記憶 (3)
涼は赤い光の中にすっぽりと覆われ、気が付いたら鬱蒼と繁る森の中に立っていた。ここはどこだ…確か美咲と出掛けた筈だったのに…
目の前に全身黒ずくめの男が立っている。
「お前は誰だ!」
「我は黒樹。目覚める時だリヨルド。そなたの封じし記憶を呼び醒まそう」
そう言って男は涼を黒い靄の中に閉じ込めてしまった。
「あっ、……うわあぁぁぁぁぁっ」
涼は立って居られなくて倒れ込み悶絶する。頭が割れそうだ。何かが流れ込んでくる。邪悪なモノが身体中に満ちてくる。くっ…苦しい……美咲……美咲……
「うわあぁぁぁぁぁ――や・め・‥ろっ……うっ」
涼はそのまま丸二日もがき苦しみ、気が付いた時には全てを思い出していた。
「俺が……、この俺がっ……」
両手で顔を覆う。
「……何て事だ……」
俺の名前はリヨルド…。ウルフ族で…邪気の弟だなんて……。ミラルドの…敵だなんて……。
涼は、愕然とした。
黒樹は涼を連れて総統山の麓にやって来た。洞穴の前で立ち止まり、黒樹は両手を翳す。それから洞窟の中を進んだ。人の手により掘られた穴を暫く進むと、両側に鉄格子がはめられた部屋が幾つも続いている。その前を通り、更に奥へと進んだ。見えない幕のようなものを潜った先に広い空間の場所があった。
「我の存在を快く思わない者達に知られ無い為に、ここを造らせたのだ。バリアは幾重にも張ってある。透視の力も届くまい」
「誰に造らせたんだ」
「その昔、捕らえたウルフ族の者達に」
「そいつ等はどうした」
「始末したに決まっている」
「凶族はどうした」
「邪気が全ての命を喰い尽くした」
「じゃあ、残って居るのは俺だけか」
「まぁ、逃げ出した者もいるからな。銀牙もそうだろ?」
黒樹はニヤリと右の頬を吊り上げる。涼は一瞬合った目を逸らした。暗く深い憎しみ、そんなものが黒樹の中には渦巻いている。目を合わせ続けたら、その闇に呑まれそうに成る。昔から苦手だった。
「なぜ俺を人間に育てさせた」
「当主に近付けさせる為さ。あの者は五十年前に一度医大に通っている。だから又、通うかも知れないと思って医者の家にお前を潜入させた。計画は巧く行った」
「ミラルドと会わなければ、どうするつもりだったんだ?」
「我等は人間では無い。時間は無限にあるのだ。これは一種のゲームだよ深く考える事では無い」
「…そうか…」
ずっと無慈悲な悪意の塊と聴かされて育って来た。親の仇、部族の仇そう信じて生きて来た。…俺は敵であるミラルドと友人として生きて来た。俺はミラルドを……知り過ぎた……
あんなに五百年もの間、後ろ向きに生きて、後悔だらけで、優し過ぎて、他人の為だけに生きているアイツを…俺は殺さなくちゃいけないのか……
「俺達の目的は何だ」
「ふふっ。お前は邪気と違って利口だ。あの者は乱暴過ぎた…、もう居ないがな…ふふふ」
「邪気は……死んだのか?」
「我がとどめをさした。一瞬で消し飛んだよ。我の手を煩わすまでも無い」
涼は言葉に詰まった。あんなに強い邪気を、一瞬で消した……コイツはそんなに強いのか……
「目的は、全ての人間を破滅させる事だ。時間はたっぷり有る。ゆっくり破滅の時を歩ませれば良い。……でもその前に邪魔なウルフ族を全て消す。それに関わって来た人間も全てだ」
ミラルド、流輝さん、瑞希ちゃん、美咲も……この手で……掌を見つめる。そんな……そんな事……
「又、昔の様に逃げ出しても良いのだぞ」
そう言われ、涼はハッとする。
「末路は解っているだろう。それにお前が殺らなくても、我が手を下すだけだがな」
そうなったら、総樹が黙ってはいないだろうが……黒樹は涼に気付かれ無い様に息を吐いた。
「逃げ出したりしない……。でもその前に俺も力を手に入れたい。その為に適合者を捜したいんだが」
涼は時間稼ぎの為に、こう提案してみる。
「そんなものは無くても、我の力を授けるから良いだろう」
「…確かにあんたの力は凄い。でも副作用が嫌なんだ。時間はたっぷり有るんだろう。少しは好きな様にさせてくれ」
「まぁ、良いだろう。好きにするが良い」
本物の適合者に当たらない様に気を付けなきゃな……。そんな風に考え込む涼の顔を見て、黒樹は試す様に言葉を紡ぐ。
「そうだ。新しいゲームを思い付いた」
黒樹はニヤリとする。
嫌な予感を憶えつつ何だ?と訊ねる。
「お前は誰かれ構わずに首筋に液を流し込むが良い。そしたら、面白い事に成る」
そんな事をしたら、高熱が出て痙攣して、薬なんかじゃ治らないんだぞっ。心の中で叫ぶ。その心を悟られ無い様にニヤリと笑いそうだなと言った。
くそっ、黒樹の奴、俺の企みに気付いてるんじゃ無いのか。涼は憎らし気に睨み付けた。