記憶 (1)
お待たせして申し訳ないです。
一週間掛けてヨーロッパを巡った涼と美咲は、旅先で見つけた沢山の土産を持って診療所を訪れた。七月半ばの事だった。
「お帰りなさい。二人とも」
「楽しかったか?」
「涼先生。ヨーロッパどうだった?」
「お二人共お幸せそうですわ」
「ご無事に戻られて何よりです」
診療所には、いつものメンバーが揃っていた。
「ただ今。色んな所を観て回ったから疲れたよ。やっぱり我が家が一番だな」
「ミラルド様。皆様。只今帰りました。とても楽しかったです」
「どんな所が楽しかった?」
銀牙の問いに
「私は……。二人で居られるだけで‥幸せですから……」
と、美咲ははにかんだ。
「この、幸せ者!」
と、涼に銀牙が体当たりする。今日ばかりは涼も別人の様に照れまくっている。デレデレしっぱなしだ。
「何だか私だけ一人ぼっちで。……淋しい気持ちです」
と流輝は、しょんぼりする。
「じゃあ、お母さん呼びましょうか?」
と瑞希が携帯を取り出す。
「いえ。そう言う訳では……」
と言いながらも止めようとはしない。冴子も加わり旅行の話を聞きながら、賑やかな夕食に成った。
「どうだ? 新婚生活は」
『あぁ、巧くやってるよ。俺が怪我をした時に突然の再開に成ったのに、美咲がミラルドに靡かなくて本当に良かったよ』
「俺に靡く訳無いだろ? お前にメロメロって感じだったじゃ無いか」
『だって、美咲お前を崇拝してる感じだったもんな~』
「美咲さん言ってたぞ。本家にも分家にも追われながら、それでも死を選ばずに生きて来たのは、涼に出会う為だったって」
『そんな事言っていたのか……』
「あと、プロポーズ聞いたぞ。凄い事言言ったんだな。俺が死ぬ時には、お前を殺してやるって。その一言にコロッといったみたいだな」
『えっ……。そんな事まで話たの…? 恥ずかしい。…そっ、そんな事より、お前たちはどうなんだよ』
「えっ、俺たち? ……俺たちは相変わらずだよ」
『マーキングの事……言わないのか』
「……言うつもりは無いよ。……それで良いんだ」
『そうか…』
「あぁ」
電話を終えリビングに入る。流輝が用意してくれたムニエルを覗き込む。
「涼、幸せだってさ。二人とも元気そうだよ」
「そうで御座いますか。それは良かったですね」
「二人には本当に幸せに成って欲しいよ。なんたって俺の親友だからな」
ミラルドは眩しそうに目を細めた。その表情を見ながら流輝は何か言いたげな顔をする。
「……何だよ流輝。何か言いたい事でもあるのか?」
「……私は、ミラルド様にも幸福に成って頂きたいと願っております」
ミラルドは一瞬顔を曇らせるが直ぐに笑顔になる。
「お前もな流輝。冴子さんと巧く行くと良いな」
流輝は見る見る顔を赤らめ。
「私の事はどうでも良いのです!」
と、声を荒げた。
……話をすり替えられてしまった。いつに成ったらご自分の心に素直に成って頂けるのでしょうか……
「ねぇ涼、今から出掛けない?」
「良いよ、どこ行くの?」
「あのね…えっと、その‥デートって、した事無いから…」
美咲がもじもじと言い淀む。
「あぁそっか。じゃあ、映画観に行こうか。その後ショッピングして、それから…ぶらぶら散歩。どう?」
涼のその言葉に美咲は恥ずかし気に頷いた。そうと決まれば早く行くぞと涼に急かされ、美咲は時間を掛けてめかし込んだ。
バスに乗って、シネマ館やゲームセンターなどが入った複合施設に入る。
「ちょっとトイレに行って来る」
と、涼が立ち去ってから三十分。涼は中々戻って来なかった。出入口の見える場所で待っているのだから、見逃す筈は無いのだけど、見落としてしまったのだろうか。そう思い涼に電話を掛けてみるが一向に出る気配が無い。
美咲は男子トイレのドアを開け堂々と入って行く。慌てる男達には目もくれず涼を捜した。トイレの中には居ない様だ。
「涼…。どこへ行ったの?」
それから美咲はあちこち捜し回り、館内放送も何度も頼んだ。しかし、涼が姿を現す事は無かった。
夜に成り施設が閉館を知らせるアナウンスが流れ、蛍の光のメロディーが聞こえてきた。漸く美咲はベンチから腰を上げ、ふらふらと施設を後にした。
バスに揺られ一人マンションに帰り着く。エレベーターで五階に上がり、もしかしたら先に家に帰っているかも知れないと、期待しながら家の鍵を開けた。灯りの無いしんと静まり返った部屋。美咲は家中を捜してみる。それでも愛しい人の姿を見付けられずフローリングの床に崩れ落ちた。
「どうして…? どうして…? 涼…どこ…?」
美咲は一人泣きじゃくった。