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98話 テグス式《探訪者》早期育成法

 テグスたち一行は、少年少女たち七人を連れて《大迷宮》の一層にやってきた。

 ちらほら入ってくる《探訪者》たちが、最短距離で下への階段に向かう道を進む中、その道を外れていく。

 どんどんと人気がなくなり、静けさがまし。その所為で、一層に出る《双頭犬》の息遣いが遠くに薄っすらと聞こえてくる。

 やはり連れ回しで《白銀証》を手に入れた七人は、こういう雰囲気に慣れていないのだろう。ビクビクしながら周りを見つつ、手に入れたばかりの武器を握り締めている。

 そんな遅れ気味な七人を、置いていっても良いと考えているように見えるほど、テグスたちの歩む速度は変わらない。

 距離が少し離れそうになると、その七人は慌てて小走りでテグスたちの後ろに付き。また段々と距離が開き、また小走りになるのを繰り返す。

 そうしていると、その七人の中から一人が走り出し。テグスの横に並んで歩き始める。


「少し聞いて欲しい。こうして指導してくれるのを、了承してくれたことには感謝する。が、何をするつもりなのかを、説明をしてくれても良いではないか」


 それはあの騎士に憧れている少年である、ジョンだった。

 テグスは彼の顔を見て、その近くに妹のアンジィーがいないのに気付く。

 確かめるために後ろの集団に目を向けると、その中の後ろの方にアンジーはいて、テグスに向かってぺこぺこと頭を下げていた。

 そしてその他の少年少女の表情は、ジョンに対応を任せるという信頼を語っている。

 どうやらあのコキト兵との戦いで、唯一戦闘らしい戦闘を経験したことで、ジョンがあの集団の頭の役割に納まったようだった。

 

