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8話 支部と孤児院にて

 《小四迷宮》を制覇したテグスは、《迷宮主》である『動く若木』の赤い魔石を拾い、ご褒美部屋にやって来た。

 だが取り立てて取り替える物がない上に、神像が汚れていたのでも、他の《探訪者》が見逃した武器が在るのでもなかったので、直ぐにその場を後にした。

 帰りがけに、ついでに子供の《空腹猪》を二匹倒して、それぞれ足と腹回りの肉を回収しておいた。

 朝早くに迷宮に挑んだ事と、迷宮の行き帰りを駆け足で過ごした事で、《探訪者ギルド》の《小四迷宮》支部には昼前の早い時間に到着した。

 そこの受付にて、赤い魔石を渡して《鉄証》に四という文字を入れて貰う前に、テグスは受付の男性に迷宮の様子を請われたので教えてあげた。

 その話を最後まで聞いてから受付の男性は、テグスの《鉄証》の中心にある七角形に彫金された模様の内、一番右下の頂点の場所に『四』を現す古文字を新たに打ち入れた。


「あ、ここで買い取りもしてますか?」

「買取は、あっちの窓口に行ってくれ」


 赤い魔石の代金である鉄貨十枚を仕舞った後に、背負子を揺らした時の重さで、その中に何が入っているのかを思い出し尋ねる。

 そしてテグスは、受付の男性に言われた《素材買取》の文字と絵が描かれた木板のある窓口へと向かった。


「買取お願いしたいんですけど?」

「はいはい。何持って来たんだ。ジェリムの水石なら買い取るが、《徒歩枝》の枝や《見掛岩》の破片なんかは買い取らないぞ」


 『脆岩』の本当の名前は《見掛岩》と言うのかと記憶に留め、テグスは背負子から雌の《ニ角甲虫》の羽根部分の外骨格を七組取り出し、買取机の上に置いた。


「これで、幾ら?」

「こりゃあ《二角甲虫》の羽根殻か。最近入荷が少なくてな、要望依頼が増えてたから、ちょっと値上がりしているぞ」


 世話話をしていても、テグスの持ち込んだ羽根殻を鑑定する目は真剣だ。

 それを七組じっくりと見てから、テグスに買取額の書かれた木片を見せる。

 書かれている文字は『二十八』。鉄貨で二十八枚という意味だ。


「これって、安いの高いの?」

「買い取り額値上がりしているって言っただろうに。まあ防具の仕立て屋に持ち込むよりかは安値だが、伝手が無いと騙されるぞ?」

「ならその値段で良いです。あ、《空腹猪》の肉も買取してます?」


 鉄貨二十八枚を手にしながら、迷宮から持ってきた一方の事に付いて尋ねた。


「ここに持ち込むって事は子豚の方だろ。あんまり良い値段にならないから、持って帰って食っちまった方が良いんじゃないか?」

「参考までに、お幾らです?」

「一匹丸々毛皮付きの子豚で鉄貨二十枚だな。分割した肉だと一抱えで五枚程度に落ちるぜ」

「なんか、あまり値段がつきませんね。その値段だと、屋台で肉を買うより安いのでは?」

「同じ豚なら《小六迷宮》の方で出てくる《丸転豚》の方が、明らかに食いでがあるからな。《空腹猪》なんぞ、買うのはまともに金を払えない貧乏人だけだからな」

「じゃあ、お持ち帰りって言う事に――あ、ここの孤児院に寄付って出来ます?」

「《空腹猪》って言えど、肉はありがたいが。良いのか?」


 この『良いのか』は、テグスが育った孤児院でも無いのに、本当に寄付する気なのかという意味合いだろう。

 もしくはテグスのお人よし具合を、危惧する意味も在るかもしれない。

 なにせ命がけで手に入れた食材を、無償で提供しようとする《探訪者》など基本的に居ないのだから。


「確かにこの孤児院で育ったわけじゃ無いですけど、《探訪者ギルド》にお世話になったのは事実ですから。あ、全部は渡せませんよ。朝から何も食べて無くて腹ペコなんで」


 テグスはそんな受付の男性の心配を、茶目っ気を出した笑顔で跳ね除けて、《空腹猪》の腹回りを三つと足の肉を四組渡す。

 それを本当に寄付しやがった、と言いたげな男性に苦笑いで応えて、テグスは《小四迷宮》支部を立ち去った。



 テグスが次に向かうと決めたのは《小ニ迷宮》だ。

 しかしもう昼になるし、今から徒歩で向かったのでは辿り付くのは夜前になってしまう。

 なのでテグスは一端、生まれ育った孤児院の方へ行く事にした。

 ぐるぐると鳴るお腹を落ち着かせる為に、鉄貨二枚で売っている小麦粉を練って焼いただけの味気ない大きな平パンを五枚購入し、もぐもぐと食べながら道を歩く。

 するとそのパンを物欲しそうに見る、小さな子供たちが四人居たのでもう四枚買う。


「少ないけど、持ち帰って仲間でちゃんと分けるんだよ」


 と言って聞かせてから全員に一つずつ手渡す。


「ありがとう、おにいちゃん!」


 一番年上らしき頭にクタッとなった獣耳のある痩せた獣人の子が、屈託の無い笑顔を向けてからパンを服の中に隠し、子供全員を引き連れて他の仲間が居るであろう場所へと向かって走っていく。

