旧友
人物紹介。
中西 鉄雄 ミラルドの50年前の同期生。
身長 165㎝。
髪 白髪。
瞳 黒色。眼鏡。
性格 温厚 世話好き。
50年前の鉄雄
黒淵眼鏡。七三分け。超真面目。優しい人。
ラルの為に車の免許を取り、何時も 海や山にドライブに連れて行ってくれていた。
中西 涼 ミラルドの6年前の同期生。
身長 178㎝。
髪 茶色。
瞳 茶色。眼鏡。
性格 ミラルドの為に 何かしようと思っているけど、何時も空回り。掴み何処の無い性格。
医者に成る為なら、妖術を使えば簡単なのに。ミラルドは真面目過ぎるので、ちゃんと学校に通って医師免許を取得しました。でも人間には、寿命が有るので、もう一度学校に通って医師免許を取りました。本当に真面目ですね。
瑞希がラルの家に転がり込んで、四日が過ぎた。大分、心も落ち着いて来たようだ。毎日穏やかに過ごしている。そんな時、ラルの元に珍しい客がやって来た。
「やあ、ミラルド久しぶりだな」
「よお、ミラルド! 久しぶり!」
白髪の初老の男と、若い茶髪の男が、庭にいたラルに声を掛けた。
「鉄雄。涼。久しぶりだな、どうしたんだ?」
ラルは二人の姿を見て、嬉しそうに駆け寄る。二人は、ミラルドの大学の同期生だ。
「近くまで来たから寄ってみたんだ。元気そうだな。って言うか、また子供になっているのか」
「あぁ。 二度の高校、大学通いで、大人になる為に、紋章の力使い果たしてしまったからな。今は、この通りさ」
と、紋章を見せる。瑞希が入院した頃は、無色透明だった紋章が、今は濃いピンク色をしている。近いうちに大人になれるはずだ。
「本当だ、以前は シルバーだったよな」
と、若い男涼が言うと、初老の男鉄雄が「昔は ゴールドだったよ」と言った。
父エルドが持っていた頃、紋章には妖力がたっぷりと詰まっていた。医師に成る為には、学校へ行き、医師免許を取得しなければならない。そこで紋章の力を借りて、大人に成り大学に通ったのだ。
「これは、これは、鉄雄様、涼様、お久しぶりでございます」
話し声を聞きつけ、流輝が庭に出てきた。そして二人を見かけ、声を掛けた。
「流輝さん、お久しぶりです」
二人は揃ってお辞儀をする。
「俺は、ミラルドとは偶に会ってますよ。医師会とかで。な?」
そう言いながら、涼はラルの肩を叩いた。
「皆様、中へどうぞ。お茶でもいかがですか?」
四人は診療所の中へ入って行く。
大勢の足音に気付き「お客様ですか?」と、キッチンから顔を覗かせる瑞希の姿を見て「可愛い子がいる!」と、涼はすぐに反応した。
「ミラルド! 彼女誰! どういう関係?」
涼はラルの肩を掴み、揺さぶりながら訊く。強く揺さぶられ、ふらふらのラルの事はほおっておいて、すぐに瑞希に向き直る。
「初めまして、中西 涼と言います。こっちは祖父の、中西鉄雄です。ミラルドの友人で、医者です」
と、紳士であるが如く、優雅に立ち振る舞い自己紹介をした。
「初めまして、私は杉本瑞希。高校二年です」
瑞希は、涼の態度にたじろぎながらも、ミラルドの友達に粗相をしてはいけないと、明るく挨拶をしたのだった。
「えっと、瑞希は僕とミラルドの友達だよ!」
気を取り直したラルは、涼を思い切り睨みつけ、子供らしく言う。
「涼兄ちゃん。ちょっと、こっちに来て!」
と、ラルは涼を部屋の隅に引っ張って行く。
「涼! 今、俺はラルなの。ラル! 分かる?」
「あぁ。オッケイ! ラル、ね」
「どうしたの? 二人で、何の話し?」
「何でも無いよ。ねっ、涼兄ちゃん!」
「あぁ。なっ、ミッ、じゃ無かった。ラル!」
