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母娘

 あれから、数日か過ぎた。

 ミラルドの癒しの力によって黒樹に注がれた不の妖力は取り除かれ、すっかり元に戻った銀牙は、今では葵と良く遊びに来るように成った。

 銀牙は愛する人を手に入れ復讐と云う呪縛から解放された。五百年の人生の中で一番幸せな時を過ごしているのだろう。一方ミラルドも過去の苦しみから救われ愛する人に想いが通じた。まだ秘密もあるが過去から一歩前進した。


 今日もミラルドはラルの姿で、公園で子供達が遊ぶ姿を眺めてそわそわしている。何だか様子がおかしい気がします。

「どうか、されたのですか?」

「うんとねぇ、外で遊んで来て良い?」

「……はい、宜しいですよ……」

 今までに無かった事です、どうしたのでしょうか。と考える流輝を置き去りにラルは外へと飛び出して行った。

 いつの間にやら子供達の輪に加わり一緒に成って遊んでいる。

 ブランコ、滑り台、アスレチック、砂場遊びまで。これはどう云う事でしょう。


 今までのラルとはどこか違う。瑞希も不思議に思っていた。

 今までは子供の姿をしていても、どこか影が有るような。子供とは思え無い何と云うか、落ち着きが有ったように思われる。でも最近のラルを見ていると、本物の子供を見ているような錯覚を覚える。そう思い流輝にも言ってみた。

「はい。私もあんなラル様は見た事が有りません。もしかしたら変化が完璧過ぎるが故に、心も子供に成り切ってしまわれているのかも知れません」

 流輝は自信なさ気にそう言った。


 今日も銀牙と葵が遊びに来た。公園で遊ぶラルを見て、銀牙も子供に変化して駆けて行く。

 銀牙は直ぐに皆の輪の中に溶け込んだ。先頭を切って駆け抜ける。まるでガキ大将だ。

 葵は、その様子を微笑ましく見つめ目を細める。時折「可愛い」と、葵の口から洩れているが無意識のようだった。


「何で僕より、歳上に変化しているの?」

 銀牙はラルよりも年上に変化している。ラルは不思議に思い銀牙にこっそり訊いてみた。

「俺は、負けず嫌いだからな。お前より歳上じゃ無きゃ嫌なんだ!」

 と言う銀牙の言葉に、ラルはプッと頬っぺたを膨らませて怒った。

 それを見た瑞希もまた「可愛いっ!」と叫んだのだった。

 おやつの時間になり、お腹がすいた二人は元気に診療所のドアを開けた。瑞希の手作りのクッキーを、瑞希と葵の膝の上で二人は一心に頬張る。その姿が可愛くて、瑞希と葵は力一杯抱き締めた。そして睨まれた。

 子供に変化すると、愛情も乏しく成るのだろうか。と二人は思う。



 瑞希が幼い頃に夫を亡くし、冴子はずっと女手一つで娘を育てて来た。そんな母に瑞希はいつも感謝していた。

 少しでも母親を助けたくて、幼い頃から、掃除、洗濯、料理も勉強し頑張って来た。お陰で料理の腕は物凄く上達した。それに引換え冴子は、料理が一番苦手なのだった。

「こんにちは、流輝さん。今日は私の家で料理教えて貰えるかしら」

 と笑顔の冴子が、リビングの扉を開け顔を出した。


 瑞希と葵の怪我が全快した数日後、瑞希の家で和解パーティーを開いた。何の前触れもなく突然 帰省した冴子は、テーブルに並んだ沢山の料理を目にし「何々? 私のお帰りなさいパーティー?」と、涼しい顔で仲間に加わったのだった。

