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108話 二十一層の罠と《魔物》

 呆れるほどの落とし穴の罠を抜けて、テグスたちはようやく中洲までやってきた。


「とりあえずは、中洲ここで様子見だね」

「今日は、魚肉の日です!」

「ここにも罠があるらしいの~。嫌かな~」

「水の中でなければ無難かと、先ほど出た《魔物》の相手は」


 砂利と石で出来た地面を進もうとしたテグスは、自分の背丈ほどの葦に似た植物の間に、何かがあるのを見つけた。


「また罠だよ……」


 今度のは、背の高い植物に隠れるようにして配置された、新品同然のギザギザの半円状の刃が二つある、いわゆるハサミ罠だった。

 テグスは適当な小石を拾い、トラバサミの中心に向かって放つ。

 石に当たって留め金が外れ、まるで肉食獣の顎が閉じ合わされるかのように、音を立てて罠が閉じる。

 しかしここでテグスの予想外の出来事が起きた。ハサミ罠の片方の刃に薄い糸が巻かれており、罠が閉じた時にそれが切れたのが見えたのだ。

 

「二段構えの罠!?」


 今まで経験した事の無い、罠に罠を重ねたこの事態に。テグスは慌てて何の罠が発動したのかを、糸がある方へと目をやって確認する。

 その先には痩せた潅木があり、その枝が一本。不自然にしなっているのが見えた。


「ごめん、みんな伏せて!」


 その大声に、テグスを信頼して気を抜いていたハウリナたちが、慌てて指示通りに地面に伏せる。

 潅木の方からしなった枝が戻る音がして、何かが伏せたテグスたちの頭上を通り過ぎて行く。

 やがて後方に流れている川に、その何かが着水する音を聞いてから。テグスは顔を上げ、潅木の方を見る。それは潅木の罠に連動する物がないかを、確認するためだ。

 しかし別の罠の仕掛けがあるようには見えず、テグスは安心から短く息を吐いて立ち上がろうとする。

 テグスが緊張を緩めたのが分かったのだろう、ハウリナたちも立ち上がり始める。


「……めずらしいです」

「テグスが罠の解除に失敗したの、始めてみるかな~」

「失敗しないわけないですよ、テグスだって人なので」

「それだと何時もは人みたいじゃない、って言っているように聞こえるんだけど?」


 罠の解除に失敗したのが後ろめたくて、テグスは思わず子供っぽい不貞腐れた言葉を返してしまう。

 だが今回の失敗で、二十一層以下にはテグスが経験してきた以上の罠があるのだと分かった。

 そして、それならそうと心構えをすれば、見抜けない罠でもないともテグスは理解していた。


「もうここからは、罠の解除に失敗しないから」

「わふっ、信じてるです!」

「ゆっくりと進むといいの~」

「テグスだけですし、罠の発見の頼りになるのは」


 ハウリナたちから慰めるような言葉を掛けられて、テグスは言った事の証明をするべく、ここから罠の解除に力を入れ始めた。

 単発の罠は素早く見抜いて解除し。連動する機構が付けられた罠は、連動先が動かないよう工夫をしてから解除。

 なので川縁を進むだけで、テグスたちの背負子の中には、使われていた罠の材料がどっさり入ることになった。

 内訳は、やたら沢山あるのを回収したハサミ罠。落とし穴の底に設置されていた、槍先のような刃も沢山。潅木を生かした、括り罠の糸が二巻き分。発破石で出来た地中地雷の上にあった、砂利の中に混ざった小石大の鉄球が幾つか。草を括った転び罠の先に設置された、尖った太い針で三角錐を作ったような、変わった形の設置罠を何個も。

 前記した通りに発破石も沢山見つけたが、所持するには危ないので、テグスは見つける度にそれを川へと投げ捨ててしまう。

 そして何度目かの川面に落ちた発破石が、衝撃で爆発して水を高く巻き上げると、その音に反応したのか《魔物》が寄ってきた。


「魚の群れです!」


 ハウリナが警告を発しながら黒棍を握って見つめる先、その川面が揺れているのが良く分かる。

 そして中洲へと近付いたその川面の揺れから、テグスの半身ほどの大きさの、あの岩の肌を持つ魚が四匹も飛び出してきて宙に舞い。そのままハウリナへと襲い掛かってくる。

 しかし空中を飛ぶ事は出来ないのか、勢いそのままに放物線を描きながら飛んでくるので。ハウリナはその魚たちの突撃を、テグスの方へと跳ぶことであっさりと回避した。

 そして再び襲い掛かってくるのを待つべく、身構えていたハウリナは、急に肩の力を抜いてしまう。


「……間抜けです」

「確かに、これはないかな~」


 呆れた声を出すハウリナとティッカリの視線の先には、中洲の砂利の上に落ちたあの魚たちが、川に戻ろうとして出来なくて跳ね回っている姿があった。


「川の中だったら強敵なんだろうけどね」

「陸上では生きられないでしょう、《魔物》と言えど魚なので」


 なんだかやるせない気分になりながら、その四匹をそれぞれが踏みつけにする。

 そしてテグスは長鉈剣に鋭刃の魔術を掛けて、岩の肌の隙間を付くようにして。ハウリナは黒根の先で何度も突いて、岩の肌ごと胴の骨を砕き。ティッカリは殴穿盾を突き下ろして、頭を粉砕し。アンヘイラは鰓に指を突っ込み口を開けさせ、その中に矢を突き入れる。

