対峙
「流輝、もうそろそろ、ここを出て行かないか?」
テーブルに突っ伏したまま、ラルが言った。
「えっ、なぜで御座いますか?」
突然の言葉に、流輝は驚いている。
「ここにも結構長く居たし、又別の場所に行こう……」
「結構長くって、まだ三年しか経っていませんが。瑞希様に知られそうだからですか?」
「それも……ある」
「瑞希様が適合者かどうか、確認されてからでも良いのでは?」
「その必要は無いさ。瑞希は、適合者だ」
「……では、なぜこの場所を離れるのですか?」
「俺は瑞希に、知られたく無いんだ。永遠の命なんて、与えたく無い」
「瑞希に俺と同じ苦しみを味わわせたく無いんだ。……それに、俺の側にいる事で瑞希も危険にさらされる」
「もう、俺のせいで、誰かが傷付くのを見たく無い。だから、あいつの側を離れる」
「……そう、ですか……」
流輝は、肩を落とした。
「どこへ行くおつもりなのですか?」
「そうだな。沖縄辺りにでも行くか……」
「暑い所は、苦手では無かったですか?」
「たまには、良いかと思って」
そんな遠くに、行かれる御つもりなのか……
涼の元に、流輝が現れた。
「どうした? 流輝さん。病院に来るなんて珍しいね」
「……御相談したい事が、御座いまして。……困ってしまいました……」
「ミラルドの事か?」
「……はい……」
飲み物を買いに廊下に出た所で銀牙は出会い頭に葵とぶつかりそうになった。
「銀牙さん、どちらへ?」
「あぁ、葵。今日も来てくれたのか」
銀牙にそう訊かれ葵は頬を染めて頷いた。
「ジュース買いに行こうと思って。一緒に行くか?」
「ええ、御一緒させて下さい」
銀牙の問いににこやかに頷きながら、葵はそう応えた。
裏手にある階段を降りて行くと、一階の踊り場付近に人影が見えた。ぼそぼそと男の声がする。近づくと話の内容が聞こえてきた。盗み聞きするつもりはなかったのだが、聞き覚えのある名前に、銀牙は、つい聞き耳を立ててしまった。
「実は、ミラルド様がこの街を出たいと申されまして」
「どうして! まだ三年しか住んで無いじゃないか!」
「はい……」
流輝は眉根を寄せて、困った顔をする。
「もしかして、瑞希ちゃんの事で?」
「はい。瑞希様に、正体を知られたく無いと申されて」
「どうして」
「瑞希様は、ミラルド様の適合者なのですが、マーキングされたく無いと。永遠の命を持つ辛さを味わわせたく無いと。それと、この間 瑞希様と御一緒の時に、分家の者に襲われまして。危険な目に合わせたく無いとおっしゃられて」
「それじゃ、自分の気持も伝え無いまま行くつもりなのか」
「はい。その御つもりの様です。もしかしたら、瑞希様の記憶も消す御つもりなのかも知れません」
「ガン」と突然大きな音が響き渡った。涼が階段の手すりを力一杯殴った音だった。
「どこまで自己犠牲な奴なんだ。自分の幸せも少しは考えれば良いのに……。あぁぁぁぁぁっ! 腹が立って来た! ミラルドの奴。殴りてぇぇぇ」
「りょっ、涼様、落ち着いて下さい」
慌てる流輝に、解ってると言いながらも涼は悔し気に顔を歪めた。
「先生の知り合いって、ミラルドの事だったのか……」
「こうして聞いていると、ミラルドと云う人は とても良い人に思えます。御逢いした事は御座いませんが、本当に仇なのでしょうか?」
早く復讐しなきゃまた居なくなるなと考える銀牙の横で葵が静かに言った。
銀牙は、俯いている。どっちの話しを信じれば良いんだ。銀牙は、また判らなく成って来た。
「あの後、どうした?」
「あの後……で、御座いますか?」
「俺が、ミラルドに殴られて帰った日。ミラルドは、どうした?」
「あぁ。あの日は出掛けられたまま、御戻りには成りませんでしたが。一晩中泣いておられたのでしょう。次の日、眼が腫れておられましたから」
「俺は、ミラルドの役に立っているのかな。あの日も、ミラルドの為にやった事だったけど。傷付けただけかも知れない」
