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帰国

人物紹介


杉本冴子 身長 166㎝

髪 茶ロング癖毛

瞳 黒

凄い我が儘。自分の心は見せず明るく振る舞う。

下着の輸入会社に勤務。




今更ですが、ウルフ族の基本的な能力を書きます。


変化が出来ます。

誰かに化けるのでは無く、自分の若い頃、幼少期、老いた姿。これが基本で。髪の色、長さ。肌の色。瞳の色は自由に変えられます。

狼にも なれます。


他人の記憶を消す。

妖術で操る。

催眠を掛ける。

走るの超早い。

ジャンプ力も凄い。

武器は、爪が伸びる。長さは自由に調節出来る。

妖力でバリアを張る。

妖力を爆発させる。


これは全てのウルフ族が出来ます。

ミラルドは、癒やしの力を持っている。

流輝は、時空間移動の力を持っている。





 突然、瑞希に母親から電話があった。

『あっ、瑞希? 元気?』

「うん、元気よ、どうしたの? 電話なんて珍しいね」

『急なんだけど、まとまった休みが取れたのよ。今週の土曜日に、そっちに帰るわ』

「え゛ぇぇぇぇぇっ」

 瑞希は驚きすぎて、携帯電話を取り落とすところだった。

『何をそんなに驚いているの? まさか あんた、男を引っ張り込んでいるんじゃ無いでしょうね!!』

「まさか、そんな事する訳無いじゃない! 自分の娘が信じられ無いの? まあ、分かったわ。土曜日ね。何か食べたい物ある?」

『う~ん、そうね~。うな丼とか、天丼とか、お寿司とか~。後は瑞希が考えて! 美味しい物作ってね!!』

 もう、こう云う母親なのだ。いい加減で自由奔放で、本当困っちゃう。

 ……まっ仕方無いか……

「分かったよ、何か考えて作るから……」

 と言って瑞希は、電話を切った。



「実は、急に母が帰って来る事になって。私、家に帰ろうと思います」

 いつ帰って来るの? のラルの問いに、土曜日よと瑞希は応える。

「今日は水曜日だから、まだ良いじゃん」

「そうなんだけど。いつまでもここに居る訳には行かないし。お掃除もしなきゃいけないしね……」

「一人で大丈夫? 僕一緒に居てあげたいけど、用事が有るし」

 張りのない声で言う瑞希に、ラルも沈んだ声言った。

「心配しなくてももう大丈夫よ。ラル君ありがとう」

 瑞希は、優しく微笑んだ。朝食を終え、「本当に長い間お世話になって、有り難うございました」と深々と頭を下げて、瑞希は午前中には家に帰った。



 瑞希は公園の中を歩く時も、鍵を開ける時も、用心深く辺りを見回し。 怪しい人が居ないか確認しながら家の中に入った。中に入り錠をして、やっと身体中の力を抜いた。靴を脱いで、玄関を上がり寝転がる。深呼吸をすると、淀んだ匂いがした。

 さっ、掃除を始めますか! と元気に言って起き上がり、家中の窓を開け新鮮な空気を入れる。布団を干し、それから掃除を始めた。

 掃除機を掛けて、拭き掃除をする。長時間かがんでいたので体が強張り、瑞希は立ち上がり、うんと伸びをした。時間をチェックする。

「もう一時か、お腹すいたー。何かあったかな?」

 左右に上体をひねり、体をほぐしてから階下に降りて行く。

 そういえば、 食材が全く無いんだった。キッチンの戸棚の中を探してみる。カップめんが一つ見つかった。お昼はこれで我慢して。夜の分は、コンビニ弁当でも買って来よう。明日は、沢山買い物してこなくちゃ。はあとため息を吐いた。

 ラル君の家で過ごした二週間。毎日が充実して、とても楽しかった。又、あの家に、行きたいな。

 でも、甘えてばかりいられないもんね……

 瑞希はお湯を沸かし、カップ麺を食べる。あっという間に食べ終わり、ソファーに寝そべった。


 そのまま瑞希は、うとうとしてしまったらしい。目をこすりながら欠伸をする。リビングの時計は午後ニ時半を指している。瑞希は布団を取り入れる為に、ニ階に上がった。それからまた瑞希は、やり残しをやっつけるために拭き掃除を始める。