「何をするつもりって、もちろん《探訪者》に必要なことを教えて上げるのに決まっているでしょう」

「その教える内容を問うているのだ。このまま何も知らずにいるのでは、不安が増していくばかり。それは本位ではあるまい?」

「別に構いませんよそれでも。信じられないからと逃げ出すなら放っておきますし、不安感に駆られて襲ってくるなら殺すだけですから」


 テグスはあっさりとした口調で、そんな物騒なことを言った。

 それを聞いてジョンは顔を青くし、テグスに正気かと問いかける視線を向けてくる。

 冗談は言っていないと、テグスが目を合わせると、ジョンは信じられないと言いたげな表情を浮かべてきた。

 その事から、どうやら彼の常識とテグスの考え方は違うらしいと分かる。


「本当に教える気があるんだろうな?」

「あるから連れ歩いているんでしょう。ちょうど目的地に着いたので、早速教えるよ」


 そうして立ち止まったテグスに、ジョンは更に疑わしい目を向ける。


「何もないぞ?」


 そう、一見すると今まで歩いてきたのと同じ、何にもないただの通路にしか見えない。

 しかしテグスは文句を言ったジョンに、何を言っているのだろうという顔を向ける。


「ありますよ?」

「何があるというのだ!」

「罠が」


 派的にテグスが言った途端、ジョンはギョッと目を剥いてから、二歩後ろに下がった。


「わ、罠があるなら、もっと早くに言わないか」

「いえ、だからこの罠に用があるんですよ」


 テグスは言いながらジョンの後ろに回りこみ、その背を軽く蹴った。

 散々《迷宮》で鍛えているテグスの蹴りは、ジョンの方が大きい体格なのに、彼の体を前に四歩ほど進ませた。

 テグスの行き成りの暴挙に、蹴られた背中に手を当てながら、ジョンは顔を赤くして振り返る。


「何をするのか!」

「軽々しく動いて良いのかな。そこに罠があるのかもしれないのに?」


 ジョンはその警告に、テグスの方に一歩足を踏み出した形で、固まったように止まってしまった。


「お、おい。冗談は――」

「罠の発見と解除は、習うよりも慣れた方が早いので、頑張ってください。ああ、こっちに来ようとしたら、容赦なく斬るので」


 テグスは片刃剣を抜いて、ジョンに突きつける。思わずそれに応戦しようと、ジョンは両手剣に手をかけようとして、罠を警戒して手を止めた。

 一方、他の六人の少年少女たちは、ジョンを助けるべきか見捨てるべきか悩んでいる様子を見せていた。


「ああ、そうそう。後ろの人たちも、最低一度はやって貰うので。彼が罠を見つけて解除するまでの様子を、見ていた方が良いと思うよ?」


 テグスが悪戯っ子の笑みを浮かべながらそう言うと、全員顔を引きつらせて、ジョンの方を向いた。

 それは彼に何かを期待する行為だったのだろうが、ジョンにしてみればそれどころではないようだ。

 なにせあると教えられた罠がどこにあるか分かっていないらしく、青い顔のままで周囲を見回しているのだから。

 それを見て彼ら全員が落胆する表情を浮かべるが、しかしそれが近い未来の自分の姿になると悟ったのだろう。

 急に真剣な目をしてジョンが立っている周囲に、目を凝らし始めた。

 その事にテグスは呆れと感心が混ざった目を向けながら、早くしろとばかりにジョンの背を、もう一度軽く蹴る。


「や、やめろ!」


 その衝撃に、床に接着されていたかと思うほどに、動かなかったジョンの足が、前に一歩出てしまい。

 罠を踏む恐怖感からか、ジョンは青い顔中に脂汗を浮かべ。テグスに抗議の声を上げる。

 しかしテグスはそれを軽く流して、剣の切っ先を向け続ける。


「時間かけ過ぎ。さっさと解除しないと、罠に蹴り込むよ?」

「く、くそぉ。こ、こんな場所で、死ぬわけにはいかんのだ……」


 騎士風の言葉遣いを揺らがせながら、ジョンは両手剣を抜く。

 それでテグスに斬りかかる。かとおもいきや、剣を振り回して周囲に糸罠がないかを確かめていく。


「そういう方法もありだけど。それ続けると、体力消耗するけど?」

「う、うるさい。は、話しかけるな集中している!」

 

 テグスの助言を聞き入れられるほど、剣の切っ先で床や壁を突付き出したジョンに余裕はないようだ。

 やがて突付いた床のちょっとした出っ張りが沈み、壁の横から刃が鋼鉄で柄が石で出来た槍が勢い良く生えてきた。


「どおおおあああああ!?」


 罠の配置の関係か、それは剣を突き出している手の直ぐ上を通過し。驚いたジョンは、後ろに倒れ込むようにして尻餅を付いた。


「はい。《大迷宮》の罠の感想は?」

「ふ、ふざけるな。死ぬかと思った!」

「はいでは、次の人に。その死ぬかと思う思いをしてもらうけど、誰がやる?」


 心労から荒い息を吐き出すジョンを無視し、テグスは後方の集団に目を向ける。

 すると彼ら彼女らは、言葉と視線による押し付け合いが始まった。

 やがてその意見が、アンジィーに集まりそうになった時、ジョンは抜いたままの剣を握りなおして立ち上がった。


「わ、罠がここにないと分かれば!」

「こっち側を殺して自由になる? それとも逃げ出す? どっちでも良いけど、前者は実力的に無理で、後者なら《魔物》や罠の餌食だから、どっちにせよ死ぬよ?」


 テグスは喋りながら剣を振って、ぴたりとその首筋に剣の刃を当ててやると。

 この動きが見えなかったかのように、ジョンは先ず剣の先がどこに向けられているかに目を向け、続いてテグスの表情をうかがい出す。

 そしてテグスの目が本気であると見たのか、ジョンは師の恐怖感からか、顔を白くして膝を笑わせ始めた。

 テグスが目でどうするかと問いかけて、ジョンの口が震えながら開こうとする。

 それに待ったをかけるような声が上がった。


「つぎ、次、やります!」


 ぷるぷると震えながら、手を上に上げてそう主張したのは、アンジィーだった。


「はい、じゃあやる人も決まったことだし。次の罠に行こう」


 テグスは次にやる人が決まったので、ジョンの事などなかったかのように、通路を進み始めた。

 その後ろをテグスの仲間たちが付いて歩きだし。置いていかれたら、生きて帰れないと知った、少年少女たちもそれに続く。

 青い顔をしてその中に混ざるジョンの信用は失墜したのか、声をかけているのはアンジィーだけしかいなかった。

 そんな光景を尻目に、次の罠を探して歩くテグスへ、ハウリナが近づいてきた。


「テグス、厳しいです?」

「罠の発見と解除は、ハウリナも《中四迷宮》でやって。いまでは罠のある場所をなんとなくでも分かるようになったでしょ。それに、こんなに厳しくしなきゃいけないのは、今までズルをしてため続けた、彼らのツケだし」