涼はまたラルに睨まれた。
「皆さん、こちらへどうぞ、紅茶が入りましたよ」
瑞希がキッチンに入って行き、トレイを手に戻って来て声を掛けた。「マフィン作ってみました。どうぞ」と言いながら、配って行く。
「瑞希ちゃんて、よく遊びに来るの? もしかして、ここに住んでるとか?」
涼が質問する。涼は妙に鋭い事がある。気付かなくていい事に気付いてしまうのだ。
「あの、えっと、それは……」
瑞希が答えに詰まる。
「僕が泊まってって、瑞希に頼んだんだよ!」
ラルは、これ以上聴かないでオーラをだした。涼は、なんとなく察してくれた様で、それ以上何も聴かなかった。
「中西様。お二人共、今日はお泊まりになられませんか?」
おやつを食べ終え一息ついてから流輝は尋ねた。
「そうだね、どうする? 爺ちゃん」
「迷惑では無いですか?」
「とんでも御座いません。積もる話しも御座いますでしょう。御ゆっくりされて下さい」
「それでは、お言葉に甘えて 一晩泊めて貰いましょう。お爺ちゃん」
「そうさせて頂きます」
「そうと決まれば、瑞希様、夕飯の買い物にお付き合い下さいますか?」
流輝にそう言われ、「はい。連れて行って下さい」と瑞希は応える。夕飯何にしましょうか?と談笑しながら、二人は出掛けた。
「流輝が気を使ってくれたんだ。瑞希がいると、色々話せないからな」
「お前も大変だな。まだ知らないのか、お前の事」
「あぁ。言うつもりも無い」
「なぜだ?」
「話した事があったろ。妻を亡くした事があるって。もう誰も愛さないって誓ったんだ……」
そう言ってラルは、辛そうな顔をする。
「もう、良いんじゃないか?」
「何がだ?」
「五百年も前の事だろ? もう誰かを愛しても良いだろ。それに、自分の気持ちは偽れないだろう?」
「……止めてくれ……」
ラルは、頭を抱える。そんなの、俺が一番分かってる。
「もう、よせ涼。誰にでも忘れられない人はいる。忘れられない思いもある。それは、何年経っても変わらないさ。そんな相手がいないお前には、まだ分からないのさ」
と、涼は、鉄雄に窘められてしまった。
「俺は、ただミラルドの事が心配で。苦しめるつもりなんて、全然……」
涼は、悔しげに顔を歪める。
「涼の気持ちは分かってるよ。有り難う……」
「でも、バレたらどうするんだ? 又、昔の様に記憶を消すのか? 昔は、バレた奴片っ端から記憶隠ぺいしていたよなぁ」
涼が言うと、鉄雄も「私の時も、そうだったな」と言う。
「あの頃は、何が何でも医師免許って感じで、肩肘張って、虚勢張りまくりだったからな~。子供でいられる今は、気楽で良いよ」
ラルは、本当に今が楽しくて仕方ないといった風に言う。
「あの頃は本当に生きるのに必死って感じで。近寄り難かったのにな。何でか意気投合したんだよな~。読んでる本とか一緒でさ」
二人は懐かしい目をする。
「でも、何で俺達だけ記憶を消さなかったんだ?」
「そうだな」と言って、ラルは天井を見上げる。
「歩む時間は違っても、人間の友人が欲しかったのかな。それに、秘密を知ってる人間がいると、何かと便利だしな」
二人は、ふ~んと頷ずいた。
「でも、涼の家に行った時には驚いたな。すっかり外見が変わってしまった鉄雄がいるんだもんな」
「私も、あんな再会をするなんて驚いたよ。再会したミラルドは、昔と ちっとも変わってなくて。四十年前にタイムスリップしてしまった様だった」
「俺こそ驚いたよ。お茶を持ってドアの前に立ったら、二人の会話が聞こえて来て、耳を疑う様な話しがポンポン出て来て」