 そのパーティーで知り合ったミラルド達を気に入り、それからずっと以前からの知り合いだったかのように接している。

 今日は、流輝に料理を教わる約束をしていたらしい。

「はい、宜しいですよ。では、参りましょうか」

 冴子の誘いに流輝が優しく応える。

「お料理が出来たら呼ぶから、貴方達もおいでなさいな」

 と、冴子が言うと「行く、行くぅぅ」と子供達が、大声で返事をした。

「銀牙君と、ミラルド君も、ちゃんと誘うのよ!」

 と言い残し、二人は診療所を出て行った。

「ラル達が応えちゃ不味いでしょ!」

 瑞希が困った顔で言うと、何でぇ? とラルは悲し気な顔をする。

 ……だって……

「お母さんはまだ、ウルフ族の事を知らないし。貴方達が、ミラルドさんと銀牙君だって事も知らないのよ!」

「だったらぁ、教えて上げれば良いんじゃないの~?」

 瑞希の言葉に二人はにやりと笑い目を輝かせた。そして教えに行こう。と二人は外に駆け出した。

「あっ、駄目よ! 待ちなさ~い!」

 と、瑞希と葵は慌てて後を追い掛けた。二人は遊具の周りを逃げ回る。瑞希と葵は、やっとの思いで二人を捕まえた。

 銀牙は、直ぐに大人に変化し、あははは 面白かった! と笑っている。

「銀牙さん、わざとあんな事なさったのですか?」

 と、葵は冷ややかに銀牙を見つめる。

「だって、瑞希をからかうのって楽しいじゃん!」

 銀牙はそんな事を言い放つ。二人はどっと疲れ、肩を落とした。でもミラルドは本気だった様だ。

「ミラルドさん。お願いだから大人に戻って! ねっ、この通り。お願い!」

 ラルに向かって瑞希は手を合わせる。仕方無いなぁ。と言いながらラルは大人に戻った。そして暫くして、我に返ったラルは恥ずかしそうに「ご免」と、ボソリと言った。


 夕方になり瑞希の家に四人が戻ると、流輝と冴子が仲良く料理の盛り付けをしていた。

「こうして見てると、夫婦って感じだねぇ」

 銀牙の言葉に皆も頷く。

「なっ、何言ってるのよ!」

 と冴子が赤く成ると、そんな事を言っては冴子さんに迷惑です。と流輝も赤く成った。ヒュ~と銀牙が口笛を吹くと大人をからかう物じゃ有りません。と冴子に睨まれてしまった。


