攻撃 (1)
「まず初めに杉本瑞希を襲うのだ」
その言葉に涼は驚いた。
「なぜだ?」
「あの者は特別だからだ」
「……どうして?」
「あの者はウルフ族のカギと成る人間だからだ」
ウルフ族のカギと成る者?
「だから、真っ先に襲うのだ」
「……分かった。」
涼は木から木へと移動する。このジャンプ力は凄いな。たった二十八年間、人間だっただけなのに……感動する。
一度美咲の元へ帰った。一緒に居たいと思った。でも……、巻き込む訳には行かない。美咲にもしもの事があったら俺は生きてはいられない。それまでは……その瞬間までは守りたい。例え離れていたとしても……。
その昔、俺は邪気の弟である事に嫌気が差し、逃げ出した事がある。五百年前にあったと謂われる大規模な戦闘の時、俺は遠い地に逃げていた。ずっと、ずっと、一人で生きて来た。だが二百年前、黒樹の手によって連れ戻された。その後は何度逃げても奴の手から逃れる事は出来無かった。あれでも神の元に生まれし者なのだ。能力は万能。一妖怪の俺なんかが敵う筈も無い。
俺も……出来れば俺も、ミラルドの傍に生まれ、共に生きていられたらどんなに幸せだっただろう。それは思ってはいけない事だと解っている。けど、心のどこかで願わずにはいられなかった。今はそう強く願うよ。ミラルド……。
優しい両親がいて、競い合う兄弟がいて、秘密を共有出来るお祖父ちゃんがいて、親友のミラルドがいて、愛する妻がいて……。
人間として生きた二十八年間……とても幸福だった……
最近瑞希は毎日同じ夢を見ていた。総樹が夢枕に立って「逃げろ」と言うのだ。でもその姿がグニャリと歪み真っ黒い闇に呑み込まれる。そこでいつも目が覚めるのだ。
何があるの? 何から逃げるの? 毎日寝覚めが悪く気味も悪い。どうしよう……。ミラルドに相談した方が良いかな……。瑞希は考えた末にミラルドの家を訪れた。
「そうか、そんな夢を見るのか。……一体何が起こっているんだ。涼も居なく成ったし…」
「えっ、涼さんが?」
「あっ……。あぁ」
「どうして?」
「……分からない」
二人は考え込んだ。
「でも瑞希の事は心配だからね。誰かに護衛を頼んでみるよ」
「えっ…悪いよ」
「いや。そうさせてくれ。でないと心配で堪らない」
その言葉に瑞希は顔を真っ赤に染めて、こくりと頷いた。
涼は瑞希の家が見下ろせる民家の屋根に腰を下ろし、中の様子を伺った。
瑞希ちゃん、それにしても良く働くな……。瑞希は休む間もなく家事をこなしてる。ふと家の外を見てみると、ミラルドの護衛隊と呼ばれる人物が待機している。
「……どういう事だ?」
それから注意深く様子を伺うと、どうやら瑞希を護衛しているらしい事が解った。
「俺達が瑞希ちゃんを襲う事がばれて…? いやそんな筈は無い。でも、なぜだ?」
涼が狙う隙もなく、瑞希は必ず誰かと行動を共にした。
「あぁ、参ったな。これじゃ黒樹が痺れを切らす。アイツが人間を、ウルフ族を襲い出したらひとたまりも無い。早く…何とかしないと……」
次の日から涼は行動を起こした。
「う~ん。町を混乱させて、瑞希ちゃんの護衛を外せれば良いんだよな……」
涼は暫く考えて「よし」と立ち上がり夜に成るのを待った。
涼は、真夜中に成るのを待って公民館に侵入した。そこで、身体の中に溜めた妖力を一気に爆発させる。凄まじい爆音と共に建物の屋根が吹き飛んだ。
「ちょっとやり過ぎたかな……」
公民館の周辺の家の灯りが次々に点灯する。家の中からパジャマ姿の人々がワラワラと路上に溢れだした。
「あぁ……。やり過ぎたかな……」
涼は少し離れた民家の屋根から様子を伺った。
暫くすると、消防や警察が急行する。辺りは、一気に騒然と成った。
「よし。次行ってみよう」
と、屋根から屋根に飛び移る。
「警戒が強まる前にもっと騒ぎを起こさないと、ミラルドの護衛隊は動いてくれないよな」
数日が経った。
「ねぇミラルド、聴いた? 小学校の事件」
「あぁ。最初は公民館が三棟。次の日が小学校の倉庫が二棟と食品会社の倉庫が三棟。その次が小中学校の体育館四棟が被害にあったそうだ。いずれも原因不明って事だ」
「何が起こっているのかしらね…」
「そうだね。護衛隊にパトロールして貰おうかな…」
「うん、そうね。それが良いよ。私に付いてくれている人もパトロールに廻してくれて良いわ。私なら大丈夫よ」
「それは駄目だよ瑞希。総樹様の夢枕なんだから、きっと何かあるんだよ」
「でも、この騒ぎの事かも知れ無いし……」
瑞希は尚も言い募る。
「大丈夫だよ。他の人に廻って貰うから」
「うん…解ったわ」
瑞希は渋々納得した。それから護衛隊だけではなくウルフ族全員でローテーションでパトロールする事に成った。