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111話 挑む《迷宮》は

 《中町》の雑貨屋にてカヒゥリの衣服と背負子を買った後で、テグスたちは地上の《中心街》にある《探訪者ギルド》本部へとやってきた。

 中に入って直ぐに、テグスたちの容姿を見た《探訪者》たちから、探るような不躾な視線が投げられかけた。

 その事をやや疑問と不快に思いながら、テグスは近づいてきたガーフィエッタに視線を向ける。

 ガーフィエッタは何時ものように微笑を浮べているのだが、テグスの気のせいで無ければ少しだけ機嫌が良さそうに見えた。


「おやおや、テグスさん、およそ二ヵ月ぶりぐらいでしょうか。てっきり『仲間殺し』という噂の標的になって、《迷宮》内で朽ち果てて仕舞っているのかと思いました。いえいえ、私はテグスさんがそんな柔な人ではないとも思っておりましたが、何事にも例外と言う物は御座いますので。何はともあれ、そのように相変わらずの憎々しいそのお顔を拝見させて頂けて、大変嬉しく思っております」

「相変わらずお話が長いですね。そんな事より今日は、《大迷宮》の二十一層以下の事と、全ての《中迷宮》の二十層以下の事を調べに来たんですけれど。それについての本か何かがありますか?」

「勿論御座いますが、私の心配をそんな事で片付けてしまわれると、こちらと致しましてはやるせない気持ちで、この胸が張り裂けてしまいそうになるのです。謝罪と賠償を要求しても宜しいでしょうか?」

「実際に裂いても直ぐ修復しそうな人に、そんな物は必要が無いと思いますので、お断りです。変な事を言っていないで、その本を見せてください」

「久しぶりにお会いしたのですから、少々こちらの暇つぶしに付き合って下さっても、いいでしょうに。なんでテグスさんはそんないけずなのに、仲間は女性ばかりなのでしょうか。何か怪しい薬をいやらしい意味で使っていないか、心配になってしまいます」


 言葉での丁々発止の見本のような何時もの調子で、二人はお互いに言いたい事を言い合う。

 そんな光景を見て、新しく仲間に入ったカヒゥリは、驚きに目を丸くしていた。

 

「……テグスとあの職員の人って、いっつもあんな感じなんッスか?」

「いつもどおりです」

「よくあんなに口が回ると、何時も感心するの~」

「単なる挨拶代わりらしいですよ、テグスの弁では」

「そ、そうなんッスか……」


 そしてティッカリたちが慣れた様子なので、こんどは口元を引きつらせる。

 どうやらカヒゥリとその死んだ仲間たちは、本部職員とこんな風に雑談をする事はなかったようだ。

 すると一通りテグスと語り合って満足したのか、ガーフィエッタはテグスが求めた本を取り出しつつ、カヒゥリへと顔を向ける。


「カヒゥリさんでしたね。どんな御縁でテグスさんと知り合ったかは聞きませんが、年長者の貴女にこの問題児を適度に抑えるよう、よろしくお願い致します」

「は、はい。よく分からないッスけど、任せて欲しいッス!」

「……そんなに言われるほど、問題を起こしている積りじゃないんだけどなぁ」


 色々と迷惑を掛けた自覚はあるが、ただ単に巻き込まれたのを解決しているだけなのにと、テグスは少々面白くない。

 そんな内心を分かっているとばかりに、ガーフィエッタは分厚い本をテグスの手の上に少し乱暴に乗せる。


「それでテグスさんは、この本を何故見たいと仰ったのでしょうか。倒せない《魔物》でも現れましたか?」

「いえ。二十一層まで行けたので、そこから先の《魔物》の事を調べておこうと思ったのと。《大迷宮》の先に進むか、《中迷宮》の《迷宮主》を倒しに戻るかの判断の為です」

「おやおや、もうそんな場所まで行けるようになったのですね。もう少し長く、十四層以下の攻略に難儀すると予想していたのですけれど」


 どうやら本部の職員が把握するほどに、あそこの辺りは《探訪者》にとって一つの関門のような場所らしい。


「そういう理由がおありなのでしたら、少し助言を致しましょう」


 本に視線を落としていたテグスは、その言葉に顔を上げ、その助言を聞こうという態度をガーフィエッタに見せた。

 

