誕生日
パーティー会場。
美咲は、男達に囲まれていた。
ろくな男は居ないわね。誰か良い人いないかしら。
美咲はいつものようにカモになりそうな相手を探す。
見付けた。
美咲は美味しい獲物を見つけた豹のように、うっとりと目を細めて微笑んだ。
その男は美咲を誘うように、ゆっくりとベランダに出て行く。
美咲は迷わずその後を追った。
「綺麗な夜景ね」
美咲は、男の横に立ち話し掛けた。
「街の夜景も。どんなに素晴らしい星空も。君の美しさに敵う物なんて、どこにもも無いさ」
感激している美咲に男は微笑かける。
「何て、俺が言う訳無いだろ!」
続けてそう言って、男はフンと鼻で笑った。
美咲は何を言われたのか瞬時に理解できずに絶句した。
何……この男……
美咲は不信気に男を睨みつける。
でも、気を取り直して美咲は直ぐに妖艶に微笑んだ。
「面白い人ね。何を考えているのかしら?」
「男を喰い物にする様な女が、居無く成る方法は無いかと思ってね」
男は愛想笑いを止めて、皮肉を込めてそう言った。
「まぁ、そんな人が居るの? 怖いわね」
美咲は我関せずと言った体でサラリと言い放つ。
……この女……
「自分では、分かって無いんだ」
「ふふっ。誰の事言っているのかしら」
美咲はニコッリと微笑む。
「俺の目の前に立っている人の事だけど?」
男もニコッリ笑った。
「まぁ、記憶に無いわ」
美咲は満面の笑みを浮かべる。
「そうか。……とんでもない 女ギツネなんだな……」
男も満面の笑みを浮かべた。
お互いに言いあいながら、鼻がぶつかりそうな程顔を近付けている。はたから見れば意気投合して、今にも接吻でも始めるのではないかと思われるだろう。
「女ギツネだなんて、なんて事言うのかしら」
美咲はこめかみに怒りマークを浮かべながら、それでもニコッと笑って見せる。そして「今夜、私のマンションに来ない?」と言い放った。
男は面食らった。が、すぐに立ち直り「私のマンションなんて言ってるけど、誰から奪った物かな」と、今度は一変して冷ややかな瞳でそう言ってのけた。
「私は、人の物を奪った事なんて無いわ」
美咲は楽しそうに、ふふふと笑う。
その態度にへきへきして「失礼」と言って、男は部屋の中に消えて行った。
「美女の誘いを断るなんて。最低な人ね」
そう呟いて、美咲も部屋に入って行った。
三角の奴、あれから連絡付かないけどどうしたかな。
中西涼は、失踪した同僚の情報を得るために、今回のパーティーに出席していた。
やっぱり、あの女に喰い物にされたのかな。だから忠告したのに……、くそっ。
涼がそう思っている所へ、カクテルを手に美咲が近付いて来た。
またあの女か。しつこいな。
「こんなところに居らしたの? はい、どうぞ」
そう言いながら近づいて来た美咲が、手にしていた片方のカクテルを涼に向かって差し出した。
「……毒でも入っているのかな?」
受け取ったはいいが、飲むのはためらわれる。
「私の虜に成る魔法の薬よ。特別に作って貰ったの」
美咲は意味あり気にふふっと笑った。
涼は怪訝な顔をする。
「女性が用意した物は、素直に飲食する物よ! さあ、飲んで」
美咲は妖艶に微笑んだ。
こんな正悪女でも、公衆の面前で酒に薬を入れるなんて事はしないだろう。そう思って、涼は「解ったよ」と溜め息を吐いて、手渡されたカクテルを一気に飲み干した。
意外といける。
「旨い」
「もう一杯、どうぞ」
うっとりと微笑み、美咲は新しくボーイが運んで来たグラスを涼に手渡した。
「有り難う」今度は疑いもせずに口をつける。それに気を良くして美咲は話を進めた。
「貴方、独り暮らしなの?」
「いや、家族と住んでる」
「そう。……じゃあ、ホテルに泊まる?」
その言葉にムッとした涼は「お前みたいな女を、抱くつもりはないさ」と、さっきのようにニコッと笑った。
「そう言っていられるのも、いつまでかしら……」
そう言って、美咲はニヤリと笑った。
ん? 何だ……何だか頭がボンヤリして来た。目が……霞む。真っ直ぐ立っていられ無い。
ふらふらする涼に、大丈夫? と美咲が肩を貸し、二人は会場を後にした。
目が覚めた。
ここはどこだと、涼は目だけを動かして辺りを見回す。
ホテルの部屋か?
