創立祭
流輝の誕生日から三週間が過ぎようとしていた。
瑞希、葵、銀牙は、怒濤の日々を送っていた。
この三週間の目の回る様な忙しさも、あと少しで終わり…。三人は溜め息を吐く。
創立祭である。
「あ~~、逢いたいよ~~!」
瑞希は、思わず叫んだ。
「どうかしましたか?」
驚いた葵が近付いて来る。
学校の屋上だ。
「だって、最近忙しくて全然ミラルドさんに逢えて無いんだもん」
「そうですわね。今までは、毎日の様にお会いして居ましたものね」
「うん。逢ってイチャイチャしたい訳じゃ無いのよ。只一緒にいたいだけなの。分かるでしょう?」
「私は、離れた経験が御座いませんから解り兼ねますわ」
「…一緒に住んでるもんね…。襲われたりしない?」
「大丈夫ですわ。そんな事に成ったら、投げ飛ばしますもの」
「…そう…」
でも…、一緒に居られて良いな…。
学校帰り、診療所に寄ってみる。
ピンポ~ン
「はい」
ミラルドが出て来た。
瑞希は思わず抱き付いた。
「瑞希お帰り。随分遅いね。…どうかした?」
「逢いたかった」
「俺もだよ。…いつでもこんな風に会いに来てくれれば良いのに」
「だって…」
帰りたく無く成るもん…。
「何?」
瑞希は首を横に振る。
「帰りたく無いな…」
抱き付いたまま小さな声で呟く。
「…泊まってく?」
「………帰る」
「送ってくよ」
帰ろうとした瑞希の手を握り歩き出した。
「創立祭、明日だっけ?」
「うん。やっと忙しい日々も終わるわ」
「ご苦労様」
「創立祭…来る?」
「ん~~そうだね…、行こうかな」
「そう、じゃあ変化して来てくれる?」
「どうして?」
ミラルドは、キョトンとする。
「だって…」
格好良いから、人だかりが出来ると言うか…、心配と言うか…。
「その‥騒ぎに成ったらいけないから…」
ミラルドは、暫く考えて
「解った」
と言った。
三人はクラス役員の他に、二年生の代表にも成っているので、こんなに忙しい思いをしていた。
葵は、只二人の手伝いをしているだけなのだが‥。
全てのクラスの進行具合を確認したり、足り無い物を発注したり、物品の調整をしたり、時には喧嘩の仲裁やトラブルに遭遇したり、そんな日々が過ぎて行き、当日がやって来た。
とは言え、創立祭は三日有る。
初日は球技大会。二日目はバンド発表。三日目は劇や模擬店と成っている。
最終日が本番の様な物だ。気が抜け無い。
今日も一応参加する事に成っているので、それぞれの場所へ向かう。
銀牙はサッカー。葵はバレーボール。瑞希はバスケットボール。
十時。トーナメント方式で、試合が始まった。
バスケットボールは一回戦敗退。バレーボールは二回戦敗退。サッカーは運動神経の良い銀牙が、ハットトリック以上の成績でチームを引っ張り、決勝へと駒を進めた。
「銀牙君、凄いね。ワンマンプレイじゃ無い」
「本当ですわ。素晴らしい活躍ですわ」
「二人共見ていてくれたんだ。あんなのチョロイよ。俺に敵なんていないさ」
「部活の勧誘来るかもよ」
「あ~~パス。俺は帰宅部が良い」
「でも、葵ちゃんも凄かったよね。あのジャンプ力」
「えっ…。えぇ、何時もの調子でジャンプしたら、ネットを越えそうに成り驚きましたわ…」
「力、抑えろよ。俺達、身体能力高いんだから」
「はい、解っておりますわ。二回目からは抑えましたから…」
二人は小声で会話する。
「良いな~。ラブラブで~」
「創立祭が終わりましたら、又逢える様に成りますわ」
「うん…」
瑞希は力無く頷く。
「ミラルド、最終日に来るのか?」
「うん。変化して来てってお願いしてある」