ラルと、鉄雄のあとに、涼が続ける。
それでバレたんだったなと、ラルはポリポリと頭を掻く。
「でも、れが鉄雄の孫で良かったよ」
「これも、運命なのかね……」
鉄雄が遠い目をした。
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五十年前の医大。
初めてミラルドと言葉を交わしたのは、校舎の裏庭だった。
学校には、様々な草花が自生しており、鉄雄は勉強のストレスを発散する為に、暇を見つけては花の世話をしていた。
あの日も、校舎裏に自生していたアヤメを見に行った。
大勢の男子と、一人の男が、殴り合いの喧嘩をしている。
ミラルド・クラウド。 日本では、とても珍しい名前と大きな体格。髪と瞳の色は茶色、色白で高く通った鼻筋。
とても目立っていた。
頭は常にトップクラスで、他の男子の、嫉妬・妬み・恨みが一斉に彼に向かっていた。その為か、何かに付け呼び出され、その全てを返り討ちにしていた。
彼は喧嘩も強かった。
天は二物を与えた。不公平だと思った事もあったが、無い物を欲しがっても仕方が無い。
そんな場所で、出逢ってしまった。
ミラルドは冷たい目を向け「なんだ、お前も俺に文句が有るのか」と言った。
「ちっ、違うよ、僕はただ花を見に来ただけで……って、ああぁっ。駄目じゃないか! 花を踏み荒らしちゃ!」
と言いながら、鉄雄は倒れたアヤメを両手で土ごと起こした。
「お前は、中西鉄雄か」
「僕の事、知ってるの?」
大学の有名人が、地味な僕の名前を知ってくれている。鉄雄はそのことがとても嬉しかった。
「あぁ、知ってる。冴えない見た目に、大人しい性格。でも頭は、俺の次に良いな」
酷い言われ様だ。いや、その通りなんだけどね……
ミラルドはふいに目を伏せて、「でも、臆病者じゃないな」と言い残して鉄雄を一人残して立ち去った。
えっ、それってどう言う意味!? という鉄雄の呟きは五月の空に吸い込まれた。
それからミラルドに関わる事は無かったが、二年の時に大学の寮が出来て二人部屋に入る事になった。そこで同室に成ったのがミラルドだった。
「同じ部屋だね。宜しく! ミラルド・クラウド」
「中西鉄雄か、久しぶりだな」
ミラルドはチラリと鉄雄を見て、俺がお前と同室にして貰ったんだと、言った。
「えっ、どうして?」
鉄雄はまた嬉しさに包まれ、顔が締りなく緩むのを必死に隠した。
「お前とは上手くやれそうだったからな。それに、他の奴とは合わないって、先生方も分かっていたのかも知れないな」
なる程と鉄雄は呟きながら、少し冷静になれた。
ミラルドは一番最初に会った時より、トゲが抜けた感じだったけど。他の人の前ではやっぱり、近付くなオーラを出しまくっていた。
僕にだけ、気を許してくれたのかな。と、また心が温かくなるのを感じて、嬉しかったのを憶えている。
彼の正体を知ったのは、寮に入ってからニヶ月が過ぎた頃だった。
ある日、予定よりも早く外出先から帰宅した。部屋に戻ってみると、鍵が掛かっていて入れなかった。
仕方無いので、スペアキーを借りて部屋に入ってみると、小さな男の子が、ミラルドのベッドで寝ていた。
男の子には、頭の上に耳が付いていて、ふさふさのシッポも生えていた。
驚いて見ていると その子供が目を覚まして、しまったと言う顔をしている。
「きょっ、今日は、帰るの遅くなるって言ってたじゃないか!」
その男の子は、睨み付けながら大声で怒鳴る。
五・六歳の子供に凄まれても、全然怖くない。むしろ可愛い。
