狂犬病 (3)
瑞希を襲った後、涼は黒樹の指示通り若い女性をターゲットに定めてマーキングをする事にした。とは言っても、一度マーキングを実施すると次は二日後にしかマーキング出来ない。一日に何人も襲わなくて済むのでその点は涼の救いに成っていた。
涼は樹海の洞窟ではなく常に街を移動している。涼の姿は黒樹の創ったバリアに阻まれ、美咲の透視の力でも見付出す事は出来ないのだった。ちなみに黒樹も自身にバリアを張り、総樹やかつての仲間に姿を晒さない様に生きて来た。
もうマーキングした人は十名に成る。たまにニュースを目にするが、大変な騒ぎに成っているらしい。狂犬病は発症したら治らないと報道されているけどあれは狂犬病じゃ無いし、ミラルドになら治せる筈だ。……ミラルドは気付いているかな……。治療に参加していなかったら……どうしよう……
あぁぁぁ……不安に成ってきた。どうしよう、様子を見に……いやいや、……黒樹にバレるしな…アイツも透視の力持ってるし……。うぅぅっ……気になる。あーーっ、気になる。気になり出したら眠れないタイプなんだよな。
「……………」
駄目だ……。ちょっと電話するだけだからっ。
そう自分に言い聞かせ、ミラルドのアドレスボタンを押した。
ミラルドは休憩室に居た。患者は二日に一人の割合で運び込まれて来る。やはり凶族の仕業なのか。珈琲の入ったカップを手に腰を下ろした瞬間、携帯がブルブルと振動した。ミラルドはビクッと身体を震わせ携帯の待受画面に目を落とす。そこには中西涼の文字が浮かんでいた。
「涼。お前何やってるんだ! 美咲さん物凄く心配しているぞ!」
瑞希と同じ事を言うミラルドに思わず笑ってしまった。
「何笑っているんだ。聞いているのか!」
『あぁ、聞いているよ。良いかよく聞いてくれよ。今騒ぎに成っているのは凶族の仕業なんだ。ミラルドは治せるんだろう?』
「治せるけど、何でお前がそんな事知ってるんだよ!」
『そんな事どうでもいいから、治してくれよ。頼んだぞ!』
「あぁ解った。それより、お前………切れてる……」
涼の奴、どうしたんだ。何か知ってるのか? 涼が居なく成った事と関係あるのか? ……あんな電話じゃ連絡が無かったのと同じだ……
………美咲さんには言わない方が良いだろうな………
『リヨルドめ、敵に塩を送るとは。罰を与えなければ。……ふふふふ』
今日も彼の姿を宛もなく捜し回り、肩を落として帰路に着く美咲の前に黒ずくめの男が現れた。明らかに怪し気な男に美咲は警戒を強める。「何者!!」そう叫び、躊躇なく攻撃する。黒樹はそれを片手で難なく弾く。
「落ち着け。お前の夫の事を、知っている」
その言葉で美咲の動きが止まった。
「涼が……どこにいるか……知っているの?」
「まさか……誘拐?」
「一度お前の元に帰って来ただろう? そして、自分の意志で姿を消した」
「……ええ…そうよ」
美咲は、そう応え項垂れた。
「お前の夫は凶族の者に、妻や仲間を殺すと言われて、言いなりに成っているのだ」
黒樹はニヤリと笑う。
「我が手助けしてやっても良いぞ」
本当に? 美咲は唖然と顔を上げる。
「奴を助けたければ、…ウルフ族の紋章を、当主の元から奪って来るのだ。そうすれば…会わせてやっても良い」
「そんな事出来ない!! 裏切るなんて、出来ない!」
「そうか、残念だ。奴がどうなっても…構わないのだな」
黒樹は愉しげに口角を上げた。美咲は奇声を上げながら黒樹に向かって行く。黒樹は愉しげに笑ったまま負の妖力を美咲に叩き落とした。
美咲は黒い妖力に包まれ、苦し気に顔を歪め膝をつき、呻き声を上げ倒れ込む。
「良いか、紋章を持って来るのだ。でなければ、奴の命の保証は出来ないな……ふふふふ」
そう言って男は立ち去った。
「………まっ……て……」
美咲は涙を溢す。
「どうしたら良いの……紋章なんか持ち出したら、又、裏切る事に成る……どうしたら良いの……」
美咲はヨロヨロと立ち上がった。そして、重い身体を引きずって診療所を目指した。