そこへ、シャワーを浴びたバスローブ姿の美咲が現れた。
「目覚めたようね」
そう言いながらベッドに横たわった涼の上に美咲が覆い被さって来た。
涼の唇に自身の唇を押し付け、愛撫しながらそのまま下へと移動する。
「やめろ」
涼は体を動かすべく力を入れたが、ほんの少し指先が曲がっただけだった。
「……薬を、盛ったのか……」
掠れた声で言う涼に「お医者様でも、気付か無かったでしょう?」と美咲は笑う。
「なぜ、俺を狙った。うちに大した財産は、無いぞ」
涼の言葉に、美咲は心外だと言わんばかりに反論する。
「そんな物が目当てじゃ無いわ。ただの、暇つぶしよ」
「お金に不自由はしてないわ」と続ける。そんな事の為に、俺の友人は……。涼は悔し気に顔を歪める。
「貴方は唯一、私になびかなかったわ。貴方に興味が有るの。ふふっ、貴方は手強そうね。……楽しみだわ……」
うっとりと目を細め、美咲は愛撫を再開した。
「……女に犯されるのは、初めてだな……」
涼は観念したように、目を閉じされるがままに成っている。
誰が、こんな女のモノに成るか。
そうだな。手術の場面を想像しよう。うっぷ。これなら大丈夫だ。
結局、涼は何をされても美咲のモノに成る事は無かった。
「屈辱だわ……私になびかないなんて。……許せ無い」
「もしかして、インポテンツなのかしら」
「冗談だろ」
「それじゃあ、同性愛者?」
「まさか」
「じゃあ私は、他の女性よりも劣っているって事?」
「お前より上等な女はいくらでもいるさ。あんたの性格は、最低だからな」
涼は冷ややかな目を美咲に向けた。
「……なぜそこまで言われなければ成らないのかしら……」
美咲は思った以上に、打ちひしがれていた。
「お前、これまで何人の男を騙して来た?」
涼の問いに「さあ、数え切れ無いわね」と美咲は開き直る。「最低だな。軽蔑する」冷ややかな涼の言葉に、美咲の目から大粒の涙が零れ落ちた。
「……何も……知らないくせに……」
どう言う意味だ……
……あの涙……
美咲は黙ったまま、涼を残し出て行った。
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一週間後、四人は公園に集結した。
「あれから何か進展したか?」
銀牙が尋ねる。
「いや。この前朝早くに、流輝と冴子さんが話してたんだけど。何かそれから、様子がおかしくて、まるで元気が無いんだ」
「まさか、告白して、もう振られちゃった。とか?」
「え?、そうなのかな。お母さんは、特にいつもと変わらないけど」
う~んと、皆で考え込む。
「じゃあさ、もうすぐ流輝さんの誕生日だから、盛大に盛り上げて元気に成って貰おうよ!」
「異議なし」
「賛成ですわ」
流輝の誕生日。
前日に買い物を済ませ、瑞希は早朝からケーキを作っている。
十時頃、全員揃ったところで瑞希はそれぞれに指示を出す。他に料理上手な人が一人もいない。不器用ながら冴子も手伝っていた。
……オードブルでも頼むんだった……(泣)
いつもなら、流輝さんと二人で作るのにな。今日の主役に手伝って貰う訳にも行かず……
うっ、忙しい……
でも、皆も手伝ってくれてるし……頑張ろう。
数時間の格闘のすえ何とか準備を終えて、それぞれプレゼントを買いに出掛けることにした。
「お母さんも、プレゼントを用意しときなよ」
「そうね。流輝さんには、いつもお世話に成っているから。じゃあ、出掛けてくるわ」
冴子は、ソファーの上のバックをひったくって、あっと言う間に行ってしまった。それを見送り、二組のカップルもそれぞれに家を出た。
夜七時。何も知らされていない流輝が瑞希の家を訪れた。
「失礼します。私に御用とは、何で御座いますか?」