「何で?」
「だって…。格好良いから皆騒ぐでしょう?だから…」
「そうなんだ。俺も一応変化してるんだよな~」
「え~っ、うそ。どの辺を?」
「学校入る前はミラルドと同じ位の年齢で、格好も、まぁ‥ホストやってたから遊び人みたいな?…髪の毛も銀と茶のまだらだしィ~」
「へぇ~、そうなの~」
「ミラルド、何歳位に化けて来んの?」
「う~ん、分かん無い…ちょっと楽しみかも…」
「幼く成られるのでしょうか。それともダンディーなおじ様でしょうか。楽しみですわね」
「葵も楽しみにしてんのかよ」
ちょっと膨れる。
「美しい物を見るのは好きですから…」
「う~~~っ」
確かにミラルドは、綺麗だけど…。複雑だ。葵、心変わりしないよな…。ちょっと心配…。と、葵を見る。
「心配要りませわ。私は銀牙さんのモノです。心変わりなんてしません」
それを聞いてホッとする。
葵ちゃん凄い事言うな…。聞いているこっちが恥ずかしく成る。
昼休みを終え、三人でサッカーの有るグランドへ向かう。
「又、活躍するからサ!」
「応援しますわ」
「頑張ってね」
「お~~!任せとけ~~!」
と走って行った。
「今日だけだね、のんびり出来るの…」
「そうですわね。明日はバンド活動されている方々の発表と、家政科部のファッションショー。屋外の露店の設置…。忙しく成りますわ」
「月の庭は、露店で。星の庭では、バザーが有るんだったわね」
「…は~、気が重い…」
二人は、深~く溜め息を吐いた。
決勝では、銀牙一人に対して四人もマークが付いたが、ウルフ族には何の障害にも成らなかった。銀牙一人で得点を重ね優勝した。
二日目。三人は早朝から登校し、ステージの設営に参加していた。当日の時間短縮を図る為、ステージを二組み建てる。それが済んだら露店の準備…。
「あ~~身体が…バキバキ言ってる~~。もう二度と実行委員なんてしない!絶対!」
アハハハ、銀牙と葵が笑っている。瑞希の素直な感想だった。
ウルフ族は、タフなのだ。
「午後からは、のんびり出来ますわ」
「…そうだね…」
「物品は、業者に頼んであるのか?」
「えぇ、明日搬送される筈ですわ」
「各クラスで準備される筈ですけれど」
「なら、助かる~」
「明日は割と楽なのかな…」
「そうかもな」
「大変な事が起こらなければ良いですわね」
「…葵ちゃん…不吉な事言わ無いでよ~」
「本当だよ~」
二人の抗議に葵がフフッと笑う。
午後からは、割とゆっくりと時間が流れた。
三日目の朝。
「この前遊園地で銀牙を見掛けたぞ。軽くいたぶっといてやった」
「裏切り者の銀牙か。黒樹様のまやかしが、通じ無かったのだったな」
「まぁ良いでは無いか。あの者は凶族では無いから、負の妖力が入りにくかったのだろう」
「銀牙は拾って来たんだったな。やかましいガキだった。…フフフ…そうだ、銀牙にお仕置きをしなければ。任務を遂行出来無かったのだからな」
「そんな事は、放っておけば良い」
「好きにさせろ」
そう言い、立ち去る後ろ姿に
「狼に変化して行ってはどうだ。もっと早く走れるだろう。お前の姿はまだ見せるな、もう少し後で打ちのめせば良い」
「そうだな、そうしよう」
あ奴は頭が弱い。賢く無い奴は、嫌いだ。
―‥―‥―‥―‥
桜ヶ丘学園は、四階建てのドーナツ状の建物が二つくっ付いた形をしている。
詰まり、上空から見たら8の字をしている訳だ。
二つの中庭は、国道側が月の庭、もう一つが星の庭と、呼ばれていて
星の庭ではPTA役員とその係の学生が、バザーの準備をしている。