「そう云えば、ラル君達は?」

 冴子は話題を変えるべく、瑞希に矛先を向けた。

「あぁ、えっと、ラル君は……、一緒に居た友達の所に泊まるんだって。あの子の親が迎えにきたわよ」

 と言いながら瑞希は冷や汗を拭う。

「そうなの。お料理沢山作ったのに、残念ね。又今度食べて貰おうね」

 と残念そうに冴子が言った。そう、だね。と言いながら何とか誤魔化せたみたいと、瑞希は皆と顔を見合わせほっとした。


「さあ皆、座って! 私頑張ったんだから。食べてみて!」

 自信満々で、冴子が勧める。

「お母さん、これ全部流輝さんが作ったんじゃないの?」

 素晴らしい料理の数々に、瑞希は冴子を疑いの目で見た。

「そんな訳無いじゃない! ねっ流輝さん!」

 流輝に向き直り冴子は潤んだ瞳で見つめた。間近で冴子と見つめ合う形になった流輝の顔色が、見る見る変わっていく。まるで茹でダコの様だ。

「冴子さん、料理の勉強なんてしなくて良いじゃん。どうせ瑞希が作るんだろ?」

「だって、その内瑞希はお嫁に行っちゃうし」

 銀牙にそう言いながら、冴子はミラルドをチラリと見る。

「それに、好きな人には手料理食べて貰いたいじゃない」

 と、冴子は頬を染めた。

「へぇ、冴子さん好きな人居るんだぁ。誰、誰?」

 それを聞いていた流輝の顔は今度は、青く成っている。

「そんなの止めてさ、流輝さんを婿に貰えば良いじゃん。料理も洗濯も上手いよ!」

 銀牙の言葉で冴子と流輝は耳まで赤くなった。

「もうよせよ。大人をからかうのは!」

 見兼ねたミラルドが助け船を出した。銀牙はエヘッと舌を出す。

「なっ、何だか気分が悪く成って来ました。外の空気を吸って来ます」

 目まぐるしく変わる顔色と激しく変わる鼓動について行けず流輝は体調を崩してしまったらしい。

「私も、何だか疲れちゃったから休むわ」

 暫くして、冴子も部屋を後にした。


 からかい過ぎだぞと、ミラルドが銀牙を睨む。銀牙は知らん顔で食事を続けた。

「それにしても、似合いの二人だよなぁ」

 と、銀牙が言うと私もそう思いますわと葵が続く。その意見にはそうだねとミラルドも同意した。皆の意見に瑞希は複雑な表情を浮かべる。

「私は、何だか複雑だな……」

 そう言う瑞希にどうして? とミラルドが尋ねる。

「だって、二人がくっ付いたら、流輝さんがお父さんに成るのよね」

 そう言う瑞希に、今度は葵が「お嫌なんですか?」と投げかけた。瑞希は「嫌じゃ無いけど、何だかねぇ」と言いながら溜め息を吐いた。ミラルドは、瑞希の肩を優しく抱きしめる。

「僕達だけ幸せに成って、冴子さんは“駄目”だなんて、可哀想だよ。それに、流輝には迷惑ばかり掛けて来たからね。幸せに成って貰いたいんだ」

 流輝さんはミラルドさんを、ずっと一人で支え続けてくれた。母も、私の為に恋もせずにずっと働いてくれた。私も母には幸せに成って貰いたい。

 瑞希はそうだねと、呟いた。

「じゃあさ、二人をくっ付けちゃおうよ」

 と提案する銀牙に「そうだね、計画を立てよう」「そう云う事。私大好きですわ」とミラルドと葵も賛同する。「でも…どうするの?」と言う瑞希に、銀牙は目を泳がせて「それを今から話し合うんだろ!」とぶっきら棒に言った。