「そんな事は御座いません。涼様が居て下さって、いいえ。涼様だけでは御座いません。涼様と鉄雄様が居て下さったから、この五十年余り。ミラルド様は、心穏やかに過ごす事が出来たのです。本当に御二人には、感謝しているのですよ」
そう言って、流輝は優しく微笑んだ。
「あの日は鉄雄様と良く出掛けていた、海に行かれた様です。次の日に電話が有りました。子供に成ったから、迎えに来てくれと。服も、ぶかぶかで帰れ無いと」
「あっはははっ。可愛いな全く。ミラルドの前で可愛いなんて言ったら、怒られるんだろうけど。子供のあいつって、本当可愛いよな!!」
「はい」
と言って流輝も目を細める。
「とても愛らしくて、いらっしゃいます。時たま、無償に抱き締めたく成ります」
「あ~、それ解る」
ミラルドの子どもの姿を思い出し、涼と流輝は顔を見合わせて笑った。
ミラルドさんは銀牙さんの父親の筈ですのに、子供にも成れる? どう云う事でしょうか。
考え込む葵の横顔を、銀牙は何も言わず見つめていた。
「瑞希様には、膝に抱っこされたり、抱き締められたりして、怒っておいでですが とても嬉しそうにしておいでです」
と流輝は、目を細めるている。
「私は、瑞希様に、その……。過去を、少しだけ話したのです」
流輝は真顔に戻り、言いにくそうに口を開く。
「少しって、どの辺を話したの?」
「ミラルド様に愛した人がいた事と、その人を自分のせいで死なせてしまった事。それから誰も愛さなく成った事を」
「そうか……。でも、その美鈴って人を殺したのは分家の奴等だろう。どうしてミラルドは、復讐しないんだよ」
「それは、ミラルド様は、昔から争いがお嫌いでしたし。何より美鈴様の死は、御自分のせいだと思っておいでですから……」
「そうか。その話しを聞いて、瑞希ちゃんは 大丈夫なのか?」
「はい。瑞希様は、お変わり無い様に見えますが。それをラル様に聞かれてしまい、怒らせてしまいました」
流輝は、その時の事を思い出したように、しゅんとした。
「そうか」
「そのせいで、引越しをしたいと申されているのも確かです」
涼は、顔を引き締める。
「やっぱりアイツには、瑞希ちゃんが必要だ! どうにか、引越しを止めさせなくちゃな……。家は、流輝さんが動かしているんだろう?」
「はい。引越す場所を下見しまして、それから転送致します。ですが、その力を使いますと、二週間程無力に成ってしまいます」
そうなのかと呟きながら、涼は「あっ」と大声を上げる。その場に居た者たちは、びくっと体を震わせた。
「じゃあ。流輝さんの調子が悪くて、力が使えないって事にすれば?」
「それは、ミラルド様が癒しの力ですぐに治療致しますし。どこも悪くないと、ばれてしまいます」
良い提案だと意気込んでいた涼は「あぁ、そうか」と肩を落とした。
「じゃあ。流輝さん、家出しちゃえば?」
「その様な事は出来ません! ミラルド様をお独りにさせるなど、あり得ません!」
流輝は、真っ赤な顔で怒っている。
「そんなに、怒んなくても……」
と涼は、ぷっと膨れた。
銀牙と葵は、そっとその場を離れる。
改めて、別の階段で一階に降り。飲み物を手に病室に戻って来た。
「……葵は、この地に語り継がれて居る物語を知っているか? 狼が……人間に恋をするって話し……」
「ええ、勿論ですわ。有名なお話しですから」
「誰がそんな話し、語り継いだんだろうな……」
葵は俯いた銀牙の顔を覗いた。寂しそうな笑顔……
「あの話し。あれは、俺達の事なんだ……」
「えっ?」
「俺達は、ウルフ族。俺はもう、五百年生き続けている」
「俺を恐いと思うか?」
「どうして?」
葵は、落ち着いた声でそう聞く。
「人間じゃ無いんだよ。俺は、妖怪だ……」
葵は、首を横に振る。
「恐くなんてありませんわ。貴方が何者でも。もう、愛してしまったから。愛しい人だから。全然、恐くなんて無い」
銀牙は、泣きそうな笑顔を向けた。
拒絶されたらどうしよう、葵が逃げ出したら……。俺は、耐えられ無い。そう思っていた。でも葵は、こんな俺を愛しいと言ってくれた。
葵の指が銀牙の頬に触れる。
「……涙……」
気付か無い内に、銀牙の頬に涙が流れていた。
