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99話 少年少女たちの身の振り方は?

 《大迷宮》の中での、テグスのしごきに堪えて、地上に戻って来た七人の少年少女たち。

 夕暮れ時に辿りついた本部の建物内に入るや否や、全員が安心したからか、その場で座り込んでしまった。

 その姿に、テグスは呆れるような眼を向け。通行の邪魔になるので近寄って立たせようとする。


「おやおや、テグスさん。随分と手荒い教え方をしたのではないかとお見受けいたしますが」


 そこにギルドの職員であるガーフィエッタが、テグスを窘めるような口調で近づいてきた。

 テグスに言ってやって、と言わんばかりの期待する目を、七人はガーフィエッタへと向ける。


「そんな事ありませんよ。罠のある場所に連れて行って解くのをやらせてから、先に歩かせましたし。後ろから来た《魔物》はこっちで倒しましたし。そもそも、三層の階段付近までしか行ってませんから」


 悪びれもしないテグスの態度と言葉に、七人は非難めいた視線を向ける。

 そしてガーフィエッタも呆れた表情を浮かべて、テグスを見やった。


「頼んだこちら側が文句を付けるのは筋違いだと存じますが。テグスさん、あまりにも、あまりにも、手心を加え過ぎではありませんか? これでは、彼らを一角の《探訪者》にしようとお節介をした、こちら側の真意が薄れてしまいかねません」


 しかし語った内容は、テグスの『優しさ』を非難する物だった。

 それを聞いていた七人は、思わず二度頷いてから、ガーフィエッタに驚きの目を向けている。

 一方で、テグスとしてはそう反応されるだろうという予想があったので、困った笑顔を浮かべる。


「やっぱり優しすぎましたか?」

「それはもう。絶えず《魔物》を嗾け、罠は時間制限を設けて解かせ、そして仲間の一人ぐらいを死に掛けさせる程度でないと。彼らが《探訪者》をやる上での危険性を、誤って認識してしまう恐れがあります。全くもって、テグスさんには少々呆れました。怪我が少なく余力もありそうでしたので、彼らが隠れた実力者なのではと、誤解してしまうところでした」

「マッガズさんたちが、僕らを十一から二十層まで先導してくれたので。優しめが《大迷宮》での流儀かなと思ったんですけど?」

「あの人たちはお節介で有名な方々ですので、誤解されなきようにお願い致します。もっとも、彼らとて無意味無理由でテグスさんたちに先を見せた訳ではない事は確かかと。準備さえなされば、テグスさんたちがその層まで簡単に来れると判断したからではないか。そう勝手ながら愚考する次第で御座います」


 そんなことを笑顔で言い合う二人に、床に座り込んでいる七人は化け物を見る目を向けていた。


「済んでしまった事は致し方ありません。それで彼らの実力の程はいかがだったでしょうか。情けなくも座り込んでいるあの様からは、あまり期待出来なさそうですが」

「そうですね……七人一緒なら《中迷宮》までの浅い所なら大丈夫かなと思います。もっとも、魔法や魔術を覚ることが出来たら、《大迷宮》の九層までを歩く程度はできるかなと」

「それは全員の程度がよろしいからなのでしょうか。それとも特定の誰かの実力が高いからなのでしょうか?」

「あそこに座り込んでいるジョンという人は、中々に勇気がありますよ。蛮勇みたいな感じですけど」

「俺の名前は、将来騎士になる男、スページア・エンター・インサータスだ!」


 よっぽど本名が嫌いなのか、座りながらも憤った声で、ジョンはそう言い放つ。


「とまあ、あんな感じに少し変ですが」

「変わり者が大成する事は《探訪者》の中では、ままあることですので。そういう点においても、彼は将来有望のように見受けられます」

「そんなわけで、彼らに魔術とか魔法を覚えさせたいので。本があったら貸していただけませんか?」

「貸し出しすること自体は構いませんが、意味がないと思います」


 そんな風に良いながらも、ガーフィエッタは机の中から魔術や魔法の呪文や効果などが書かれた本を取り出し、テグスに手渡してくれる。

 

「魔法を覚えられるだって!?」


 二人の話に聞き耳を立てていたのだろう、ジョンは驚くようにそう言うと、立ち上がってテグスの方へと詰め寄ってくる。

 テグスは仕方なしに手の本をジョンへと渡し。ジョンは意気込みながら、手にした本を開いて中を見る。

 だがそこに書かれている文字を目で追い、頁を捲っていく度に、ジョンの意気は段々と沈んでいく。


「……よ、読めないのだが?」

「文字が読めないの?」

「馬鹿にするな、普通の文字は読めるぞ。騎士になるために必要と思い、勉強したからな。だが、ここに書かれている文字は、普通の文字ではないではないか」

「そうだっけ?」


 テグスが不思議に思って本の中身を見ると、そこに書いてあったのは、以前テグスが見た別の本とまったく同じ内容だった。

 つまりテグスには普通に読むことが出来るものだった。なので不思議に思い、首を傾げる。


「テグスさんは知らないと思いますが。魔術や魔法の本というものは、秘匿性の高い文字が使われております。そしてこの本に使われている文字は神々が作ったとされる、古代文字でございます。ですので人が暮らす中で使用されているものとは、また別のものでございますので、その彼が読めずとも不思議はないのです」