 日が傾き、西日が部屋の中を黄金色に染めていく。瑞希は一息入れようと階下に降りた。その時、インターホンの音がした。


 瑞希は、警戒しながら返事をする。インターホン越しにラルの声が聞こえてきた。

「ラル君、どうしたの?」

「流輝が、ご飯作ったから持って来たんだけど、もう食べちゃった?」

「今から買いに行こうと思っていたの。助かるわ、ありがとう」

「それとね、ぼく泊まってもいい? 瑞希、不安でしょ? ぼくじゃ役に立たないかもしれないけど……」

「ラル君っ……ありがとう!」

 と瑞希は、ラルを思いっきり抱き締めた。ラルの顔は、瑞希の鳩尾にぴたりと収まる。

「瑞希、ぐるじぃ~」

「あっ、ごめん。嬉しくてつい」

「ラル君って、本当気が利くし、優しいし。もう大好き!」

 と言って瑞希はラルの頬にキスをした。ラルは、体中真っ赤になった。


 ラルをリビングに通し、流輝からの荷物を受け取る。僕もまだなんだ。と言うラルと二人で食事をした。


 「一緒にお風呂、入る?」と訊く瑞希に、ラルは慌てふためいた。

 耳とシッポがとか、みっ、瑞希のはだかっ、と呟いて茹でダコのようになってしまった。「恥ずかしいからダメっ!!」ラルは一生懸命断った。瑞希が、笑いながら「冗談よ」と言うと、ラルは少しむくれていた。


 入浴をすませ就寝のため二人はニ階に向かった。ベッドの前でラルは突っ立ってる。ここに布団を敷いてください。とお願いしたが、受け入れてもらえなかった。

 ラルは、今夜も渋々瑞希のベッドに入って行く。

 瑞希は「お休み」と言って、早くも寝息を立てている。その寝顔をラルはずっと見つめていた。


 やっと朝が来た。

 やっぱり、一晩中眠る事が出来無かった。

 瑞希の可愛いさは罪だ! と本気で思ってしまう。

 そう言えば、涼は、瑞希が綺麗過ぎる存在だと言っていたな。どう言う意味だろう。涼が穢れてるって事か? 悩んでいると、瑞希が目覚めた。挨拶を交わす。


「瑞希は、今日は何するの?」

 ラルに訊かれ、瑞希は買い物に行くと伝えた。「夜になったら来るからね」とラルは、早朝に診療所に帰って行った。


 ラルが帰った後、しばらくしてコンビニに向かった。家に戻って、サンドイッチを食べる。一人分の洗濯を済ませ、掃除機を掛けた。

 午前十時を回ってから買い物に出かけた。大量の食材を冷蔵庫に詰め込んで行く。かなりの重労働だった。

 やっと終わり、ソファーでゴロゴロと寛ぐ。


 もうすぐ、お母さんが帰って来る。あの事に気付かれないように、明るく振る舞わなくちゃ……

 あっ、ミラルドさんの事も悟られない様にしなきゃ。あの人に知られたら大変!


『なに~!? 瑞希に、好きな人が出来たの!? だれ、だれ、だれ!! 教えなさい! 今からその人に会いに行くわ!! 瑞希の眼が確かかどうか見極めなきゃ。母にまっかせなさ~い!!』

 と仁王立ちして、ド~ンと 胸を叩くのだ……

 あぁ、想像出来る……

 絶対に、バレ無いように頑張ろう!