俺は、思った以上に 緊張してたのか……
たまらなく成って、葵を抱き寄せる。
一息付いて、又 話し出した。
「俺達は、愛する人と共に生きて行ける様に、妻に成る相手に永遠の命を与える事が出来るんだ。適合者でなければならない……」
「以前もおっしゃってましたが、適合者って何ですか?」
「人にはそれぞれ、瞳の奥に色んな模様があるんだ。俺にも有る。ウルフ族には、そのマークを見る事が出来る。自分と同じマークの人が、適合者なんだ」
「じゃあ。私のマークと、銀牙さんのマークが、同じですの?」
「そうだ。葵。お前は俺の事を、愛しいと言ってくれた。俺もお前が愛しい」
「確かにミラルドが言うように、永遠の命って云うのは辛い事かも知れない。だけど。お前と一緒なら。これから先、何百年でも俺は生きて行ける。お前を愛し続ける。だから、俺のマーキング……」
「宜しいですわ」
「えっ? ……良いのか?」
「はい」
「本当に?」
「銀牙さんと一緒なら。でも、浮気は許しませんわよ!」
「あっ……当たり前だ!!」
銀牙は嬉しくて、葵を抱き締めた。
本物の愛を手に入れた。銀牙の中に、溢れる程の妖力がみなぎって来るのが分かる。
でもまだ、決心は付かなかった。
お頭の仇だと思って、追い続けた男。
その男は優しい人だと言う。俺の親父かも知れないと言う。大事な人だから傷付け無いでくれと言う。
でも。あの殺戮を楽しむ顔。切り刻まれる仲間達。子供を庇って倒れるお頭。
銀牙は頭を抱えて、踞る。何を 信じれば良い! 俺は、どうすれば……
その叫びに応える様に、銀牙の前に 黒樹が現れた。
『まだ そんな事を言っているのか、……仕方無い……』
黒樹は、夢を見せる。あの日の事を、何度も何度も繰り返し。決して目覚めぬ様に……
三日間、あの日の映像を見せ続け。そして目覚めた時には…。フフフフ……楽しみだ……
銀牙の容態が急変したと聞き。葵は病院に駆け付けた。
随分うなされている。顔色も悪く、凄く苦しそうだ。
目覚め無いのだと言う……
葵は目覚めるまで、病室に泊まる事にした。
「私に、マーキングしたのがいけなかったのでしょうか」
マーキングされた私も、ウルフ族に成ったのだと言われたけれど……
「どこか、変わったのでしょうか……」
全く変化を、感じ無い。
左の首筋に手を当てる。二つの小さな傷が有る。指では感じられ無い程の小さな傷。葵は、確かに昨日マーキングされたのだ。
銀牙は、様々な検査を受けたが、どこにも異常は無いと言う事だった。
「銀牙さん……」
大丈夫でしょうか……
丸三日間眠り続けた。銀牙は漸目覚めた。
「銀牙さん。良かった。目覚めたのですね」
ホットして、葵が言った。
銀牙は 無表情の顔で、目だけを動かし辺りを見渡した。
のろのろと起き出した銀牙の身体を、葵は慌てて抱き止めた。
「まだ無理をしては、いけませんわ」
と言う葵を横目で見て、そのままベッドから抜け出し廊下へ歩いていく。
葵はその様子を 唖然と見送って、ハッと我に帰り後を追った。すぐに戻って来た銀牙とぶつかる。
「俺の……服は……」
強かに打った鼻を抑えながら
「服? 服なら、ここに……」
銀牙は葵が指を差した方に向かって行く。でもまだ退院は出来ませんわと、葵は慌てて止める。が、銀牙の力は思った以上に強くて止める事はできなかった。
「っ……銀牙!!」
葵に呼ばれ、銀牙の瞳に光が戻った。
「……葵……」
銀牙は寂し気な瞳で、やっぱり復讐するよと小さく言った。
「銀牙っ……どうして?」
銀牙は葵を抱き締め、そして催眠を掛けた。
ベッドに葵を横たえ、着替えを済ませて銀牙は病室を後にした。
朝に成った。
誰かが、身体を揺さぶっている。
「ちょっと、起きて下さい。ここは山本銀牙さんのベッドですよ。なぜ貴女が寝ているんですか?」
看護師は、苛々と頭を振る。
葵は、眼を開けたいのに瞼が重い。
そこへ、涼が通り掛かった。
「どうかしたのかい?」
看護師は、苛々とした鋭い目を廊下に向ける。
「あっ、先生! ちょっと見て下さい」
