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97話 今日のこれからの予定は

 休日にした日を、テグス一行はゆっくりと宿屋で過ごした。

 そして次の日、痛んだ装備を見せるために、《雑踏区》にある《ソディー防具店》に訪れていた。


「メイピルさん、どうでしょう」

「うーん、ここまで傷んじゃうと、テグスのは完全には無理ね。むしろ、全員のを買い換えた方がいいと思うの。《大迷宮》に挑んでいるんでしょう」

「やっぱり、この装備では防御力不足ですか?」

「ハウリナちゃんとティッカリちゃんのは、浅いところならまだ大丈夫だけれど。でもテグスのは《小迷宮》の素材だし、そっちの子のは壊れちゃったんでしょ?」


 いい機会だから《大迷宮》に合った物にしろと言われても、テグスは少し困ってしまう。


「十七層以下に出てくる《魔物》の素材で、防具は作ろうと思ってたんですよ」

「《重鎧蜥蜴》の大鱗は鎧の良い素材だし。《装鉱陸亀》なら、ティッカリちゃんの盾の更新に使えるけど。それまでこの装備持つかしら?」


 そう言われてしまうと、確かにその前で足踏みしているので。計画倒れになりかねない。


「それなら~、これは使えないかな~?」


 ティッカリが背負子から引っ張り出してきたのは、ごたごたがあった所為で、入れっぱなしになっていた《硬毛狒々》の毛皮だった。


「それは飛び道具に対する備えにはなるけれど。みんなは使えないんじゃないかしら」

「どういう意味ですか?」

「だって、テグスたちって背負子を背負っているじゃない。この毛皮、基本的に外套にするから、邪魔じゃないかしら?」


 確かにテグスたちの格好に外套を加えると、背負子の下にせよ上にせよ、邪魔にしかならない。


「《飛針山嵐》に対抗するためだったのに……」


 せっかく取ってきた毛皮の意味がなくなり、テグスはがっくりと肩を落とした。


「うーん、それなら。防御担当のティッカリちゃんに、前掛けのように着せるのがいいんじゃないかしら」

「まえかけ、です?」

「そう、貫頭衣の前半分のようなもので――これに毛をつけた感じね」


 なめし作業中に使用するものなのか、メイピルの体形に合わせた、首掛け腰紐止めの革造りの前掛けを作業場から出してきた。

 それをティッカリの前に当ててみると。大きさはあっていなかったが、確かにこれなら、背負子の邪魔にはならない。


「これを人数分用意するのは駄目なんでしょうか?」

「《飛針山嵐》対策なら、防御役の一人分だけで十分よ。その先の《重鎧蜥蜴》の大鱗を手に入れれば、用済みになっちゃうから」

「そうなんですか。じゃあ、ティッカリの分を頼みます」

「頼まれても良いんだけれど、お金用意するの大変よ?」

「一応、稼いではいますから。無茶苦茶な値段じゃなければ」

「そうじゃなくて、忘れているのかしら。このお店の通過は、銅貨以下しか受け付けてないのよ?」


 言われてテグスは思い出した。そして前掛けを仕立てる代金を銅貨に直したら、恐らく千枚以上になるはずと思い至る。


「いくらテグスでも、お金を満載にした荷車で《雑踏区》は歩かないわよね?」

「落ちた甘味に群れる蟻のようになるでしょうから」


 もしそうしたらと考えたテグスの脳裏に、薬漬けや酒中毒の人たちが、ワラワラと集まってくる光景が目に浮かんでしまった。


「だから《中町》の方にいる、腕のいい知り合いへの紹介状を書いてあげる。テグスたちが気に入ったら、きっと長い付き合いになるわよ」

「そんなに腕がいい人なんですか?」

「《下町》を拠点にする人たちが、防具の更新のためだけに、その人の所に行くぐらいにはね」


 ちょっと待っててと、指二本分の幅の木札の表面を鉋で削り。そこに文字のようで絵のような、不思議な模様を書いていく。


「はい。これを持って行けば、きっと快く引き受けてくれるから」

「ありがとうございます。助かります」

「それで、そのお礼を強請るわけじゃないんだけど。そっちの子の間に合わせの防具、買っていかない?」


 こう便宜を図ってくれた後にそう言われると、テグスとしては弱いので。判断を任せるように、アンヘイラに視線を向ける。


