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110話 戻る前に

 予想外の同行者を加えて、テグスたちは七人で二十一層の橋の上を行く。

 テグスの罠の看破力が高いのと、襲い掛かってくる《魔物》が橋のうえには出ない事もあり。仲間たちの間に緩んだ空気が出るほど、比較的順調に二十層への階段がある方へと向かえていた。


「今度は真ん中に罠があるから、橋の端を歩く事になるので。《吐射水魚》の攻撃に注意しながら進みます」

「ほんにテグス殿は、見事に罠を見抜くので御座りまするな」

「慣れですよ。でもサムライさんには、必要のなさそうな技能でしょう?」

「確かに罠の看破を伸ばすより、一つでも多く刀を振るう方が性に合っているのは事実で御座りまするな」

「そう言う割りに、釣りはするんですね」

「はははっ。之は手厳しい」


 《仮証》時代は一人で《迷宮》を進んでいたこともあり、方々に一人で武者修行をしてきたというサムライと、テグスは妙に気が合った。


「まだ得物を使ってるんッスか。他の獣人に子供だと馬鹿にされるッスよ?」

「いいです。これは、アイボウです」

「なるほど棒だけに、って棍じゃねえッスか!」

「いい思い出が、いっぱいです」

「折角冗談を言ったのに、素通ししないで欲しいッス」


 ハウリナとカヒゥリは元々気が合っている様子だっただ。今ではカヒゥリがお調子者の姉で、ハウリナが意志の固そうな妹のような雰囲気になっていた。

 その様子をティッカリはニコニコと、アンヘイラは何を馬鹿話をしているのかと覚めた目で見ていた。

 なので同行者の中で唯一、デミオハだけは気の合う相手も居らず、それに打ち解けようという努力もしてなかった。

 デミオハの切羽詰ったような表情から、恐らく彼は今この場から脱出する事だけを考えているのだろう。


「もうちょっとで、階段に着きますね」


 そんな一名を除き、和気藹々とした雰囲気でいたら、あっという間に橋を渡り終えかけていた。


「後は階段を上って、神像に願えば帰れるッスね」

「もう《迷宮》で水泳は、こりごりだよ」

「泳ぐのが懲りたのならば、釣りをお勧めするので御座りまする。さてこの後、某は《中町》に向かいまするが、テグス殿たちはどうなさるので御座りまする?」


 そうサムライに尋ねられて、テグスは顎に手を当てて少し考える素振りを見せる。


「一度《上街》の本部まで行きます。この先に進んだ方がいいのか、それとも《中迷宮》に戻った方が良いのかを、確認しないといけないので」

「《大迷宮》に入れるのに《中迷宮》に戻るんッスか?」


 カヒゥリが驚く様子から、どうやら多くの《探訪者》は《中迷宮》の事を、《大迷宮》に挑む為の通過点としか考えていないのが普通のようだ。

 辿り着いた階段を上り始めながら、テグスはその理由を喋り始める。


「《中迷宮》の二十層以下に行ってないからもありますけど。今の実力を試したいので、最終的には《迷宮主》に挑む積りです」

「強い相手に、ちょうせんです!」

「武器も防具も充実したの~。いまなら《中迷宮》の攻略が出来るかな~」

「罠しか実入りが無いので、ここの二十一層は。ありかと思います、その選択肢は」

「変な事を考えるんッスね。でも、冬に入って、食料の買い取り価格が上がるッスね。ならウチらも稼ぎに一度《中迷宮》に戻ってみるッスか?」

「ば、馬鹿な事を言わないで欲しい。どうせなら、《大迷宮》で他の集団に入れて貰えた方が、実入りが良いに決まってるじゃないか」

「ちぇー。この子たちと、もうちょっと一緒に居られるかと思ったッスのに」


 そんな事を口々に言いつつ、並んで《蛮行勇力の神ガガールス》神像のある場所まで上がってきた。

 