「それなら、流輝の誕生日が十月十日って事に成っているんだけど、それを利用するのはどうかな?」

「ちょっと待って。十月十日に成っているって、どう言う事?」

 ミラルドの言葉が引っ掛かり、瑞希はそう訊いた。

 「書類上ではって、意味だけど?」とミラルドは、おかしな事言ったっけと首を傾げる。

「あ~ぁ」

 銀牙は、疑問の意味に合点が行き、説明を始める。

「あのな、俺達ウルフ族は遠い遠い遥か昔に産まれたから誕生日って無いんだけど、戸籍に載せる為には、生年月日って必要だろ? だからさ」

 銀牙の説明を聞き、ミラルドも納得した。

「流輝は秋頃に産まれたって事だから十月十日で、僕は春が好きだから三月二十一日」

「俺は、適当に四月十五日って事に成ってる」

 それを聞いて「へぇそうなんだぁ」と、女の子二人は納得する。

「で? その誕生日に何すんの?」

「それは……」

 皆はう~んと、考え込んだ。


「そう云えば冴子さん、好きな人に手料理を食べさせたいって言ってたな」

「そうでしたわ」

「好きな人って、流輝じゃ無いみたいだよな……」

「まっ、まずそれを誰なのか確認してからだよな」

 銀牙の一言で、皆の視線が瑞希に集まる。

「うっ……、確認しろと?」

 瑞希が後ずさると、お前しかいないだろ? と銀牙に言われ、それに皆が頷いた。

「………分かった……」

 しばらくの沈黙の後で、瑞希は仕方無く了解した。



「お母さんって…、……好きな人…居るの…?」

 次の日、割りとゆっくりめに起き出して来た母に、トーストや珈琲を出しながら瑞希は聞いてみた。

「なっ、何よ突然!!」

 母の頬が赤く染まる。

「いっ、いやぁ。ふと思ったから聞いてみたんだけど……」

 と、瑞希はぽりぽりと頭を掻く。冴子は溜め息を吐いた。

「あんたも、そう云う年頃に成ったって事よね。 私の事は気にしなくて良いのよ」

「えっ。何の事?」

「とぼけ無くて良いのよ。あんたは、ミラルド君の事が好きなんでしょう? 構わないから、くっ付いちゃえば良いのよ。私に気を使わ無くても!」

 瑞希は顔を赤くして「心配しなくっても、もう恋人同士よ!!」と叫んでいた。

 あぁぁ。上手く話しをはぐらかされてしまった……。

 瑞希がとぼとぼと公園に入って行くと、待ってましたとばかりに三人が近付いて来る。

「どうだった?」

「冴子さんは何とおっしゃいました?」

「相手は、流輝か?」

 矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。心なしか皆の目が輝きを増している気がする。

 瑞希は俯いて「うぅぅぅっ、駄目だった……」と身を縮めて白状した。

「聞け無かったのですか?」

「聞いたけどうまく誤魔化された。でも、好きな人はいるみたい」

「もう一度聞いてこいよ!」

 銀牙に、急き立てられる。

「わっ、私やっぱり無理! 銀牙、聞いて来てよ!」

「えっ、俺!?」

「いや、駄目だ。俺が聞いて来る。銀牙じゃ又失礼な事言いそうだし」

 意を決したミラルドが、瑞希の家に向かって行く。


 インターホンを押すと「は~い」と元気な冴子の声がして、すぐに玄関扉が開けられた。

「こんにちは。冴子さん」

「あら、ミラルド君。瑞希なら留守よ」

