化りんご
其の常連は週に二三度、決って日暮れに訪れる。注文は〆鯖と燗酒一杯、チビリチビリと呑って徳利を空にして出て行く。此の三年ズット其の様で有った。ダカラ見慣れた顔が夜半過ぎに現れた時、居酒屋の親父は吃驚いて眉を上げた。
新さん一体何うしたんだね。
ヤア親父。常連は風呂敷包を下げて居た。
ズシリと重たげな其れを見遣って親父、新さん到頭夜逃げかい。
親父揶揄うのは止しとくれよウ。ひらと手を振り包みを解く常連。転び出たのは赤いりんごが十ばかり。
御客が是非にと寄越したンだが、何うにもアタシにゃ多過ぎる。親父少少手伝っとくれ。
幸い他に客も無い。親父は手に取りシゲと見る。りんごは丸く形良く、電灯に照されて艶艶と光って居た。一ツ五十銭はしそうな上物で有った。食う迄もなく、旨かろう。
シカシ親父は齧るより前、此の常連を一ツ揶揄ってみたくなった。新さんアンタ拝み屋だろう。
ソウだよ。一ツ掴んで齧り乍ら常連。此の男の生業は悪霊祓いと加持祈祷で有った。僧でも神主でも無い、只代代こう云う商売なのだと、猪口を片手に言ったのを憶えて居る。
態と意地悪い声音を作る。此のりんごにも何か憑いてるンじゃ有るまいね。
常連は鼻を鳴らした。憑いてやしないヨ、只のりんごさ。大体りんごに憑いて何うするッてエんだね、口を開いてニタニタ嗤うとでも言うのかエ馬鹿馬鹿しい。要らないッてのなら持って帰るよウ。
そう言い又風呂敷に包もうとする。流石に此れは遣り過ぎたと思った。新さん悪かったよ。有り難く頂くよ。
悪い事を言ったと思った。拝み屋も他の商売と変り無いのだ。八百屋や魚屋が女房達を相手にする様に、駄菓子屋が児らを相手にする様に、此の世ナラヌ者を相手にして居るだけなのだ。
心無い事を言われサゾ嫌な心地がしたに違い無い。親父は自分が情無くなった。一等大きいのを掴んで口に持って行く。ガリリとやろう、として目を剥いた。
りんごの真中が裂けて居る。裂目は白い歯を覗かしてニタニタと嗤った。オヤマア。常連が言った。マサカ真実に憑いて居るとは。
祓い損ったのが一匹紛れて居たらしい。札を一枚ペタと貼られ、化りんごは今度こそ祓われた。残りを何うするか聴かれたが、先刻の今で旨く食える訳も無い。風呂敷包を手に帰って行く後姿を見乍ら親父は思った。ヤハリ拝み屋と云うのは何か人と違うのかも知れないと。