「購入するのは構いません、テグスの愛用品店のようですし」

「なら、ちょうどその黒い衣装に良く合いそうな、良いのがあるの。着てみて着けてみて」


 その後、アンヘイラの新たにした防具のの代金を、テグスが一人で支部に向かって銅貨を必要分下ろして、取って返して支払った。

 テグスたちの防具の修復は、今すぐにどうこうという訳でもないそうなので、紹介先の店でする事に決めた。

 そうして《ソディー防具店》を後にし、テグスたちは《中心街》へと向かった。

 


 《中心街》と《外殻部》を隔てる壁にある検問にて、テグスたちは呼び止められた。


「テグスって子とその仲間かい、あんた達?」


 今日の門番は、珍しい事に女性だった。

 背はティッカリと同程度かやや低い。しかしその良く鍛えられて引き締まった体から感じる、にじみ出て来るような迫力には、並の男ならばナンパで声を掛けようと思わなくなるような凄みがあった。


「はい、その通りですが。何か用がありますか?」


 だがその女性が意図して威圧してきているわけではないので、テグスは努めて自然体で、その女性に言葉を返した。

 すると感心したような目をテグスに向けてきた。


「なるほど、イッパシに肝は太いみたいだね。いや、呼び止めたのはね、本部からお呼び出しが掛かっている、って教えるためだったのさ」

「また呼び出しなんて、また強制依頼で罠に掛けようって言うんでしょうか?」

「さてね。今回のはアンタの知り合いの職員の人かららしいから、大丈夫じゃないかね」


 ガーフィエッタの呼び出しだった方が、その何倍も面倒な辞退になりそうな気が、テグスにはしていた。

 しかし教えてくれたこの女性には何の関わりもないので、お礼を言ってから検問を通り、そのまま本部へ。


「おやテグスさん、遅いお着きでございますね。いえいえ、攻めているのではございません。なにせテグスさんが遅いのは、きっと我々の不手際があった所為による心労から、夜も眠れずに過ごしているからに違いがないのですから。ですがそれでも、もう少し早めにご到着なさってくれたらと、このガーフィエッタは願わずにはおれません」

「相変わらずの妄言に、安心を通り越して呆れる思いですが。それよりも何の用なのか教えていただけませんか?」

「そうそう、そうでございました。ご用というのは他でもありません、テグスさんが過日に連れて戻られた、あの子供たちの処遇についてのお話をしようと思いまして。恥ずかしながら、呼びつけるような真似を致しましたことを、この場にて謝罪を」


 てっきりまた変な事態に巻き込まれたかと思っていたテグスは、ガーフィエッタのその言葉に、少しだけ肩をすかされた思いを抱いた。


「別にそんなことを気にしなくても。といいますか、その人たちのことは知ったことじゃないので、知りたくもないんですが」

「いえいえ。一度拾って関係を持ったからには、事の顛末まで知りたいはずでございましょう。そうでなければ、気になって夜の闇を睨む羽目にならないとも限らないではありませんか」

「つまりは、ガーフィエッタさんが喋りたいんですね、分かりました。ではさっさと続きを喋ってください。聞き流しますから」


 テグスの言葉を受けて、ガーフィエッタは一度場面を区切るかのように、静かに頭を下げた。

「お言葉に甘えまして、語らせていただきます。過日、肥え溜め女とその取り巻き男の策略にて、不幸にも被害に逢われた《探訪者》たちがおりました。その中でも特に不幸なのは、彼らに食い物にされかけていた、少年少女たちに他なりません」


 そう始まったガーフィエッタの語りは、その少年少女たちからの事情聴取で得た情報を盛り込みつつ、長々とその日あった事を言い描いていく。

 特に興味がわかないテグスは話半分に聞き。アンヘイラも、人の不幸を作る側の家業なので、興味なさそうにしている。

 しかしこういう語りを聞くのが珍しいのか、ハウリナとティッカリは昔語りを年寄りから聞く幼子のようになって、かぶり付きで聞いている。


「こうしてテグスさんたちに助けられたその子たちは、新しい武器を手にいれ。また新しく《探訪者》の道を歩く決心をしたのです。ですのでテグスさんにはその道を歩くお手伝いをお願い致したいのですが、宜しいでしょうか」