流輝がリビングに入り、そう言ったのを合図にパン・パン・パン・パァンと、クラッカーの音と、ハッピーバースデイの声。
「あ、りが、とう、御座、いま、す……」
流輝は、お礼をのべたものの、何が起きたのか理解できていないようだった。そこへ、パァン! と銀牙の時間差クラッカーが鳴り響く。その音で流輝はひっくり返ってしまった。
「アハハハ。大丈夫かい、流輝」
ミラルドは、尻もちをついている流輝の腕を引っ張り起こす。ご免、ご免と、銀牙は頭を掻きながら謝った。
「流輝、最近元気無かっただろ? それで、バースデイパーティーで元気出して貰おうと思って」
「皆で、計画したのよ」
流輝は俯いたまま、黙っている。
「あの、流輝さん?」
「どうかされましたか?」
「嬉しゅう御座います。もう何百年も生きて居ますと、誕生日なんて忘れていましたが。こんなに嬉しい誕生日は、初めてですっ」
流輝は感極まり、目元をハンカチで拭っている。
「有り難う御座います。皆様にこんなに良くしていただいて……私は、果報者で御座います」
流輝の涙を見たミラルドも、うっすらと涙を浮かべていた。
「ちょっと待って、皆スルーしたけど。今“何百年も生きて”って言ったわよね?」
と、冴子が言った。
ウルフ族の事を冴子だけ知らない。油断していた。
皆は、冴子の言葉にハッとする。
「……えっ、そんな事言ったっけ? 聞き間違いじゃ無い? 私には聞こえ無かったけどなぁ」
「いや、聞こえ無かったな~」
「私もですわ」
「そんな事よりも、乾杯しようよ!」
「そうね、そうしましょう」
「はい。グラス持って~。流輝、誕生日おめでとう!」
矢継ぎ早にそう言って、カンパ~イと、グラスを掲げる。畳み掛けるように話したお陰で、何とか誤魔化せたみたいだ。
皆、冷や汗をかいている。流輝は申し訳無さそうに体を縮めた。
ひとしきり食事を堪能した後、流輝にプレゼントを渡す。
葵と銀牙は、二人で高級腕時計を。
ミラルドは万年筆、瑞希は手帳。
「気に入って頂けるか分かりませんけど」
と言いながら、冴子は服をプレゼントした。
「冴子さんからの物なら、何でも嬉しいですっ」
流輝は真っ赤な顔で言う。
「皆様、プレゼントまで頂いて本当にありがとう御座います。こんなに嬉しい事は御座いません。果報者でございます」
流輝はそう言うとガバリと直角にお辞儀をした。目には一杯の涙が浮かんでいて、しずくが数滴床に零れた。皆はそれに気付かないふりをした。
今日一日で数年分興奮した流輝は「酔いを醒まして来ます」と外へ出て行った。
「お母さん。私達で後片づけするから、流輝さんを介抱してあげなよ」
「そんなに酔ってたかしら?」
「まぁまぁ、傍に居て上げるだけで良いから。ねっ!」
「分かったわ。じゃあ、後 宜しくね」
首を傾げる冴子を納得させて、外へ追い出した。
「上手く二人きりに出来たけど。流輝さん、告白するかなぁ」
さぁどうだろうねとミラルドと瑞希の話を聞いて、銀牙と葵はニヤリと笑った。
「ちょっと行って来る。」
「行って来ますわ」
そう言うが早いか、二人は風の様に出て行ってしまった。
「あーっ、ちょっと待っ、て……」
引き止める真もなく外に飛び出した二人にあきれ、溜め息を吐くミラルドと瑞希だった。
流輝はブランコに腰掛け、ぼんやりと風に揺れる花を眺めていた。
そこにやって来た冴子が「流輝さん、大丈夫?」と声を掛けた。
「はっ、はい。大丈夫です。とても嬉しい事ばかりで、まるで夢の中に居るようでした」
「永く生きて参りましたが、本当にこんな事は初めてで。何だか自分では無いようで……少し、はしゃぎ過ぎてしまいました」
「そう? いつもと変わらない様に見えたけど?」
冴子の言葉に、流輝は少し首を傾げて、ほのかに笑った。
