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決意 (1)

 激しく戸を叩く音がする。朝日が顔を出した頃だった。こんな早朝に誰でしょうかと思いながら流輝は返事をする。


「私です。隼人です」


 声の様子から凄く取り乱している事が伺える。「はいただ今」と、流輝は解錠し隼人を中に招き入れた。


「ミラルド様は?」


 流輝に掴み掛かる勢いで隼人は聞いてくる。


「まだ自室でお休みですが」


 何かあったのですか?と続ける流輝を置き去りに、隼人は階段を駆け上がり荒々しくドアを開けベッドに駆け寄った。



「ミラルド様……ご無事で……」


 すやすやと寝息を立てる当主の姿を目にし、隼人は深く息を吐いた。


「どうしたのですか?隼人さん」


 隼人の行動が全く理解出来ない流輝は困惑の色を隠せない。


「今、外で……あの女が……、あの、お雪が……。はっ、紋章は在りますか?」


「お雪とは、美咲さんの事ですか?」


「あの女は又裏切ったのです。我々を…又…」


 隼人は歯噛みし拳を握る。狭い部屋で二人が騒いでいるというのに、ミラルドはいっこうに目覚め無い。


「ミラルド様。ミラルド様!!」


 隼人はミラルドの身体を揺すり起こす。暫くし、漸くミラルドの目蓋が動いた。


「……んっ……、は…隼人? 何?……どうした?」


 ぼんやりと目を開け、居る筈の無い人物に向け質問する。



「ミラルド様。……紋章は在りますか?」


 焦りを抑えながら聞いてくる隼人を他所に、ミラルドは上体を起こし呑気に「ん~~」と伸びをする。


「紋章? 紋章ならここに……」


 そう言われてみると、いつも胸元にある微かな重みが感じられない。ミラルドは服の中に手を突っ込み胸の辺りを探る。ん? と首を捻り服の中を覗いて見た。頭がスーツと冴えていく。


「……無い……」


 茫然とするミラルドと驚きを隠せない流輝。やはり…隼人はそう呟いていた。


「何か知っているのか?」


 ミラルドの問いに隼人は朝の出来事を報告した。勿論、無断でパトロールをしていた事の謝罪も忘れない。


「まさか…美咲さんが……」


 まさか、そんな筈は無い。美咲さんがそんな事……。あの時……、あの時、昔の事を悔い改めたじゃないか。涼と幸せに暮らしていたじゃないか……。俺達を裏切る理由なんて、どこにも……


「だから言ったではないですか!……あのような者を仲間にするなど……」


「隼人さん、今さらその様な事を言っても仕方無いでしょう?」


 流輝にたしなめられ隼人は唇を噛んだ。




「俺達が生きているという事は、まだ黒樹に紋章は渡っていないという事だな……。済まないが護衛隊で美咲さんを探してくれるか、充分気を付けてくれよ」


「御意」


 三人は重苦しい空気を纏い階段を降りる。




「ミラルド、話があるんだけどって、あれ? 取り込み中?」


 銀牙の登場で空気が少しだけ軽くなった気がした。


「どうした?」


「うん。今日はこっちに来てるって聞いたから、早くしないと行っちゃうと思って」


「そうか」



「では私はこれで」


「あぁ。宜しく頼む。……美咲さんを傷付け無いでくれよ」


 その言葉に頷く事なく隼人は出て行った。


「えっ? 何かあったの?」


「あぁ……ちょっとな……。それより話って?」


「瑞希の事なんだけど」


 隼人を見送った後、リビングのイスに腰掛けながら銀牙が切り出す。


「えっ? 瑞希に何かあったのか?」


 こんな時に瑞希にも危険が及んでいるのかとミラルドは腰を浮かせる。


「いや大丈夫、元気だよ。」


 立ち上がりそうな勢いのミラルドに銀牙はすかさずそう言う。それを聞きミラルドは安堵しイスに座り直した。


 何かあったのか?と再び尋ねると、「実は」と葵に聞いたままを話し始めた。




「瑞希がそんな事を?」


「あぁ、苦しんでいるみたいだぞ。安心させてやれよ」


「……俺には……どうすれば……」


「簡単じゃないか、マーキングすれば済む事だろ?」


 頭を抱えるミラルドに銀牙は軽く答えを提示する。ミラルドはそんな簡単な事じゃ無いと声を荒げた。


「なんでそんなに頑ななんだよ。愛し合っていれば、一緒に居たいと思うの当たり前だろ!」


「でも、永遠の命って言うのは……」


 煮え切らないミラルドの態度に銀牙は苛立ちを覚え、段々と声が大きくなる。


「お前はすり替えてるんだ! 逃げてるだけだ!!」


「……何を……」


「お前は瑞希を失った時の事を恐れているんだ!! 失うぐらいなら初めから手に入れなければ良いと、そう思ってるんだろ!!」


 ミラルドは項垂れる。




「はは……お前に言われるなんてな……心の中を見透かされている様だ……」


 ミラルドは力なく笑う。


「俺だってな、伊達に五百年生きてる訳じゃ無いんだ。…お前の考えなんか丸解りだっつぅの!……馬鹿が……」


「………」


 ミラルドは項垂れたままリビングを後にし自室に向かう。重い身体を引き摺る様に階段を上がりドアを開けベッドに身体を投げ出した。



 紋章を失ってこの先どうやって黒樹と闘えっていうんだ。……何もこんな時に瑞希の話をしなくても……




 ――――マーキングすれば済む事だろ――――


 何を言っている。駄目だ……そんな事……



 ――――お前はすり替えてるんだ。逃げてるだけだ――――


 逃げてなんかいない。……俺は……



 ――――失うくらいなら初めから手に入れなければ良いと、そう思っているんだろ――――


 五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い!! お前なんかに何が解る!!


 ……瑞希の事……愛してるんだ……愛してるから…俺なんかと関わらずに普通に高校に通って、俺の知らない誰かと愛し合って……


 ミラルドは端正な顔を歪ませ、ギシッと軋む胸を抑える。


 ……結婚して……子どもを…産んで……


 ミラルドの瞳から止めどなく涙が零れ落ちる。


 それから……それから……




 ――――愛し合っていれば一緒に居たいって思うのは当たり前の事だろ――――




 ミラルドは両手で顔を覆いベッドの上で小さく身体を丸めた。



 ……俺だって……一緒に居たいんだ……











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