「そうなんです?」

「そりゃそうさ。この首に掛かっている《白銀証》は、《探訪者》の強さの証なんだよ。その実力に見合わないと知られれば、《鉄証》や《青銅証》で燻っている人に、突っかかられるんだから」


 もしその人たちを撃退出来なければ、それはこの法律のない《迷宮都市》において、死を意味するに等しい。

 その理由をハウリナは確りと理解したようで。うんうんと首を縦に振っている。

 そしてその途中で疑問が浮かんだのか、首をこてんと横に倒した。


「実力あっても、つっかかれてるです」

「……まあ、年齢が若いから、舐められ易いんだよね」


 テグスやハウリナ自身を指しながらの言葉に、テグスはやれやれと肩をすくめて見せる。

 そこにティッカリと、後方集団を警戒している様子のアンヘイラが、会話に参加してきた。


「でも、『仲間殺し』って有名になれば、喧嘩を売ってくる人は少なくなると思うの~」

「それは痛いです、臨時収入が減るので」

「その所為で、仲間探しが難航しているんだけどね。ティッカリが昔に《破壊者デトランタ》って言われて、仲間に入れてもらえなかった事があったでしょ」

「もう~。忘れかけていることを、掘り起こさないで欲しいの~」


 過去の嫌なことを思い出したのか、ティッカリはぷんぷんと可愛らしく怒りだしたので、テグスはごめんごめんと謝った。

 そんなテグスたちの和やかな雰囲気とは裏腹に、彼に付き従うしかない少年少女たちの顔は、通夜の参列のように沈みきった表情になっていた。



 何人かが罠に掛かりそうになったところを、テグスに止められ。その代わりに、次の罠も解除させられたりした。

 そしていま、罠解除を終えた最後の七人目が、安心感からその場に座り込んだ。


「はい、これで罠解除の講習は終わり。よく頑張りました」


 テグスがそんな風に喋りかけて、手を叩いて見せる。

 するとジョンを始めとした面々は、疲れきった顔に、これで帰るという安堵の表情を浮かべていた。


「じゃあ、ここから君たちが通路を先導すること。僕らは後ろでのんびりついて行くから」

「お、おい。こ、これで終わりでいいのか!?」

「出口に向かいたければ、その道を選んだら?」


 その言葉にジョンたちは一瞬だけ嬉しそうな表情を浮かべ、次にそれが困惑に変わる。


「な、なあ。いま、俺たちが前を歩くと、言わなかっただろうか?」


 困惑の原因を明かすように、ジョンが率先してそう口に出す。その周りにいるその他の人たちも同じ思いなのか、テグスに顔を向けてきた。


「そう言ったね。じゃなきゃ、罠の発見と解除の仕方なんて教えないでしょ?」

「なッ!?」

「そ、そんな~……」

「それより道だ。帰り道分かるやついるのか!?」


 ジョンは絶句し、その他の人たちもうな垂れたり、ここが何処だろうかと話し合ったりし始めた。

 その中で、アンジィーだけは唯一、取り乱している様子はない。というよりも、彼女は元々が気弱な態度だったので、見た目では変わっていないとも取れる。

 そんな風に、絶望する状況を態度で示す彼らに、テグスはため息交じりに口の端を上げる。


「仕方ないなぁ。道順は伝えてあげるし。罠に気がついてなさそうだったら、教えてあげるから」


 それならなんとかなると思ったのか、彼らの顔色に血色が戻った。

 そしてジョンを先等にして全員武器を持ち、通路を歩き始め。テグスたちはその後ろから付いていく。

 ジョンたちが自力で二つ、テグスの助言で五つの罠を抜けた。

 因みにテグスの助言とは、彼が罠に掛かるほんの直前に「あッ!」と言うだけなので、ジョンたちはテグスを当てに出来ずに緊張状態は続いている。

