結婚 (1)
この春。瑞希・葵・銀牙の三人は、めでたく進級し三年生に成った。
六月。梅雨の合間の晴天に恵まれた今日は、涼と美咲の結婚式だ。式には、ミラルドの家に集うメンバーも出席していた。
「美咲さんのドレス姿、観に行っても良いかしら」
瑞希は控え目に提案してみた。
「それ良いね。まだ時間もあるし、皆で行こうか」
「賛成」と、渡り廊下で繋がるチャペルに隣接するホテルに、ぞろぞろと移動する。花嫁の控室をノックして、「はい」の返事で扉を開いた。
ドレス姿の美咲を目にし、一行は入り口で固まってしまった。
「皆様。来て下さったのですか? 有り難うございます」
美咲は深々と頭を下げる。
「すっご~い」
「きれ~い」
「お美しいですわ」
「…素敵だ…」
余りに誉め言葉ばかり飛び交うので、美咲は恥ずかしさのあまり俯いたまま顔を上げる事が出来ないでいた。
そこへ
「あんまり俺の花嫁を困らせるなよな」
と、涼が入って来た。
「あっ‥涼さん。おめでとうございます」
「先生、おめでとう!」
「涼。…馬子にも衣装だな…」
「何とでも言え!」
ミラルドの言葉に、苦笑いして美咲に向かって歩いて行く。
「綺麗だよ美咲」
美咲は、その言葉に頬を染めた。
「あ~ぁ、お暑いね~」
その一言で、涼も茹で蛸の様に真っ赤に成った。
時間になり、参列者は皆礼拝堂に移動する。真白いチャペルの高い位置にあるステンドグラスから、様々な柔らかい色が降り注いでいた。
美咲の参列者は一人も居ないので、ミラルド達は皆美咲の親族として出席した。涼の方も出来るだけ人数を減らし身内だけの式と成った。
まばゆい光りに包まれて、純白のドレスに身を包んだ彼女に腕を取られ、バージンロードを歩いて行く。少し緊張気味の横顔は、それでも穏やかで優し気な表情をしている。
「やっぱり綺麗ですわ」
「本当ね」
「本当に美しい…」
ぽぉっと成っている銀牙を葵がつねった。
「涼のあんな穏やかな顔見たの初めてかも…」
「そうで御座いますね。鉄雄様もさぞお喜びのことでしょう」
「私の時も美しかったけど、美咲さんも綺麗よねぇ」
「もう、お母さんたら!」
皆それぞれの感想を述べている。おめでとうの掛け声で二人の笑顔は格別に輝いていた。
涼と美咲を中心に集合写真を撮る事に成った。プロの操作する機器や、ストロボの中シャッターが切られていく。それが終わり、涼に声を掛けられた。
「あのさミラルド、頼みがあるんだけど」
「ん? 何だ、涼」
「今日だけは、何でもお願い聞いてくれる?」
甘えた声で頼み込む。こんな涼は初めて見た。
「今日は特別な日だもんな。良いぞ、何でも言ってみろ」
ミラルドは、詳細も聞かず了承した。
「皆、子どもの姿に成ってくれないかな~」
涼はニコッと爽やかに笑う。
「えっ、何で?」
「一緒に写真、撮りたいんだよー」
「………」
ミラルドは遠い目をする。
「ほら。服、用意したんだ」
何着も準備してある。子ども用のタキシードが三着と、ドレスもある。
「葵ちゃんと美咲用」
「………」
「耳とシッポ付きな!」
ミラルドは戻って来て皆に相談してみる。すると冴子が瞳を輝かせた。
「えぇ~~~っ!流輝さん、子どもに成るの? 成るの? 私も見られるの?」
両手を胸の前で組み、目の輝きは更に増している。
「うっ……」
と呻き、後退る流輝。やっと見せてくれるの? と更に冴子が迫ってくる。
「…わっ…、解りました…」
そう言った流輝に、感激した冴子が抱き付きキスをした。
「もう、お母さんたらみっともない。止めてよねそう言うの!」
瑞希の抗議の声もまるで耳に届いていない様子だ。
「…じゃあ…。涼の頼みだから、行くか」
ミラルドは、親子喧嘩に発展する前に皆に声を掛け、更衣出来る場所へと向かった。
皆を見送った後でまだ言い足り無い瑞希は、文句の一つでも言おうと冴子の方を振り向いた。そこで初めて葵が居ない事に気付いた。
「あれ? 葵ちゃん…。今まで一緒に居たのに、どこに行ったのかしら…」
瑞希は辺りをキョロキョロと見回す。
「どうしたの? 瑞希」
冴子に訊ねられ、葵が見当たらない事を告げる。
「あぁ、葵ちゃんなら…」
と指を差そうとして、その手を下ろす。
「……えっと……」
冴子は一時思案して、トイレじゃない?と言ってみた。
「じゃあ、見てくるね」
と走り出そうとした瑞希の手を慌てて掴む。
「ちょっと待ちなさい、瑞希」
「何?」
「…えっと…。そうそう、近くのコンビニに行くって言ってたわ」
瑞希は怪訝な表情を浮かべる。
「…何買いに行ったんだろう?」