 昼食後。昨日やり残した場所を、隅々まで掃除する。時間が経つのも忘れ、没頭した。気付いら、また夕方になっていた。昨日と同じだ。

 珈琲を飲んでホッと一息吐く。一時休んで。お風呂を溜めながら夕飯の準備をする。

 食事を済ませ、テレビを見ながら少し寛ぐ。さてと、お風呂にでも入るかと、瑞希はリビングを後にした。


 その夜も、ラルはやって来た。

 ピンポーン。インターホンを鳴らす。

「は~い」と元気にドアが開く。

「あら、可愛いらしい子。どちら様かしら?」

 「!?」誰、この人。

 家の中から、知らない人が出てきた。

 瑞希はいますかと、子供らしく尋ねると。お風呂に入っていると言われた。

「瑞希のお母さん? 明後日帰って来るんじゃなかったの?」

「あらぁ、良く知っているわねぇ。早く帰って来て、驚かそうと思ってね! さっ上がって上がって!!」

 と、家の中に引きずり込まれた。


「あっ、でもお母さんが居るのなら僕帰るから」

「駄目よ、こんな可愛いらしい子、帰さないわよ」

 と言って、手をしっかり掴まれる。そのままリビングに連れて行かれた。そしてソファーに座らされ、ジュースを手渡された。


 気持ち良かったと、瑞希がお風呂から上がって来てこちらを見て固まった。

「かっ、かっ、母さん。何で居るの? 明後日て言ってたじゃん。それに、ラル君まで」

「アハハハッ。瑞希を驚かそうと思ってねっ。それより瑞希、この可愛いらしい男の子、誰? 紹介しなさい!!」

 母の眼が、らんらんと輝いている。

 あぁ駄目だ。この母親、止まらない……

「はいはい、分かった分かった」

 言い出したらきかない性格だ。瑞希は観念した。


「え~っと。こちらは、公園の向こう側にある診療所のお子さんでラル君です」

 宜しくお願いしますと、ラルは緊張した面持ちで挨拶をする。

「え~っ、こちらが私の母親で、冴子と言います」

「三十五歳で~す。“さえこさん”って呼んでねっ!」

 冴子はウインクしながら付け足す。

 「さ・え・こ・さん?」と、ラルがたどたどしく言う。

「ちょっと、母さん。子供に変な事言わせないで!!」

「良いじゃないの。おばさんなんて呼ばれたら、私卒倒しちゃうわ」

 瑞希は、返す言葉も無い。

 この母親とは、言い合うだけ無駄なのだ。こっちが疲れるだけ。


「で? 晩御飯は、食べて来たの?」

「うんん、まだ。だって~、瑞希の手料理。楽しみにしてたんだもんっ!」

 冴子は、可愛いらしく言う。

「楽しみにしてるんだったら、帰って来るって早めに連絡してくれる? 何も準備出来ないじゃない!」

「何か作って!!」

 あ~、もう。我が儘!!