「レアデールさんは、普通に子供たちにこの文字も教えているけど?」

「あの方はおかしな方ですので、あまり基準になさらない方がよろしいかと。いえ、遅きに逸した、いまさらな発言でした。テグスさんは、もう骨の髄まで浸されてきっておりましたね」


 その言葉に釈然としないものを感じながらも、テグスは読める人が少ないということを理解した。


「じゃあ、何でこの本が本部支部問わずに《探訪者ギルド》にあるんですか?」

「読める方への自由貸し出しが目的の一つです。そして読めない方には、職員が懇切丁寧に読み上げて差し上げます。もっともその場合、代価として金貨十枚。もしくはこの秤が傾くまでの魔石を代価とします」


 ガーフィエッタが取り出したのは、大きめな天秤だった。片方は空だが、もう片方には重そうな四角い金属が乗っている。

 仮にその空の方に魔石を入れた場合、《大迷宮》の浅い層のでは山と積まないといけないように見える。もしかしたら、金貨十枚を手に入れる方が簡単かもしれない。

 どちらにせよ、高額な事に変わりはない。


「随分とぼったくりますね」

「《ゾリオル迷宮区》にて物を教わる時に、命を質入れしなくて良いのですから、随分と良心的であると思います。それに一度払えば、今後ずっとお教えいたしますので、費用対効果としては上々かと。それでも高いとお思いの方々は、知っている方に教えを請えばよろしいかと思われます」


 普通の《探訪者》はそうやって魔術や魔法を学ぶのかと、テグスが納得していると、ジョンが顔を向けているのが視界に入った。

 なので何か用なのかと顔を向け返してやると、急に頭を下げてきた。

 

「この本が読めるのならば頼む。俺に魔法の使い方を教えてくれ!」

「仲間じゃないのに、そこまで面倒は見切れない。お金を貯めて、勝手にどうぞ」


 にべもなく断ると、魔法が使えるかもとの意気込みだけで立っていたのか、ジョンはその場に崩れ落ちるようにして座り込んでしまった。

 


 テグスとジョンたちは魔石を換金した後で、一緒に《中心街》の《探訪者》向けの食堂へと足を運んだ。

 そしてテグスたちが確保していた、三匹の腑抜きされた《捩角羚羊》を渡し、内二匹分を料理にするようにと頼んだ。


「疲れてお腹減ってるでしょ、僕らも食べるからついでに奢るよ」

「「あ、ありがとうございます!」」

「うむっ、忝く頂こう!」

「も、もうお兄ちゃん! あの、その、ありがとうございます!」


 食堂に一方的に連れてこられた困惑から一変して、ジョンたちは現金なまでに頭を下げて礼を言ってきた。

 いやむしろ《大迷宮》内のことを考えれば、礼を言わなければ殺される、とでも思われたのかもしれない。

 そして奢られるという事に、遠慮と多少の恐怖を感じている顔をしていた。


「はーい、お待ちどうさま」

「「うわーーーー!」」


 そんな風に全員で一つの卓に座って待っているのも、店員が肉料理が大量に積まれた大皿を持ってくるまでだった。

 それを見た、ジョンたち側七人は大きな歓声を上げ、る。

 テグス側の方では、声は出さないものの、ハウリナが美味しそうな料理に目を奪われていた。

 彼ら彼女らが食べて良いかと目で問いかけるのを、テグスは手を上げて静止する。


「取り皿と、杯が人数分。エールが入った壷が二つと、飲み水が入った壷ね。では、ごゆっくり」

「それじゃあ、食べようか」

「「うわーーーーい!」」


 七人はよほど今まで良いものを食べてなかったのか、取り皿に肉を満載させると、フォークでかき込むようにして口の中に入れている。


「ふふん、まだまだ甘いです」


 ハウリナがどうして張り合っているのかは謎だが。七人たちよりも更に山盛りに取り皿に肉を入れ、それを一口一口丁寧に味わいながらも素早く咀嚼して、切り崩していく。

 料理は沢山出てくるはずなので、テグスは焦ることなくティッカリとアンヘイラの分を取り分け。残りを自分の取り皿の上へと置く。

 ティッカリは目の前に取り分けられた食事に手をつける前に、壷の中のエールを杯に注ぐと、勢い良く飲み始めた。


「んっぐ、んっぐ、ぷは~~~……やっぱりお酒は良いものなの~」

「なにッ!? ごくごく、げふっ。騎士たるもの、一端に酒は飲めねばな!」


 ティッカリが一気に飲み干して美味しそうな顔を浮かべたからか、ジョンもエールを一息に飲み干す。

 

