103話 新しい防具の為に
《中町》で十七層の《魔物》の肉を夕食に食べ。残った不必要な部分は売却。
そして一泊してから、テグスたちは《白樺防具店》に訪れていた。
もちろん店主のエシミオナが言った通りに、朝早くではなく昼近くになってからだ。
「すいません。防具の作成依頼をしにきました」
「あーはいーはい。おーや、君らーは、昨日来なかったーかな?」
エシミオナは机の上に寝ては居なかったが、椅子に座って状態を前後左右にフラフラさせているのは変わっていなかった。
「それでちょっと相談があるんですけど」
そこでテグスは、全員の背負子から、昨日手に入れた防具に出来そうな素材たちを取り出して見せた。
《円月熊》の毛皮と、《重鎧蜥蜴》の皮だ。
その中にある、全ての鱗が硬化した《重鎧蜥蜴》の皮。それを見たエシミオナの目が、光ったような気がテグスはした。
「分かってーるねえ。そーの、皮じゃなーいと、良い防具にならーないんーだよ」
「やっぱりそうなんですか。硬くない皮もあるんですけど」
「硬くないのが、多いです」
「そっーちは、部分ー的に強化するのにー使えるよ。《円月熊》のーは、普通の皮ーだね。まーあ、肉の方が需ー要が高ーいし、防具には向かーないしね」
どうやら《円月熊》も変化後があるらしい。
しかし手強そうな熊な《魔物》なので、テグスたちは率先して倒していったため、その変化を見る事が無かった。
だが防具に向かないと言う事なので、無理してその変化を狙う必要性も無さそうだった。
「あと~、こんな物もあるんだけれど、使えるかな~?」
「うーんと、その《円月熊》の爪ーと《長牙大猪》の牙ーは、武器屋に持っーて行って。《装鉱陸亀》の甲ー羅は、貴ー女の盾にすーるのかな」
「その積りで、運んできたの~」
質問の後でエシミオナは、ティッカリの突撃盾をまじまじと見始めた。
相変わらず上体が揺れているので、確り見えているのか不安になる。しかしちゃんと見えているのか、その目は確りとした知性の光が見える。
「防ー御と攻ー撃の両立で、貴ー女の力に耐えられーる構造ね」
そしてティッカリが必要とするのが、武器にできる盾だと見抜き。その概略図を、引っ張り出してきた木板へ書き出した。
少しして出来上がったその絵は、製図されたように見える程、確りとした物だった。
「これは、十字形の盾?」
「角が丸いです」
「横からだと、この盾に似てるの~」
「見た事が無いですね、この形は」
確かに上から見た形が、一方へ掴んで伸ばしたような、崩れた十字形で。横から見た形は、突撃盾の形状と良く似ていた。
縮尺も書かれているので、テグスが素早く脳内でティッカリに持たせた想像をすると。
十字の長い下側は、ティッカリの二の腕の半ばまで。十字の両横は、彼女の腕二本分の広さが取られている。
しかし形状をよく観察してみると。
「これって、上下の向きが逆じゃないですか。これって杭ですよね?」
肩側へと伸びるその形状は明らかに杭で。いわばこれは、変形した杭盾のようなものに、テグスには見えた。
そんな疑問を聞いて、エシミオナは口の両端を上げる笑みを浮べた。顔が白髪に隠れているので、実に不気味に見える。
「あはっ、あはっ。これーは、両側で使ーえるやーつだよ。『殴穿盾』ってー言って、短いー方は打撃に、長い方は突ーき刺すのに使うんだ。突撃盾の改良ー先だね」
テグスは同じ様な使い方が出来るのならば、ティッカリもその方が良いだろうと判断した。
「じゃあ、《重鎧蜥蜴》の鱗で防具一式を。僕のとハウリナのは、動き易くて軽いもので。ティッカリのは複合鎧に。アンヘイラはどうする?」
「邪魔じゃない感じで、弓を扱うのに」
「テグスの手甲と、この脛当ての代わりも、必要です」
「それもそうだね。と言う感じなんですけど、どうでしょうか?」
「はいーはいー。うーんとー、注文は受けーるけど、この皮の枚数だーと、複合鎧が一つで終わっーちゃうね。それーと殴穿盾を作るには、変ー化した《長牙大猪》の牙が必ー要だよ。集めーて来てね。ちなーみに、お金はこれーだけ必要だよ」
木板に書いて差し出してきた金額を見て、テグスは目が点になった。
なにせ、金貨で十枚から、と書かれているのだ。
つまり金貨十枚は前金で。最終的にどれだけの金貨が必要なのかは、作ってみなければ分からないと言う事だろう。
「じゃあ、一度上に戻って、預けてあるお金を降ろしに」
行こうと思って、テグスが自分の《白銀証》の裏に書かれた、預けた残高を見る。そしてそれが足りない事に気が付いた。
