狂犬病 (1)
流輝は慌てた様子でミラルドの前に現れた。
「わっ!! びっくりした。どうした流輝!」
流輝は返事もせずミラルドを診療所まで空間移動させる。
「どうしたって言うんだ流輝!」
ミラルドもこの行動には、流石に声を荒げた。
「瑞希様がっ……」
「えっ、瑞希がどうかしたのか?」
その名を聞いて顔色を変える。こちらにと、瑞希を休ませてある部屋へミラルドを案内した。
「…う…っ……はっ…」
瑞希は高熱でうなされている。額の髪が汗でベッタリと皮膚に張り付いていた。
「玄関の前に倒れられていたのです」
総樹様が逃げろと言っていたのは、やはりあの騒ぎの事では無かった。瑞希に危険が迫っている事だったのだ。
ミラルドは早速治療を始める。たが何をしても効果が無い。妖力を流し込んでみるが、効果が得られない。……この方法じゃ駄目なのか……。
逆にしてみるか……
妖力で瑞希の身体を包み込みそしてそれを吸い上げてみる。この方法は上手く行った。瑞希の呼吸が浅く短いものから深く長いものに変わって行く。良かった。
……でも、この症状は……
熱はまだあるが、ここからは様子見だな……
「瑞希、一体何があったんだ」
二日して瑞希は目覚めた。
「私……どうしたの? どうしてここに?」
「覚えていないのか。三日前に診療所の玄関前に倒れていたそうだよ」
「えっ…三日前?…学校!」
ミラルドはすかさず、起き上がろうとする瑞希の身体を抑えた。
「大丈夫。葵ちゃんに連絡しといたから、学校には連絡してくれてると思う」
それを聞いて瑞希はホッとして、大人しく布団を被った。
「でも、何も憶えていないって、総樹様が言ってた事と何か関係があるのかな」
瑞希は流輝が運んで来た飲み物を受け取りながら、そうかも知れ無いわねと呟いた。
瑞希が倒れたのを皮切りに、若い女性が突然倒れ病院に運び込まれる事件が多発した。どの病院でも手の施し様が無く、次々と大学病院へと搬送された。
どんな治療をしても一向に症状が改善されない。そんな時、引退していた中西鉄雄に声が掛かった。診察した結果、鉄雄は狂犬病であると診断を下した。
現代日本での発症例は無いが、海外旅行先で犬などに咬まれ、帰国後発病した例が幾つかある。その時の診断を下したのも鉄雄だった。
鉄雄が幼い頃はまだ日本でも狂犬病が蔓延しており、病原菌を保有した犬に咬まれた人が、数ヶ月後には発病しそして死んでいった。友人も近所に住むおばさんも、大勢の人が亡くなった。発病したら必ず死に至る病。
千九百五十年に狂犬病予防法が制定されてから、七年という短い期間で日本の狂犬病は撲滅された。だが日本国外では世界の殆どの地域で未だに発症しており、日本は侵入の脅威に晒されている。
日本で狂犬病患者がみられなく成った為に、それを診断出来る医師も高齢化していく。それを危惧した鉄雄は、狂犬病を研究対象とし、何度も海を渡り病状について学んで来た。
何年も患者は出ていなかったのに、なぜこんなに次々と搬送されて来るのか。目の前に苦しんでいる患者が居るというのに何の役にも立てない。医師達には手の施しようが無かった。そしてふと、一人の顔を思い浮かべた。
彼なら……もしかしたら、救えるかも知れ無い……
ニュースでは毎日の様に、野良犬には近寄らないように。野良犬を発見した場合は保健所に通報する様にと報道される。狂犬病と診断される患者数が多いので病原体を保有する個体が日本に存在するのではないかと思われるからだ。そんな時鉄雄から連絡が来た。
『ミラルド、最近の報道を観たかね』
「狂犬病の事か?」
『そうだ。……我々は何もして上げられ無いんだ……。ミラルドは治す事が出来るかと思ってね』
「……多分、出来ると思う」
『じゃあ、早速来てくれないか?』
その電話を解ったと言って切り、流輝に大学病院まで送って貰った。冴子の仕事が深夜まで及ぶ事があるので、瑞希は念のため葵の家に避難している。瑞希の事は心配要らない。