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修学旅行 (5)

 それを見て、葵はすぐにミラルドに電話を掛けた。



「瑞希!」


 銀牙は慌てて手を伸ばしたが、かすりもしない。妖力でもやに穴を開けようとしたが何の意味も成さなかった。


「瑞希さん…」



 二人は、サッと振り返ったが、この事に気付いている生徒は全く居なく、遠くの方に黒ずくめの男が口元を吊り上げ立っているのが見えた。



「くそっ」


 銀牙はそう言ってミラルド達を捜した。






 白いもやは瑞希の身体を避ける様にゆるりと移動する。瑞希の手は何も掴め無いまま白い世界を落ちて行く。



 …私は…どうなってしまうの? このまま… このまま湖へ…


 そう思った時、ふわっと‥無重力の中にいる様に身体が浮き上がった。



「何?」


 ミラルドさんにも流輝さんにも、こんな力は無かった筈。一体何が起こったの?



 そのまま瑞希の身体は湖岸へと誘導されて行く。


 足下には、透明で透き通った水面があった。


 湖の底の、岩や横たわった巨木が手に取れる程の距離に見えるが、湖の色の濃淡でそこは物凄く深い場所に在るのだろうと想像できた。



「凄い‥キレイ…」


 瑞希は思いがけず摩周湖の美しい湖面を見られて、自分の置かれた状況を忘れただひたすら感動しているのだった。


 やがて、瑞希は湖岸に辿り着き地面に足を降ろした。


 そこに居たのは白樹だった。



「助けて下さって有り難うございます。白樹様」


 白樹は緩慢に頷く。


「この地に滞在中は、あなた様をお護りする事がワタクシの役割で御座いますゆえ」


 と言い、二人を清浄な膜で覆ってしまった。


「白樹様?」


「お迎えが来られるまで、この中に居た方が安全で御座います」


 瑞希はその言葉に従う事にした。







 ミラルドは葵の電話を受け、流輝と二人で湖岸に降りた。


 そこは白いもやではなく、黒いもやが立ち込めていて、瑞希の居場所を捜し当てる事が出来ない。まるで暗闇に居るようだった。



「何だ‥ここは…」



 そう思った時に誰かに呼ばれた気がした。



 …ミラルド… …ミラルド… こっちよ…



 微かに聞こえる声の方に進んで行く。視界の悪い中、倒れた木や石につまずきながら二人は進んだ。



 木々の向こうに、灯りがともった様に明るい場所が在る。繭のように長丸いそれは、暖かな清浄な光りを放ち、辺りに立ち込める黒いもやを押し退けているかのようだった。



「あの‥中に、居るのか…」


 二人は光りの元に辿り着いた。瞬きした瞬間に二人は真白な空間にたたずんでいた。



「ミラルドさん、流輝さん」


 瑞希が二人を見つけ駆け寄る。


「瑞希! 良かった、無事で」


「うん。白樹様に助けて頂いたの」


 ミラルドは白樹に歩み寄る。


「たびたび済みません。有り難うございました」


「いいえ。ワタクシの役割で御座いますゆえ」


 と首を横に振る。



「…もしかして…又、生徒が操られたのですか?」


 ミラルドの問いに白樹は頷く。


「黒樹は…生まれ出でた時はワタクシと同じ色をしていました。黒樹がなぜ人をおとしめようとするのかワタクシには解り兼ねますが…とても哀しい事です。元の…元の姿に戻って欲しいと願っております…」


 と白樹は目元を拭った。


 その話しに皆驚いたが、自分達が狙われているのは確かな事、同情するつもりは無い。三人は白樹に礼を言ってその場を後にした。



 広場に戻ると、既に皆はバスの中にいた。瑞希も慌ててバスに乗り込む。葵の隣の席に座った。


「大丈夫でしたか?」


 心配顔の葵が声を掛けた。


「うん。心配掛けてご免ね。大丈夫だよ」


 瑞希は、事の成り行きを話した。


「白樹と言う方が助けて下さったのですか? 私もお会いしたかったですわ」


 葵は残念そうな顔をする。


「あぁそっかぁ、前の時も私達三人だったもんね。…会えると良いね」


「そうですわね」





 そうこうするうちに、バスはホテルに戻って来た。


 七時からの夕食は、最終日とあって凄いご馳走が並んでいた。海老、カニ、イクラ、ウニ、新鮮な刺身とローストビーフ、チキン、グラタン、ピザ、デザートも豊富に揃っている。女の子達の目が一際輝いた。ビュッフェだ!