看護師はベッドの中を指差した。
「山本君に、何かあったのか?」
と涼は慌ててベッドに近寄る。そして唖然とする。
ベッドの中には、女の子が眠っていた。銀牙はどこに? 涼は首を傾げる。
早く起こして下さい。と看護師に言われ、女の子を起こしに掛かった。
やっと目覚めた女の子は、起きるなり。辺りを見渡し、凄く慌てた様子で何かを訴えてくる。
でもまだ、上手く口が回ら無い。
「銀牙がっ、ミラルドに、早く止めないと、大変な事に」
ミラルド? 山本銀牙とミラルドは、知り合いだったのか。
取り敢えず、落ち着かせる為に水を飲ませる。
「落ち着いて、ゆっくり話してご覧」
葵は、コクリと頷いて。
「先生は、ミラルドの友人?」
涼は頷く。
「その前に、君は誰?」
と聞かれ、葵はハッとする。
「申し訳ありません。私は、橘葵と言います。山本銀牙さんの同級生です。あの……」
と言いながら、葵は看護師を見る。
あぁと、頷き。看護師には他の患者さんの所を巡回してもらった。
「あの、ウルフ族って知ってますか?」
涼は頷く。
葵は、悲し気に俯いた。
「ミラルドって言う人、銀牙さんの捜していた仇なんです。復讐しようとしてるんです」
「ずっと迷っていたのに、やっぱり復讐するって。夕べ私に催眠を掛けて、出て行ってしまったんです」
堪らずに、葵は泣き出した。
それを聞いた涼は、慌てて病室をを飛び出した。
屋上に上がり、携帯を取り出す。
『涼か、どうした?』
「ミラルド、逃げろ! 分家の奴がお前を狙って、今そっちに向かってる。山本銀牙って奴だ。……ミラルド、聞こえてるか? もうそっちに着いてるかも知れない」
『……そうか……。知らせてくれて有り難う……』
それきり電話は、切れた。
涼はリダイヤルを押した。繋がらない。
クソッ……
涼は、銀牙の病室に戻ったが、さっきまで泣きじゃくっていた女の子も、又消えていた。
瑞希は、覚悟を決めていた。
何を聞いても大丈夫。どんな姿でも構わない。私は、ミラルドさんが好き。だから、全てを知りたい……
瑞希は家を出て、ミラルドの家へと向かった。
―――――――全てを聞く為に―――――――
「ミラルド様、どちらへ?」
階段を降りて来たミラルドは、大人に成っていた。
「……公園に……少し風にあたってくる」
瑞希は公園を一直線につっ切ろうとした。が、ミラルドがこちらに向かって来るのが見える。ミラルドではなく流輝に事情を訊こうとしていた瑞希は、木陰に隠れミラルドをやり過ごした。そして診療所に向かった。
診療所のドアをノックする。流輝が出た。
「瑞希様……おはよう御座います」
「……っ、おはよう御座います」
「ミラルド様は、外出しておいでですが……」
「あの……ミラルドさんの事を聞きたくて。まだ……教えていただけませんか?」
瑞希は、俯きながらそう言った。
流輝は、困ったように眉根を寄せて、何かを言い掛けた時、携帯の着信が鳴った。
一晩中歩いて、銀牙はようやく公園に辿り着いた。銀牙の心は、黒樹の声に支配されていた。復讐以外、何も考える事が出来無く成っていた。
銀牙は、公園の前に立った。
瑞希の家を目指して来たが、ここにいたか……
「……見つけた……」
銀牙は、、ニヤリと笑った。
銀牙とミラルドは互いに近づいて行き、睨みあうように対峙する。
銀牙からは、凄まじい妖気が発せられている。
それに対してミラルドは、青白い顔をして、とても小さく見えた。
争いの嫌いなミラルドからは、戦意は全く感じられ無い。
どちらが倒れるかなんて、戦わ無くても分かる。初めから勝負は着いていた。
「お頭の仇だ。お前を倒す」
銀牙は高らかに宣言し、左手を構えミラルドに突進して行った。
涼からの電話を受け、流輝と瑞希は診療所を飛び出した。そして今まさに対峙している二人を認めた。瑞希は駆けだした。
どうせ争いを避けられ無いのなら自分が消えればそれで済む。本家と分家の、長年の争いに終止符を付けられる。俺が倒れる事でもう誰も傷付かずに済む。ミラルドは覚悟を決めていた。
