113話 《ティニクス神怒像》との戦い
動き出し始めた《ティニクス神怒像》へ、最初に攻撃を仕掛けたのは、意外なことにハウリナだった。
「あおおおおおおん!」
ハウリナが雄叫びを上げる時は、何時もなら黒棍を振るう時なのだが。今回はその右手に持ったレの字状の短棒を、走る勢いも合わせて力の限りに投げつけていた。
狙いは《ティニクス神怒像》の六つある腕の内、下側の左手に握られた怪しい雰囲気を放つ小壷だ。
しかし回転して飛んでくるその棒を、事も無げに《ティニクス神怒像》が振るった大鎌で払い除けられてしまう。
だがその行動を読んでいたように、テグスが言葉を発する事無く、右手に持っていた投剣三本を一息に同じ目標へと投げつけた。
直進する投剣たちは、一本が炎を形作ったような大剣で、一本が槍の先で、最後は手甲で弾かれてて止められてしまった。
そこに、引き絞り狙いを定めていたアンヘイラの矢が、投剣が到達した数瞬後に飛来する。
それは交差している《ティニクス神怒像》の腕と武器の間を抜け、小壷へと突き進む。
《ティニクス神怒像》は左側の真ん中の腕で、大きな截ち切り鋏を振るって落とそうとする。
しかし開いた鋏が捉えたのは、惜しくも矢羽で。下の手にあった小壷は十字の鏃に当たり大穴が開き、中の謎の液体が外へと零れ落ちてしまっていた。
だがその液体が全部零れ落ちる前に使用しようというのか、その手が《ティニクス神怒像》の口元へと動き始める。
「させない、です!」
そこに速さを限界まで出したハウリナが、黒棍を振り上げて殴りかかる。
頭上へと迫る黒棍を、《ティニクス神怒像》は大剣と長槍で受け止め。大鎌でハウリナの裂こうと横に振るう。
到達する前に、ハウリナは長槍を足場に後方宙返りを決めて、大鎌を回避する。
しかし空中で足場がないのを見越したのか、《ティニクス神怒像》の長槍の穂先がハウリナが飛ぶ先へと向けられる。
「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』、おおおおおお!」
しかし鋭刃の魔術を唱えながら斬りかかってくる、テグスの方が脅威と判断したのか。《ティニクス神怒像》はハウリナへの攻撃を中断して、テグスの刃の部分が魔術で光り輝いている長鉈剣を受けるべく、大剣をその軌道上へと置く。
その二つが衝突する直前、テグスは長鉈剣を手放し、両腰から小剣をそれぞれ逆手で引き抜きにかかる。
長鉈剣は大剣に深々とした切れ込みを入れた後で、弾かれたようにテグスの後方へと回転しながら飛んでいった。
そしてテグスの意外過ぎる行動に反応が遅れた《ティニクス神怒像》の、小壷が握られた手を右の小剣で抜きざまに斬り飛ばすと、目の前にある五つの武器の致死圏内から脱出しようとする。
だが逃げるテグスを追いかけて、切り替えしで大鎌がやって来た。
左手の小剣を盾にして、その一撃をあえて受けて、その威力で少し斜め後ろへと跳び退く。
そこに《ティニクス神怒像》顔面を狙って、アンヘイラからの十字鏃の矢が飛んできたのを、槍を回転させて弾き飛ばした。
「くらうの~~~~~」
槍の回転の終わり際に、必死に走ってきたティッカリが、右の殴穿盾を大きく振り上げてから殴りかかる。
それを大剣と槍に手甲まで使って、《ティニクス神怒像》は斜め下横へと軌道を流そうと試みてきた。
ギリギリと金属が鳴りながら大剣と槍がしなり、手甲の棘が幾つか潰れて平らになる。
そんな武器の耐久度を大きく損ないながらも、ティッカリの重たい一撃を凌ぐ。