恐らく分けた今までの報酬を四人分合わせれば、どうにか届くといった具合に足りない。
そしてアンヘイラは事情から恐らく貯めてはいない筈なので、絶対に足りない。
「じゃあー、この秤ーが吊りー合う量の、魔石を置くーのでもいいよ?」
そうして取り出した天秤ばかりの片方には、テグスの拳二つ分ほどもある、大きな石のようなものが置かれている。
魔石は換金してきたので、今あるのは今回の分だけなので、足りるわけが無かった。
恐らくテグスたちの顔を見て、その事情を悟ったのだろう、エシミオナの口が溜め息を吐き出す形になっていた。
「じゃーあ、他の人のーもあるし、ゆっーくりと準備はしていーくから。魔石を集ーめる度に持ってきて。規ー定量に達したら、ちゃんと作ーり始めるから」
「では取りあえず、今ある魔石を置いておきます」
テグスは先日集めた魔石を全て、エシミオナに手渡した。
その量を秤で確かめて、エシミオナは木板にテグスには読めない特殊な文字で、恐らく計った量を書き込んだ。
「助ー言で、変ー化してもしなくーても、魔石の大ーきさは変わらないから」
「分かりました。出来るだけ早く持ってきます」
「いーや、ゆっーくりでいいよ。無ー理して死なーれたら、あいーつに怒られーるから」
集めてらっしゃいと送り出されたテグスたちは、取りあえず《円月熊》の爪と《長牙大猪》の牙を売り払いに、武器屋へと向かっていった。
そこからのテグスたちの日々は、《中町》と十七層までを往復するのに費やされた。
最初の数日で、変化後の《重鎧蜥蜴》の皮と《長牙大猪》の牙を必要数集め終わり。
それ以後はひたすらに、倒した《魔物》を魔石へと変える事を繰り返していた。
「あう~、棘が壊れたの~」
十七層の《魔物》を相手する時は、基本的に不意打ちで数を減らしていくのだが。どうしても最終的には、正面きって戦う必要が出てくる。
その影響で、硬い相手と戦う時に一番使用頻度が高かった、ティッカリの盾に付ける棘。
それが彼女の膂力と《魔物》の防御力の板ばさみに、長々とは耐え切れず。早い段階で、二つあったどちらも壊れてしまった。
「投剣が尽きちゃうね」
「回収出来ない事が多いですね、射た矢も」
そして倒す都度、投剣を回収していた、テグスとアンヘイラだったが。
投げつけた《魔物》に埋まったり潰れたりして、回収出来なかったりしたことで、段々とその数が減ってきている。
アンヘイラは放つ矢の種類を、店売り品を多用することで、《中町》で補充出来易くする工夫をしていた。
「あおおおおおおおん!」
そんな中で、一番多用しているはずなのに持っているのは、ハウリナの黒棍だ。
元々殴打武器は消耗が少ない武器だが。それにも増して、この黒棍の素材は耐久性に優れているのが大きいようだ。
ちなみに、ハウリナが足に着けていた短棒はというと。《円月熊》に牽制の為に投げつけた時に、手で払われて歪んで使い物にならなくなってしまった。
「くぅ、折れた!」
《重鎧蜥蜴》への不意打ちが間に合わず。そして十四歳になってから、今まで使用してきた片刃剣が、硬い鱗に阻まれて半ばから折れ飛んでしまった。
しかし慌てず、テグスは小剣を抜き放ち、鋭刃の魔術を込めてから、《重鎧蜥蜴》の小さな目に突き刺し。切っ先を脳天にまで突き入れて倒した。
「テグス、持ってきたです」
「ありがとう、ハウリナ。でも、これも魔石化しちゃおう」
折れた先を改修してきたハウリナの頭を撫でながら、テグスは折れた片刃剣を、一纏めにしていた《魔物》の死体の上に乗せる。
そして祝詞を唱えて、もろともに魔石に変えてしまった。
「いいんです?」
「いまは、少しでも魔石を大きくしたいから。それに折れたのを直すぐらいなら、新しいのを手に入れた方が良いしね」
「クテガンさんに、武器をお願いするの~?」
「補充が必要かと、色々と」
「そうなると、コキトのボロ剣を集めなきゃいけないんだよね……」
一応、ボロ剣を集めた後で、倒したコキトを魔石化すればいいのだが。その大きさが段違いなので、テグスはあまり気乗りがしない。
しかしどんどんと手札が限られてきているので、テグスは仕方がないと、この日はもう《中町》へと戻り。
翌日から、コキトのボロ剣を集めるのを始めた。
ちなみに、渡した装備の尽くがあっという間に使い潰されて、クテガンが唸りながら製法の改良を始めたのだが。それはテグスたちには関係の無い事だった。