全くこたえてないと分かって、彼は観念して、ポツリ、ポツリと、自分の事を話し始めた。
僕は、全てを話し終わったミラルドに、「じゃあ、僕と二人でいる時は、本当の姿でいると良いよ。ずっと大人の姿じゃ疲れちゃうでしょう」と言った。ミラルドは、これまでに無いぐらい驚いた顔をしてた。
俺の話しを信じてくれるのかと言うミラルドに、僕は信じるよと言って微笑んだ。
でも後で考えると、あの時僕が受け入れ無かったら、僕の記憶も消すつもりだったのかも知れないな。
それから、卒業までずっと同室だった。僕は、彼が気を許した唯一の人間だった。
卒業から四十年程経った頃に、孫がミラルドを家に連れて来た。
あの時は驚いた。見間違いかと思った。
懐かしくて、色々話しをしていたら、涼にまで正体がばれてしまったのだったな……
でもそれで良かったと思う。
私はいずれこの世を去ってしまう。
だけど、涼がいれば。まだ暫くは、人間の友人がこの世の中にいる事になる。
私は医師として、人の生死に関わって来たが、永遠に終わる事の無い命。どんな感じなのだろう。人間は永遠の命・永遠の美貌を求めるが。当の本人には、耐え難い事なのかも知れない。
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「そう言えば、お前のその耳とシッポ。瑞希ちゃんは、何も聞かないのか?」
「聞かれた」
「それで、何て答えたんだ?」
「言ったよ、コスプレって」
と、ラルは耳に触れながら言う。
「コスプレって 言ったのか? まあ、それしか無いか」
と、二人で笑っている。
その姿を見て「やっぱり、私は先に失礼するよ」と、鉄雄が言った。
「何でだよ!ゆっくりして行けば良いじゃないか!」
と、ラルが膨れる。
「明日は、用事があるんだった忘れていたよ。でも涼は置いて行くから宜しく頼むよ」
やっぱり子供の姿は可愛いなと思いながら、鉄雄が言った。
「宜しく頼むって、俺はもうガキじゃないよ」
と、涼がむくれる。
鉄雄が、そうだなと言いながら笑っている。
「じゃあ、夕飯食べて行けよ」
ラルが更に食い下がる。
「分かったよ。じゃあ夕飯はご馳走になろうかな」
可愛いらしさに負けて、そう言った。
ミラルドに可愛いからなんて言ったら、凄く怒るんだろうなと考える。笑みがこぼれた。
ただいま!と瑞希の元気な声の後にただいま戻りましたと流輝の声もする。
「すぐに夕飯の用意を致しますので、その間にお風呂を済ませて頂けますか?」
流輝の言葉に、分かったとラルが答えた。
流輝と瑞希はキッチンに入って、さっそく料理に取りかかった。
散らし寿司、天ぷら、サラダ、などの出来たての料理が並んでいる。五人は食卓に着き食べ始めた。
「お爺ちゃん、夕飯の後に 帰るって言うんだよ!流輝さん引き止めて下さい!」
食事を取りながら涼が切り出す。
「そうなんですか?」「何かご予定でも?」瑞希と流輝が言うと更に涼とラルも泊まれコールを始める。 困りましたねと、鉄雄は頭を掻いた。
「爺ちゃん本当は、用事なんてないんじゃないの? 俺とミラルドに気を使ってんじゃ無いの?」
涼はいつもの癖で、ラルのことをミラルドと読んでいるが、ラル自体もそう呼ばれている事に気付いていないようだ。
「何の気を使うんだよ! そんな事されても嬉しく無いぞ!!」
と、ラルがむくれている。ラルも鉄雄を引き止める事に躍起になっていた。
「いやあ、そんな事は無いんだけどね。分かった、分かった、家に電話して、用事を別の日にずらして貰うよ」