「さぁ‥何かしらね。そこまで聞かなかったから」
冴子は瑞希に気付かれない様にホッと息をついたのだった。
五人が変化と着替えを済ませ戻って来た。白いタキシードに身を包んでいる。皆、耳とシッポ付きだ。
女の子も居る。ピンクのドレス姿と純白のドレス姿の二人。
「わぁ~、二人共凄く可愛い!こんにちは」
「………こんにちは」
「お名前は?」
と聞かれ、純白のドレスの子が「私は美咲です」と応えた。赤茶の髪に真っ黒な耳とシッポ。美咲はペコリと頭を下げて涼の元へ駆けて行った。
もう一人の女の子は明るい茶色の髪に真っ白な耳とシッポ、膝たけのピンクのドレスが良く似合っている。
両手でドレスの裾を握りしめ、何と名乗ろうかと瞳をさ迷わせている女の子の元へ男の子が近付いて来て
「この子は、レイちゃんだよ」
と言った。
「レイちゃん? 可愛い名前だね」
瑞希は笑顔で話し掛ける。
レイちゃんと呼ばれた女の子は曖昧に頷いた。
「瑞希」
と呼ばれ振り向くと、ラルが立っていた。
「あっ、ラル君。」
瑞希は直ぐ様駆け寄り、躊躇なく抱き上げギュッと抱き締めた。
「瑞希…ぐるじい…」
「あっ、ご免。ご免。流輝さんは?」
「流輝ならあそこに居るよ」
と指を差す。その指の先を見ると、皆の影に隠れている姿が見える。
「流輝さん」と冴子に呼ばれ、顔を出す。途端に冴子の顔はふにゃふにゃに蕩けそうになった。
「流輝さん…可愛い~~」
と、小さな身体を抱き上げた。髪は金色、耳とシッポは黒だった。
「ねぇ瑞希。写真撮ってくれる?」
冴子に頼まれ「うん良いよ」と抱いていたラルを下ろす。
「じゃあ僕は涼達を撮ってくるね」
とラルは、涼と美咲の元へ駆けて行った。
「お母さん、流輝さん、笑って!」
そう言われ、冴子に抱かれた流輝は頬を染めてはにかんだ笑みを向ける。それを見て冴子も満面の笑顔を向けた。それを微笑ましく見つめ、瑞希は何度もシャッターを押した。
「僕達の写真も撮って!」
と男の子がレイちゃんと呼ばれた女の子の手を引いて来た。男の子は茶色に銀のまだら模様。耳とシッポも同じだった。
「もしかして銀牙君?」
瑞希に聞かれ頷く。
「じゃあ、並んで」
と言われ手を繋いだままの二人を写真に収めた。
葵は銀牙に、こっそりと、なぜレイちゃんと呼ぶのか訊ねた。
「あぁその事」と呟いた後で
「令嬢の令ちゃん。良い名前だろ?」
と言う。葵はそう言われ「成程ですわ」と頷いた。
「二人共、凄く可愛いよ」
瑞希はカメラを構えた。
「あっ、そうだ。変化してる人だけで撮ろうよ」
と提案する。「良いねぇ」とイスを並べ、女の子を中心に皆を座らせる。耳とシッポを付けた幼児の集団…可愛いすぎる。皆、夢中でシャッターをきった。
私達も入りましょう。と、鉄雄にカメラを任せ、それぞれのパートナーの後ろに立った。他の参列者は先に披露宴会場に移動している。ばれる心配は無い。
「もぉ~葵ちゃんたら、どこに行ったんだろう。こんな可愛い集団が居るのに~!」
それを聞いていた冴子が、「ラル君と一緒に撮って上げるわ」と瑞希を呼び寄せた。その隙に葵は着替えに向かった。
冴子に沢山写真を撮って貰い「有り難う」と二人はお礼を言った。その言葉を聞き、冴子は直ぐに流輝の元に戻った。
「はぁ~。何か、もうラブラブって感じねぇ」
「うん、そうだね。二人には幸せに成ってもらいたいな」
冴子と流輝の仲睦まじい姿を見ながらラルも言った。そこへひょっこり葵が戻って来た。
「葵ちゃん! どこに行ってたの?」
「はい。少し所要が御座いまして」
「そう‥それより見て、可愛い子が居るの。ん? あれ? レイちゃんが居ない…」
キョロキョロする瑞希の横に立ち
「まぁ、皆様可愛いらしいですわね。あれ、もしかして流輝さんですか?」
と、しれっと聞く。
「うん、そう。可愛いよね。お母さんたら抱いたまま放さないのよ!」
「流輝さんも大人しくされて居ますわ」
「本当よね」
「あの涼さんに抱かれて居るのは‥もしかして」
葵の演技は大した物だ。瑞希はまんまと騙される。
「うん。美咲さんだよ!」
「とても可愛いらしいですわ」
「うんそうね。‥もう一人居たのよ。ピンクのドレスを着た女の子なんだけど…どこに行っちゃったんだろう…」
「‥そうですか、私も拝見したかったですわ」
と残念そうな顔をした。やっぱり役者だ。
「その子なら用事があるからって、帰ったよ」
「まぁ、銀牙さん。可愛いらしいですわ。瑞希さん写真お願いしても宜しいですか?」
「うん。勿論」
と言って、カメラのシャッターをを押した。