「心の中が、何と言うか。ザワザワと揺れたと言いますか。ちょっと言い表せ無い、です」
「そう……」
「だから心を落ち着けようと思いまして、こうしてブランコに揺られて……」
「ふふっ。流輝さんらしいわね」
冴子はそう言いながら、流輝の隣のブランコに腰掛けた。
「私らしいとは?」
「ん~、いつも平常心を保っていると言うか、何があっても動じ無いと言うか、そんな風に見えるわね」
「そうですか、そんな風に見られているのですか」
流輝は、少し考えてから口を開く。
「あの。聞いても宜しいですか?」
「ん? 何?」
「この間お話しされた方の事は、もう……吹っ切れたのですか?」
「えっ、あぁ、あの人の事ね。……う~ん、そうね。正直まだ奇麗サッパリって訳には、行かないわね」
「でも流輝さんに聞いて貰えて、スッキリしたし。一歩前進する勇気も貰えたわ。あの時は本当に有り難う」
流輝は、黙ったまま俯いて、その話しを聞いている。
「あの。私では、駄目ですか?」
「えっ?」
「その方の代わりに、私ではいけませんか?」
冴子は突然の告白に、目を見開いている。
「初めて、冴子様を目にした時から、ずっと、ずっと、お慕い申しておりました」
あ~。とうとう言ったよ~。ドキドキする~
二人のやり取りを、銀牙と葵は植え込みの影で聞いていた。
冴子は、一つ大きな息を吐く。
「有り難う御座います。驚きました。幾つに成ってもそんな事を言って貰えると、嬉しい物ですね」
「でも、今は、今はまだ、その気持にお答えする事は出来ません」
冴子の返事を聞いて、流輝はガックリと肩を落とした。
「でも…これからは…」
続けて紡がれる言葉に、流輝は顔を上げ聞き入った。
「これからは、新しい恋をしたいから、流輝さんにも諦めて欲しく無いんです。これから先、どう成るか分かりませんから……」
「あの、都合の良い話しで済みません。やっぱり今の話し、忘れて下さい」
冴子は考えがまとまっていないのか、先ほどの言葉をすぐさま取り消した。
「いいえ、とんでもない。これからは、もっともっと頑張ります」
と、流輝が微笑む。
冴子も、頬を染めてにっこりと微笑んだ。
銀牙と葵は、一足先に家に戻り、何喰わぬ顔で後片づけを手伝う。
「どうだった?」の、二人の問いに、銀牙と葵は首を傾げる。
「あれは、どう言う事に成るんだ?」
「そうですわね。まずは、お友達から始めましょう。と言う事ではないでしょうか?」
「あ~、成るほど~」
銀牙は頷く。
「でも、ちょっと違う気がするな。友達以上恋人未満?」
「そう、ですわね……」
葵と銀牙は二人だけで納得して話を進める。ミラルドと瑞希は全く要領を得なかった。
「じゃあ、流輝は振られたのか?」
ミラルドはたまらずにくちばしを突っ込む。
「いや、そうじゃ無くて。冴子さんに好きな人が居て、その人に振られたみたいだな。流輝さんはその事を承知の上で告白した感じだったな~。駄目元って感じ?」
「そうですわね~」
葵と銀河は二人で頷き合った。
後片づけを終え、思い思いに過ごす。
銀牙と葵は、隅の方で イチャついている。
さっき帰って来た流輝と冴子は、何だか ぎこちない感じだ。
「瑞希、どうしたの?」
元気の無い瑞希に、ミラルドが声を掛ける。
「お母さん……辛い思いをしてた筈なのに、ちっともそんな素振り見せ無いで、明るく振る舞っていたのかと思うと、何だか、水くさいって言うか、何と言うか、ね……」
「瑞希に心配かけたく無かったんだよ。きっと」
「……うん……」
「だから、元気出して! ねっ!」
ミラルドは瑞希の肩を、優しく抱いた。
二組の恋愛模様。
二組とも、大人な感じですね。
この先、どう成るのか…
お楽しみに♪