 こうして屠った四匹を、岩の肌の部分は要らないので、ティッカリに力任せに剥ぎ取らせ。身の部分を背負子に回収する。


「魚肉、ひさしぶりです!」

「《迷宮都市》じゃ、あまり魚は流通しないからね」

「《中三迷宮》の村に泊まった時に、干物が出た以来なの~」

「そんなに良い物じゃないと、個人的には」


 テグスとハウリナにティッカリは物珍しさから楽しみなのに、アンヘイラは魚が嫌いなのかあまり嬉しそうではない。

 人の好みは人それぞれだからと結論付けて、テグスは視界の端に何かが飛んでくるのを見て、慌てて罠を解除した場所へ向かって跳び退る。


「水!?」


 目の前を通過した物体を、動体視力で確認しつつ、テグスは驚いた声を上げる。

 発した言葉の通りに、それが勢いよく発射された、水の固まりだったからだ。

 その水は当たった少し遠くの潅木を、小刻みに揺らすほどの威力があったことも驚きな点だった。

 水が来た方向へとテグスが視線を向けると、海面から顔を出している短く尖った口を持つ五匹の魚が目に映った。


「厄介な!」


 テグスは着地すると、その出ている頭に向かって、投げ剣を各一本ずつ投げつける。

 まさかテグスが反撃で投擲してくるとは思ってなかったのか、慌てて逃げ出す魚たちの頭と胴体に投げ剣が刺さる。

 するとその一撃で殺せてしまったのか、投剣の重さに引き摺られるように、刺さっている部分を川底へ向けて沈んで行く。


「わふっ、魚肉を集めるです!」


 まるで猟師が仕留めた獲物を喜んで回収しに行く猟犬のように、ハウリナが川へと足を踏み入れ。沈みかけている魚を掴むと、次々に中洲へと投げていく。

 獣人の特有の力強さを見せるハウリナの成長を喜ばしく思いつつ、テグスは砂利の上に投げ落とされた魚を観察する。

 身体の長さはテグスより頭一つ分ぐらい小さく、背から腹にかけてもテグスの体ほどもある大きな魚の《魔物》だ。

 その代わりのように、体は大変に薄く、厚めの剣ぐらいの幅しかない。

 しかしテグスがその身体を摘んで持ち上げてみると、身体の中に袋があるかのように、口から吸い込んだ空気で膨らんでいく。

 空気の変わりに水を入れて吐き出せば、確かに先ほどの水の攻撃になるだろう。

 そして最終的に細長い筒状のような形になった、その《魔物》を見たテグスは、かなり前に《中町》で買った大容量の水筒の素材が、これの膨らんでいる部位ではないかと予想した。