「もう、お兄ちゃんたら、お酒飲むの初めてでしょ。あまり飲むと、潰れちゃうよ?」

「大丈夫だ、妹よ! しかし、酒というのは気持ちよくなるものなのだな!」


 心配するアンジィーに、ジョンは少し赤くなった顔で笑い始める。


「さあ、どんどんとやるの~。お酒はもう飲めないってところまで飲むものなの~」

「そういうものか。しかし、この肉料理を食べた後に飲む酒は、またいいものだー!」


 今までテグスの仲間内では他に誰も酒を飲まなかったからか、ティッカリは嬉しそうにジョンに手酌でエールを注いで飲ませていく。

 二つのエールの入った壷の中身が、どんどんと無くなっていくので。テグスは手を上げて店員を呼ぶ。


「はーい、料理の追加をお持ちしました。それで何をお持ちしましょうか?」

「エールを壷で三つ追加してください」

「わ~い、テグスありがとうなの~」

「あり難く、飲みますぞー!」

 

 数枚の銀貨を渡すと、店員はニッコリと笑いながら下がり。用意してあったとばかりに、取って返してきて壷を三つ酒飲み二人の近くへ置いた。

 ジョンの方は飲み慣れないものを飲んでいるからか、なにやら言葉遣いが変になっている。

 なのに誰も気にすることなく、目の前の料理を食べ進めていく。

 そうして散々飲み食いした後ともなると、ジョンは酔い潰れ、アンジィーはその介護をし、その他の面々は腹を抱えて食い倒れていた。

 しかし同じものを飲み食いしたはずなのに、テグスとハウリナは追加注文で新しい料理を頼んで食べ、ティッカリはまだ酒を飲み、アンヘイラは食休みに水を飲んでいる。

 こんなところまで違いを目にしたからか、腹を抱えている面々は驚きの中に少しの呆れを含んだ目で見ていた。

 そして申し合わせたかのように、お互いの顔を見合うと、テグスに真剣な顔を向けてくる。


「あの、ちょっと良いですか?」

「うん? 追加注文?」

「いえ、そうではなく。今後の事に付いてちょっと質問が」


 それを聞いてテグスは、食事の手を止めて、彼らの方を確りと見る。


「それで、質問って何?」

「あの、これからどうしたら良いと思いますか?」

「……好きにしたら良いんじゃない?」

「いえ、あの。そういう事ではなく」

「うーん、君らが何をしたいかによると思うんだけど」


 お互いにお互いが何を言いたいのかが分かっていない様子で、なんと言い表したら良いのかと頭を悩ませる。


「テグスが示せば良いのではないかと、彼らの今後の指針を」


 そこに食休みをしていたアンヘイラから、鶴の一声があがる。

 そうなのかとテグスが視線で問いかけると、彼らは首を上下に振って頷く。


「指針と言っても、色々あるしなあ……」


 一度言葉を止めて、考えをまとめる間に杯の中の水で喉を潤す。


「人が少なくて戦いやすい《中一迷宮》。罠があるけれど《魔物》が弱い《中四迷宮》。実力をつけるためならこの二つかな。でも、これから冬になるのを見越して。あらかじめ《中三迷宮》の中にある村に行っておいて、そこで冬を越して、春から本格的に活動するのもありだね」


 テグスの出した三つの指針に、彼らはどうするかと顔を付き合わせて話し出した。


「そういう話は、ジョンが起きてからしたら良いと思うよ。《大迷宮》に挑み続けるんだ、とか言いそうだけど」

「だ、大丈夫です。そのときは、ちゃんとお兄ちゃんを止めます!」


 やっぱり兄妹だからか、アンジィーの普段は気弱そうなのに、ジョンの事に関してだけはキッパリと物を言ってくる。

 その姿になんとなく孤児院の子供たちを思い出して、テグスは微笑を浮かべてしまう。


「まあそういう事で。明日からは君らだけになるし、頑張って」

「え、あの、教えてくれるのは今日で終わりなんですか?」

「《大迷宮》であれだけ戦えるようになったんだから、後は君ら七人の努力次第だよ」


 ここからはもう、彼ら自身で身の振り方を考えたほうが良いので、テグスは席を立つ。

 ハウリナとティッカリにアンヘイラも、テグスと共に店の外へと出ていく。

 そして扉の前で四人共に、少し慌てる彼らに手を振って、さっさと今日の宿へと向かって歩いていった。

 

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― 新着の感想 ―
冷たいね。もう少し、鍛えてあげても良いと思う。
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