「二十層を突破したのなら、《中迷宮》の最下層まで優に歩ける実力が、テグスさんたちに御座います。しかしかの《迷宮主》を倒す実力があるかとは、正直判断しかねるところで御座います。一応の目安としては、《大迷宮》の四十層の《階層主》を倒し《下町》に行けるようならば、申し分ない実力があると判断出来るので御座います」

「《階層主》――この《折角獣馬》っていう、馬の《魔物》を先ず倒せってことなら、《大迷宮》を先に進んだ方が良いという事ですか?」


 手元にある本の頁を捲って、そこに記載されていた情報を読みながら、テグスは尋ねる。

 しかしそれが早合点であるかのように、ガーフィエッタは微笑みの度合いを強くする。


「通常でしたならば、その通りなのですが。親しくして頂いておりますテグスさんの為に、別の方法を御提示したいと思っております」

「別の、ですか?」


 そんなものがあるのは変じゃないかと、テグスは少々疑う視線をガーフィエッタに向ける。

 しかしテグスが不審に思うのは織り込み済みとばかりに、ガーフィエッタの微笑みの度合いは変わらない。


「それは四十層へと足を運ぶよりも赴き易く。倒せれば、《中迷宮》の二つの《迷宮主》と渡り合える実力があると分かる。そんなお相手で御座います」


 その口ぶりから、《大迷宮》の中にいる《魔物》では無さそうだとだけは分かる。

 しかしそれ以外の場所を、テグスが一通り思い浮かべて出した結論は。


「……そんな相手が、全然思い浮かばないんですが」


 なのでテグスはハウリナたちへと視線を向けて、何か思い当たるのがあるかと問い掛ける。


「わからないです」

「う~んと~……考え付かないかな~」

「聞かないで下さい、良く知らないので」

「そんなの聞いたことないッスね」


 アンヘイラはその背景からしょうがないとはいえ、全員が分からないとなると、ガーフィエッタの言う相手が一般的には知られていない可能性が高い。

 なにせ罠で死んでしまった仲間たちと《大迷宮》に挑んでいた、テグスたちとは別の経験を持つ、カヒゥリが知らないのだから。

 なので何だろうと凄く疑問に思いながら、テグスはガーフィエッタに視線で発言を促す。


「では、皆様がお分かりになられない御様子なので。お答えをお教えいたしましょう。そのお相手とは、恐らく《大迷宮》に来られる人の中で、きっと知らない人は居ないのに、気が付かれない可哀想なお方であり。戦った経験のある者も大変少ないであろう《魔物》でもある――」


 そこでテグスたちだけでなく、たまたま居合わせた他の《探訪者》たちが注目するように、ガーフィエッタは言葉を切って為を作る。


「――《小七迷宮》の裏道の番人で在らせられる《ティニクス神怒像》が、そのお相手で御座います」


 そして注目している全員が堪えきれずに、何かを言おうとするその直前まで引っ張ってから、その《魔物》の名を口に出した。

 それを聞いた本部に居た《探訪者》の反応は主に二つ。

 片方は、そんなのが居たかという首を捻る人たち。

 もう片方は、あれかと納得する人たちだ。

 ちなみに、ティッカリとカヒゥリは前者、テグスとハウリナは後者だ。アンヘイラは知らないのが当たり前なので、我関せずな反応を返していた。


「でもあれって、挑まない方が良いって、職員の人に言われた気がするんですけど」

「当たり前で御座いましょう。《小七迷宮》程度に手間取っている方々が束になられても、鎧袖一触で御座いますので。それに手強い相手なのに倒して手に入るのは、武器と大きめな魔石だけです。そんな風に割に合いませんので、本来は職員からはお勧めしないので御座います」


 確かに職員側からしてみれば、そんな相手に挑んでもらうよりも、他の《魔物》を倒して、その素材を持ってきて貰った方がいいに決まっている。

 加えて、ガーフィエッタは名言しなかったが。《小七迷宮》に挑んだ時に、《ティニクス神怒像》倒してしまえる実力がある人ならば、通常の攻略の仕方で直ぐに《大迷宮》に行けるようになる。