「それでは、某とそちらのお二方――」

「う、動くんじゃない!」


 サムライが神像の前で、振り返りながらにこやかに尋ねかける。

 その時、デミオハがサムライに駆け寄って、その腰にある打刀を鞘から引き抜き。それをサムライの喉元に当て、周りを脅し始めた。

 テグスたちはその事に、彼の要求通りに動きを止めた。

 それは何も、サムライの命を案じた訳ではない。サムライの顔が楽しそうに笑っている事の違和感からだ。


「あれって、わざとやらせたよね」

「わざと、です」

「絶対、楽しんでるの~」

「してますね、かなり良い性格を」

「な、なにヒソヒソ喋ってる!」


 テグスたちの内緒話が、デミオハを倒す算段とでも勘違いしたのだろう。デミオハが打刀を握る手に、力が篭っていく。

 それが危険だと感じたテグスたちは、話すのを止める。もっとも人質にされているサムライは、何を考えているのか分からないが、笑顔のままだ。

 助けがいるとは思えないが、デミオハをどうにかしてくれと、テグスがカヒゥリへと視線を送る。

 すると仲間なんだから仕方がないと言う態度で、カヒゥリが警戒させないように軽く手を上げる。


「デミオハ、何してるんッスか?」

「こ、このまま戻っても、武器も防具も無いんだぞ。そんなやつ、他の人たちに受け入れられるわけがない。ならこいつらの装備を奪えば!」

「あー、助けてくれた恩人に対して何をしてるッスか――なんって言う積りはないッスけど。なんでその人を人質にしてるんッスか。単なる同行者ッスよ?」

「う、うるさい。お、お前ら、いいから武器と防具を脱いで。こっちに渡せ」


 カヒゥリの言葉に、取る人質を間違えていると悟ったのか、デミオハは慌てながらテグスたちの方に指示をし始めた。

 必死なデミオハは気が付いていないが、サムライの楽しそうな笑顔に、テグスはあまり助けたいという思いを抱けない。


「脱いで渡すにしても、防具の大きさが合わないと思いますけど?」

「いいんだよ。それはあとで調整するんだから!」


 仕方が無いなと、テグスは視線をティッカリに向ける。

 目が合ったティッカリは、どうするのかと問い掛ける視線を返してきた。なのでテグスは殴穿盾を外す動作をしてから、デミオハの方へと放るような仕草をする。

 なるほどと理解したティッカリは、右手で左の殴穿盾を外すと、軽くデミオハの方へと両手の下手で放り投げる。

 ゆっくりとした放物線を描く殴穿盾が、デミオハへ直撃する軌道で近付いていく。

 恐らくそれが攻撃として投擲されたものなら、デミオハはサムライを引き摺っても避けようとしただろう。

 しかし投げ渡そうとしているかのようなティッカリの仕草に、デミオハは殴穿盾の重量を見誤って、サムライを掴んでいた手を離して払おうとしてしまった。

 一方でサムライの方は、その重量を確りと見切ったのか。掴んでいたデミオハの手が離れた瞬間に、滑らかな布が手から滑り落ちるように、するりと抜け出て退避してしまう。


「なっ、お、お前ェグォ!?」


 逃げたサムライに気を取られたデミオハに、緩く飛んできた殴穿盾が当たった。

 その常人では持ち上げるのすら苦労する重量に、デミオハは左肩から胸元までを押され。体勢を崩して背中から地面へと落ちた。


「ゴォゴホッ、お゛、おもい゛ぃ……」


 そして肋骨を押し潰そうとする殴穿盾を、体の上を横に転がすようにして、デミオハは両手で動かし退かす。

 その間に、テグスは腰から小剣を一つ抜き。上体を起こそうとしたデミオハの胸を蹴って、もう一度仰向けに寝かせ。喉元へと切っ先を突きつける。

 喉にある刃に縫いとめられたかのように、デミオハは身体を硬直させ、降参するように手を開く。

 テグスはその行動を斟酌する積りもなく、小剣を喉に突き入れようとした。


「……サムライさん、なんで止めるんですか?」

「某の悪戯の所為で、人様に手を汚させるのは、こちらの心が傷むもので御座りまする故」

「ならこんな事しなければいいのに」


 なんとなくサムライの思惑が分かったテグスは、掴まれ止められている手を引く動作をする。

 すると幾ら動かそうとしても動かなかったサムライの手が、すんなりと手放された。

 命の危険を脱したと思ったのか、デミオハは小さく息を吐き。そしてテグスとサムライの視線が、自分から外れているのを見取って、起き上がりざまに神像へと近付いた。