三人は、月の庭に組まれた露店の中で、バタバタと作業に追われていた。
建物の中でも、お化け屋敷や喫茶店、経済学科のリアル人生ゲームや、法律学科の法廷シュミレイションなどが有る。
瑞希達のクラスは、フライドポテト販売だが、実行委員なので免除されている。
十時からは、割と楽に成る。
九時半から一般客に学園が開放され、徐々に人が増えて来た。
門の前でパンフレットを配っていると、スラッと背が高いスーツの良く似合う五十代の男性と十代の少年が、瑞希の前で立ち止まった。
「お早う御座います。パンフレットです、どうぞ」
と、手渡す。
「瑞希、お早う。来たよ」
五十代の男性から、声を掛けられた。
「ん?もしかしてミラルド?」
「そうだよ」
「この子は…流輝さん?」
「はい。瑞希様、いかがで御座いますか?」
「凄~い、二人共。…信じられ無~い」
近くに居た、銀牙と葵にも紹介する。
「素晴らしいですわ、お二人共」
「へぇ~二人見てたら、俺も化けたく成ってきた」
「今は駄目ですわ銀牙さん。帰ってから見せて下さい」
「私も見たいな~」
「ハハッ、又今度な!」
「あら、可愛いらしい子。誰?誰?瑞希のお友達?」
「え゛っ?」
五人の声が重なる。
「…お母さん。…どうしてここに?」
「だって~。ご近所で、創立祭が有るって聞いたから流輝さん誘おうと思ったら、誰も居ないんだもの!一人で来たわよ~」
…冴子様…。流輝はポッと頬を染める。
「君。可愛いいわね」
「えっ、私で御座いますか?」
「ん?その喋り方…」
「お母さん。えっとね、彼は…彼は…か・れ・は・・」
「りゅっ…龍と言います。瑞希さ…んの…お母さま」
「龍君?宜しくね。私の事は冴子さんって呼んでねっ」
「はいっ。冴子様!」
「えっ…」
「いえ…冴子さ…ん」
「一緒に回りましょう」
「えっ、お母さん?」
「だって、可愛いいんだもの。良いでしょう?」
流輝に向き直る。
「…はい…喜んで…」
「若いのに言葉が丁寧ね。流輝さんとそっくりだわ。…そう言えば何となく似ている様な…」
「…えっ…、どっ…どちらの方ですか?」
と話しながら歩いて行った。
「大丈夫かしら…流輝さん」
「何とか誤魔化すだろう。子供じゃ無いんだし…」
「フフッ、保護者みたいね」
「…まぁ‥今は俺の方が大人だからね」
「…そうね」
「行こうか」
「はい。ところで何て呼んだら良い?」
「う~ん…クラウドで…」
「アハハハッ。そのまんまじゃん」
「…まぁ…バレないだろ?」
「フフッ、そうね」
「行きましょう?」
「うん」
二人は建物の中に入って行った。
「リアル人生ゲーム、面白かったわね。ミラルド、大富豪に成ったわね」
「うん。…瑞希は…」
「わぁ~、やめて~。私の結果はどうでも良いから‥ねっ。もう、忘れよう」
「ははっ。そうだね」
「ねぇ、次は喫茶店に入りましょう?」
「うん。そうだね」
「ここね、有名ブランド店のケーキ出してるのよ。楽しみ~」
パンフレットを片手に説明する。
「へぇ、そうなんだ」
二階に移動し、喫茶店を目指す。
「あっ!」
「……凄い列だね……」
「………本当………」
瑞希は、肩を落とす。
「…凄く楽しみにしてたのに…」
「…今度、一緒に行こうか。連れて行ってあげるからさ」
ミラルドのその言葉に、瞳を輝かせる。
「本当に?やった~」
瑞希はその場でジャンプして喜んだ。
その時だった。中庭から悲鳴が多数聞こえて来た。
何事かとミラルド達は、それぞれの階のベランダから覗いた。
見ると、身体の大きな犬が屋台をめちゃくちゃにしていた。