「いえ、冴子さんに話しがあって。あの、単刀直入に聞きます。冴子さん、今好きな人はいますか?」

「何? ミラルド君まで……。私をからかっているの? 私に気を使わ無くて良いから、瑞希と上手くやってちょうだい」

 冴子はうんざり顔である。

「もう瑞希をモノにしたの? 早くゲットしないと、逃げられるわよ!!」

「モノにって……」

 凄い事を言う母親だ! ミラルドは赤面し、返す言葉も思い付か無い。

「あっ、もうこんな時間。私出掛けるから、又今度ね」

 と言って冴子はドアを閉めた。植え込みの陰でその様子を覗き見ていた銀牙は、撃沈して立ち尽くしているミラルドをツンツンとつついて、公園へ引っ張って行った。

 「お前、情けないなぁ」と言う銀牙に、ミラルドは俯いたまま「すまない」とこうべを垂れる。「今度は、俺が行ってやる。任せとけ!」と銀牙は、胸を叩いた。


 「良い方法は無いかな」と公園の隅で四人が作戦を練っていると、四人の背後に人影が立った。「中々しぶとい」と言う声に何の話しかしらと思いながらその人物は声を掛けた。

「瑞希、こんな所にいたの? 私出掛けるから晩ご飯は要らないわ」

 突然の冴子の登場に皆は一様にビクリと身体を震わせた。

「今夜は、もの凄ぉく遅く成るから。ミラルド君、瑞希を宜しく頼むわね」

 とウインクをして冴子はその場を後にした。その言葉にミラルドは赤面する。

「?」

「何、どう言う意味?」

 皆、首を傾げた。

「なっ、……何でも無い!!」

 と叫んだ後ミラルドはごまかすように「お腹すかないか?」と言った。

「そうですわね。もうお昼も過ぎましたし、そこのレストランへ参りませんか? 私がご馳走しますわ」

「よっしゃぁぁぁぁ」

 銀牙が、ジャンプをして喜ぶ。うまく話をそらす事が出来てミラルドはそっと胸を撫で降ろした。

「銀牙君って玉の輿だね」

「はい。銀牙さんには、これから沢山勉強して頂いて、橘グループを引っ張って行って頂かなければ成りません」

 瑞希に、葵はそう応える。それを聞いて銀牙は、なよなよと倒れ込んだ。

「どうかなさいましたか?」

「……勉強……。俺の一番嫌いな言葉だ……。もう葵が社長で良いじゃないか。俺は引っ張れねぇよ、あんなデッケェグループ……」

 銀牙は力無く呟いた。

「頑張ってね銀牙君!」

「期待しているぞ」

 瑞希とミラルドに励まされ、銀牙はヨヨと涙をこぼす。

「うっ……。金持ちもほどほどが良いな……」

「何かおっしゃいまして?」

 銀牙の呟きに葵が素早く反応する。「いっ、いやぁ何も」と遠い目をする銀牙だった。


 食事の後用事が有るからと銀牙と葵は帰って行った。

「じゃあ私も帰るわね。明日提出のレポートまとめるの忘れてたから、今から頑張んなきゃ! 夜までに終わるかなぁ。心配……」

 じゃあねと、帰ろうとする瑞希の腕を、ミラルドが力強く掴む。ミラルドの頭の中には、冴子の言葉が渦を巻いていた。

 ――――――早くモノにしなさい――――――― 

「何? どうかしたの?」

「えっ、いや、あの、……レポート、手伝おうか?」

 突然のミラルドの申し出に瑞希は目を輝かせた。

「本当に? 良いの? 助かるぅ」

 想像以上の瑞希の喜びに、ミラルドは騙しているみたいで、後ろ目たさを感じた。


 家に入りミラルドをリビングに通す。勉強道具を取ってくるね。とリビングを出て行こうとした瑞希をミラルドが引き止める。