と言って鉄雄は家に電話を掛けた。結局、二人共泊まる事に成った。
次の日、鉄雄は午前中に慌ただしく帰って行った。涼はラルから大人になる頃だと聞いて診療所に残る事にした。大学病院で、3日間の休暇を貰ってたから良かったと喜んでいる。
「でも俺、仕事たぞ。あっそうだ、お前も手伝え。俺が診る時には、患者さん半端無く多いんだ。助かるよ。」
とラルが言うと涼は、俺瑞希ちゃんとゆっくりしていたいと、駄々をこねた。
夕飯の後、今日から友達の家に泊まると突然ラルが言った。
「えっ、今日からって、何日も泊まるの?」
と、瑞希に訊かれ「二回かな?」とラルは疑問形で答える。
「そうなんだ。分かった、楽しんで来てね。一人で行くの? 送って行こうか?」
瑞希は残念そうにしながらも、子供が一人で行動するのは危険だと言っているのだ。
俺が送って行くから大丈夫だよと涼がラルの肩に腕を回し出て行った。
「おいミラルド、今日何処で寝るんだよ」
涼の問いかけにラルは、車の中かなぁとため息交じりに答える。そこへ 勝手口から出て来た流輝が、
「ミラルド様、今日は 地下でお休み下さい。車の中などお辞め下さい。先代に顔向け出来ません」
と、切羽詰まった顔で言った。流輝は今にも泣きそうな顔をしている。
「分かった。分かったよ。じゃあ、瑞希が風呂に入ってる間に家の中に入るから……」
と言い、ラルは時間が来るまで車の中で待つ事にした。流輝は、勝手口から、涼は、玄関からそれぞれ診療所に戻った。
「瑞希ちゃん、お風呂 入って来なよ」
涼は、一秒でも早くラルを家の中に入れたくて、瑞希を風呂にせかすが、その意図に気付かない瑞希は、遠慮して、涼に先に入るように勧めた。
遠慮する瑞希の背中を、涼は、良いから、良いから、と押して行く。
瑞希は、観念してじゃあ、先にお風呂頂きますねと、やっと行ってくれた。瑞希は一度借り部屋に行き、着替えを持って、地下に降りていった。
涼は外に出て行き、車の窓を、コツコツと叩いて合図をした。
ラルが顔を覗かせる。早かったなと車から降りた。
半地下の風呂の窓から、湯気がもくもくと上がっている。
今だ!と二人で 急いで家の中に入り、鉄雄が泊まっていた部屋へと向かった。
「なあミラルド、一緒に風呂入ろうぜ」
涼がにやりとする。
「えっ、何で~」
ラルは、嫌な顔をする。
「良いじゃん!」
涼は、ニカッと笑った。
「別に良いけど……」
ラルは口を尖らし、諦めた。
気持ち良かった。と言いながら、瑞希はリビングへと上がって行く。
それを見送って、涼とラルが風呂に入って行った。
「何か、凄っげ~久しぶりだな、こうして二人で風呂に入るの」
「まあ、そうだな。俺一人で入りたいけど」
「まあ、そう言うなって!」
そう言いながら涼は、ジャバッと、ラルの頭上からお湯をぶっ掛けた。
「何すんだ、このやろ~」
そう言って、ラルは涼の顔にしこたまお湯をぶちまけた。
散々お風呂で暴れた後。部屋に戻った二人はベッドに横たわりだらだらしている。
そこへ 流輝がミラルドの服を持って入って来た。
「ラル様、大人に成った時の為の服です。念の為、今日は裸でお休み下さい」
ラルは分かってると頷く。 すると、涼がニヤリとしてミラルド、一緒に寝るか?と、誘って来た。「嫌だ!!」ラルは、すかさず叫んだ。
朝、目覚める。ラルの身体は、夜中の内に大人へと変化していた。
すっと、頭の中が冴えて行く。
「あっ、まずい。早く服を着て、一度外へ行かなきゃ」
バタバタと服を着て、慌てて、でもコソコソと静かに家の外へ出て行く。
