黒樹 (2)
全力なミラルドの力が押し寄せてくる。黒樹は瞬時に攻撃に使っていた邪悪な妖力を自分を護る為に使い始めた。それでもミラルドの力は強大で黒樹の力が削がれる。
「――――くっ――――」
ウルフ族などに追い詰められるとは情けない。黒樹は苦し気に顔を歪める。我はまだ死ねぬ。我はまだ目的を果たしていない。我を生み出した憎むべき人間を滅ぼすまでは我は死ねぬのだ!!
小さかった黒樹の纏う黒い妖力が増幅され大きくなり始める。
やはり駄目なのか……いやダメだ! ここで諦めたら、俺が倒れたら、皆がやられてしまう。
仲間の顔が次々に浮かぶ。
そんなの駄目だ。俺はまだやれる。例え俺が命を落とす事に成っても、刺し違えても奴は仕留めなければ……
――――瑞希――――
ミラルドは歯を食いしばった。
更に黒樹を包む黒い妖力が大きくなった。黒樹は余裕の笑みさえ浮かべている。ふと人の気配を感じてそちらに目を向けると紅樹が立っていた。
「助太刀する」
そう言って紅樹の赤い妖力が黒樹を包み込んだ。黒樹は顔を歪め鋭い眼光を紅樹に向ける。
「漸く見付けたぞ黒樹。時期に仲間も集結する。黒樹よお前は終わりだ」
その言葉を受け黒樹は脱出を試みたが、二つの妖力に完全に包まれているためどこにも逃げる隙間が無い。そうこうする内に緑色の妖力、紫色の妖力、橙色の妖力に囲まれ、遂には総樹が現れた。
「……総樹……」
『黒樹よ、我の僕。我の子供……』
「黙れ! 又、我を閉じ込めるのか! 暗く淋しい場所に独りきりで、我を又縛り付けるのか!!」
『そなたは悪が強すぎる。浄化するしか無い。……済まないな……』
ひくっと黒樹は息を飲んだ。
「待ってろ。今、お前達を殺めてやる。一人づつ惨たらしく殺してやる!!」
『白樹も……殺めるのか……』
「……くっ……」
白樹とは生まれた頃、色が似ていたからとても気が合った。白樹は我の後をよく着いて来ていた。
――――かいー、待ってどこに行くの? わたくしも連れて行って
――――駄目だ、来るな
――――かい。意地悪しないで、一緒に遊びましょう?
かいは白いけど、わたくしの白とは違うのね。そう言って笑っていた。かつての仲間達は我の事を「かい」と呼んでいた。
『白樹は呼び寄せてはいない。そなたのその様な姿を再び見せるのは忍びない』
昔、仲間の鎖で縛られた時の白樹の辛そうな顔と零れ落ちる涙が蘇る。
「煩い。黙れ……」
『白樹は灰の事を気に入っていたな』
「黙れと言っている!!」
負の妖力が爆発する。それを抑えていた力も吹き飛ばされそうになったが辛うじて持ちこたえた。
茶色の妖力、黄色い妖力、青色の妖力、次々に総樹の僕が現れる。以前黒樹を封印した時を上回る人数で浄化に当たった。爆発し大きくなった黒い妖力も小さくなり、遂に黒樹は虹色に輝く光に包まれてしまった。
「わぁぁぁぁぁーーーーっ……やめっ……ろぉぉぉーーーー」
光に包まれたその姿は見えないが、苦し気な声が洩れ聞こえてくる。
「………くっ………」
黒樹は狂った様に地面を転げ回った。とても醜く歪んだ顔だ。確かにこんな姿は、白樹には見せられない。
浄化の力を浴び続け、徐々に黒樹の身体から色が抜けてゆく。黒から黒灰へ、黒灰から白灰へ、段々色が薄れていって遂には透明になってしまった。
黒樹を縛り付けていたそれぞれの妖力が、一つ又一つと消えて行く。ミラルドも自身の妖力を収めた。
黒樹から離れた黒い靄はふよふよと漂い森の方へ消えて行く。透明になってしまった黒樹は消滅の間際、一筋の涙を残していった。
「漸く北の大地にも春が訪れましたね」
白樹は青く晴れ渡った空を眩しげに見上げた。白い雲が形を変えながらゆったりと流れてゆく。白く覆われていた大地は緑色にその姿を変え、待ち望んでいた花たちが色鮮やかに咲き誇っていた。
風が心地よい。ニコニコと微笑む白樹の元に何かが舞い降りたように思えた。白樹は振り返り気配を探す。
「かい?」
懐かしい気配を感じる。遥か昔。まだ生まれたばかりの頃。かいと私はいつも一緒にいた。
「かい? そこにいるのですか?」
白樹は、もう一度声をかけてみる。
――――サヨウナラ――――
そう聞こえた気がした。あの頃のぶっきらぼうで、でも優しかった灰の声。
灰の気配が遠ざかっていく。
その時、総樹からの伝令がきた。
『黒樹は……消滅した』
白樹は瞳を大きくしポロポロと涙を零し、その場に崩れ落ちた。