《ティニクス神怒像》は、至近にいるティッカリの喉もとの鎧の隙間を狙う為に、截ち切り鋏の切っ先を向ける。
「甘いの~~~~~」
しかし横に払われて捻られた腰を、無理矢理戻すようにして、ティッカリの右の殴穿盾が横に大きく振るわれる。
迫る破壊槌のようなそれを、大鎌の柄で受けることで、鋏の狙いを付けたままにしようとしていた。
だが大鎌の柄を破壊したその攻撃は、連撃の一発目でしかなかった。
ティッカリが横に振るった右のに隠していた、杭を前にしてあった左の殴穿盾の切っ先が、《ティニクス神怒像》の腹へと当たりそうなまでに迫る。
これを胴体に受けたら致命的だと分かったのだろう。《ティニクス神怒像》は、截ち切り鋏の腕と小壷を握っていた手があった腕、その二本の腕で受けた。
どうやら身体を構成する素材は木ではなかったらしく、腕が破砕することはなかったが、二本の腕は根元から吹き飛ばされていった。
しかし腕二本を犠牲にしたのに、それだけでティッカリの殴穿盾の破壊は留まらず。さらに《ティニクス神怒像》の左脇を抉って、大きな溝を彫り上げた。
だがこの攻撃でティッカリは体勢を崩してしまい、ほんの少しの間だけ身動きが止まってしまった。
それを見逃す《ティニクス神怒像》ではなく、至近にあるティッカリが突き出した左腕に、曲がりくねる剣身の大剣を押し当てようとする。
しかしその前に剣に矢を当てられてしまい、一秒にも満たない時間だが、ティッカリに到達するのが遅れてしまった。
ティッカリはその間に体勢を戻し、突き出していた左腕を横に振るい牽制しつつ、後ろへと急いで下がり始める。
手酷い傷を負わせられたその杭を警戒してか、《ティニクス神怒像》も距離を開けるべく後ろへと下がる。
「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』!」
「『身体よ、頑強であれ(カルノ・フォルト)』」
そこにテグスとハウリナがティッカリの横から追い抜き、追い縋ってきた。
しかもお互いの速度をあわせる為に、テグスの方は魔力を過剰に使用した身体強化の魔術を使っている。
そうして並んで迫る二人に、《ティニクス神怒像》は全ての武器を向ける。
「ぜんぶ、受けるです!」
腕が三本とも健在な右側の一挙攻撃を、ハウリナは強化した腕力で黒棍と短棒で剣と槍を受け止め、殴りかかってきた手甲は脛当てで蹴り止める。
そして腕が一本だけになり、防御が薄くなった左側を、攻撃法が多様なテグスが攻める。
「先ず、左側は丸裸に!」
魔術で通常以上に強化した身体を素早く使い、小剣二本で《ティニクス神怒像》の柄が折れた大鎌を持つ左腕の、手首を右手の剣で斬り捨て、肘を左の剣をすくい上げるようにして斬り離し、肩を二つの剣で挟むようにして斬り飛ばす。
攻撃を受けて止めて機会を作ってくれた、ハウリナが逃げやすいようにと、さらに小剣を左膝の部分に二つとも突き入れる。
深々と刺さった小剣で膝が破壊されて、《ティニクス神怒像》が大きく傾いた。
その隙にハウリナは、武器を全て手放して、後方へと大きく飛び退る。
テグスはその後退に合わせて引きながら、手の小剣を両方《ティニクス神怒像》の右手側へと投げつけた。そしてそれを払われる事を考慮に入れて、右腰に残っている全ての投剣を更に投擲する。
《ティニクス神怒像》は大剣と槍で小剣を一本ずつ叩き落したが、続いてきた投剣の防御が間に合わず、上の手に一本、真ん中の手に二本突き刺さってしまう。
しかしそれは武器を手放した上に、投剣すら使い終えてまだ近くに入るテグスへ寄るための、捨て身の選択肢だった。