ミラルドは優しく微笑んで、瞳を閉じた。銀牙はそれを怪訝な顔で見つめる。
……何、笑ってやがる……
鋭く伸びた爪が、身体の中に呑み込まれて行く。
これで俺は、自由に成れる……
ミラルドはそう思った。
でも……痛みを感じ無いのは、なぜだろう。
ミラルドが閉じていた瞼を開くと、銀牙の唖然と見開かれた瞳とぶつかった。
銀牙とミラルドの間に、影が二つ有る。
瑞希と葵だった。
瑞希は、ミラルドを守る為。
葵は、銀牙に人を傷付けて欲しく無くて。
二人共愛する者の為に、刃の眼前に躍り出たのだった。
銀牙の長く伸びた爪が、瑞希と葵の身体を貫いている。
あっと言う間の出来事だった。
銀牙が慌てて爪を引き抜くと、二人の身体が力無く崩れ落ちた。
ミラルドは瑞希を抱き起こす。幸い傷は浅いようだ。ホットする。
銀牙は、葵を抱き起こした。
「……どうして……」
「……御免……なさい……でも、戦って欲しく、無かった、誰も、傷付けて、欲しく……無かっ、た……」
葵は、弱々しく途切れる声でそう言った。
四人の元に流輝が駆け寄り「早く診療所へ、手当てをしましょう」と両手を前に翳す。
五人は、閃光に包まれた。
診療所に着くとすぐに二人を診察台に横たえる。ミラルドは初めに瑞希の手当てをしようとしたが、葵を先に治療するよう懇願されそれに従った。見るからに葵の方が重症だった。ミラルドは葵の身体の上に両手を翳し、妖力を流し込んで患部の治療を開始した。
銀牙はうなだれたまま身体が小刻みに震える。
俺のせいで……俺のせいで……
葵に……何かあったら……俺は、生きて行け無い……
銀牙の身体からは妖力が全て抜け出してしまったように、小さく、小さく、しぼんだ風船の様に見えた。
流輝はそっと、銀牙の肩に手を置いた。
「きっと、大丈夫ですよ。貴方の思いは通じます」
数時間が経った。
「……もう、大丈夫……」
ミラルドは疲労の色を隠せない。それでも、すぐに瑞希の治療を始めた。
「余り、ご無理をされ無いで下さい……」
流輝はミラルドに、聞き入れて貰え無いのを承知の上で言った。
……もう、妖力が足り無い……
ミラルドは、「大丈夫だ」と治療を続ける。流輝は困った顔で「そうですか」と言って俯いた。
案の定。瑞希の治療を終えた直後ミラルドは倒れてしまった。
瑞希が目を覚ました。流輝は優しく微笑む。
「お目覚めですか。葵様もまだお目覚めでは御座いませんが、命は取り止めました」
それを聞いて、瑞希はほっと胸を撫で下ろす。
「全てをお話し致します。その前に、又ラル様の手を握って下さいますか?」
と流輝が言った。瑞希は頷き、ベッドの側にある椅子に座り、両手でラルの小さな手を包み込んだ。
嘘の様な話しですが全て本当の事です。と流輝は切り出した。
流輝の話は、まるで昔話しの様なとても、現実ではあり得ない話しだった。
でも私は、体験してしまった。時空間移動。それに、ミラルドさんが、ラル君に。
瑞希はラルを見つめる。
もうそれは、全てが現実の事だと示している。
呆気に取られている瑞希に、流輝は紅茶を差し出す。
「落ち着きますよ。どうですか?」
「頂きます」
と、瑞希は一気に飲み干した。
彼女が亡くなったのが五百年前で。ウルフ族と云う妖怪で……瑞希は、一つ一つ単語を頭の中で、組み立てて行く。
「瑞希様、お願いが有ります」
「何ですか?」
「妖力がかなり減っていますので、もしも宜しければベッドに上がって、ラル様を抱いて頂け無いでしょうか。瑞希様の愛情が、妖力を生み出す力と成ります。お願い出来ませんか?」
瑞希は頷き、ベッドに上がりラルを抱き上げる。そして、両腕で包み込んだ。
あの時も、ラル君は私の事を、この小さな腕で抱き締め様としてくれた。
……ミラルドさん……やっぱり貴方を愛してる……
愛してるわ……
瑞希はラルをギュッと抱き寄せキスをした。とたんにラルの胸のペンダントが真っ赤に染まった。そして、ラルの身体が大人へと変化する。
……ミラルドさん……
瑞希は大人に成ったミラルドの身体を抱き締める。眼を覚ましたミラルドと、もう一度唇を重ねた。