 そんな風に歩きながら、次の角を曲がったところで、ハウリナの獣耳がぴくぴくと動いた。


「少し遠く、犬です。数、四です」

「だって、頑張って」

「「そ、そんなあ!」」


 ハウリナの言う犬が、この層に出てくる《魔物》だと分かったのだろう。前を歩く七人が同時に、テグスたちの方へ助けを求めるように、声を上げながら視線を向けてきた。


「今の声で、気づかれたです。こっちにきてるです」

「だそうだよ?」


 テグスの助ける積もりもなさそうな声に、急に七人はガタガタと震え始めた。

 恐らく今まで連れ回しで来ていたので、《魔物》と戦ったことがあるとしても、《小迷宮》か《中迷宮》浅層の相手が精々で。

 彼らが《大迷宮》の《魔物》を相手にするのは、きっとこれが初に違いなかった。


「くそぉ、こうなれば一匹は俺が倒す。残りの三匹はどうにかしろ!」

「そんなこと言われたって……」


 ジョンと共に腹を決めた人もいたが。まだテグスたちが助けてくれるんじゃないかと、期待する目を向けている人もいた。

 それにテグスは笑顔で手を振って答えてやる。


「お、おまえが前に出ろよ」

「い、いやだよ。お前が出ろって」

「その二人は盾を持っているではないか。なら俺と共に先頭で《魔物》を止める役に立たないか!」


 前に出る押し付け合いを始めようとする前に、ジョンが盾を装備していた二人を引きずり出し、前線に無理やり立たせた。


「俺がとこの二人で一匹ずつ止める。その他は、残った一匹を可能な限り早く片付け、二人の応援に回れ」

「そ、そんな。《魔物》を止められる自身なんて……」

「それでも男か! 盾を持つからには、仲間を守る気概を見せろ!」


 流石に騎士を目指していると豪語するだけ、ジョンの肝は太く少しは頭が回るようだった。

 罠の件で失墜していた信用も、ここで音頭を取ることで取り戻したのか。周囲は彼の指示に従って動き始める。

 よほどハウリナが早く教えていたのか、彼らの遅い準備が整うのを見計らったかのように、通路の角から《双頭犬》が四匹現れた。

 テグスが表情だけで咎めると、ハウリナは獣耳を伏せてしょんぼりする。ティッカリは慰めるように頭を撫で、アンヘイラは用心のためか弓に矢を番えた。


「来たぞ! うおおおおおおお!」

「くそくそおおおおおおおおお!」

「出来る出来る、できるううう!」


 雄たけびを上げながら、ジョンと盾を持つ二人が前に出る。そこに《双頭犬》が一匹ずつ襲い掛かった。

 一匹に二つある頭で、ジョンは剣を噛み止められながらも、その勢いを抑えた。


「「グガルルルルルル!」」

「うあああああ、口が牙が!?」

「くそ、なんで、こんなあ!?」


 しかし盾もちの二人は、その盾で抑えようとして失敗し。体当たりで地面の上に転がされ、体を四つの足で踏みつけられ。更にはその二つの頭が彼らを襲い始めた。

 それをどうにか盾と武器に持つ片手剣で、その牙をやり過ごしているが。そのどちらかが失われた瞬間、彼らの命は尽きるのが目に見えていた。

 そして最後尾の一匹は、走りながら状況を素早く見取ったのだろう。前に出た三人のうち、唯一対処の出来ていて脅威となりうるジョンへと飛び掛る。


「なぜ、俺の方に!」 


 ガッチリと咥え込まれて動かせない両手剣を、ジョンは咄嗟に手放して後ろへと転がる。

 そのジョンの鼻先を掠めるようにして、《双頭犬》の顎が一度ずつ目の前で閉じられる。


「何をしている。そっちの二人の助けに入れ!」

「わ、わかってるよ!」


 起き上がりながら、二匹を警戒するジョンの言葉に、他の人たちは盾持ちの二人へと走って近づいていく。

 それを見て不利だと思ったのか、圧し掛かっていた二匹は攻撃を止めて、素早く後方へと逃げる。

