決意 (2)
一仕事終え涼が洞窟に戻って来た。ひたひたと歩いて行くと牢屋の前に佇む黒樹の姿があった。
「黒樹、そんな所で何をやっている」
黒樹は牢屋の中に視線を向ける。涼もその視線を追って牢内に目をやった。誰も居ない筈の暗い場所に黒い人影が見える。四肢を投げ出し倒れるその人物を目を凝らして見つめる。涼ははっと息を飲んだ。
「美咲? なぜこんな所に! お前、美咲に何をした!!」
怒りのこもった声が洞窟内に響き渡る。
「安ずる事は無い、息はある。……仲間を殺されたくなければ言う通りにしろ」
突然の黒樹の言葉に涼は動きを止め、首を捻る。
「何の話だ」
涼は怪訝な顔を浮かべる。
「あの者に、お前が凶族に脅されていると言ったのだ。返して欲しくば紋章を奪って来いと命じた」
鉄格子を握り締める手が白く色を無くす。
「それで……紋章を、持って来たのか……」
「いや…失敗した。後一歩だったのだが……」
涼はほっと胸を撫で下ろした。
「あの者。危なく、怒りの余り消し飛ばすところだった。生きている者の苦しく歪む顔は良いな。ふふふふ……」
鉄格子を握り締める手に力がこもる。何かを掴んでいなければ殴り掛かりそうになる。涼は自分自身を必死に抑えた。
「リヨルドよ。我はもう飽きた。奴等をそろそろ仕留めよ」
「好きに……させると言っただろ」
涼は思わず語気を荒げる。
「そうだったなぁ。だが、もぅ良い。早く仕留めて来い」
笑みさえ浮かべるその横顔に憎しみの炎が沸き上がってくる。二人の会話が届いたのか、美咲の身体が微かに動いた気がした。
「美咲? 美咲!! 大丈夫か!!」
「……りょ…ぅ……」
美咲の目蓋が震え長い睫毛が大きく動いた。
「涼……無事だったの……良かった」
それだけ言うと美咲は又、力なく目蓋を閉じた。
「美咲! おい、ここを開けろ!」
「それは出来ない。ふふふふ……あの者を助けたければ、ウルフ族の当主を始末しろ」
黒樹はこの状況を楽しんでいるかの様に、交換条件を突き付ける。涼は鉄格子を殴りつけた。
「美咲……必ず助けるからな……待ってろよ」
力なく目を閉じている美咲に涼は優しく語り掛ける。美咲はそれに応える様に薄く目蓋を開ける。瞳を潤ませ何かを言おうと口を開くが言葉として発せられなかった。涼は黒樹に向き直り「解った」と言って洞窟を出て行った。
黒樹は俺の事も美咲の事も救う気は無いのだろう。涼は決意し、診療所を目指した。
その頃ミラルドは大学病院に呼び出されていた。朝襲われたらしい女性が高熱にうなされ苦しんでいる。やはり首筋には牙の跡。その女性を救うべくミラルドは妖力を使った。
漸く治療を終え、休む間もなく応診して回る。他の患者は退院しても良い程に回復していた。応診を終えると、直ぐ様流輝に連絡し診療所に戻って来た。
「何か報告は有ったか?」
「いいえ。まだ」
流輝の返事にそうかとミラルドは肩を落とす。そこへインターホンの音が響いた。護衛隊の一人かと思いミラルドは急いでドアを開ける。そこに立っていたのは涼だった。
「涼!! お前、今までどこにっ!! それより美咲さんが――――」
「……その事で、話があるんだ……」
疲弊した様子で疲れた顔をしている涼を、中に招き入れ診察室で話をする。
「俺……俺も、お前と同じだったよ……」
涼の言葉の意味が解らない。
「何が?」と聞くと「俺もウルフ族だった」と応えが返った。は? 何を言っているんだ涼の奴。
「俺は人間だと思ってた。けど違ったんだ」
悲し気に顔を歪める。
「どう言う事だ。解る様に説明しろ!」
元はと言えばコイツが居なく成った事がそもそもの原因なのではないのか。それなのに訳の解らない事を言っている。
「俺は邪気の弟だ。ずっと記憶を消されて、中西家の前に捨てられたんだ」
「……………は?」
邪気の弟? 涼が? って事はウルフ族? 涼が? ……訳が解らない。
「ミラルドに近付けさせてお前を倒す為に、黒樹が策をこうじたんだ……」
そんな……
「嘘だろ……」
「俺も、……信じたく無かった」
でもほらと涼は右手を構え爪を延ばして見せる。ミラルドは目を見はった。
「………信じられない」
「……目覚めたら夢だったって笑えたら、どんなに良いだろうと……思ったよ」
涼は諦めた様な笑みを浮かべた。
「それで……俺を倒しに来たのか……」
涼はかぶりを振る。
「黒樹にはそう言われて来たけど、出来ないよ。お前は俺の……親友だ」
それを聞いてミラルドは安堵した。
「でも美咲が捕まってるから……。俺は黒樹に闘いを挑もうと思う」
「美咲さんが紋章を持って行ってしまったんだ。まだ黒樹には渡っていないのか?」
ミラルドはハッとして、聞く。
「美咲は紋章を奪う事に失敗したと言っていたけど、違うのか?」
えっ……
「じゃあ、紋章はどこにあるんだ……」
「ミラルドは紋章を捜せ。俺は美咲を取り返しに行く」
「何を言っている! 危険だ。そんな事駄目だ!! 俺達も一緒に――――」
胸ぐらを掴んで必死に訴えるミラルドに両手を翳し暗示をかける。
「……涼……」
ミラルドはその場に崩れ落ちた。
「済まないミラルド。……お前と友達になれて良かったよ。本当にそう思ってる。……今まで有り難う」
そう言い残し涼は診療所を出て行く。覚悟を決めて再び樹海を目指した。その姿を追う者がいた事に涼は気付かなかった。