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異変3

 診療室の扉が静かに空いて、流輝が入って来た。

「瑞希様、お目覚めになられたのですね。安心しました」

 瑞希の姿を目にし、流輝はにこやかに語りかける。

 だけどなんか寂しそうな? 瑞希は小首を傾げた。

「あの私、病気だったんですか? それでここに?」

 瑞希は言い知れない不安を感じながら、そう訊いてみる。

 そう言えばミラルドさんが居ない。

「あの、ミラルドさんは、どこに?」

 瑞希は強張る顔をむりやり動かし、笑顔を作ってそう訊いた。

「そのことも含め、今から私の話す事を気を落ち着かせて聞いてください。宜しいですね」

 流輝の言葉を聞いて、瑞希は神妙な顔で頷いた。

「瑞希様の体調がすぐれなかったのは、ミラルド様の施されたマーキングによる拒絶反応が現われたからです」

 そこまで話すと、ぴたりと口を閉じた。瑞希が不思議に思っていると、流輝は再び話し始めた。

「瑞希様はミラルド様が治療されたので今の処は大丈夫です。しかしミラルド様は……」

 それを聞いて、瑞希の顔が強張った。

「ミラルドさん、どうかしたんですか?」

 流輝はきつく拳を握り締め、苦し気に顔を歪めた後、一息置いてから口を開く。

「ウルフ族当主がマーキングを施し、相手の方に拒絶反応が現れた場合、当主しか治療できません。……ご自身の命と引き換えに……」

 瑞希は息を呑み、両手で口元を押さえた。

「……ミラルドさんは、どこ?」

 瑞希の声が震える。

「大丈夫でございます。ミラルド様は紋章の力を借りて生きておられます。昏睡状態ではありますが」

 瑞希は、知らぬうちに止めていた息をゆっくりと吐き出した。

「ミラルドさんの元に連れて行ってください。お願いします」

 流輝は「こちらどうぞ」と瑞希と冴子をミラルドの部屋に案内した。

 ベッドの中のミラルドは、紋章から溢れる淡い光に包まれていた。

「当主が亡くなると、ウルフ族の全ての者が消滅するので、ミラルド様は銀牙様に当主の座を譲られた後に瑞希様の治癒をされたのです」

 今ミラルドの胸元に輝く紋章は、銀牙が紋章に「ミラルドを助けてくれ」と頼み込んであの状態になったらしい。にわかに信じがたい事ですがと流輝は続けた。

「でもこのままじゃミラルドさんは目覚めないんですよね。何か方法はないんですか?」

 瑞希はすがるような目で流輝を見つめる。流輝はその問いに「一つだけあります」と答えた。

「それは、どんな方法ですか?」

「瑞希様。……瑞希様はまだ完治した訳ではありません。今は良くても徐々に体調は崩れていきます。ですから過去に、私の力で五百年前に飛んでいただきます」

 と流輝は話した。

「私が過去に……五百年前に……」

 突然の事に、瑞希は呆然と呟く。冴子は瑞希を抱き寄せ震える背中を優しく撫でた。

「過去に行って、総樹様の樹液を飲めば治ります」

「ミラルド様を救う方法ですが、総樹様の樹液を持ち帰って下さいますか? それでお目覚めに成られるかもしれません」

 それでも、確実な訳ではないのだと無言の瞳は語っている。

「樹液……」

 そう呟く瑞希の顔色は良くなかった。「大丈夫ですよ。過去の私にこの時代に飛ばしてもらえば、すぐに帰れます」瑞希を安心させるために、流輝は優しく言った。

 「必要な物は持って行かれた方が良いでしょうね。向こうに着いてもすぐに会えるとは限りませんから」瑞希が落ち着きを取り戻してから流輝はそう告げた。


 次の日、リビングに入った瑞希の目に飛び込んだのは、黙々と荷造りをする冴子の姿だった。

「母さん、ごめんね。変な事になっちゃって……」

「だって、過去に行かなきゃ瑞希の身体は元に戻らないんでしょ? ミラルド君も。ちょっと旅行に行くと思えば何でもないわよ。ほら、情けない顔してないで、持って行きたい物は自分で用意しなさいよ!」

 五百年前って言ったら着物よね。母の形見の着物があったはず! と冴子は和室に駆けて行った。瑞希は気丈に振る舞う冴子の姿を見て、目尻に溜まった涙を指で拭った。

 瑞希は自室からキャリーバッグとボストンバッグを取って来て、それらに冴子が準備してくれた着替え、食糧、水、懐中電灯、電池などを一つ一つ詰めて行った。

「瑞希、いい感じの着物があったわよ」

 そう言う冴子の手には数種の着物が握られている。

「着付けを教えるから、ちゃんと覚えなさいね。しばらくは自分で着なきゃいけないんだから」

 そう言う冴子に瑞希は素直に頷いた。

 一度冴子に着せてもらい、後はひたすら脱着を繰り返す。鳩尾のあたりが苦しいなんて言う間もなく、覚えるまで何度も繰り返した。

 瑞希が一人でするすると着られるようになった頃、銀牙と葵がやって来た。

 冴子が出迎えると二人は複雑な表情をしていた。

 冴子に「笑って」と言われ二人は口角を上げたが、上手く笑えなかった。




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