武器で攻撃しようと近づいてくる《ティニクス神怒像》を見ながら、テグスは慌てずに後ろ腰から二本の短剣を抜き放つ。
その片方――クテガンに作ってもらった普通の短剣を、《ティニクス神怒像》の右の腰元へと投げつけようとする。
《ティニクス神怒像》はテグスの狙いを読み、短剣が取るであろう軌道上に、手甲をはめている右の下の手を配置した。
「『物よ空中にて下へ挙動を変えろ(オルビト・デ・オブジェクト・ヴァリリ・アル・スベン)』」
覚えて以降は実戦で使用した事の無い、飛んでいる物体の軌道を下方向へ曲げる五則魔法を使用し。力を込めて投擲した短剣の向かう先を、腰から体重を一つで支えている左膝へと変更する。
その急激な軌道の変化に対応出来ず、ついに《ティニクス神怒像》は膝から地面に落ちて、更には崩れ落ちそうになる。
しかしそれを手甲をはめた手で身体を支えることで回避し、残る二つの手は武器を投擲する構えに移る。
「ガゴガゴガガゴゴゴッゴゴ――」
まるでこの一撃に全てを込めるかのように、《ティニクス神怒像》の身体から異音が走り。
その音で打ち出されたかのように、大剣と槍の二つが、まるで弓で放った矢のように飛んでいく。
狙いわれたのは、テグスとハウリナだ。
「この程度で!」
テグスは目前にまで飛んできた大剣を、《補短練剣》の後ろに手甲を添えて当て、地面を足で踏ん張ることで弾き飛ばす。
怪我は無かったものの、体格的に軽いテグスは、その衝撃で後ろに転がる羽目になった。
「ハウリナちゃんは、護るの~」
一方でハウリナはと言うと、直ぐ近くにいたティッカリが槍の飛ぶ軌道に割って入り。殴穿盾の硬さを活かして防ぎきる。
こうして攻撃を全て防がれ、地面に手を付いて辛うじて伏せる事を防いでいる《ティニクス神怒像》へ、テグスは止めを刺すべく《補短練剣》の切っ先を向ける。
「『我が魔力を火口に注ぎ、呼び起こすは――(ヴェルス・ミア・エン・フラミング、ミ・ボキス――)』」
「ひゃっハッー! この瞬間を待っていたッス!」
しかし五則魔法の呪文が完成する前に、カヒゥリがハウリナを超える速度で、《ティニクス神怒像》に近付いていく。
危険だとテグスが声を出すより先に、《ティニクス神怒像》は身体を支える手を変えて、唯一残った手甲での攻撃をカヒゥリへと繰り出した。
だがその攻撃は見えているとばかりに、当たる直前にカヒゥリは身体を柔らかくくねらせて回避する。
「先ず、一本目ッス!」
攻撃してきて伸びきったその腕の肘を、カヒゥリは上から自身の肘で、下からは膝で挟むようにして叩き折る。
「続いて、二本目ッス! そして、三本目ッス!」
宙を漂う手甲付きの腕が地面に落ちる前に、その身体を支えている残る二本の腕の肘も、素早く横からかかとで蹴り砕く。
「最後に、その首貰ったッス!」
そして崩れ落ちるのを加速させるように、カヒゥリは《ティニクス神怒像》の背中に飛び乗り、後ろから抱きつくようにして首元に腕を回す。
巻きついたカヒゥリの腕に力が入り、その大きさが一回り大きくなったように見えた。
するとまるで木が大蛇に締め付けられているかのような、湿った軋む音がしてきた。
「大分、硬いッスね!」
さらにカヒゥリの背筋が盛り上がりをみせると、それまで耐えていた何かが一気に失われたかのように、《ティニクス神怒像》の顎が持ち上がり。そして首元から避けるようにして、頭と胴体が分かたれた。
そしてカヒゥリが勢い余って後へ転がる中、《ティニクス神怒像》の胴体は力が抜けて地面へと倒れたままになった。
書籍化が決定したんですよ。
詳しくは、活動報告にて。