「大荷物になるだろ? 瑞希の部屋でやろうよ」

 ね? と言うきらきらスマイルのミラルドに押され、瑞希は思わず頷いた。紅茶を手に二人は瑞希の部屋へ入った。

「やっぱり部屋は狭いから、リビングに行く?」

 瑞希の問いにここで良いよミラルドが応える。

 ――――――ベッドも有るし――――――

 ミラルドは自分の考えに赤面した。何のレポート書くの? ミラルドはやましい思考を誤魔化す様に聞いた。

「あのね、幼児の発達について。今と昔では運動能力に差が有るの。最近のデータも有るし、本もあるんだけど、上手くまとまらなくて……」

「そんな事に興味があるの?」

「私ね、子どもが好きだから保育士に成りたいの。だから、このテーマにしたのよ」

 瑞希はニコッと微笑んだ。

 ミラルドは、不純な動機でここに居る事をとても恥ずかしく思った。

「そっか、夢の為の第一歩だね。頑張ろう」

 ミラルドの柔らかい微笑みに有り難うと瑞希も微笑んだ。


 いつの間にか太陽は西に傾き、灯りが無いと字が読め無くなって来た。気付いたミラルドが照明を点けてくれて、急に視界が明るく成り、瑞希は目をしばたかせた。

「秋になって、日が短くなって来たからね」

「もうこんな時間。お腹すいたね、休憩しましょう」

 そう言って二人は階下へと降りて行く。

「何か食べたい物ある?」

「そうだね……ハンバーグ、かな?」

 それを聞いて瑞希はハッとする。あはははと思わず瑞希は笑ってしまった。

「何、どうした? 変な事言ったっけ?」

「だって、一番最初に造ったのって、ハンバーグだったよね。フリフリのエプロンつけて。もの凄く嫌がってたよね」

 ほらと、笑いながら瑞希は携帯の待ち受け画面を見せる。それを見たミラルドの顔が見る見る赤くなった。

「やっ、止めろっ」

 そう言いながらミラルドは携帯を取り上げ様とするが、素早く避けられてしまう。

 ……うっ……

「どうして? 可愛いから良いでしょっ!」

 瑞希がぷっと膨れる。

「は、恥ずかしいからっ……。それだけはっ……」

 ミラルドの言葉を聞いて、瑞希は待ち受けをまじまじと見つめる。

「やっぱり、これじゃ無きゃ駄目っ。これ大好きだからっ」

 ガンとして譲らない瑞希に、ミラルドはガックリと肩を落とした。

「ちょっと待ってて、エプロン取って来るね!」

 と、瑞希は顔を輝かせて自分の部屋に戻って行く。ミラルドは嫌な予感しかしなかった。

 エプロンを手に戻って来た瑞希は、ミラルドに迷わず白のエプロンを手渡す。ミラルドはそれを受け取ろうとしない。

「絶対、嫌だ」

「エプロンつけないと、汚れちゃうよ?」

「汚れた方がましだ。あの時も、凄く恥ずかしかったのにっ……」

「あはははは、冗談よ。はい、これ」

 と瑞希は後ろ手に隠していた茶色のシンプルなエプロンをミラルドに手渡し、白のエプロンを自分でつけた。そしてこれなら良いでしょっ! と、笑っている。

「……やっぱり瑞希は、冴子さんの子供だよ……」

 と、ミラルドはボソリと呟いた。

 でも、瑞希可愛いから許す……

 ミラルドは携帯を取り出し瑞希の名前を呼ぶ。振り向いた瑞希の姿を、写真に収めた。「これでおあいこだよ」と言うミラルドに「あっ」と、瑞希は小さく声を上げ。仕方無いなぁと肩をすくめた。