「うなぎあるから、うな丼で良い?」

 うん! 瑞希大好き!! 瑞希はギュッと抱き締められた。

「じゃあ、食事の仕度するから、お風呂にでも入って来て!」

 と言って、瑞希はキッチンに入る。僕も手伝うと、ラルも後を追った。


「瑞希も大変だね」

 と、ラルは小声で囁く。

「仕方無いわ。あんな人でも親は選べ無いしね」

「瑞希は、お母さんの事嫌いなの?」

「うんん、好きよ。私を産んでくれた人だもん。でも、あの性格だからね。凄く疲れるのよね……」

 瑞希は、遠い目をした。

「ラル君は食べて来たの?」

「うん、今日は済ませて来たよ」

「私も 済ませたから、作るのは母さんの分だけね……」

「本当、迷惑!!」

 怒りが込み上げて来た。


 料理が出来上がると同時に、冴子がリビングに入って来る。

「あ~、良いお湯でした~。やっぱりお風呂は日本に限るわね~」

「ご飯。丁度出来たわよ」

 瑞希が言うと、ナイスタイミングね。さっすが親子。息ぴったりね~。などとと、意味不明な事を言っている。

「はいはい。分かったから、早く食べて!」

 と瑞希はせかした。

 これが毎日続くのかと思うと、先が思いやられる。瑞希は、深い溜め息を吐いた。

「瑞希、大丈夫?」

「うん、大丈夫よ。ラル君ありがとう」

 と言いながら、瑞希は二人分のカップを持って、ソファーに座った。


「はい紅茶をどうぞ」

 ラルは、ありがとうと紅茶を受け取り口をつける。二人で寛いでいると、食事を終えた冴子がやって来た。


「あんた達ってどう云う関係? 年が近かったら、まるっきり気の合うカップルって感じじゃない」

 冴子の言葉に、ラルは「え゛っ」と、真っ赤になっている。

「年が離れ過ぎよ~」

 と瑞希が笑う。

「それで? お友達のラル君はこんな時間に、一人暮らしの女の子の家に、何しに来たの?」

 と、真っ直ぐに見つめられ質問される。その鋭い瞳に気圧されて、ラルは何も 答える事が出来無い。


「お母さん。子供を脅してどうするつもり? ラル君は私の事を心配して、泊まりに来てくれたのよ」

「ふ~ん。泊まりにね~」

 冴子は、疑いの眼で見ている。

 娘に付く虫は、例え子供でも容赦なし! と云った感じだ。

 怖い……


 実は、と瑞希が切り出す。更に、夏休みに入った頃に……と続けた。

 まさか瑞希は、あのことを言うつもりなのか? 「瑞希!!」ラルが口を挟む。それでも瑞希は続けた。


「夏休みに入ってすぐの頃に、泥棒が入って、ラル君が助けてくれたの……」

 ……ドロボウ?……

「それでね、その日からずっとラル君の家にお世話になってたの。私が家に帰るって言ったら、心配してラル君が泊まりに来てくれたの」

 瑞希は一息に話した。

「そうだったの……瑞希、怖い思いをさせてごめんなさい。私海外勤務を辞止めて、こっちに帰って来るわ」


「「えっ?」」

 突然の母の申し出に、二人共驚いた。

「母さん、私なら大丈夫よ!」

「何言ってるの! あんたに、もしもの事があってからじゃ遅いのよ!!」

「僕が瑞希を守るから、大丈夫だよ!」

「何言ってるの! そんな子供に何が出来るの!!」

 すかさず冴子にそう言われ、ラルはうっと呻く。

 ラルは、何も言い返せない自分に腹が立った。

「ラル君と言ったわね。今日から一週間は大丈夫よ。私が居るから。それに、もう遅いから帰りなさい」

 冴子は冷たく言い放つ。


「何言ってるの? 母さん。ラル君は私の為に来てくれたのに、追い返すなんて酷い!」

「良いんだ瑞希、今日は帰るよ。じゃあ又ね」

 と肩を落として、ラルは家を出て行った。


「どうしてあんな事言ったの? ラル君は私の大事な友達よ! まだ六歳なのよ! 私お母さんの事許さないからっ!」

 と瑞希は、二階に駆け上がった。


 冴子にも、なぜあんな言葉が出たのか分からなかった。

 直感がそう言わせた。

 ラルがただの子供とは思えなかった。子供の持つ雰囲気じゃ無いと、冴子は感じていた。

 あの子は何者なの? 人間? そう云えば、あの耳とシッポ……コスプレ? 訳分かんない。冴子は頭を抱えた。

 でも、瑞希は私が守る。たった一人の家族だもの……


 次の日、早朝から冴子は、仕事の変更をしてもらう為に会社へ出掛けた。

 しかし、なかなか受け入れて貰え無い様だった。


 お母さん、休養の為に帰って来たのに、私のせいで大変そう。

 そう思いながらも、瑞希は素直に母に謝る事が出来無かった。

 毎日夜遅くに帰って来る。母の為に、一応夕飯は用意してある。いつも翌朝には、綺麗に完食してあった。申し訳ない気持ちだった。でも母への態度を変える事は出来なかった。

 明日は又、海外に行ってしまう。

 喧嘩したままなんて、嫌だな。今日は起きていよう。夕飯、何にしようかな……



 早朝。診療所のチャイムが鳴った。

「はい。ただいま」

 扉を開けると入口には冴子が立っていた。


「あの、私杉本と申します。瑞希が大変お世話になりましたそうで、有り難う御座います。もっと早くに来なければ行けなかったですが」

「出張を止めて戻って来ようと思ったのですが、やはり急には難しい様で、今抱えている仕事が片付くまでは無理な様です。又、娘がお世話になるかも知れませんが、宜しくお願いします」