どうしよう、二十四時間営業のレストランに行って、暇潰しでもするか。
時計を見る。まだ五時半か。レストランの一席に落ち着き、珈琲を注文した。
「あぁ暇だ。本でも持って来るんだった」
慌てていた為に、携帯と、 財布だけ持って出たのだった。
参ったなと思って、ぼんやりと外を眺める。
それにしても、鉄雄は年を取ったな。もう七十五歳か。
知り合った人間達は、どんどん年を重ねて行き、姿も声も変わって行ってしまうのに。
俺と流輝だけは、そのまま……だな……
だから、同じ所に止まっていられ無い。
五年毎に、居場所を転々として来た。
北海道から沖縄まで。島にも住んだ。
出来るだけ、同じ場所は避けて来た。
これからもずっと、そうして生きて行くのか。
頭を抱える。
……絶望がミラルドを襲う。
……希望なんて来ない。いつまでも。
――――――永遠に――――――
大きな溜め息を吐く。六時半か、店を出て、公園の中を散歩する事にした。
「おはよう御座います!」
と突然声がした。
ミラルドは驚いて、辺りをキョロキョロ見回すと、木陰から瑞希が現れた。
「早いんですね」
「あぁ、 おはよう。タクシーで来たんだけど、早く着いたから散歩していたんだ。朝の公園は、空気が澄んでいて気持ち良いね」
ミラルドの問いかけに、はい。と頬を染めて頷く瑞希。一緒に歩きましょうかと二人で散策をした。
涼は、二人の姿を遠くから見ていた。愛しそうに瑞希を見つめるミラルドが見える。
「本当は好きなくせに」
ミラルドって意外に意地っ張りだよな。よし、良い事考え付いた。涼は、ニヤリと笑った。
四人での早めの朝食を終え、寛いでいると、流輝が、音も無くすくっと立ち上がった。今日は天気が良いので、シーツでも洗いましょうと、リビングを出て行く。私も手伝いますと瑞希もその後を追った。
「俺も、俺も!」と言って、涼も後に続く。暫くして、流輝だけが戻って来た。
「瑞希様と涼様が、二人でされるとおっしゃられて、助かりました」
涼と瑞希は、手分けして各部屋のシーツを引っ剥がして行く。洗濯機に放り込んで、次々に洗って行く。洗い上がった物を、これ又二人で一枚づつ物干し竿に干して行く。
涼は、どう云う訳か、隙あらば瑞希に触れようとする。
肩を抱こうとしたり、手を握ろうとしたり、その度に瑞希は、過剰な程に跳び退く。
なぜだろうと涼は考えるが。まっ良いか。このまま 猛アタックしよう。そうすればミラルドはどんな反応するかなと、考える事を放棄した。
一息ついて、瑞希は昼食の準備に取り掛かる。
「僕も手伝うよ」
と、涼は瑞希に近づいて行く。
「じゃあ……、冷蔵庫から野菜を取って貰えますか? サラダを作るので」
瑞希は、涼を近づけまいとする。
「あぁ、サラダね、了解!」
涼は、野菜室から、サラダに使えそうな葉物野菜を次々と取り出す。
あっ、有り難うと言って、瑞希は野菜を切り始めた。
今日の昼食はチキンカツ、野菜サラダとスープ。
作り終えて、椅子に腰掛け、瑞希は深く溜め息を吐いた。
「瑞希ちゃんて、料理作るの上手いね」
「私、幼い頃から祖母の手伝いしていたから」
「瑞希ちゃん、良いお嫁さんになれるよ。どう? 俺のところに来る気ない?」
「え゛っ、涼さんのとこにですか? う~ん、考えときます」
と、瑞希は軽くあしらう。
「本気で考えてみてよ。ミラルドなんか待ってたら、お婆ちゃんに成っちゃうかもよ」
こんな、可愛い娘が目の前にいるのに。あいつ、思い知れば良いんだ。そう呟きながら、唇を噛み締める。そして、瑞希を後ろから抱き締めた。