 思えば、あのハンバーグ造りが二人の初めての共同作業だった。そう思いながら、あの日と同じくハンバーグが完成した。

「早速、食べようか」

「うん、お腹ペコペコ。頭使って、疲れたしね」

 頂きます。そう言ってミラルドはナイフで切り分けたハンバーグを一切れ頬張った。

「やっぱり、瑞希のハンバーグは美味しいよ」

 と言うミラルドに「そう? 有り難う」と言って、瑞希も食べ初めた。

 夕食後、再び二人は、二階に上がりレポート作成に没頭した。


「はぁ。やっとここまでまとまった……。下で休憩しましょうか」

 気がつけばあ日付が変わっていた。二人はリビングに降りて珈琲を淹れる。挽きたての薫が部屋中に拡がった。

「はい。眠気醒まし」

 瑞希に手渡されたカップを受け取り口を付ける。珈琲のほろ苦さが口内に広がる、ミラルドは疲労感も一緒に飲み下した。

 ソファーに座るミラルドの肩に、瑞希の頭が乗っかる。

「ねぇミラルドさん。何かあったの? 今日少し変だったよ?」

「いっ、いや、何でも無いよ」とミラルドは瞳をさ迷わせる。瑞希に目を向けると瑞希もミラルドを見つめていた。二人は自然に近づいて行きそっと唇が重なった。

 突然玄関ドアの開く音と、「たっだいまぁ!」と大音量の冴子の声が、家中に響き渡った。同時に二人はパッと離れた。

 「お母さん! 近所迷惑よ!」と叫ぶ瑞希を気にする事もなく、冴子は肺に溜まった気化した酒を吐き出すようにフゥと息を吐いた。

「おっ、ミラルド君! どう? もう済んだの? もしかして、邪魔しちゃった?」

 冴子はかなり酔っているのか、げらげら笑いが止まらない。

 ふとミラルドを見るとあり得ないぐらい赤面している。瑞希は冴子とミラルドを不思議そうに見つめた。

「お母さん、何の話し?」

「何って、今日、ミラルド君に、瑞希を早くモノにしないと、逃げられるわよって、アドバイスしてあげたのよ」

 ふぅうと酒臭い息を吐きながら冴子は途切れぎみに告げる。瑞希は唖然とした。

「……モノにって……」

 だから、ミラルドさんの様子が変だったのか。

「お母さん!何て事言うの!!」

 瑞希は冴子を怒鳴りつけ、ミラルドの手を握り締める。

「ご免ねミラルドさん。お母さんの言った事なんて気にしなくて良いのよ! 私は逃げたりしないから。ミラルドさんの事、ちゃんと愛しているからね」

 瑞希がミラルドに向き直り、とくとくと言い聞かせていると、

「はいはい、ご馳走様。じゃあ、お休みぃぃ」

 と、冴子はヒラヒラと手を振ってその場を去った。


 取り残された二人は、重い空気の中珈琲を口に運ぶ。

「ミッ、ミラルドさん。残りは、後少しだから一人で大丈夫よ。有り難う。助かったわ」

 気まずい空気を払い退けるように瑞希は口を開いた。

「瑞希、あの。初めは、不純な動機でここに来たけど、途中からは本当に力に成りたいと思って、真面目に手伝ったんだよ。下心なんて無かったんだ」

 ミラルドは信じてもらえるように、瑞希の手を痛いぐらい握りしめ、訴えた。

「うん、分かってるよ。でも、まだ、心の準備が、……ご免ね」

「いや、本当、こっちこそご免」

 ミラルドは申し訳なく頭を下げた。

「じゃあ、又、明日ね。お休みなさい」

 瑞希は、お休みと言って帰って行くミラルドを見送った。


「全くお母さんは、何考えてるのよ!」

 仮にも自分の娘を、早くモノにしなさいなんて、母親の言う言葉か! 全く!!

 頭に来た瑞希は、一言文句を言ってやろうと母の部屋のドアを荒々しく開ける。

「お母さん!!」

 顔を覗き込む。

 幸せそうな顔をして、夢の中だった。

 この行き場の無い、怒りぃぃぃぃ!

 その力を、レポートにたっぷりと注ぎ込む瑞希だった。



 明け方になり、冴子はベッドから起き出した。

 ……五時か……

 夕べは一晩中眠れ無かった。瑞希が来た時には、流石に寝たふりしたけど……

 はぁと溜め息を吐き、家を抜け出して公園へと向かった。

 とぼとぼと歩いてブランコに腰掛ける。

 涙が、後から後から溢れ出して来る。

 こんな顔、瑞希には見せられ無い。


「冴子様?」

 後ろから声を掛けられ、冴子はビクッと肩を震わせた。

「冴子様も、早くにお目覚めですか? 私も今朝は、余りにも早く目が覚めてしまいましたので、散歩していたところです」

 と言いながら、流輝は隣のブランコに腰を下ろす。

 笑顔を浮かべながら冴子の顔を覗き込んだ流輝は驚いた表情を浮かべて、遠慮がちに「どうかされたのですか?」と、冴子に訪ねた。


 冴子は悲しげに微笑み「振られちゃった」とやっと聞き取れる程の小さな声で呟いた。


「片想いだったけど、とても優しい人で、私にまで優しくしてくれて。昨日街で偶然 家族と過ごす彼を見掛けて、私に入り込む隙は全然無いんだなぁって、思い知らされたの。……だから」

 冴子の頬を涙が伝う。

「最初から分かっていた事なのにね……」

「若い人は良いわね。瑞希や、ミラルド君を見ていると、羨ましいわ。私も、もう一度若返って素敵な恋をしてみたい……」

 そう言って冴子は淋し気に俯いた。


「冴子様は、とても魅力的な方です。私は冴子様に惹かれる者の一人ですから……そう思います。」

 ずっと黙って聞いていた流輝は、少し考えた後で少し緊張した風に言った。

「有り難う。お世辞でも嬉しいわ」

 泣きはらした目元を赤く染めて、冴子はほのかに微笑んだ。

 流輝はここで胸に抱えた想いをぶつけようと口を開く。

「お世辞などでは有りませんっ。私は、貴方を……」

 と言い掛けた時、誰かの足音がした。

「流輝。どうしたんだ? こんな朝早くに」

 ミラルドだった。

 ミラルドは、冴子に気付き「もしかして、邪魔したか?」と小声で聞く。流輝は次に言う筈だった言葉を飲み込んだまま固まっている。

 突然冴子は勢い良く立ち上がった。

「流輝さん、有り難う。何だかスッキリしました。」

 冴子は笑顔で言い、家へと帰って行ってしまった。

「私の思いは、届かなかったのでしょうね……」

 決死の覚悟で挑んだ告白は宙に浮き、肩を落として流輝も帰って行った。

「何がどう成った?? 俺のせい?」

 困惑するミラルドが一人、公園に残された。





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