 と言って、冴子は菓子箱を差し出した。

 流輝は冴子を、ぼんやりと見つめている。

「あの、どちらかで お逢いした事は御座いませんか?」

 と流輝は尋ねると、冴子は流輝の顔をまじまじと見つめ、いいえ。初めてお目に掛かりますがと言った。


 流輝は、はっと我に帰り、

「ご丁寧に、どうも有り難う御座います。瑞希様はとても良く気が付かれ、色々な事をお手伝いして下さいます。とても助かっています。良いお嬢さんをお育てに 成られましたね」

 と、笑顔で言った。

「有り難う御座います」

「あの。ラル君にこの前凄く嫌な思いをさせてしまって。本当に申し訳ありませんでした。今、御在宅でいらっしゃいますか?」

 暫くお待ち下さいませ。と言って、流輝はラルを呼びに行った。


「ラル様、瑞希様のお母様がお見えです」

「え゛っ、わっ、分かった」

 冴子さん何しに来たんだろう。文句言われるのかな。ニ度と会うな。とか……

 ラルは、恐々と玄関に向かった。


「お早よう御座います。冴子さん」

「お早よう。ラル君」

 ラルの目が 泳ぐ。

「この前は、意地悪な事言ってご免なさい」

「……瑞希は私の宝物なの。あなたは、瑞希の事どう思っているのかしら?」

 と、冴子は訊く。

「えっ、僕? ……僕は……」

「答えたく無ければ 答えなくて良いわ。でもあの娘はあなたの事、本当に頼りにしてるみたいだから」

「どうしてかしらね。私にはあなたが子供には見えなくて、嫉妬してしまったのかも知れないわ。娘を取られてしまいそうで」

「寂しかったのかも知れないわね。本当にご免なさい。反省しているわ」

 私がいない間瑞希の事宜しくお願いしますと深々と頭を下げる。失礼しますと言って帰って行った。


 俺が子供に思え無いって、冴子さんて本当に鋭いな。

 冴子さんと、長く一緒にいると色々とばれてしまいそうだ。気を付けなきゃ。

 あの人、色んな意味で恐い……

 ふと振り返ると、流輝がポ~ッと立っていた。

「わっ! どうした流輝?」


「今の方は、……何とおっしゃるのですか?」

「えっ、瑞希のお母さん? えっと、冴子さんだけど。それがどうかしたのか?」

 冴子さん、ですか……と、呟いて、ふらふらとリビングに入って行く。

「どうしたんだ? 流輝」

 そう言うと同時に、ガッシャーンと、もの凄い音が響いた。「どうした?」ラルは、キッチンに駆け込んだ。そこには、鍋やフライパンの下敷きになって倒れている流輝の姿があった。

「流輝?」

 どうしちゃったんだ……

「ラル様、お騒がせして申し訳有りません。私、いつもと何か違うのです。どうしてしまったのでしょうか……」

 と、流輝も困惑している。

 まさか……まさか……

 流輝が冴子さんを? それだけは止めてくれ!

 怖すぎる……



 瑞希は材料を買って来て、母の喜ぶ姿を想像しながらテキパキと料理を作った。ただいまと、冴子の声が聞こえた。今日は、早目に帰って来た。

 何作ってるの? と冴子がキッチンを覗いて来る。

「今日はね、散らし寿司と卯の花と煮魚。……お母さん、この前はご免なさい」

「私こそ、ラル君に酷い事言って悪かったと思っているの、ご免なさいね」

「出来上がったから。食べる?」

「そうね食べましょうか」

「うん!」

 一緒に食事を取りながら、ラル君て、何だか不思議な子ねと冴子が言う。瑞希は、微笑みながら返事をした。その表情を見ながら、ラル君は瑞希にとってどんな存在かしらと訊いた。