 合流した四匹の《双頭犬》は、ジョンたちの隙をうかがうように、右へ左へとウロウロしながら、ぐるぐると威嚇音を鳴らしている。


「お兄ちゃん、これ使って!」

「騎士っぽくはないが、ありがたく使わせてもらう、妹よ!」


 こちらも合流した七人の中で、アンジィーは自分の武器である先端に球体が付いた鉄製の短棒を、無手になってしまったジョンへと手渡す。

 それを片手で受け取り、軽く振ってから身構え、《双頭犬》へと向き直る。

 しかし戦う気が持続しているのはジョンだけで。アンジィーは武器がなくなったので後方へと移動し、他の五人はどうしたら良いのか分からない様子で、手の武器を持て余している。


「俺が二匹を相手取る。その間に、盾の一人は一匹を押さえ。残りの全員で一匹を倒す。異論は?」


 そこにジョンが具体的な方針を示してきたので、他の人たちは反射的に受け入れて頷いた。


「いくぞ!」


 号令と共にジョンが駆け出し、手の短棒を振り回す。

 やはりジョンがこの中で一番手強い――いわば頭だと分かったのだろう、三匹が一斉にジョンへと飛び掛る。

 その内の一匹に、一人が盾を掲げての体当たりを仕掛け。ジョンは宣言通りに二匹を相手に、時間稼ぎを主体とした戦いをする。

 その二人が奮闘しているうちに、残りの一匹に残りの全員で襲い掛かる。

 盾で二つある口元を押さえつけ、他の人たちが《双頭犬》を横倒しにさせ。押さえつけながら、手にある武器を何度も振るっていく。

 そうして命を絶つと、犬と取っ組み合いをしている盾持ちの方を助けるべく、一斉に移動し始める。

 その間に、ジョンは段々と危機に陥りつつあった。


「うおおおおおおおおおお!」


 大声を上げながら短棒を振り回し、二匹の《双頭犬》を寄せ付けないようにしていた。

 しかしその振るい方に目が慣れてきたのか、その二匹は互いに連携しながら、ジョンの手に噛み付こうとしている。

 休まず腕を動かしているお陰で、噛み付きは成功させてないが、手の直ぐ近くでガチンガチンと顎が閉じる音がする。


「うやーーーーー!」


 そんなジョンの姿を見ていて、危機だと思ったのだろう。アンジィーが地面に落ちていた、ジョンの両手剣を拾い上げ、それを胸に抱くようにして構えながら《双頭犬》へと突っ込んでいく。

 しかしよほど怖いのか、目を瞑りながらのその突進は、《双頭犬》が後ろに跳んで逃げたことで外れてしまう。


「よくやった!」


 だがそれは両手剣をジョンに運ぶ役割を果たし。ジョンはアンジィーの手から、奪い取るようにして剣を握った。

 アンジィーはそこでようやく目を開けて、ジョンが両手剣を持っているのを見てから、慌てて地面に転がっている短棒を拾う。


「うおおおおおおおお!」


 ジョンは両手剣を大きく振りかぶりながら、一匹に斬りつけにいく。

 しかしそんな大振りの攻撃が当たるわけもなく、《双頭犬》は左右に分かれて跳び退く。


「くそお、こうなりゃやけだー!」

「やってやったやってやったぞー!」


 そこに返り血まみれの盾持ちの二人が、それぞれに向かって突進を仕掛け。跳んで着地したばかりだった二匹は、盾に押さえつけられるようにして地面に倒れる。


「いまだ、全員攻撃ー!」

「「おおおおおおおおおおお!」」

「「やああああああああああ!」」


 双方に分かれながら、ジョンたちは全員で手の武器を上げ下げして、《双頭犬》の命を削っていく。

 やがてボロボロになった《双頭犬》は、地面の上で動かなくなった。


「……やった、勝ったぞー!!」

「「うわあああああああ!!」」


 危機を脱したと、ジョンたちが全員喜びの声を上げる。

 そしてどうだとばかりに、全員がテグスの方を向く。

 