 今までで一番騒がしく、夕食の時間は過ぎて行った。









 六日目、修学旅行 最終日。


 今日一行は、飛行機で新都市へ帰る事になる。生徒達は名残惜しそうに荷物の整理をした。瑞希達は帰りのバスには乗らず、流輝の力で帰る事に成っている。


 バスに乗る為に集合したフロアにミラルド達も顔を出し、桜ヶ丘学園全員に暗示を掛けた。瑞希達が乗っていないのに当然のようにバスは出発する。


 それを皆で見送って、ゲレンデへ向かった。


「白樹様、居ませんか?」


 と瑞希は、真っ白に染まった斜面に向かって声を掛ける。するとどこからともなく竜巻が起こり、全員が腕で顔を覆った瞬間に白樹は現れた。



「白樹様、色々と有り難うございました。新都市へ帰ります」


 と瑞希は頭を下げる。すると、冴子が一歩前に出て、これ又深々とお辞儀をした。そして


「何度も娘を救って頂いて有り難うございました」


 そう言った。


 白樹は一つ頷くと


「ご無事で何よりでした」


 と言うのだった。



「とても素敵な方ですわ。とてもお綺麗です」


 葵は瞳をキラキラさせて、まじまじと白樹を見上げる。


「本当ね。男性にも女性にも見える中性的な顔をしているわ。とても美しいわね」


 冴子もまじまじと見つめ、悔しいけどと付け足す。



「………あの………」


 白樹はそう言って二・三歩後退った。その足元にはいばらのような物が生え白樹に近付く事が出来ない。「こっちへ来ないで」の意思表示のようだ。シャイなのだろう‥か?



「ほら、白樹様が驚いているでしょう? 二人とも落ち着いて!」


 瑞希にたしなめられ、二人とも残念そうな顔をした。


「それでは、白樹様。お世話に成りました」


 と、挨拶をして六人は帰って行った。






 空港で桜ヶ丘学園の面々が到着するのを待って、合流してから又、暗示を掛けた。今度は当然のように三人も一行に交じっている。


 帰りのバスの中、三人は一番後ろの座席に座り小声で会話をした。



「後 少しで学園だな。何事も無くて良かったよ~」


 銀牙の言葉に


「なら…良いのですけど…」


 と葵が応える。その言葉に、二人は真ん中に座る葵を見た。


「ちょっと葵ちゃん! 又、不吉な事言ってるよ!」


「本当だよ! もう勘弁して欲しいよ!」


 ふふふふ…葵は訳ありな笑い声を上げる。


「なんか‥不気味な笑い…」


 二人がげんなりした声を上げ、葵から距離を取った時だった。バスが急停止した。


 生徒達は、イスから滑り落ちたり、前の座席の背もたれにぶつかったり。荷物も床に落ち、散乱している。


 どうしたのかと前方を見ると、不適に笑う黒樹の顔が見えた。それはまるで海底の闇のような、温もりが奪われるような、そんな寂しい目をしていた。そんな暗い顔だった。



「……つっ……」


 生徒達は呻き声を上げた。


 闇に捕らわれそうだ。妖力も使っていないのに、その存在だけで人々を恐怖におとしめる。


 黒樹はそれ程迄に悪の心が強いのか…。このままでは皆が危ない。そう思った時、黒樹の視線が逸れた。その視線の先には、紅葉樹のような紅いマントに身を包んだ少年がたたずんでいた。


 黒樹は真顔に戻ると、黒いもやに包まれて消えてしまった。紅いマントの少年も黒いもやを追い、何処かへと消えて行った。


「…一体…何だったんだ…」


 教師の茫然とした声が聞こえた。その声に我に帰った銀牙は、両手をかざし運転士以外の全員を眠らせ、ついでに記憶の操作も行なった。そして運転士に近付き、驚いて顔を引き吊らせている男の額に人差し指を当て、今の出来事の記憶を消し去った。


 運転士は何事も無かったようにバスを走らせ、学園へと車体を滑り込ませた。



「何とか上手く行ったな…」


「葵ちゃん。もう‥変な予言しないでね…」


 二人ともクタクタだった。


「……以後、気を付けますわ」


 葵はにっこりと微笑んだ。







 旅先で鍵と成る者を仕留める事が出来なかった。あの土地に白樹が居たとは…


 黒樹は唇の端を噛み締める。



 最大の手駒を用意するか…



 黒樹はそう言うと、闇に消えて行った。






修学旅行、やっと終わりました~。ホッ。






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