急いで中庭に降りてみると、一階の窓ガラスが割られ、校舎の中を走り回り、机も椅子もぐちゃぐちゃに成っていた。
生徒は逃げ惑っている。怪我をした者もいた。
教師達は、指す叉を持ち追い駆けているが、どう猛な為近付けずにいた。
「取り敢えず流輝の力で、外に出してくれ」
「はい」
猛スピードで走る犬の前に流輝が立つ。
危ないと思った瞬間。少年も犬も消えていた。
「どうなっているんだ…」
教師達は呟く。
「とにかく、生徒達を地下へ避難させましょう」
地下にはシェルターが在り、広大な空間が広がっている。
「地下へ急げ」
「避難しろ」
教師達は叫びながら駆け回る。
逃げる生徒達を掻き分けながら六人は中庭に集合した。
「…犬?…」
「あれ…狼だよな…」
「でも、野生の狼って居ないんじゃなかった?」
「そうですわよね」
「まさか…ウルフ族?」
狼は銀牙に狙いを定め、牙を剥いて向かって来る。銀牙はそれを華麗に避けるが、狼は、何度も向かって来た。
「しつけ~。俺狙いかよ!」
その言葉に、狼が笑った気がした。
「仕方無いな。流輝、お前の力で狼を学園の外へ移動させてくれ。その後でバリア張って入って来られ無い様にしよう」
「ですがミラルド様、見られてしまいます」
「後で記憶を消せば良いだろう」
「ねぇ…。どうして龍君が流輝さんなの?クラウドさんが、ミラルド君?」
五人はハッとした。冴子も居たのだった。今の今まで忘れていた。
その時アナウンスが流れた。
『生徒並びに入場者の皆様。中央階段を通り地下へ避難して下さい。繰り返します…』
「助かった、これで見られる事も無いだろう」
「冴子さん。その事は後でちゃんと説明しますから、今は何も聞かないで下さい」
ミラルドにそう言われ、冴子は
「解ったわ。後でちゃんと説明して頂戴」
と、引き下がった。
「急ごう」
「はい」
流輝は両手を前に翳した。狼は学園の北の森へ転送された。もっと遠くへ転送したかったのだが、何かが邪魔をしている様でコントロール出来無かった。
「申し訳ありませんミラルド様」
「いや、十分だ」
「瑞希は冴子さんと一緒に、建物の中へ」
「うん、解ったわ。葵ちゃん行こう」
瑞希は葵の手を取る。葵はやんわりとその手をほどく。
「私は、銀牙さんと共にいますわ」
「えっ…、でも相手は狼よ」
「大丈夫ですわ」
葵はにこやかに微笑む。
「でも…」
瑞希は不安な顔で見つめる。
「瑞希早く!」
「うっ…うん。解った」
「お母さん、こっち来て。早く!」
「解ってるわよ」
二人は急いで建物の中に入った。
ミラルド、流輝、銀牙、葵は、敷地の四隅に立ち、バリアを張る。葵は初めて妖力を使った。
えっと、身体の中心に力を溜めてそれをゆっくりと放出するのでしたわね。
中に溜まった力を外に出す様に、ゆっくりと両手を開いて行く。暖かい空気が葵を包み、徐々に周りに拡がって行くのが分かる。
「これで…良いのでしょうか?」
四人の力が、ゆっくりと学園を包み込んだ。その中には催眠効果の有る力も混ざっていた。葵以外の三人がその力を使ったのだ。そのお陰で学園に居る全ての人の記憶が操作された事に成る。
狼はもう一度学園へ入ろうとしたが、バリアに阻まれ中に入る事が出来無い。何度もトライしたが、諦めて帰って行った。
一時間が経ち目覚めた時には、犬が数頭学園で暴れて逃げて行ったと、記憶が操作されていた。
創立祭は中断され、後片付けに追われる事に成った。
冴子の記憶も操作されていた為、問い詰められる事も無かった。
反省会の後、やっと三人は開放されたのだった。