過去へ 2
過去へ行く事になった。
いつもはあっという間に空間移動しているが、やはり五百年もの刻は一瞬で、とは行かないようだ。
瑞希は黄金色の繭のような物に包まれているが、その上からぐるぐると渦のような物が取り囲んでいて、目が回って気持ち悪かった。
……ホロボス……
「え? 何?」
近くで何か聞こえた気がして、瑞希は振り向いた。
……ウルフゾク……
……モンショウ……
……ミズキ……
……ニクイ……
……ニクイ……
……ホロボス……
だんだん大きくなる声。
「一体何なのよ!」
そう叫んで見上げると、真っ黒いもやが、瑞希の頭上を覆っていた。
マズハオマエ……ホロボス……
そう聞こえた瞬間、黒いもやは瑞希を包み込んだ。
「うっ……なに……やめ……て、いやぁ」
……ニクイ……
……ニクイ……
……ホロボス……
……ホロボス……
頭の中に声が響く。
この声……どこかで……
「いやっ、やめっ」
瑞希は立っている事が出来ずに倒れ込んだ。苦しくてたまらずに転げ回った。耳を塞いでも、脳内に響く声。
……ホロビロ……
あぁ、この声は……
そう思いながら、瑞希は意識を失った。
「いたたた……」
どしんと地面に投げ出され、あまりの痛さに瑞希は目を覚ました。上体を起こし、辺りを見回す。
「……ここ、どこ……」
目の前には鬱蒼と茂る森が広がり、左右には荒れた大地が広がっていた。
アスファルトが無い。電柱も、電線も、民家も、ビルも何も無い。
「ここ、どこ?」
私、何でこんな所に居るの?
見渡す限り何も無い。動く人も見られない。
「お母さん? ……葵ちゃん?」
ここ、どこよ……
瑞希は泣きたくなって、俯いた。
……私、何を着てるんだろう……
俯いた時に見えた、自分の姿を改めて見下ろした。
何で着物? 足元は、運動靴……何の仮装? それに、この荷物。真っ赤なキャリーバックと黒のボストンバッグ。
……家出? でも私、家出する理由なんて、何も……
俯いて物思いにふける瑞希。
「いい着物 着てるなぁ」
「ほほ~ぉ。これは上玉だ」
「この近くの村に、こんな娘いたか?」
突然、後ろから聞こえた声に、ぴくりと身体を震わせて、瑞希は恐る恐る声の主を見た。
「だ、だれ?」
振り向くと、ずいぶんとみすぼらしい格好をした男が三人立っていた。
「俺たちの事、知らないのか」
「知っていたら直ぐに逃げ出すさ。それに、こんな所をうろついてる訳がねぇ」
それもそうだなと言って笑っている男たち。
「俺たちは、ウルフ族!」
ボサボサの短い髪の、日焼けした大柄な男が言った。
「その中でも最も凶暴な部族さ!」
うっとおしそうな前髪を掻き上げながら、色白の細身の男が続ける。
「この女、お頭の女に良さそうだな」
黙ったまま、じっと瑞希を品定めしていた一番背の低い男が提案した。
「それ良いな~」
二人は、小さい男の意見に同意する。
瑞希は訳が分からず、自分の荷物であろうバックを両手に持ち、一目散にその場を逃げ出した。
男たちは追いかけるでも無く瑞希の様子を眺めている。
……追って来ない。見逃してくれるの?
そう思ったのもつかの間。あっという間に追い付かれ囲まれて、腕を掴まれた。
「やめて! 放して!」
瑞希は、着物が着崩れるのも構わずに、蹴りを入れたり引っ掻いたりを繰り返す。
「こらこら、暴れるなよ」
と笑う男たちには、瑞希の渾身の一撃も全く効果が無いらしい。
無理矢理どこかに連れて行かれそうになった時に、どこからともなく青年が現れた。
「手を放せ」
銀色でサラサラなストレートの髪。背が高く色白で、目が眩むほどにかっこいい青年だった。
「あっ、てめぇ。次期当主じゃねぇか!」
振り向いた一人が叫ぶ。
「この女は俺たちの獲物だ! 邪魔すんな!」
また一人が叫んだ。
「そうだ、そうだ!」
気のせいか、さっきまで威勢の良かった三人は、完全に腰が引けている。
そんなに、この青年が恐いのか。
「嫌がってるじゃないか。見過ごす訳には行かないな」
穏やかに言う青年の後ろには、屈強な男たちが控えている。
「我々にお任せを」
大柄な男と、細身の男が一歩前に出た。
「隼人、海道、頼む」
男二人は「はっ」と銀髪の青年に一礼して、三人の前に立ちはだかった。
さっきまで威勢のよかった三人は「うっ」と二・三歩後ずさり「お前、行けよ」「お前が行けよ」と譲り合いを始める。
「誰からかかって来るんだ? 早くしろ!!」
大柄な男に一喝され「覚えてろよ」と言いながら、三人は一目散にその場から逃げ出した。
「娘さん、怪我は無いですか?」
男たちに解放され、へなへなと座り込んでいると、銀髪の青年がそう声を掛けてくれた。
見上げると青年の青い瞳が目に入った。
「きれい……」
青年の何もかもが美しすぎて、瑞希は無意識に呟いていた。
「え?」
「あぁ、いえ、ありがとうございました。助かりました」
瑞希は慌てて深々と頭を下げた。
「ここら辺は気を付けた方がいいよ。悪い奴らが多いからね」
その青年は美しい笑みを浮かべる。その顔に見惚れながら瑞希ははいと返事をした。
「参りましょうか」と促されその青年たちは立ち去ろうとする。
瑞希は思わず青年の袖口を掴んだ。
ここで一人きりで取り残されてなるものかと、瑞希は服の端を強く握りしめる。
「ちょっと待ってください。あの、私、あの……」
そう言った時、瑞希の視界がぐらりと歪んだ。
「娘さん? ねえ、大丈夫か? おい……君?」
遠くで誰かが呼ぶ声がした。