 それを見ていたテグスは不敵に通路の真ん中に立ち、去っていく子供たちの後ろに付いて行って、食料を巻き上げようと画策する一人の大人の男の浮浪者の行く手を阻む。

 そして挑発するように目の前で、平パンをパクパクと食べていく。

 邪魔げにテグスを見て、そして路地の角に消えていった子供の影を見て、その浮浪者は諦めた様子でテグスに場所を開けるように道の端に座った。

 テグスはその前を堂々と通りながらも、何時でも対応出来るように気を張りつつ歩く。

 一瞬だけ、その男が足を動かす素振りを見せたので、テグスはパンを口に咥えて、わざと彼に見える様に短剣の柄に手を伸ばす。

 すると相手が悪いと悟ったらしい彼は、地面に体重を預けるように身体の力を抜いて座り込んだ。

 しかしテグスは安心する事無く、短剣に手を当てたまま、器用に口の動きだけでパンを食べ進めつつ道を歩く。

 そうして何事も無かったように歩いて離れていく。

 チラリと後ろを確認して、座った男の視界から自分が外れた事を知ったテグスは、短剣に伸ばしていた手を戻してパンを食べる事に使う。

 やがて育った孤児院に辿り着いた昼過ぎ頃には、五枚のパンは全て無くなり、代わりに新しく《白芋虫》を炙ったのを平パンに挟んだ物を食べていた。


「こんにちは~」

「あら、テグス。早いお帰りだけど、迷宮の攻略に失敗して戻ってきたの?」

「違いますよ。《小四迷宮》を攻略して、次に《小ニ迷宮》向かう事にしたので、その通り道で寄っただけですよ」


 顔見知りの受付の女性にそう言葉を交わしつつ、テグスは支部内を通って孤児院へ。

 孤児院の玄関を潜って、向かうのは一直線に炊事場だ。

 その途中、どうやら迷宮に潜れない程の幼い孤児たちは、食事を終えてお昼寝の最中らしく、可愛らしい寝息が廊下に聞こえている。

 そうして炊事場に歩いて入ったテグスは、何かの食材の下ごしらえをしているらしきレアデールに声を掛ける。


「ただ今、お母さん」

「どうしたのテグス。まだお昼じゃない」

「いや、迷宮で《空腹猪》の肉を取ってきたから、おすそ分けにね」

「ふふっ。そんな事言って、ご飯作ってもらう算段だったんでしょ」

「やっぱりばれているよね~」

「そりゃねぇ。テグスほど食い意地の張った子は珍しいけど。腹ペコな子が食材持って来たら、何をして欲しいかは大体決まってるもの」

「むうぅ。ほら、お肉!」


 お見通しだと言われたテグスは面白くなかったのか、ムッとした表情を浮かばせて、乱暴に背負子を床に下ろす。

 そしてその中から、寄付しなかった分の《空腹猪》の腹回りの肉と後ろ足を全て取り出して、ドンと音を立てて調理台の上に乗せた。


「ほらほら、剥れない剥れない。ちゃんと作ってあげるからね」

「……お腹の肉二つだけ焼いてくれれば良い。夜は《小ニ迷宮》に行くし、他のは他の子の夕食に使ってあげて」

「ふふっ。本当にテグスは良い子ね」


 今さっきまでパンを食べていたというのに、まだ腹回りという大きな部位の肉を二つも食べるのかと、テグスの事を見ていた人は思うだろう。

 そんな事を知らないレアデールは、手をエプロンで拭いてから、テグスの頭を優しく撫でる。

 ブスっとしたままの表情を崩す事無かったが、内心の嬉しさからテグスの頬がやや緩んでしまった。


