≪ 番外編 ≫11月11日はポッキーの日
桜ヶ丘学園の放課後。
瑞希は私用があるとかで、早々に教室を出て行った。
生徒たちは、まだあちこちに小さなグループを作り、雑談している。
「葵、俺たちも帰るか」
と、銀牙が近づいて来る。
それに返事をしつつ葵も立ち上がった。
「ねぇねぇ、今日はポッキーの日じゃん。ポッキー買った?」
「もちろんよ! でも、ポッキーゲームする相手がいなーい!」
女子の集団が騒いでいる。
ポッキーゲーム?
葵は小首をかしげながら銀牙の後に教室を出た。
二人は屋敷に帰りつき、葵の部屋のソファーに腰を落ち着ける。
「銀牙さん、ポッキーゲームってご存知ですか?」
葵は、教室を出る時から気になっていた事を訊いてみた。
「え? ポッキーゲーム? あー懐かしいなぁ。俺もよくやったよ」
銀牙は楽しそうに昔話を始めた。
「俺がさ」と話始めると、葵も「はい」と楽しそうに相づちを打つ。
「ホストクラブで働いてた時」
と続ける銀牙。
“ホストクラブ”の六文字が出た時点で、葵の顔から笑みは消えていた。銀牙はそれに気づかず話を続ける。
「十一月十一日はポッキーの日だからって、その日は店でもポッキーを大量に用意してさ、お客さんとゲームをしたんだよ」
「どんなゲームなんですか?」
「一本のポッキーの端を、お客さんと店員がくわえて食べるんだよ」
「最終的にどうなるんですの?」
「え、えっと、最終的に?」
銀牙はそこで初めて葵の表情が無い事に気づいた。
「えっと、それは……俺はやって無いから!!」
「先程は、俺もよくやったと仰っていましたよね」
「いや!! 言葉の誤だから!! やって無いから!!」
葵は無表情のまますくっと立ち上がり、銀牙の胸ぐらを掴んだ。
「ちょっと待て葵。全力は止めろ!!」
そう叫んだ銀牙の体は、すでに宙に浮いていた。
「わあぁぁぁぁっ」
銀牙の叫び声の直後、轟音と地響きが起こった。その音を聞きつけ高科と真壁が葵の部屋に飛び込んで来る。
銀牙は壁にめり込んでいた。
「何が、あったのですか、葵お嬢様」
高科は恐る恐る葵に話かける。
「今日はポッキーの日だから、ポッキーゲームの説明してたんだよ」
銀牙は壁の中から這い出しながら答えた。
「それが、なぜ、その様な事に」
「だからさ、ポッキーの両端をお互いにかじっていくと――」
そこまで言ったところで、高科は銀牙を遮っる。
「銀牙さん。是非くわしくお聞かせください! 真壁、後の事は任せたぞ!」
そう言うと、高科は銀牙を引っ張って出て行ってしまった。
「ちょ、ちょっと。高科さん、銀牙さん。待ちなさーーーい!!」
葵は仁王立ちして、妖力を爆発させた。
高科は話を聞き終えると、爆発でもあったかのような葵の部屋に銀牙を送り届けた。そして直ぐに踵を返し、ポッキーを買いに出かけた。
◇◇◇◇◇◇◇
「高科さん、お話しと言うのは?」
高科は、仕事が終わった後に早苗を呼び出す。
「あの、早苗さん。今日がポッキーの日と言う事はご存知ですか?」
高科は、よほど焦っていたのかいきなり本題に入った。
「いいえ」と言う早苗に、高科は「ポッキーの日には、ポッキーゲームをしなければならないのです」と言いきった。
「ポッキーゲーム?」
早苗は小首をかしげる。
「ポッキーゲームとは、このポッキーを二人でくわえて食べる儀式なのです」
高科は、箱からポッキーを一本取り出した。「さあくわえてください」と急かされ、早苗は「は、はい」と差し出された方を口に含んだ。
高科は、早苗の身長に合わせるべく、かがんで目線を合わせ、もう一方をくわえた。
近いな……
思った以上に近距離にある顔に、高科の鼓動ははね上がる。
恥ずかしすぎて二人共動けないでいると「ちょっと待ったぁ」と聞こえた。と同時に、手刀で素早くポッキーは真っ二つに折られた。
「高科! 俺の母ちゃんに、なにやってんだ!!」
そう言いながら、恭弥は高科の胸ぐらを締め上げる。
「くるし……きょう、やく……はなし……」
「恭弥」
早苗の一声で恭弥は我に返り、その手をパッと放した。
そこからはいつもの口喧嘩が始まる。
早苗はポッキーを食べながらニコニコと二人のやり取りを眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「銀牙さん?」
笑顔なのに目が笑っていない。
爆発したガレキの中で、葵が銀牙に微笑かける。
「ここ、片付けといてくださいね」
葵はそう言って、屋敷の本邸に入って行った。
「葵を怒らせちゃダメだ……」
銀牙は、改めてそう決意したのだった。