「あ、終わった?」


 そう声をかけてきたテグスたちの足元には、後ろから襲って来たらしい他の六匹の《双頭犬》が、血を流しながら地面の上に沈んでいた。


「わおおおおおおおおん!」

「とやあ~~~~~~~~」


 そして新たに二匹が、ハウリナの黒棍とティッカリの突撃盾によって、新しい肉塊へとなって地面に落ちた。


「初めて命の危険を感じたんだろうから、今回は仕方ないとは思うけど。騒ぎ過ぎ」

「犬は耳と鼻がいいです。騒いだら、次々来るです」

「次からは、もう少し静かにして欲しいかな~」

「あえて煩くさせるのもありかと、《魔物》を引き寄せるために」


 そんな指摘が出来るほどに、余裕を持ってテグスたちは倍の数を倒してしまっていた。

 なので、先ほどあれだけ苦戦したのはなんだったのか、と疑問に思ったのだろう。ジョンたちは、うな垂れてしまった。


「はいはい、先に進むよ。魔石化するなら早くする」


 気分を入れ替えさせるようにテグスが言うと、ジョンたちは揃って首を傾げて見せた。


「魔石化とはなんだ?」

「なんだって、あれだよ。見たことあるでしょ?」


 テグスが指差す先では、一箇所に集めた《双頭犬》八匹を、ハウリナが魔石に変え終えるところだった。

 そして一つ生み出された魔石を拾い、ハウリナは差し出しだしてきたので。テグスは返礼に、彼女の頭を親愛を込めて優しく撫でた。


「ど、どうやるのだ?」

「……これすら、知らないのか」

 

 とうとうその言葉で、テグスの目が《雑踏区》の路傍に転がる死体を見るものへと変わった。

 人に向けるべきではないその目つきに、ジョンたちはびくりと背筋を振るわせた。

 そして決定的にまで、テグスがジョンたちに失望を覚える。その一瞬前に、一人の手が上がる。


「あ、あの。その。し、知ってます。ちゃ、ちゃんと、前に《探訪者》の人が言うのを、聞いてました!」


 よほどテグスのその目が怖いのか、言いよどみながらそう言ってきたのは、アンジィーだった。

 それが本当か嘘かは横に置き、テグスは少し感心した目をアンジィーに向ける。


「それじゃあ、やってみて。ああ、肉を残す積もりなら、分けておいた方が良いからね」

「は、はい。お兄ちゃん、手伝って!」

「お、おう……」


 ぐいぐいと意外な力強さを発揮して、アンジィーがジョンを引っ張っていく。

 そして彼らが倒した四匹を一箇所に集めて、アンジーは《祝詞》を上げていく。


「わーれ、もうコレラにえるモノなし。とっくミモトにお返しスる」


 聞いて覚えたそのままを口に出しているのだろう。アンジィーのその《祝詞》は、所々の発音が変だった。

 しかし言葉上では合っているからか、四匹の《双頭犬》は端から解れるようにして、魔石へと変わっていった。

 そうして手爪大の魔石一つに変わったそれを、アンジィーが代表するかのように拾い上げ。テグスへと見せてきた。


「それはそっちが得たものだから、好きにして良いからね。それより先に行くよ」


 ほらほらとテグスがせっつくと、ジョンたちは戦闘の疲れを見せながらも、律儀に指示した方向へと向かう。

 その後も何度か《双頭犬》との戦闘と、幾度の罠を潜り抜けて、一行は階段のある場所が目に入る場所へとやってきた。


「か、階段だ。これで帰れる!」


 戦闘で体のいたる部分に軽症を追っていた一人が言い出し、そっちに向かって駆け寄り始める。それを皮切りに、ジョンたちの残り全員が走り出した。

 罠の警戒を忘れてそうなその姿だったが、テグスは罠がないので何も言わずに好きなようにさせている。

 嬉々とした表情でそちらへと走っていったジョンたちは、段々と歩みを緩めて、やがて階段の前で止まってしまう。

 そして困惑する表情のままで、階段を『見下げ』ていた。

 何故ならば、そこにあったのは、二層へ続く下り階段だったからだ。

 どういう事かと言葉なく顔を向けてくる面々に、テグスは人の悪い笑みを浮かべながら、こう言った。


「これだけで終わりだなんて、誰か言ったっけ?」



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[一言] うむ。誤字まみれに見えます。
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