教え子に厳しい態度を取る時に使う仮面なのかな?」
「なははっ。テグスって、意外と詩的な人なんッスね」
純粋に思った事を言っただけで笑われるとは思ってなかったので、テグスは少しムッとしながら、カヒゥリの耳に左手を伸ばす。
「へっへ~ん、そんなのに掴まるウチじゃ――ひゃぃ!? し、尻尾!?」
からかうように手を回転して避けながら挑発してきたので、テグスは素早く右手を翻して、茶斑の黒く細長い尻尾を掴んだ。
そしてハウリナの尻尾との違いを確かめるべく、軽く力を入れたり抜いたりする。
「あッ、そんなに弄られたら、ゾクゾクしちゃうッス~」
「……なんだかかなり演技っぽいんだけど」
「えぇ~、なんでばれたッスか……まあ、行き成り掴まれて、吃驚したのは本当ッス。でも猫系獣人の一番の弱点は尻尾じゃないので、分かっていれば耐えられるッス」
「弱点、です?」
狼系の獣人であるハウリナには、掴まれたりしても弱点になる場所に心当たりがないのか、不思議そうな顔をする。
それを見たカヒゥリは、意味深な視線をチラチラとテグスに向ける。
「猫系なら鼻筋を撫でられたり、耳の根元を軽く引っ掛かれたりすると力が抜けるッス。首元を掴まれると、動きが固まってしまうッス。そして一番の弱点とは、尻尾の付け根ッス。ここを撫でられたりしたら、もうその人を夜のお相手に求め――ギャィ!?」
てっきり真面目な話だと思って聞いていたので、テグスはそんをした気分になって、その弱点というお尻の部分に強めに蹴りを入れた。
すると一応本当に弱点だったらしく、カヒゥリは背を急に弓なりに反らせて、変な声を上げた。
「ハウリナに馬鹿なことを教えない」
「て、テグスに弱点を蹴られてしまったッス。悔しい、でも感じちゃうッス」
「もう一発、今度はもっと強く蹴るよ?」
「いやほんと、弱点は本当なんで、それは勘弁して下さいッス」
テグスが脅すと、カヒゥリはくねくねと腰を動かすのを止めて、急に真剣な顔で言ってきた。
その変わり身の早さに、テグスが一瞬硬直する間に、カヒゥリはテグスの手足が届かない位置にまで退避し終えていた。
そして二人に巻き込まれていた形のハウリナは、何を二人が行っていたのか理解してない目をしていた。
「……このお面、調べないです?」
「そういえばそうだった。もう殆ど真っ黒だけど、効果があるかどうかは分かるかな」
と期待せずに憤怒の仮面に水晶を当てて、《祝詞》を上げて確かめてみた。
その結果、この仮面も持ち帰る品の仲間入りを果たす事になったのだった。




