王女のキス
――君が生まれる前から…君の事を想っていたよ…
「Bonjour…La Princesse“こんにちは。お姫様”」
パン!パン!
小さなクラッカーが二つ音を立てた。
「おめでとう!」
「おめでとう。恋音」
「ははっ!ありがとう。パパ、ママ」
目の前には“誕生日おめでとう”の文字が入ったプレートの飾られたケーキに、17本の蝋燭の炎がユラユラと揺れている。
17歳の誕生日。いつもと変わらない、何気ない一日が過ぎる…はずだった。
両親に誕生日を祝ってもらい、私は母から貰ったプレゼント。オリーブ色の石が着いた綺麗なネックレス。
「可愛い…」
部屋のベッドに寝転んで腕を伸ばし、蛍光灯の光を反射して目の前でキラキラと揺れるネックレスに微笑む。
~♪~♪♪
枕元に置かれた携帯が最近お気に入りのメロディーが流れた。
「ぁ…」
携帯に送られてきたメールに自然と口角があがり、ガバッと起き上がると部屋の窓から外を見下ろす。
《誕生日おめでとう。出て来れる?》
同級生の橘花 双刃と山姫 桜良が街頭の下で手を振っている。
出窓を開けて窓枠の角に鈎爪で引っ掛けたロープを下に下ろし、クローゼットに隠していた靴を履き窓を閉めてから垂らしたロープで下に降りていく。
クンッとロープを引っ張れば鈎爪が手の中にストンと収まる。手馴れた作業を見ながら、二人は苦笑を零していた。
いつものように静かに地面に着いた私は、壁を乗り越えて二人の前に立つ。
「お前…もぉちょっと女らしくさぁ…」
「うるさいなぁ…こんな夜に呼び出す双刃もどうかと思うよ?」
「恋音ちゃんは十分女らしいよねぇ」
「だよねぇ!桜良ちゃん!」
「ほら。行くぞ」
相変わらずのやりとりをして、双刃が私の後頭部を掴み歩き出す。
「恋音ちゃん!もぉ桜良“ちゃん”はやめてよぉ」
頬を桜色に染めた桜良は私の腕に腕を絡めて、大きな瞳で私を見つめて唇を尖らせた。
「だってぇそこら辺の女の子より…美人なんだもん」
「恋音より桜良の方が女らしいよな」
「双刃君もっ!僕は男だよっ!」
三人で戯れながらいつもの公園に向かって歩いていく。
公園のベンチに座り缶ジュースを飲みながら、私は双刃と桜良の1on1を見つめていた。
「うわぁっ!もぉっ!狡いよっ!」
「やーい。チビ」
バスケットボールを抱えてこちらに走って来た二人にペットボトルのジュースを差し出す。
「ふぅ~…」
受け取ったペットボトルのスポーツドリンクを飲んだ双刃が、私の目の前に小さなピンクの紙袋をブラブラと突き出した。
「何?コレ」
「僕と双刃君で選んだんだよ。恋音ちゃんへの誕生日プレゼント」
「えっ?本当に?嬉しい!開けていい?」
「おお」
双刃の手から紙袋を受け取ると、その紙袋から小さな箱を取り出す。
「ぁ…」
箱を開けると星の形をしたピアスがあった。
「可愛い…」
「恋音ちゃんピアス開いてないよって言ったんだけど。双刃君がピアスにしようって」
「だから。ジャーン」
「っ!」
私は更に目の前に突き出されたピアスの穴を開ける為の器具に目を丸くする。
「お母さんに…ピアスはダメって言われてるしなぁ…」
「んだよ。ちょっとパチンってやるだけだぞ」
「僕もピアスしてるよぉ。痛いの最初だけだし!大丈夫だよ」
「消毒も持って来たんだぜ」
「準備いいでしょう」
二人がズンズンと私に迫って来るから、ジリジリとベンチの背もたれに追い詰められた。
ドキドキ…
心臓が耳にあるんじゃないかと思うくらい大きく聴こえる鼓動。左側に座った双刃が私の耳に触れて器具をセットした。
「僕の手を握って。痛くないよぉ痛くないよぉ」
「うぅぅ…」
「行くぞ」
桜良の手を強く握って双刃の掛け声を聞いて歯を食いしばる。
パチン!!
「っ!?」
耳元で聞こえた乾いた音とチクッとした痛みに小さく息を飲む。
「うん。着いた」
「痛い?大丈夫?」
「んんー…思ったより…?ちょっとジンジンするくらいかな」
「あぁ…ちょっと血が出ちゃったね」
私のピアスの着いた耳に触れた桜良が眉を寄せて、ペロッと私の耳に舌を這わせた。
「ちょっ!?何してっ」
舐められた耳を押さえて私は自分の顔が真っ赤になるのが分かる。
「このっ」
立ち上がり私の前に立った桜良の額をペチンと叩いた双刃が、もう一つピアスを開ける器具を手にした。
「右も開けるぞ」
右側に座り直した双刃は私の右耳に触れて器具をセットする。
「っ…」
「ん?」
立ち上がった桜良が喉元を押さえて小さく唸った。
「桜良ちゃん?」
「喉が…熱い…」
「ぇ?」
突然膝を着いて苦しみ出した桜良に、私と双刃は桜良の肩を掴んで顔を覗き込む。
~♪~♪♪~♪
何処からか聴こえてきたパイプオルガンの音に、地面に引かれるようにズンと体が重たくなった私はその場に膝を着いて地面に手を着いた。
「なっ…」
「何だ…」
同じように崩れていく双刃と桜良を見て、二人に手を伸ばそうと手を上げる。
ブワッと吹き上げるような風に、体の重さが楽になったと思えば本当に私の体がフワリと浮き上がった。
「か…恋音!?」
苦しそうに身を抱えて眉を寄せた双刃が私に手を伸ばす。その手を掴もうと私も手を伸ばすが伸ばされた双刃の手を掴む事が出来なかった。
「もっ…双刃っ!」
離れていく双刃の手。私の体は吹き上げる風に攫われる。
「かのぉぉぉん!」
私の名を呼ぶ声が心を締め付けた。
続きます。