第四章『消滅(しょうめつ)編』 ・・プロローグ・・
第三章のエピローグの内容だったものの後に、少しお話しをくっ付けました。
「流輝さん、待ちなさい!」
黒樹との対決の後、流輝はちょくちょく冴子に追いかけられていた。
「ねぇ、私は流輝さんの適合者じゃないの?」
「……ですから、何度も申しました通り、残念ながら適合者ではありません……」
流輝は申し訳なく頭を下げる。
「もう! ……どうにかならないの?……」
冴子は流輝の胸元のシャツを握り締め、尻すぼみ気味に詰め寄った。
「……申し訳ありません……」
頭を下げる流輝を前に冴子は顔を覆ってわっと泣き出した。流輝はビクリと身体を震わせ、慌てふためく。
「あの、その、えっと、さっ、冴子さま?」
「私……私が死んだら……流輝さんは、又、新しい人と恋に落ちるの? ……って言うか、私だけが年老いて行くなんて、あり得ないわ!! 許せない!」
「あああの、そう申されましても、……あの……私は、どうすればっ……」
頭を抱える流輝をみかね、涼が助け船を出した。
「流輝さん、俺と同じ事言えば良いのに」
涼は流輝に、ごにょごにょと耳打ちする。流輝は一つ頷き冴子と向き合った。
「冴子さま。私はウルフ族なので寿命はありません。でも冴子さまの命が尽きる時は私も一緒に逝きます。」
「えっ?」
突然の言葉に驚く冴子の顔を見ながら、流輝は続ける。
「さっ、冴子さま。わ、わたわた私と、……けけけ結婚して下さい!!」
言い終わると同時に、流輝はかばっと頭を下げた。
冴子の驚きで見開かれた瞳が優しく細められて行く。
「嬉しい! 有り難う流輝さん。ふつつか者ですが、どうぞ宜しくお願いします」
冴子も深々とお辞儀をした。
「はーい。皆さーんカメラを見て下さーい」
二人は、ちょっとした食事会で済ますつもりだったのだが、葵と銀牙が仕切って、結局はホテルで式と披露宴を挙げる事に成った。
初めは渋々だった二人も楽しそうに微笑んだり赤面したりしている。満更でもないようだ。
「はい、チーズ!」
皆の笑顔は輝いていた。
◇◇◇◇◇◇◇
木漏れ日が柔らかく差し込む森のなかに、ふよふよと黒いもやが漂っていた。
あの日黒樹から剥がれ出た私怨の塊。黒樹を黒く染め上げた負の感情。
憎い 憎い 憎い 憎い
許せない 許せない 許せない
妬み、憎しみ、嫉妬。
そんな負の塊が浄化される事もなく、未だに森のなかを漂い続けていた。
黒いもやには意思があるのか。何を考えているのか。どこへ、向かうのか。
もやは樹海のすぐ側にある病院へと進んで行く。
もやが去った後の森に、紅葉樹のような紅いマントに身を包んだ少年が佇んでいた。
赤い短めの髪に赤茶色の瞳。
あどけさの残る整った顔は人間で云う小学校高学年といった所か。
「邪悪な者の気配がしたのだが……」
私怨の残滓が残る方へ向きを変え、もやの辿ったであろう後を進む。
その先にはウルフ族当主の友人が勤める病院があった。
「様々な怨念が渦巻く場所か。早く処理せねばならぬと言うのに……」
そう呟いて、紅樹は病院へ向かった。
「涼、迎えに来たわよ。ミラルド様の所へ行くのよね?」
「ああ、そうだったね。美咲ありがとう。行こうか」
二人は駐車場に向けて歩きだした。
……ミラルド………ミラルド……
建物の陰に漂っていた黒いもやは、その言葉に吸い寄せられるように二人の後を追う。
もやは、二人が乗り込んだ車を包むように涼達と共にウルフ族当主の住む場所へと向かった。