「ワレこの場を離れ安息の地へと――」

「させぬで、御座りまする」


 そして《中町》へ逃げようと祝詞を早口で上げ出したデミオハを、サムライが拾い上げた打刀で背を斜めに斬り捨てた。

 ぱっくりと開いた傷口は、サムライが後ろに合わせたかのように、少し間を置いてから血が噴出した。

 背骨を断たれて姿勢を維持できなかったのか、デミオハは膝から地面に崩れ落ちる。

 その着地の衝撃で、薄皮一枚だけ斬り残されていたデミオハの上半身は、斬られた上が前に下が後ろへと折りたたまれるようにして更に崩れた。


「ふむっ、まだまだで御座りまするな」

「いえ、十分な腕だと思いますよ?」

「いえいえ。真なる達人ともなれば、斬り捨てた傷がその見事さ故に、暫く見えぬもので御座りまするよ」


 精進が足りないと付け加えつつ、サムライは懐から植物性の紙を取り出し、血より脂の方が多く付いた打刀を拭い出す。

 そしてその紙を、地面に横たわった死人の顔を覆うように置き、打刀は鞘へと収める。

 テグスはそれに何の意味が在るのかと不思議がりながらも、デミオハの仲間であるカヒゥリに顔を向ける。

 

「それで、どうします?」

「そいつの為に、命を張る気はないッス。でも、装備もない女一人になっちゃったッスね……」


 遠まわしな言い方と意味深な目で、テグスとサムライに何かを訴えてくる。

 言いたい事を察したテグスは、先ずは原因であるサムライがどう答えるかだと顔を向ける。

 するとサムライは、困ったように後ろ頭を掻き始める。


「申し訳御座りませぬが、刀の道を究めるまで、嫁を貰う気は――」

「だ、誰がこんな場面で、番になって欲しいって頼むッスか! せめて、防具が手に入るまで、同行させて欲しいだけッス!」


 そういう話には初心なのか、カヒゥリは顔を赤くしてサムライに食って掛かった。

 サムライは分かっててやったのだろう、わざとらしく初めてそこで分かったかのような顔をする。


「なるほど、同道希望で御座りまするな。しかしながら、某の移動法についてこれるで御座りまするか?」

「うッ。そう言われると、辛いものがあるッス」


 確かにサムライの、あの一瞬で少し遠くに出現する移動法は、獣人であっても真似出来ないものだ。

 そこをどうにかできない限り、二人が同行するのは難しいだろう。

 カヒゥリもそう思えたのだろう、顔をテグスの方へと向け、哀れな女性を演じているような表情をする。

 その同情を誘っている仕草に、テグスは思わず苦笑いを浮べる。


「という事らしいけど。カヒゥリさんを仲間にするの、ハウリナたちはどう思う?」


 ハウリナたちの経緯からすると、答えは決まっているだろう。

 しかしあえてテグスは、彼女たちに意見を求めた。


「いいと思うです」

「困った時は、お互いさまなの~」

「働いて返して貰うといいかと、今日助けたお礼として」

「という事で、別にこっちは構いませんよ。とりあえずは、荷物持ちをしてもらう事になるでしょうけど」


 ハウリナたちから予想した通りの答えが返ってきたので、テグスはカヒゥリにそう告げた。


「えッ、本当ッスか!? やっぱり何事も、言ってみるもんッスね!」


 駄目で元々だと思っていたのか、カヒゥリは驚いた後で嬉しそうな表情を浮べる。


「命の恩人ですし、仲間になったからには、きちっと働くッスよ! ご所望なら、ハウリナに稽古もつけてやるッス!」

「ケーコです?」

「強くしてやるって事ッス」

「わふっ、ケーコよろしくです!」

「うむ、善哉善哉。それでは某は、これにて――」


 話が纏まった事に、サムライは良かったというような笑みを浮べると、一人で勝手に《中町》への祝詞を唱えて消えてしまった。


「……一人でここまでこれるんだから、実力は大したものなんだろうけど」

「自由なヒトです」

「あまり見ない性格の人だったかな~」

「変人ですね、自分の命を使って遊ぶとは」

「そんな事より、早く戻るッスよ。出来れば、新しい服を買って欲しいッス!」

「《上街》に戻る前に《中町》で買って上げるよ。その格好でガーフィエッタさんの前に出せないし」


 出したら長々と罵倒されるだろうからと、テグスは思うのと同時に、新しい仲間がまた女性だとからかわれるのは免れないと肩を落とした。



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