「拒否します。これから《中町》に行かないといけないので」


 語りのついでに出たガーフィエッタの要望を、テグスはにべもなく断った。

 テグスが話半分に聞いていたので、その流れで了承を得られるとでも思っていたのか、ガーフィエッタは思惑が外れたと言いたげな顔をしている。


「どうしても駄目なのでしょうか。実はテグスさんが受けてくれると思い、あちらにその子たちを待機させているのですが」


 そうガーフィエッタが指差した先には、開かれた扉の向こうに、つい先日助けた少年少女たちがいた。

 彼ら彼女らは、ガーフィエッタにそうしろといわれたのか、見捨てないで欲しいと言いたげな目をテグスたちに向けている。だが唯一、あのジョンだけは、そういう真似は彼の信条では良しとしないのか、腕を組んで偉そうにしている。


「コキトのだった物だけど、武器を持ってます。あれだけの人数もいます。彼ら同士で仲間を組んで、迷宮に行けばいいのに。それなのに、僕に何をしろと言いたいんですか?」

「確かにテグスさんの仰るとおりにございます。当ギルドがこのような真似をすれば、《探訪者》には極力不干渉という信条はどうしたというお叱りもあることでしょう。ですが失礼を承知に進言するならば、テグスさんは他の《探訪者》に助けられた経験は一切ないのでしょうか? 困難に直面した時に、手を差し伸べてもらった経験は? それと同じ事をするのに、なにをためらう必要があるのですか?」

「……それって一見立派なことを言ってますが、ギルド職員が言って良い言葉じゃないですよ。《探訪者》の先達としてならまだしも」

「重々承知しております」


 ガーフィエッタが深々と頭を下げるのを見ながら、テグスはどうしたものかと考え始める。

 先ほど、ガーフィエッタが言っていた手助け云々については、テグス自身はコキトの装備を無料で渡したことで、完遂していたと考えていた。

 なのでそれを理由に気兼ねなく断ることも出来る。

 だがガーフィエッタの――もっと言えば《探訪者ギルド》側の目的が見えてこないのが、少し心配な点だった。

 なので断ることは簡単だが、ここはその目的が見えるまで、あえて思惑に乗ってみるのも手かもしれない。

 そんな風に、テグスは考えを行ったり来たりしていた。

 すると、そんな風に考えに沈むテグスの袖を、近寄ってきたハウリナがくいくいっと引っ張った。


「ん? どうかした、ハウリナ」

「テグス、お願い聞いてあげないです?」 

「んー、どうしようか迷っててね。受けた場合、もしかしたら《小迷宮》にまで、戻る羽目になるかもしれないし」

「テグス、いいこと教えるです。来るものこばまず、去るものおわず、敵はみなごろし、です!」


 えっへんと胸を張るハウリナの顔を、思わずまじまじとテグスは見てしまう。

 それはテグスが前にアンヘイラに言ったもので。つまりはその信条に従えということだろうか。

 もしかしたら、先ほどのガーフィエッタの言葉も聞いていて。ハウリナはテグスに助けられたお返しを、あの少年少女たちに送ろうという考えもあるのかもしれない。

 そんな事を色々考えたテグスは、頭をがりがりと掻いて一度考える事を止める。

 そして考えずに、どうしたいかという気持ちだけで、どうするかを決める。


「分かりました。少しあの人たちの面倒をみてやりますよ」

「そうですか、それは大変にありがとうございます。ささやかながら、お礼代わりと致しまして、こちらの件を《依頼》扱いに致します。面倒を見終えたあとに、私費から多少の報酬をお渡しいたします」

「いえ、別にそういうのはいりません。た・だ・し、彼らの鍛え方は、僕に一任させてもらいますから」


 そのテグスの顔は、前に人狩り連中に目潰しを仕掛けた時のように、悪戯っ子ぽい表情をしていた。



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