「集め終わったです」

「じゃあ、投剣を回収して――」


 魚の《魔物》に刺さっている投剣を引き抜いて、テグスはそのまま別の方向へとそれを投げつけた。


「クケェエェェ……」


 先ほど水が当たった潅木に止まっていた、真っ黒で大きな鳥に投剣が当たる。

 そしてその周りにいた、同種の鳥が慌てふためきながら、勢いよく空へと逃げていく。

 その足には何故か、枝や糸を持っており。逃げるのに邪魔そうなのに、手放す素振りは無い。


「もしかしてあの黒い鳥の《魔物》が、罠を複雑にしているのかな?」

「大きいのに、羽音が小さいです」

「……殆ど聞こえないかな~」

「落とせるだけ落としましょうか、取り敢えずは」


 飛んでいるだけで硬そうな相手では無いからか、アンヘイラは普通の鏃の矢を弓に番えて、狙いを付けていく。

 そして放たれた矢は、鳥の《魔物》の一匹が避けたのに、それを見越していたように当たった。

 錐揉みしながら落ちる先は、中洲ではなく川面だった。


「……射らない事にしましょう、逃げるのは」


 川に攫われて、どこかへと流されていくその姿を見て、アンヘイラは無駄な事をしたと言いたげな表情を浮べていた。

 確かに倒せても、回収できないのでは、お金を稼げない。


「これで出会った《魔物》は、魚が二種に鳥が一種。ここまでのを考えると、あと二・三種は出てくるはずだけど」

「あれは、違うです?」


 テグスが潅木の下まで行き、倒した鳥の《魔物》から投剣と罠の材料を回収していると、ハウリナが少し先を指差す。

 そこには掌大の昆虫が三匹ほど、羽根を広げて飛んでいた。

 しかしその尻の部分を点滅させているだけで、特に何もしてこない。

 もしかしたらこの川に住む普通の昆虫かなと、テグスが回収作業の傍らで、横目で観察する。

 そうしていると、何故だかハウリナがふらふらと、その昆虫の方へと歩き寄り始めた。


「ちょっとハウリナ。その先はまだ罠の確認してないから」

「――え、なにか、いった、です?」


 肩を掴んで止めたハウリナの目は、眠気を堪えている時のように、ぼんやりと遠くを見る目をしていた。

 そのおかしな様子に、テグスは少し眉を潜めながら、ハウリナの獣耳をやや強めに引っ張った。


「ひぅぃ、痛い痛いです!」

「ハウリナ、ちゃんと起きた?」

「ちゃんと、起きてたです!」

「でもなんかさっき、ぼーっとしてたでしょ」

「ちょっと、あの光を、見てた、です――」


 獣耳に手を当てて痛がっていたハウリナは、あの昆虫を指差しながら光に目を向けると、またぼーっとし始める。

 そこでようやくテグスは、あの昆虫が《魔物》だと理解して。光を見ないようにしながら、投剣を投げつける。

 目を意識してそらしていた事と、相手の大きさと飛んでいた事が合わさって、三匹のうち一匹にしか投剣が当たらなかった。

 しかし明滅する光の仕方がずれた事で、ハウリナは意識を取り戻したようだった。


「やってくれたです!」


 そして何かしらの術にかけられていたと理解したのだろう。ハウリナは黒棍を掴むと、その昆虫の方へと走り寄っていく。

 罠にかかる心配があったが、得物を前にしてハウリナの集中力が増しているのか、罠のある場所を見事に避けていく。


「あおおおおおおおん!」


 ハウリナが雄叫びを上げながら黒棍で叩くと、元々そんなに耐久力はなかったのか、呆気なくその昆虫の《魔物》はバラバラになってしまった。

 その結果に自慢げな顔をするハウリナの足元に、縄のような物が見えたテグスは、それに向かって投剣を二本投げつける。

 片方は外れて地面の小石に当たり、もう片方はかすっただけ。

 それはテグスの腕が落ちたのではなく、その縄のようなのが身をくねらせた結果だった。


「ヘビがいたです!」


 テグスの攻撃で、何かがいると知ったハウリナが目を向け、慌てて黒棍で足元にいた蛇の頭を叩き潰す。

 蛇という指摘に、テグスも小剣を腰から抜いて、周囲に視線を巡らせる。

 静かにして待っていると、長い草が小さくカサカサなる音が聞こえてきた。

 それが直ぐ近くに聞こえたテグスは、その方向へと小剣を突き出す。

 ちょうどそれはテグスの太腿へと噛み付こうとしていた、荒縄ほどの太さの蛇の首を落とす結果になった。


「ティッカリとアンヘイラの方は、大丈夫!?」

「不意打ちされたの~。けど、鎧で大丈夫だったかな~」

「来ませんでしたね、こっちには」


 テグスの問い掛けに、ティッカリは頭を握りつぶした蛇を二匹掲げて見せ、アンヘイラは警戒を解くように短剣を腰へと戻す。

 取り敢えずの危険は去ったと、テグスたちは一箇所に集まり直す事にした。


「なんだか、からめ手が多い場所だね」

「めんどうです」

「きっと《靡導悪戯の女神シュルィーミア》が、ここを作ったの~」

「ですが助かる点ですね、弱い《魔物》しかいないのは」


 使った装備の点検などをしつつ、この層について感想を言い合っていると、遠くの方から誰かのくしゃみが聞こえてきた。


「……また罠かな?」


 テグスが警戒するようにそう問い掛けると、ハウリナは耳を動かして、音を探り始める。


「歯をガチガチしているです」

「人ってこと? 人数は?」

「音は二つです」

「じゃあ、二人だけなのかな~」

「見る必要がありますね、どちらにせよ」


 今回の目的が偵察という事もあり、仮に人まねをする《魔物》が出るとしたら、その姿を見ておく事は必要だ。

 なのでテグスたちは、ハウリナが示す音のする方向に向かって歩き出す。

 幾つかの罠を抜け、テグスたちが草を掻き分け、目的の場所に出る。

 するとそこには、《白銀証》以外は下着だけの姿で抱き合いかけている、獣人の女性と人間の男性の姿があった。


「えッ!?」

「おおぅ!?」


 二人がテグスたちの姿を見て、変な声を上げるのを聞いて、テグスは邪魔をしたと判断し、ハウリナたちに下がるようにと手で指示を出し。


「お邪魔しました」


 と頭を下げて、テグスが掻き分けていた長い草を戻そうとする。


「待って、助けて欲しいッス!」

「助けてくれ、このままでは帰れない!」


 すると慌てながらその男女は離れると、テグスたちを呼び止めに掛かってきた。

 二人のその様子に、テグスたちは顔を見合わせて、全員が訳が分からないという表情を浮べた。


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