「撫でなくていいから、ご飯作って!」

「はいはい。分かってます」


 そんな顔の緩みを自覚して、それを誤魔化す為に声をわざと荒げて、レアデールに食事の用意を促す。

 撫でる手を跳ね除けるような事をテグスがしないのは、本心では望んでいるからなのだが自覚は無い。

 しかしレアデールは数々の孤児を育てた経験から、テグスの内心を読み取ったのだろう、愛しげに数回頭を追加で撫でてから調理に取り掛かった。

 そんな余裕の様子に、テグスは面白く無さそうな度合いが深まった顔をしたまま、調理台の近くにある椅子に腰掛けて、食事が出来上がるのを待った。


「お待たせ。《空腹猪》のステーキ、二枚ね」


 《見掛岩》の大きな欠片で作った灰色の皿の上に、二枚の焼いた肉の塊が乗って出てきた。

 一枚一枚がテグスの顔を覆い隠す程の大きさで、厚みも掌ほどもあるステーキに、テグスが固めていた表情が綻んでしまう。


「はい、ナイフとフォーク。温かいうちに食べちゃいなさい」

「う、うん。頂きます」


 手渡されたナイフとフォークを素直に受け取ったテグスの頭には、もうステーキの事しか無い。

 なのでその様子を見たレアデールが、食いしん坊を見る微笑ましい目つきになっているのに気が付かない。

 キコキコとナイフが皿に当たる音を立てつつ、ステーキを大きな一口大に切ったテグスは、大口を開けて齧り付く。

 痩せた猪だからか、旨味はさほどあるわけでもなく、獲ったばかりだからかやや獣臭さがある。

 しかし薄っすらとある脂身の甘さと、確りと肉に刷り込まれた塩の味に、テグスの舌は明確な満足感を得る。

 思わずニッコリと微笑みながらも、肉をちゃんと噛み砕いて余す事無く舌で味わってから、次の切り分けた肉を口の中に。

 所々で変わる脂と肉質の違いを楽しみながら、テグスは一枚目をぺろりと食べ終える。

 続いて二枚目も、脂でテカテカになった唇を開いて食べ進める。

 やがて皿の上には、肉の欠片一つ無く食べつくされ。痕跡は皿の上に付いた脂だけ。


「はふぅ~、ごちそうさま~……」

「はい、お粗末さまです。でもね、テグス。食材持ってきてくれるのは嬉しいし、その食べっぷりに思わず作って上げたくなっちゃうんだけど。次からは何処かの食事処に持ち込んで作ってもらってね。もう孤児院に住んでいるわけじゃないんだから」


 食器を片付けながら、レアデールはテグスをやんわりと窘めた。

 それを受けてテグスは、思わず恥ずかしそうに項垂れる。


「うぅ、分かっているけど。昔は孤児院で食べてたから《雑踏区》の食事処の当ては無いし、昨日の今日じゃ良いお店は見つけられないし……」

「そういう時は宿と同じで、《探訪者ギルド》で職員に聞けば良いのよ。そこに働いている人たちにも、行きつけの美味しいお店や安いお店を持っているものよ」

「……うん、次から――今日の夕食からはそうする」


 しょんぼりとするテグスの頭を、レアデールは聞き分けの良い子を褒める様に、よしよしと撫でる。

 テグスはその手に反発する素振りは見せず、素直に受け入れた。



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