瑞希の腰の辺りから、ぞっと寒気が背筋を這い上がる。 瑞希の身体が、小刻みに震えだした。
そこへ、午前の診療を終えたミラルドが、伸びをしながら入って来た。
瑞希は、涼の手を振り解いて、ミラルドの胸に飛び込んだ。
瑞希の身体が震えている。どうしたんだ瑞希? とミラルドは瑞希の顔を覗きこむ。
「どうしたの? 瑞希ちゃん。ちょっと、抱き締めただけじゃ無いかぁ」
涼が言った。あぁ、それでか。とミラルドは納得した。
「大丈夫だよ」
ミラルドは、そっと瑞希の身体を抱き締める。次第に震えが止まり、瑞希は平常心を取り戻した。
平気か? と訊かれうんと小さく頷く瑞希を、ソファーに座らせ、流輝が入れてくれた紅茶を差し出す。
「これ飲んで、落ち着くよ」
「うん……有り難う」
瑞希が落ち着いたのを見計らいちょっと来いと、涼の手を引っ張ってミラルドは、リビングを出て行く。
「何だよ、放せ」
涼は、その手を振り解く。
「瑞希に手を出すな」
「はっ、何言ってるの? 俺が瑞希ちゃんに何しようと勝手だろ」
「そうじゃ無い」
「何が違うんだ」
ミラルドは、拳を握り込む。
「瑞希は、ついこの間、男に…… 乱暴されそうに成ったんだ。……だから……瑞希に触るな」
涼は目を見張った。
「そうだったのか……。悪い事したな……分かったよ。もう、俺からは触らないようにする」
「でも、お前には触られても平気なんだよなぁ。どうしてだろうなぁ」
涼は、更に続けてリビングに戻って行った。
「そんな事、俺に言われても、分かる訳、……無い」
リビングでは、流輝と瑞希が食事の仕度をしていた。
「瑞希ちゃん、さっきはごめん。もう二度とあんな事しないから!」
と涼は、土下座をしてあやまった。
「もう分かりましたから、土下座を止めてください!」
瑞希の許しを得て、涼は、ようやく立ち上がる。
「さあ、御食事に致しましょうか」
と、その場の空気を変える様に流輝が言った。
「ところで、ミラルド様はいかがされたのでしょうか?」
「あぁ、後で降りて来るんじゃ無い? 先に食べようよ」
と涼が言ったが、流輝は様子を見て来ます。と言って二階に上がって行った。
流輝がミラルドの部屋をノックするが返事が無い。扉を開けてみると、ミラルドは、ベッドに仰向けに寝転んで、ぼんやりしていた。
「ミラルド様、いかがされましたか?」
「別に何でも無い」
「そうで御座いますか……御食事は、どうされますか?」
「部屋に持って来てくれ」
流輝はかしこまりましたと言って、部屋を出て、しばらくして食事を運んで来た。
「ミラルド様、ちゃんと召し上がってください」
と、流輝は返事を返さない主を気にしながら階下に降りて行った。
「ミラルドさんは何て?」
と瑞希が尋ねる。
「何もおっしゃいませんでした」
と、流輝は応える。瑞希は、食事に手をつけなかった。
「どうしたの? 瑞希ちゃん」
「ミラルドさん、どうしたのかなと思って」
「あぁ、ミラルドね。俺がちょっと、余計な事言っちゃったからな。あいつも意地っ張りだし、それに、重い物、背負ってるしな。どうしようも無い事も有るけど」
「何よりあいつは、ちっとも前向きに生きていないんだ。だから背中を押してやりたいと思った。友人としてね」
瑞希には、涼の言っている事の意味は、全く理解出来なかった。
「あぁ、ごめん。意味不明な事言っちゃったね。でも、その内に瑞希ちゃんにも分かるよ。たぶん」
と涼は、続けた。考えて見れば、私はミラルドさんの事を殆ど知らないのよね……。もっと、知りたいな……
「さっ 食べよう!」三人は食事を続けた。