「うんとね。ラル君といると、なんだかほっとするの。とても六歳とは思えない。しょっ中、年齢を忘れて頼りにしちゃう。同年代だったら惚れてたかも」

 瑞希は、ふふっと穏やかに笑っている。

「そう、大切な人なのね……」

 と、寂しそうに言った。瑞希もいつかは、誰かを愛してこの家を出て行ってしまうんだわ。

「明日、行くんでしょう?」

 瑞希が聞く。

「ええ。まだ仕事の調整が間に合わなくて、暫くはこっちに帰って来られないの。又淋しい思いをさせてしまうわね。ご免ね瑞希」

「うんん。平気よ。お母さんは 思うままに仕事を続けて!」

 と、瑞希は屈託なく笑った。

「瑞希、ありがとう……」

 次の日の朝早くに、冴子は海外へと飛び立った。


 空港で冴子を見送った後、瑞希さん? と、呼び止められた。

「あっ、葵ちゃん。久しぶりだね」

 橘葵だった。葵は、すらりと背が高く、黒い髪を後ろに撫で付け、細面に銀縁眼鏡を掛けた、見るからに『秘書』と言った感じの男を従えていた。

「どうしたの?」

「避暑 目的で、海外の別荘に滞在しておりましたが、所用が御座いまして一時帰国致しました」

 そうなんだと瑞希は応える。流石、お金持ち。「瑞希さんは、どうなさったのですか?」と訊かれ母を見送りに来たのだと応えた。そうですかと言った後で、躊躇いがちに葵は続けた。


「この前桜ヶ丘公園に行った時に、山本銀牙さんと瑞希さんが一緒に居る所を拝見しまして、暫くして、二人で家の中に入って行かれたのです。あの、お付き合いされているのですか?」

 と葵に訊かれ、瑞希の脳裏にあの日の悪夢が鮮明に蘇って来た。身体が小刻みに震えて来る。

 瑞希の様子がおかしい事に気付いて、葵はベンチに連れて行き座らせた。ボディーガードの高科(たかしな)にドリンクを買いに行かせた。

「これを飲んで下さい。落ち着きますよ」

 瑞希は、ありがとうと言って一口飲む。


「何か、あったのですか? 人に言えば辛い事や悲しい事、心の重荷は半分になります。逆に楽しい事を人に話すと二倍になるのです」

 と、葵は微笑む。瑞希は頷き、小さい声で話し始めた。「私、あの日に……」そこまで言って、そのまま黙り込む。

「話したく無ければ、話さ無くても良いのですよ」

 と、葵は優しく微笑む。

「うんん、話すわ。……あの時、あの男に乱暴されそうになったの……」

「えっ、……なっ、何て事を……」

 葵は口元を両手で覆い驚いている。傍にいた高科にも聞こえていたらしく、瞠目していた。

「近くに住んでいる男の子が助けてくれて、無事だったけど。私……学校に行くのが恐い……。あの家にいるのも恐くて。今はその男の子の家にお世話になっていて。……でもいつまでも甘える訳にはいかないし……」