 なにせどれでもいいので《中迷宮》の《迷宮主》が倒す事が出来たなら、《大迷宮》に挑む資格を得てしまえるのだから。

 

「なので態々《中迷宮》の《迷宮主》を倒そうとする方々以外に、職員が薦める事は無いので御座います」

「それなのに薦めるって、ガーフィエッタさんは本当に本部の職員なんですか?」

「勿論、勤務態度が真面目な良い職員に決まっています。それにテグスさんは、《迷宮主》を倒したいので御座いましょう?」


 打ってつけの相手だろうと言外に言われてしまうと、実際その通りなのでテグスはぐうの音も出なかった。

 テグスから言葉で一本取ったからか、ガーフィエッタから何処となく気分が良さそうな雰囲気が感じられてくる。


「そう決まったからには、色々とお教えしなければならない事があります。お時間の方は宜しいで御座いましょうか?」

「時間は大丈夫ですけど……僕がとりあえず聞いておくから、ハウリナたちは回収してきたのを売りに行っててくれないかな」

「? わかったです」

「お願いするの~」

「……テグスにお任せします、嫌な予感がするので」

「えっと、いってくるッス」


 テグスはハウリナたちを理由を付けて離れさせ、そして自分は内心で盛大な覚悟を決めてから、ガーフィエッタに向き直って居住まいを正す。


「それではテグスさん、良ろしいでしょうか。《ティニクス神怒像》と戦う際に、必要となる事を事細かくお教えいたしますので、聞き逃さないようご注意くださいませ。では先ず、《ティニクス神怒像》とは何かというところから――」

 

 こうして始まったガーフィエッタの講義は、細に入り微を穿つような情報を網羅しつつ、時折長々とした彼女の感想を交えながら口早に語るもので。

 興味本位で聞いていた付近の《探訪者》たちが、あまりの長さと情報量の多さに聞くのすら面倒になり、この日の用事を済ましに去っていく程のものだった。

 それをテグスはちゃんと聞き理解しつつ、時々質問などを返しながらついていく。

 そういう反応が嬉しいのか、よりガーフィエッタの説明に熱が入っていく。

 そんなこんなで、ハウリナたちが回収した物を売り払って戻ってきて、待ちくたびれゲンナリする程度の時間をかけ。ようやくガーフィエッタの口の動く早さが、元に戻った。


「と、これだけ知っておけば、いまのテグスさんの実力ならば後れを取る事はないかと思われます」


 思う存分語れて内心大満足なのか、ガーフィエッタが満足げな微笑を浮べ、緩んだ頬が艶やかになったような気がする。

 一方でテグスは、膨大な情報を必死に整理しているため、額に汗を掻いていた。

 そしてある程度知識が定着したので、テグスは浮かんだ汗を指先で拭い捨てた。


「教えてくれて、ありがとうございました。活用させてもらいます。あとこの本は、また今度見せていただけますか?」

「はい、畏まりました。ではまた、お会い致しましょう」


 《魔物》の事が載った本を受け取ると、そのまま本部の奥へとガーフィエッタは戻っていった。

 テグスは酷使した頭を冷ますように、その場で長々と息を吐き出した。

 そんな疲れた様子を見せるテグスに配慮したのか、ティッカリが軽く指先で肩を突いてきた。

 どうしたのかと振り向くテグスに、換金したお金を手渡しながら、ティッカリが申し訳無さそうな顔をする。


「あの~、どんな内容だったか、教えて欲しいかな~」

「あー、宿に戻ってご飯食べてからにしようか。ちょっと短く纏めるために、考えるから」


 得た金を四等分にする。今回、助けられただけのカヒゥリの分は、配分しないからだ。


「それは良い考えですね、ちょうど食事時なので」

「頭を使うと、お腹がへるです!」

「意外と良いお金になったの~。ちょっと度数が強いお酒たのんじゃうかな~」


 それをテグスから受け取ると、ハウリナたちの頭の中は、この後の食事のことで一杯になったようだった。


「な、なんか凄い子の下についちゃったッスね……」


 テグスたちのそんな姿を端で見ていて、カヒゥリは仲間にしてもらえた事を、少し後悔してそうな声色で呟くのだった。



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