 瑞希の声はだんだんと小さくなり、最後は聞き取れなかった。


「そうだったのですか。嫌な事を思い出させてご免なさい。私、山本銀牙を許せませんわ。私に任せて下さい。抗議に行って来ますわ」

「葵ちゃん、駄目よ! あなただって、何をされるか分からないわ」

 瑞希は慌てて引き止める。

「大丈夫ですわ。私、こう見えてもとても強いんです」

「お宅までお送り致しますわ」

「高科さん、車を回してちょうだい」

「はい。かしこまりました」

 片時も、葵の側を離れずに居た男が、そう言って歩いて行く。彼は葵付きの運転手でもあった。

 瑞希は、葵の気持ちが嬉しくてありがとうと言った。


 葵の車で桜ヶ丘公園を目指す。

「公園の向こう側じゃ無くて、こっち側に車を停めてもらえますか?」

「ええ、よろしいですわ。高科さん」

「はい。かしこまりました」

「私を助けてくれた、男の子の家に寄ろうと思って」

「そうですか。その方は、頼もしいナイトなんですのね」

「うん。凄く私の事思ってくれて、心細い時はいつも側にいてくれる優しい子よ」

「そうですか。何か有りましたら、私にも話して下さいね。力になりますわ」

「有り難う。凄く心強い」

 瑞希は、にこりと笑った。


 公園の入り口に着いた。

 有り難う御座いましたと、瑞希は、運転手に声を掛ける。

「それでは又、ご機嫌よう」

「うん。ありがとう」

 瑞希は、車を見送り診療所に向かう。


 流輝は植木に水をまいている。

「瑞希様、いらっしゃいませ」

「こんにちは。母が向こうに行ったので、ラル君と話したいなと思って来ました」

「今は、出掛けておいでですが、中に入って、お待ち下さい」

「有り難う御座います。……あの……お昼、何か作りましょうか?」

「宜しいのですか? 大変助かります。申し訳有りませんが、お願いしても宜しいですか?」

「はい、任せて下さい。何かしてないと、色々考えちゃうから……」

 と、瑞希は俯いている。何かあったのですか? と訊かれ、何でもありませんと、瑞希は明るく答えた。


 昼食の時間になって、ラルが戻って来た。

「瑞希、いらっしゃい。冴子さん、行っちゃったの?」

 うんと頷く瑞希に、前日冴子が来た事を告げた。

「瑞希の事、宝物だって言ってたよ」

 驚く瑞希に、優しいお母さんだねとラルが言った。


 食事を済ませ、二人で寛ぐ。

「瑞希はお母さんと仲直り出来たの? 僕のせいで喧嘩になったんでしょ? ご免ね」

「ラル君が謝る事無いよ。ラル君は私の事、思ってくれたんだから。でもお母さんとは、昨日の夜仲直り出来たよ。私の方こそ、ラル君に嫌な思いさせて本当にご免ね」

「僕なら平気! 全然気にしてないから」

「でも私、ラル君に頼り過ぎよね。時々ラル君が年上に思えるのよね。安心感が有るって言うか、ホッとするって言うか。ラル君六歳なのにね。どうしてだろう」

「ねえ瑞希、今日変だよ。何かあったの?」

 瑞希の問いには応えず、ラルはそう訊いた。

「……何も無いよ。私、いつもと変わらないでしょう?」

 瑞希は不安を覚られまいと明るく振る舞う。変だよと再び繰り返したラルに、瑞希は言葉を詰まらせた。そして今日の出来事をゆっくりと話し始めた。


「瑞希、大丈夫?」

「うん……」

「いつまでも、ここに居ると良いよ。瑞希の不安が無くなるまで、ずっと」

 ありがとうと言う瑞希にずっとだよとラルは続けた。その言葉が嬉しくて、瑞希は小さく頷いて、一筋の涙を流した。

 流輝は、二人にお茶を運ぼうとして思い止まった。

 深刻なお話しをされておられる様だ。私が立ち行く訳にはいきませんね。「邪魔をしてしまいます」と、勝手口から 外へと出た。


 それにしても、あの冴子さんとおっしゃる方……どちらかでお目に掛かった様な気がするのですが、気のせいでしょうか……

 とても素敵な方でいらっしゃった。是非お近づきになりたい物です。

 そう思いながら流輝はポッとなる。

 あっ、いけません。又、我を無くしておりました。草木にお水でもあげましょう。

 と、水を撒き始める。

 今日の夕食は何に致しましょう。瑞希様にも、食べて行っていただきましょう。

 明日はラル様が、大人に成られる日。

 ……瑞希様にミラルド様の事を話すべきでしょうか……

 あの話しをして、瑞希様に重荷を背負わせてしまう事に成るかもしれません。

 しかし、私はミラルド様の事を瑞希様に知っていて頂きたい。

 これは私のエゴなのかも知れません。

 でも……、これが私の願い、……ですから……








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